表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫恋華~ひめれんげ~  作者: 藤原ゆう
出会い編  ※  第一章 将軍の姫 
15/45

(3)深き闇

 新之助が長屋に帰ると、そこは夕方の喧騒で慌ただしい雰囲気だった。けれど、それはいつものことだ。井戸端でおしゃべりするおかみさんたちに会釈しながら、ぎしぎしとなる障子戸を開け部屋に入ると、部屋は暗く肌寒かった。


 脇に抱えた包みのぬくもりが、殊更有難く感じられた。


 夕餉にはまだ早い時間だったが、せっかくだからと小皿を出して包みを解いた。

 それから炭を起こし、火鉢に土瓶を掛ける。しばらくすると湯がしゅんしゅんと沸いてきた。それを急須に入れ、番茶を淹れた。


 新之助は下戸だから酒を嗜む習慣はない。ついでに言うと煙草もやらない。そのあたり、人目を引く整った外見とは違い、ごくごく真面目で地味な男だった。


 熱い番茶を一口すすり、まだ湯気の上がる小芋を一つ口に放り込んだ。


「うん、うまい」


 心がほっこり柔らかくなる。うすら寒い部屋にいるのに。心も体もほっかほか。


「恵まれてるな。俺」


 孤独の中で身を震わせる生き方も彼の人生の選択肢の中にあったはずだった。けれど、そうならなかったのは、出会った人々のおかげだろう。


 そう思うと、今日初めて会った少女のことが頭に浮かんだ。

 丸い大きな目に、きらきら輝く星を宿し、下町の子供たちにも負けないくらい元気で。


(あの子。どういう子なんだろう……)


 身なりは悪くなかった。あの侍がお付きの者なら、恐らく士分の身分ある家の子女なのだろう。


「俺とは関わらない方がいいんだ」


 不意に、そんな言葉が口をついて出た。

 それに自分自身はっとして口を噤む。


 そう。関わらない方がいい……。



 新之助は箸を置いて冷たい板間に仰向けに寝転がると、目を覆うように片方の腕を顔に乗せ深い溜め息を吐いた。


 その頃から軒を雨粒が叩き始めた。

 次第に強くなる雨の音を聞いていると、新之助の脳裏に思い出したくもない光景が甦ってきた。


 ぎゅっと瞼を閉じてそれを頭から追い出そうとしても、それは彼の中に留まり続けた。



 血にまみれ、畳に横たわる父母。


 襖や障子にも飛び散る血飛沫。


 立ち尽くす自分。


 物陰から繰り出される白刃。


 手傷を負いながら夜の闇の中へと逃げ出した……。



 赤と黒で染め抜かれた記憶。


 新之助は吐き気を催して土間へと転がり出ると、土間に這いつくばったまま嗚咽交じりに胃の中の物を吐き出した。


(ああ、せっかくの煮物が……)


 そんな冷静な考えも浮かんできて、新之助は可笑しくなって声を出して笑っていた。


 涙を流しながら笑っている。

 そんな自分が怖ろしくなった。


(壊れて行く……)


 

 彼を覆う闇は、日を追うごとに濃く深くなっていくようだった……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ