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姫恋華~ひめれんげ~  作者: 藤原ゆう
出会い編  ※  第一章 将軍の姫 
16/45

(4)幽霊騒動 ①

 前の晩、宵の口から降り始めた雨は次の日の早朝にはやみ、ゆらは一人着替えを済ませ部屋を抜け出した。


 庭の苔には水滴が残り、昇ったばかりの朝日を受けて小さく輝いている。濡れた飛び石を一つ飛ばしで跨いで行くと、塀の破れ目から城外へ出た……。


 宗明は起き抜けに、ゆらが黙っていなくなったと報告を受けた。


 焦燥も顕わに城に上がれば、朝餉も食べずに姿をくらましたという。


「申し訳ありません……」


 よよと泣き崩れるあやめを「あなたのせいではありませんよ」と慰めると、ゆらの部屋から庭に下りた宗明は(また柳生道場だろう)と当たりを付け門へと向かった。


「三郎太」


 庭で一番背の高い樫の木の下を通った時のこと。


 可愛らしい声で呼ぶ声が頭上から聞こえた。


 この城で、宗明を幼名で呼ぶ者は唯一人。

 彼の姫さまだけだ。


「何、してるんです。そんなとこで」


 力なく問うお目付け役に答えようとして、ゆらは頬張っていた団子をそのまま飲み込み喉にひっかけた。


 枝の上で悶えるゆらに長い溜め息をついた。


「道場に行かれたのではなかったんですね」


 悶えながらも、こくこく頷くゆら。


「お珍しいことで」


 団子を喉に詰まらせたことに一切同情を寄せない宗明。


 ようやく団子を飲み込んだゆらは、ぜえぜえ息を吐きながら「さ、三郎太も一本どう?」と愛想笑いを浮かべている。


「いい加減、団子から離れましょうか」


「や、やだなあ、三郎太。何か怒ってる?」


「私が怒ると言えば、一つしかないでしょう?」


 顔は笑っている。けれど目は笑っていない。

 端正な顔だけに、こういう表情をした時の宗明は迫力があった。


「ああ。ええっと、そうだよね。でも今日は朝のうちに帰って来たんだもん。褒めてくれてもいいと思うの」


「ほう。夜も明け切らぬうちから城を抜け出し、奥に心配をかけた挙句、そのような危ない場所で団子を食べて喉に詰まらせる。ふむ。どう考えても褒める要素などないように思われるが、姫さまがどうしても褒めろと仰るなら、この宗明、いくらでも褒めて差し上げますが?」


 ゆらに向ける切れ長の目がさらに細められた。


「ははは……。いや、無理に褒めてくれなくっても、ってか、むしろ怒ってくれた方が逆に助かる、かなあ」


 内心冷や汗たらたらのゆらだった。


 (とりあえず、ここは下りた方が良さそうだ)と、ゆらは身軽く枝から飛び下りた。


「姫さま!?」


 宗明は慌てたが、ゆらは難なく地面に着地した。


 本当に姫にしておくには惜しい身体能力。


(朝から疲労を感じるが、もう少しの辛抱だ)


「では戻りましょう」と踵を返せば、ゆらは着地したまま動き出さない。


「姫さま?」

「もう少し……」


「はい?」

「もう少し庭を散策したいなあ」


「それなら、あやめどのに無事を伝えてからに致しましょう。心配していますよ」


「だったら、三郎太が行って来てよ。わたし、ここで待ってる」


 ゆらは樫の幹にもたれ俯いた。


(全く分かり易い姫さまだ)


 宗明は小さく息を吐くと、ゆらの前に戻った。


「何かありましたね」


 それは疑問ではなく肯定だった。


 ゆらはギクッとしたが、「何もないよ」とかぶりを振った。


「何があったんです?」


 引く気などない宗明は、一歩ゆらに歩み寄った。


 顔を上げないゆらを見つめながら、宗明は素早く心当たりに思いを巡らせていた。


(腰元たちと喧嘩……はありえないな)


 ゆらの性格上、自ら他人との間に波風を立てるとは思えない。


(では、何があった?)


 自分の胸の高さほどしかない小柄な姫。その彼女がさらに小さく頼りなく見え、宗明は己の内にたぎり始める熱い想いに気付いていた。


 木漏れ日の下。


 彼女の白い肌に木の葉の影が写り、彼女を撫でるように揺れている。


 それに触れようと手を伸ばし掛けて、宗明は我に返ったように拳を握った。


「ゆらさま」


 己の声が掠れている事を可笑しく感じながら、声音を優しくして語り掛けた。


「何か思うことがおありなら、お話し下さい」


 彼の視線の下で長い睫毛が震えた。


 胸を高鳴らせながら姫の言葉を待っていると、ややして「……出るの」と呟いた。


「え?」

「だから、出るの」

「出るって、何がです?」


 するとゆらは、顔を上げたかと思うと、宗明に向かって両手を突出し、手首から先をぶらんと下げた。


「だから、これよ。これ」


 大きな丸い目をさらに大きくして訴えた。


(ああ。何処まで可愛いんだ。この子……)


 誰もいない木陰。


 抱き締めてしまわなかった己を褒めてやりたくなりながら、宗明は姫の訴えに耳を傾けた。



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