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姫恋華~ひめれんげ~  作者: 藤原ゆう
第二章 暗躍するものたち
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(1)暗部に生きる ①

 美作国にある藩の領地は、ぐるりを山に囲まれた盆地の中にあった。


 四季折々の自然の美しさと、人の温かさと、飢饉知らずの豊かな土地と。

 

 他には何もいらないくらい充実した毎日だった。


 そこで、彼は小納戸役の稲垣家の嫡男として生まれた。


 小納戸役とは藩主に近侍し、多岐に渡って雑務をこなす役職。

 自然藩内でも力を持つことが多く、稲垣家もそのような家の一つであった。 


 直隆と名付けられ、父母と姉が一人。


 彼の人生は何の憂いもなく、順風満帆に過ぎていくと誰もが疑わなかった。


 しかし、ある日転機が訪れる。


 姉が藩主に見初められ、お手付きとなったのだ。


 何処で藩主が姉を見たのか。

 それは未だに分からない。


 ただその事をとても誇らしいことに思い、一家で喜んだだけだ。


 姉が殿の側妾となり、殿の初めての子を身籠ったら?


 それは父の期待であり、母の望みであった。


 直隆も幼い頃小姓として仕えていたから、藩主が如何に実直で真面目な人物か知っている。


 彼は姉に言ったものだ。

「殿のお側に上がられる姉上は、お幸せです」

と。


 姉は微笑むだけで何も言わず城に上がり、ほどなく懐妊。


 この時はようやく悪阻の時期を抜け出し安定期に入っていた。

 

 いつの世にもある話だが、当然正室側は面白く思わなかった。

 

 江戸にいる正室。まだ若く美しいと評判の正室と藩主との仲は、それほど悪くはないらしい。

 

 それでも自分より先に、他の女が藩主の子を身籠ったことを面白く思わない筈はなく、姉は家老の縁戚筋でもある正室側から執拗な嫌がらせを受けるようになっていった。


 そして父母が悲惨な最期を遂げたのは、そんな折だった。


 冷たい風が山から吹き降ろすようになった晩秋。


(不運だったのか……)


 その時のことを何度考えても、答えは出なかった。


 幸せの絶頂にいた筈の我が家。


 それが突然何者かの手によって破壊された。


 彼は父と同じ罪を着せられ蟄居を命じられた。


 身の証しを立てる間もなかった。


 死刑の執行を待つ間、彼はそこから逃げることだけを考えていた。


 このまま甘んじて死を受け入れることなどできない。


 父母の汚名を晴らし、姉が晴れて世継ぎの母となられるまで。


 自分は死ぬ訳にはいかないのだ。


 国抜けの罪を背負うことになろうとも、逃げる。


 持ち物は愛刀のみ。


 それのみで、彼は屋敷を抜け出した。





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