第一話
金ナシ定職ナシ女っ気ナシ三重苦の私、賀千谷満(がちやみつる)は、言ってみれば社会からスポイルされた人間だ。本来なら郊外に一戸建ての家でも持ち、大学に通っていてもおかしくない子供と、気立ての好い妻に囲まれた生活を送っていてもよさそうな年齢なのだが、バブルが弾けて以来、それらとは無縁の生活をずっと送っている。
平成という時代になってからこの方、まともに一つの定職を持った事が無い。
バブル真っ盛りの頃は、そこそこ優秀な営業マンと自負していたが、思い返してみれば、あの頃は普通にセールストークが出来れば、大概の人間がそれなりの給料を稼げてた。
大した学歴も財産も無い私の所に嫁に来た妻は、ある意味不運であった。
五年近くの結婚生活を曲がりなりにも送っていたのだから、互いに愛し合っていたとは思う。しかし、夫婦の最後は実に呆気無いものだった。
離婚の理由を強いて挙げれば、バブル崩壊と共に会社が倒産して、その事で生活が不安定になったのが一番かも知れない。
けれど、それは無理に付けた理由でもある。確かに、それまで勤めていた会社が消滅した事で、私が定まった職に就かず、生活の不安を妻に与えたのは事実だ。でも、それだけではない何かが二人の間に亀裂を生み、妻は実家に帰りその後、一枚の離婚用紙を送って来た。五年という時間は、私達を引き止める程の力を持ってはいなかった。
気楽になった独り身の私は、その後も定まった職に就く事も無く、その日暮らし的な日々を送っていた。気付いたら、もう五十という年齢になっていた。絵に描いたような人生の落伍者である。
それでも、東京という街で暮らしている限り、落伍者というようなはっきりした疎外感を感じる事は少ない。特に最近は、ワーキングプアだの格差がどうのこうのといって、私と似たような若い者を街のそこここで見掛ける。漫画喫茶にはネット難民と呼ばれる者が溢れ、新宿の早朝サウナを覗けばいつも同じ顔触れと出会う。隅田川のブル−シート
の住人達と何ら変わらないのだ。
四十代の前半までは、職を探すのにそれ程苦労は無かった。職を選びさえしなければ、取りあえず食べて行く事は出来た。中目黒の築三十年以上の風呂無し四畳半一間の生活も、贅沢さえしなければそこそこエンジョイ出来た。引き換えに、未来というものを諦めさえすればの話だが・・・。
さすがに、この所は極端に仕事が減っている。一般の求人雑誌では、殆ど自分に当て嵌まる仕事など載っていない。ハローワークなどとうの昔に職探しのツールから外している。資格らしい資格の無い五十男に職をくれる程、職安は親切では無い。
求人情報は、スポーツ新聞や夕刊紙から得た。そこには、ありとあらゆる職業が載っている。高級優遇、面談即決とあり、誰が見ても胡散臭げな匂いがぷんぷんした職業ばかりだ。が、年齢も前歴も問われないとなれば、少々胡散臭かろうが飛び付くのが人情というもの。詐欺まがいのやり方でお年寄りから大金を巻き上げるので有名なリフォーム会社、新聞拡張員、風俗店従業員、デリヘルのドライバー、闇金のテレフォンアポインター・・・。こんなのはまだまともな職の方だ。
ある時こんな求人があった。ドライバー募集、日払い三万以上とあったので、とにかく急いで電話をした。
指定された喫茶店に行ってみると、私と同年輩の男が一人待っていた。その男は私が席に着くなり、
「貴方は秘密を守れますか?」
そう尋ねられて意味が良く判らないのですがと答えると、今は詳しく言えないが、半日車を運転さえしてくれれば最低三万即金で払うと言われた。危ない匂いに警報ランプは点滅しっぱなしだったが、その時はとにかく現金が必要だったので働く事にした。
その仕事はドロボーの運転手兼見張り役だった。男は、昼間の高級住宅街ばかりを狙う、プロの空き巣だった。一週間ほど仕事をしたが、さすがにそれ以降は断った。
こうしてその日暮らしをしている私の唯一の楽しみは、出逢い系サイトで知り合った女性とのメールのやり取りだ。会うのを前提にしてるわけではなく、メールのやり取りだけで充分私には満足であった。何となく学生の頃の文通を思い出したりして懐かしがっている自分が笑えるが。
サイトの殆どがサクラを使ってるのは承知の事。私自身が嘘の塊で作り上げた別人を演じているからだ。自分ではない架空の人物になると言うのは、ある意味、現実逃避なのかも知れない。売れない役者になってみたり、大金持ちのセレブに化けてみたりするが、時には自分に近い人間を演じてみたりする事もある。
おかしなもので、まるっきりこっちが会いたいとアプローチをしないものだから、むしろ妙に信用されたのか、誘われる事が結構多い。メールのやり取りで、この人なら会ってみたいなと思う事も時にはあるが、現実の自分を晒す勇気は欠片も無い。ネットの世界は、所詮バーチャルな世界だ。現実とコミットさせられる若さは、私には無い。尤も、相手だってサクラだろうし、中にはネカマが紛れてる可能性もある。稀に本当の女性とメル友になったりして、どうして会って頂けないのですか?と、熱いお誘いを受けたりもする。世の中、欲する者には与えられず、望まない者に与えられるものなのだと、この年になって気付いた。
しかし、トム・ハンクスとメグ・ライアンのような出逢いはスクリーンの中だけの物語なのだ。
三回目の家出。
前は二回共一週間だけのプチ家出だったけど、今度は本気で頑張ってみようかなって思ってる。これといったアテがあるわけじゃないけど、取り敢えず渋谷に行ってみる事にした。
新宿はちょっとやばい系かなって感じで、好きじゃない。オシャレじゃないしね。
渋谷はクラブとかあるし、何より街がオシャレだもん。本当は、六本木とかの方がいいんだけど、アタシにはまだチョット早いかなって気がする。渋谷で女を磨いて、それから六本木デビューしようかなって考えてる有吉ナナ、あのナナと同じ名前でちょっぴりその気になっている十六歳の乙女、それがアタシ。
埼玉と千葉と茨城のド田舎トライアングルで生まれ育ち、地元の誰でも入れる高校に入学したけど、これといって面白い事も無い生活に飽きちゃってる今日この頃。
アタシの下着をこっそりタンスから引っ張り出して匂いを嗅いでいる三浪のニートな兄貴と、パート先のカラオケスナックで夜毎、若いお客を逆ナンしている元ヤンのママ。それと、いつも影が薄いくせに訳の判んない時に突然キレル加齢臭親父。
こんな家族に囲まれてるのにいい加減耐え切れなくなって初めての家出をしたのが、中三の夏。一週間も居なかったのに、家の連中は特に心配するでもなくみんな自分勝手な生き方をしていた。
二度目の家出は、志望の女子高に落ちた翌日。結局、これも一週間で戻ったけどその時にいろいろと世間の仕組みを勉強したから、次に家を出る時はちゃんとするんだって心に決めてたの。周りの手前があったから、一応滑り止めの高校には入ったけど、もうどうでもいいし。ファミレスのバイトで貯めた全財産を手にして、今日電車に乗ったんだ。
埼京線に揺られてバック一つで渋谷に来たけど、相変わらず人がメッチャ多い。改札出て道玄坂にネットカフェに行く途中で、三人のスカウトと二人のエンコー探しのオヤジに声を掛けられた。ちょっとメイクにリキ入れすぎたかな・・・。まあ、マイクロミニとラメ入りキャミのこの姿じゃ男が寄って来るのも無理ないか。
そういえば、ピチピチ十六歳の生足を見せ付けちゃったせいで、渋谷へ来る途中の電車の中で、ずっとエロィ視線浴びてた。正面に座ってた中年のオジサンがチラチラと視線を寄越すのが何だかいじらしくなっちゃって、二、三回足を組み替えたりしてチョットだけサービスしちゃった。見ててこっちが判る位きょどってたな。別にパンツ位見られるのはどうって事無いんだけど、エロィ視線で何時までもじっと見てんじゃねえよって、言いたくなる。やっぱキモィもん。男ってどうしてみんなエロィんだろう。まあ、女の子の中にもカオルみたいにチョーが付くヤリマンも居るけど。
ネットカフェに入って、PCのある個室に86,58,85のナイスバディを横たえる。
今日は、取り敢えずここがアタシのねぐら。早速PCをオンにして、ネットを開く。バックからチョトスを出して、フリードリンクのコーラと一緒にポリポリゴックン。
さてさて、お小遣いをくれそうなジジイは居ないかなっと・・・。