(1)暗部に生きる ④
数日後。
新之助は佐伯の屋敷にいた。
そこには、多くの浪人者が集っていた。
その中に混じり、新之助は屋敷の様子を窺っている。
一介の江戸詰の藩士の屋敷にしては随分豪奢な屋敷だった。
屋根瓦は真新しく、葺き替えたばかりのようだったし、庭にも珍しい異国の鳥が放し飼いにしてあり、どこのお大尽さまの屋敷かと思うような設えだった。
(随分羽振りがいいらしい……)
それが国許での一件と何か関係があるのか。
その報酬でこのような暮らしぶりをしているなら、何とも腹立たしいことだと新之助は思った。
集う浪人者たちはと言えば、無精髭を生やし着物もよれよれな者から、恰好だけは身綺麗に整えて来ている者まで様々だった。
いずれも腕に覚えのある者ばかりだなのろう。
隣の者とにこやかに談笑しながらも、その目は鋭い光を帯びている。
(とにかく、採用されなければ意味がない)
新之助は静かに気を引き締めた。
「貴公は浪人ものか?」
突然声を掛けられた。
動揺を見せないように顔を向ければ、縦にも横にも体格の良い偉丈夫が立っていた。年は新之助よりも大分上のようだ。
「そうだが。それはそちらもだろう?」
「如何にも。だが、貴公には浪人者にしては違う気配を感じたのでな」
「……」
「まあ、まあ、睨むな。若い者は喧嘩っ早くていけない」
新之助はふっと視線を外し、呼び出しの声に釣られたふりをして、その場を立ち去ろうとした。
「怒るなって。それがしは久賀と申す。貴公は?」
「……風間」
「そうか。風間か。お互い受かれば良いがな」
「……時間のようだから」
「まあ、待てって。風間。知っておるか?」
初対面。それもこんな場所だというのに馴れ馴れしい。
「……話し相手が欲しいなら、他を当たってくれ」
「つれなくするなって。某は貴公を気に入ったのだ」
何処に気に入る要素があったのか。
新之助は半ば苛っとしながら、久賀と名乗った浪人者を睨んだ。
「だから、すぐ睨むんじゃないって。分かった。風間は浪人になったばかりなのだな?いいか、風間。浪人というものは、常に控えめに目立たぬよう謙っておらねば、世を渡ってゆけぬぞ」
どうして、浪人としての心得など教わらねばならないのか。
(いい加減にしてほしい)
「ところでだ。風間。貴公、ここでの面接、もう一つ目的があるのを知っているか?」
そこで急に声を潜めた久賀。
新之助は怪訝な顔で見返した。
「知らぬ。何だ?」
「そうか。では、あまり周知されてはいないのだな」
「何の話だ」
新之助が話に食いついたのが嬉しかったのか、久賀は「出所は教える訳には行かぬが……」と言いながらもにんまり笑った。
「勿体付けずともいい」
「まあ、そう急かすなって。ああ、でも、あれだな。貴公が採用されなかった場合は話しても無駄になるな」
「……」
「うん。やっぱり、再び用心棒としてここで会った時に教えて進ぜよう」
そう言うと、久賀は引き留める間もなく去って行ってしまった。
新之助は呆気にとられ、浪人たちの中に紛れる久賀の背中を追っていたが、その時再度呼び出しに名を呼ばれ、気持ちを入れ替えるように息をついた。
(採用されても、あの人の話は聞きたくないな……)と思いながら。




