(3)用心棒⑤
たったったっと軽やかに前を走るキジトラの猫。
「鈴ちゃん、どこ行くの?」
走りながら問えば、鈴は振り返ることなく人の言葉で言った。
「大奥の裏や」
「大奥の裏?」
「せや」
「わたしはかあさまのとこに行きたいんだけど」
言葉を続けるゆらを遮って鈴がふんと鼻を鳴らした。
「話は着いてからや」
「着いてからって、どこに」
尋ねても鈴はもう答えない。
ゆらは足を動かすことに専念することにした。
鈴とゆらは腰元たちの住居である長局を通り過ぎ大奥の広い建物の裏にやって来た。そこはあまり整備されていないのか草が好き放題に生え、古い櫓と思われる建物が傾いでいる。
「ここって……」
この一角には、ゆらが城を抜け出す際に使う塀の破れ目があったりするのだが、もしや鈴もそれを使うつもりなのか。
すると鈴はその一角を通り過ぎ、てくてくと藪の中に入って行った。
「鈴ちゃん、どこ行くの?」
慌てて追いかけると、鈴は崩れかけた古井戸の側にちょこんと座っていた。
「これ……」
「覗いてみ」
「へ?覗く?この古井戸を」
「せや。早うしい」
ゆらは恐る恐る古井戸を覗き込んだ。
もう随分前に使われなくなったのか、底には水はなく、草ばかりが生えている。
「鈴ちゃん、水ないよ?」
言いながら振り返ろうとした途端、鈴がゆらのお尻に体当たりした。
ぐらりと古井戸の中へと傾く体。
「え、ちょっ」
「水がない方が飛び込むには好都合やろ」
「鈴ちゃん、何言って~?」
そう声を出した時には、ゆらの体はすでに井戸の中。
何とか井戸の縁を掴もうと伸ばした手を、鈴によって無情にはたかれた。
「不思議の世界へ一直線や~」
ああ、井戸の中って、声がよく通るわ……。
そんな間抜けなことを思いながら、ゆらは運を天に任せる心持ちで瞼を閉じた。
***
かあさま……。
おしずさん……。
風間さん……。
あっちもこっちも問題ばかり。
かあさまの病を治すことも。
おしずさんを見付けることも。
風間さんを引き留めることも。
わたし頑張ると言ったところで、結局一人ではどうにもならないことだ。
そんなこと分かっている。
分かっているけれど、じっとしていることも出来ない。
もし何か一つでもなし遂げることが出来れば、わたしはわたしの居場所を見付けられるんじゃないか。
そんな何の根拠もない期待が、今のわたしの原動力なのだから。
そんな頼りないものでもなければ、わたしはたちまち自分自身のどうしようもなさに絶望し、この世で生きる意味を見失ってしまうだろう。
わたしは、わたしという人間の生きる意味がほしい。
人の為になることを果たして、生きていてもいいのだというお墨付きが欲しいのだ。
だから頑張るしかないんだ。
大好きな人たちに、わたしを認めてもらうために……。
***




