(2)捜索 ②
深川の辺りを歩き回っていたゆらは、広小路の人混みを遠目に見る往来で、新之助らしき後姿を見掛けた。
道場で会った時にしか見たことはないが、一つに束ねた総髪が揺れる様も、周りの人間よりも頭一つ分は高い背も、凛とした背中も見間違える筈はなかった。
「風間さんだ」
もう日は傾きかけていたが、ゆらは構わず追いかけた。
新之助が路地を曲がる。
こんな時こそ、足の速い自分を褒めてやりたかった。
やっと狭い路地の向こうに新之助を捉えた。
「風間さん!」
声を張り上げれば、振り返った新之助はぎょっとした顔をして身を翻した。
「え?ちょ、ちょっと待ってよ!」
逃げるなんて。
やっぱり風間さん、おしずさんの件に関わってるの?
途端にゆらの小さな胸に不安が押し寄せた。
今度は走る新之助には、なかなか追いつけない。
それどころか、どんどん引き離されていく。
「ああ、もう!」
もっと動け。わたしの足!
新之助を悪人だとは思いたくなかった。
けれど、そうでないなら逃げなくてもいいのに。
それなのに彼は、ゆらの顔を見た途端逃げ出した。
ゆらはきゅっと唇を引き結び、とにかく新之助に追いつこうと懸命に足を動かした。
「あっ」
次の路地を曲がると誰もいなかった。
(見失った!?)
この路地を抜けた先は、人通りの多い広小路。
新之助がそこに紛れてしまったら、もう見つけられない。
ゆらは肩で息を吐きながら諦めたように立ち止まってしまった。
(風間さん、何で逃げるの?)と思った矢先、突然二の腕をぐいっと引っ張られた。
「きゃ?」
小さく声を上げたゆらは、家と家の間の、人一人がやっと通れるくらいの狭間に引き寄せられた。
壁にどんと押し当てられ、耳の両脇には細身ながら筋肉の程良くついた腕。
はっとして顔を上げれば、そこには新之助の秀麗な顔があった。
「何の用?」
ち、近い。
狭い所に二人でいるのだから当然だけど。
新之助の息がかかるくらいの近さだった。
「お、おしずさんがいなくなりました」
「知ってる」
「か、風間さんもいなくなりました」
「ここにいるよ」
「そ、そうだけど……。みんな、心配してます!」
一瞬新之助の表情が曇ったように感じた。
「風間さん?」
「道場はやめたんだ。他に働き口が見つかったから」
「お師匠さまはご存じじゃないです」
「ああ、そうだね」
「風間さん!」
何とか相手の事情を探ろうとするゆらに、新之助は一層顔を寄せた。
「おしずさんの事は分からない。だから、これ以上俺には関わらないで。ゆらさんは、こちらに来てはいけない人だから」
「え?」
「俺のことは忘れて」
「忘れないよ!」
「何故?俺は、あなたが関わっていい人間ではない」
「いいか、悪いかは自分で決める。少なくとも、わたしにとっては風間さんはいい人だもん。ダメだって言われても、絶対忘れないから!」
至近距離で交わる二人の視線。
ゆらは丸い目をさらに大きくして、新之助を見据えている。
引き寄せられるように、ゆらの目を覗き込んだ新之助は、彼女の瞳のきらきらに紛れる自分の姿を認めると目を伏せた。
「お願いだから……」
新之助は壁についていた手を外すと、ふらふらと狭間から出て行こうとした。
「風間さん」
慌てて彼の腕を掴んだ、ゆら。
「だめだよ。風間さん」
彼を一人で行かせてはだめだ。
そう訴えかける本能に従い、ゆらは新之助の腕をほとんど抱くようにして掴み続けた。
彼女の手を振り払おうと思えば振り払えるはずなのに、新之助はどうしてもそうすることが出来なかった。
「ゆらさん、放して」
「絶対、放さない」
どちらも引かないまま時間だけが過ぎて行く。
このままでは埒が明かないと、新之助は大きな溜め息を吐いた。
「分かった。なら、おしずさん探しを手伝うよ。それでいいでしょ?」
「……」
「何?」
「ま、いっかあ」
何が不満なんだよ。
そう言い返したかったが、これ以上押し問答が伸びるのも億劫だと、新之助は広小路へと足を向けた。




