蜘蛛の糸2014
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を自分なりに考えなおしてみました。
神田は地獄の底であえいでいた。
生前の彼は悪事の限りを尽くし、警察に逮捕され死刑に処されたのだ。
地獄は熱く、寒く、際限のない苦痛の連続だった。周りでは釜ゆでにされて苦しんでいる男や針の山を血だらけになって歩いている男たちの苦しみの声が渦巻く。
神田はボロボロになった体を土の上に横たえていた。
上を見ると天界の光が差し込んでいる。海の底から海面を見上げたような優しげな光がユラユラと揺れているのだった。
「ああ、あそこに行けば苦しみから解放されるのだろうな。こんなことなら、悪行を積み重ねるべきではなかった」
神田は後悔の念と共に、天空の光を眺めていた。
すると一本の細い糸がゆっくりと降りてきた。
それは蜘蛛の糸だった。白く細い糸は神田に差し出されたかのように地面の手前で止まった。
「これを上っていけば天国にたどり着けるのか」
神田は思い出した。
生きていた頃、蜘蛛を助けたことがある。
警察に追われて逃げ回っていた時、路地裏で蜘蛛を見つけた。踏み殺してしまおうと思ったのだが、こんな小さな虫にも命がある、無駄に殺すべきではないと考えなおし見逃してやったのだ。
「そうか、あの時の善行を仏様が認め、俺にチャンスを与えたのだな」
神田はよじ登ろうとして糸をつかむ。
すると、周りからわらわらと男たちが現れ、糸に群がり始めた。それは神田と同様、生前の因果により地獄に落ちた人間たち。
「これは俺の糸だ! おまえら……」
お前らは来るんじゃない、と言いかけて神田は口をつぐんだ。
この状況を仏様も見ている。ということは、こいつらを拒絶した途端に糸が切られてしまうかもしれない。そのように神田は危惧した。
「おい、お前たち、冷静に話しあおう」
そう言って神田は同意を求める。何とか会話によって解決しようと考えた。
ボロボロの亡者の中から一人の男が進み出た。
「私は杉田といいます。その糸を登っていけば天国に行けるということは明白です。ここは一人ずつ登っていくことにしようじゃないですか」
そう言ってさわやかに笑顔を浮かべる。
地上では、その顔で詐欺を繰り返してきたのだ。
「うん、そうだな。その通りだ。では俺から登るとしよう」
そう言って糸を握る。
「ちょっと、待ったあ!」
杉田の制止に神田は糸を握ったまま後ろを振り返った。
「あんたが先に登ったら、そのすぐ後に仏様は糸を切ってしまうかもしれない。まず私達が登り終わってから、最後にあんたの番だ」
周りの男たちが同意の声を上げる。
ちっ。
神田は舌打ちする。何とか先に登りたい。
「皆を天国に昇らせることを仏様が許すとは考えにくい。俺以外の人間が登った途端に糸が切れると思うべきだ。つまり、最初の一人が途中まで登ったとき、糸が切れて真っ逆さま。後は希望もなく地獄で永遠に暮らすという状況に陥るんじゃないか?」
杉田は腕を組んで押し黙る。神田の理屈を認めるしかない。
「だから、まず俺が先に登る。そして、天界の仏様にお前たちの事を頼んでみるよ。その優しい心に感動して皆を救ってくれるかもしれない」
神田は、どうだというように周りの人間を見回す。
「それが一番確率が高いですかねえ」
仕方なさそうにうなずく杉田。
皆も黙ってしまったので、神田はにやりと笑って蜘蛛の糸に向き直った。
糸をしっかりとつかんでグイっと体重をかける。
しかし、神田の体が持ち上がることはなく、糸はスルスルと落ちてきた。体勢を崩した彼が倒れ込む。
皆は唖然として動けない。
糸は際限もないように落ちてきて、やがて糸の端が落ちてきた。それには白い布が結びつけてあった。
杉田がそれを拾い上げると、そこには「はずれ」と書いてあった。
生前に人の生命や財産を奪い、さんざん悪い事をしたのに、一匹の蜘蛛を殺すことをやめたくらいで天国に行けるわけがないのだった。