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姫恋華~ひめれんげ~  作者: 藤原ゆう
登場人物紹介編
3/45

【三の殿方】江戸城西の丸お世継ぎの間

 お前は俺の光だ

 ただ、そこにいるだけでいい

 願いは、ただ一つ

 お前の幸せだけ





 将軍家嫡男、政光(まさみつ)は、この日、今もっとも会いたくない人物と対面する予定となっていた。


 先日の花の宴での、父の発言。

「赤松の縁談を用意している」


 その縁談の相手が誰なのか、政光(まさみつ)には十分過ぎる(ほど)察しが付いていた。

 父の、赤松に対する評価はかなり高い。その評価に劣らぬものを、確かに彼は持っている。和成(かずなり)と深い親交のある政光は、そのことをよく知っていた。

 人柄も申し分ない和成に、異母妹であるゆらが嫁いだとすれば……。


(きっと、あの子は幸せになるだろう。広く温かな彼に包まれ、幸せな一生を送るだろう)

 そう思う。


 けれど、胸を刺すような痛みがあった。その相手が自分であったなら、あの子を幸せにしてやれるのが、自分であったなら……。


 彼女に対する特別な感情に気付いたのは、いつだったか。

 それは、初めて会った、あの日から始まっていたのかもしれない。


 あの子は、この魔窟(まくつ)のような城に差した、一条の光。俺の心を救ってくれた大切な子。


 彼女の前では、普通に兄として振舞っているつもりだった。この感情を気付かれないように、細心の注意を払ってきた。


 でも、一人の時には、溢れてくるものを止められなくなる。

 万に一つも望みのないのは分かっている。

 決して一線を越えることは出来ないことも、分かっていた。


 あの子に会えるのは、月に一度もなかった。

 だから思いは強くなっていくのかもしれないが……。

 求めても、手を伸ばすことのできない恋しい人。あきらめては、いた。





 静かに彼は、次の間に入って来た。

 同い年の和成が大人に思えた。

 すでに藩政を握り、手腕を発揮している男と、まだ父の補佐役でしかない自分と。

 その差は歴然としていた。

 劣等感というのではない。 ただ素直に、彼には敵わないと思っている自分がいる。

 

 一通りの挨拶をすませると、和成はむっつりと黙り込んでしまった。 言いたいことがあるはずなのに、何から切り出したらいいのか分からない、そんな感じに見えた。


「おやじに言われたこと、か?」

 だから政光は水を向けてやった。


「……」

 それでも、和成は黙ったまま。


「妻は娶らないと公言していたお前だけど、とうとう年貢の納めどきだよな」

「なんとか、お断りする方法はないでしょうか」

と、あの冷静な和成が、必死と顔に書いて言いつのった。


「断る?」

「はい。今日は、政光さまにそのことをお聞きしたくて参ったのです」

「縁談を断る方法を?」

「はい。私は、心に決めた人がいるのです。」

「え?」

「その人以外は考えられない。ですから政光さま」

「ちょ、ちょっと待った。和成」

「はい」

「お前、誰かに、懸想(けそう)しているのか?」


 まさに青天の霹靂。

 堅物の和成が誰かに恋したって?


 他に想う人のいる相手になどあのゆらが嫁ぐ気になるはずがなく、もしかしたら出奔してしまうことだって考えられた。


(あの子の性格は、親父もよく知っているはずだ)

 和成が懸想していると告げれば、この縁談は立ち消えになるかも知れない。



 そう思い、政光は内心小躍りしていた。

「あの花の宴の(おり)に」と、和成は続けた。

「花の宴?」

「はい、皆さまが行啓くださった折に」


 政光は嫌な予感がした。小躍りしていた気分も、一気に(しぼ)んでいった。

(和成よ、それ以上言うな)

 政光は声を上げそうになった。


「恐れ多くも、妹姫に……」


(俺の妹は一人だけだ。ゆらだけだ。あれに、お前は懸想したというのか……)


 強い意思の籠った眼差しでこちらを見る和成を、政光は呆然たる思いで見返していた。


「……断る必要なんてないさ。」

 ほどなくして、政光の口からは、そんな言葉が出ていた。


「しかし」

「もし断ったとして、領地領民に累が及んだらどうするんだ?」

「及ばぬように努力致します。私一人の問題で終わるように」

「終わらなかったら?」


「それでも……。それでも、自分の気持ちに嘘はつけません。政光さまは、ご自分に思う女性がいたとして、他の女性を抱けますか?」


 愛しい少女の面影が過ぎり、政光は頭を振った。


「私も、無理です。思いが届かなくとも、私は一人の人を思い続ける」

 和成ははっきりと言い切った。


(こいつ、相談に来たのに、自分で結論出したよ)


 


 苦笑する政光を残し、和成は晴れ晴れとした顔をして帰って行った。

 結局、政光がより落ち込んだだけの面会となってしまった。


 ほどなく、将軍は、夕羅との縁談を和成に持ち掛けるだろう。

 そして彼は憂いなくそれを受け、婚姻は成立するだろう。

 城から光は失われ、それからは?


(それから俺はどうなるのか……)


 所在無げに縁に立つと、春のそよ風に吹かれた。

 けれど政光には、それを楽しむ余裕はない。

 今はただ、胸をえぐるような痛みしか、感じることはなかった。




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