5:スキルを使わずに料理してみた
スキルのレベルを上げていたある日。
私は、【音楽】のスキルを使わずに歌を口ずさみながら加工して(ボタンを押して)いた。
「……スキル使わなくても歌えるんだから、スキル使わなくても加工出来るんじゃ……?」
ふとそう思った私は、試してみる事にした。
調理セットを展開する。
調理セットには、コンロが在る。しかし、包丁やまな板等は見当たらない。念の為に、台の側面が扉になっていないか引っ張ってみた。
すると、あっさりと開いた。中には、包丁・まな板・フライパン・鍋・皿・コップ等が入っていた。
「……そっか。皆、先入観で気付かなかったのか」
アイテム説明を読んで、ボタンを押して加工する以外の方法は無いと誰もが思ったのだろう。
ここはゲームの世界だけど、一応食材屋で売っている水で――水道が無いからだ――手を洗い、最初におにぎりを作ってみた。
アイテム説明には、『おにぎり』という名称しかない。
つまり、何の効果も無いという事だ。
これは失敗作なのか、それとも、料理が上手い人が作っても同じなのかは判らない。
食べてみると、ボタンを押して作った場合と同じく味がちゃんとあった。
【冒険者鞄】にも問題無く入る。
次に、野菜炒めを作ってみた。玉葱やキャベツが多少焦げた物が出来上がる。
アイテム説明には、『野菜炒め。薄味』とあった。
薄味なのは私の好みなので、ボタンで加工したのとは違い味付けが失敗したという訳ではない。
まあ、兎も角、スキルを使わなくとも調理出来る事は確認出来た。これなら、多分、他の加工も出来るのだろう。木工とか金工とかは、私には無理だけど。
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「まあ、そんな感じで……」
「うわー……盲点だった~!」
「ホントだ……開く……」
私が説明すると、軽い騒ぎになった。
そんな中、隣の盗賊が話しかけて来た。
「ところで、さっきっから泣いているあの女は何なんだろうな?」
彼が指差す方を見ると、金髪縦ロールの女キャラが顔を真っ赤にして涙を流していた。
「げっ!」
離婚したいと言っていた男が、彼女を見て青褪める。
「貴方……私の料理が下手だなんて大嘘を、ゲームの中でまで吐いていたのね!」
彼女が怒鳴ると、周囲の視線が集まった。
「う……あ……それは……」
「私は貴方の為に工夫して料理しているのに、何時も何時も酷い事言って……DVしているのは貴方の方よ!」
奥さんも同じゲームをしているのに、あんな事を言うとは……。
「真に受けてしまって、済みません。では、折角ですし、腕前を披露して名誉回復をしてみませんか?」
私がそう言うと、奥さんは途端に泣き止んで調理セットを展開し、食材を並べて行く。
何かの肉・キャベツ・白ワイン・塩・油……何を作るのか、私には判らない。
「困ったわ。ハーブが無いと作れない」
「ヒッ!」
旦那さんが小さく悲鳴を上げた。
「ハーブなら、ありますよ」
私は、露店に採取で入手したハーブを全種並べた。
「もっと安くして頂戴」
「充分安いと思いますが……」
私は値段を、表示される相場の値段そのままにしている。
「貴方もこいつと同罪よ!」
「……あ、はい」
半額にすると、奥さんは全て購入した。
『手袋をしたまま』調理を開始する。
肉をブツ切りにし、『洗わずに』千切ったキャベツを『肉を切った後洗っていない』まな板に載せた。
油をたっぷり入れたフライパンで肉を炒め、まだ表面が赤いがキャベツを入れ、沢山買ったハーブを恐らく全てドサッと入れた。
直ぐに弱火にしササッと炒めると、白ワインをドバッと入れ、塩をバッバッと入れた。
そして、蓋をして蒸す。
観衆が思いっきり退いていた。
「出来たわ! ……って、『失敗作』って何よ! バグだわ、バグ!」
露店に並べられた料理の説明を見ると、『??? 失敗作。とても塩辛い。食中毒になる確率中』とあった。
奥さんは、運営にバグだと報告しているらしい。
何人かが、手もキャベツもまな板も洗って調理してみている。油・ハーブ・塩・白ワインは少量にしていた。
当然の事ながら、アイテム説明には、『失敗作』とも『とても塩辛い』とも『食中毒になる確率』があるとも書かれていない。
<バグ報告を確認。調査の結果、バグを確認出来ず>
「クソゲーが! シネ!」
奥さんは空に向かってそう罵倒すると、こちらを睨み付けた。
「貴方、食中毒菌に汚染されたハーブを売ったんでしょう! 慰謝料払いなさいよ! 勿論、リアルマネーでね!」
<警告! シロガネーゼの規約違反を確認。脅迫行為を止めなかった場合、アカウントを削除します>
『シロガネーゼ』は彼女の事だろうか?
「私は悪くないのに、どうして!? 男尊女卑なんて最低!」
同意を求められたくないのか、女性キャラ達が逃げて行く。
「おい、あんた、早くログアウトした方が良い」
赤毛の男性が、旦那さんに囁いた。
「え?」
「作良人魚姫容疑者みたいに、強制終了させるかもしれないだろ」
母の名を耳にし、私は耳を疑った。『容疑者』って、どういう事?!
「……そうだな。ありがとう」
旦那さんも【市場】の外へ逃げて行く。
「私に恥かかせやがって! お前も追放されろ!」
シロガネーゼは装備を外すと、服を引き裂きたいのか力を入れた。
多分、私にレイプ未遂の冤罪を着せたいのだろうが、服が破れるなんてリアル演出は『ゲートには』無い。加工用のハサミでなら切れるだろうが。
「あー……何したいのか大体想像は着くが、自分で破こうとしていると言う目撃者多数の状況で何がしたい?」
盗賊が呆れたように話しかける。
「五月蠅い! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」
シロガネーゼは私の腕を掴み、胸に当てた。
<シロガネーゼの逆痴漢行為を確認。アカウントを削除します>
シロガネーゼは消滅した。
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家に戻った私はソファに座り、母が『容疑者』と呼ばれている事について考えた。
母が私のVRゲーム機を強制終了させた所為で私が死んだ。……そう言う事だろうか?
合鍵を渡したのは、ゲームを強制終了して貰う為では無かったのだが……。
母は逮捕されたのだろうが、祖父母はどうしているのだろうか? 自分達の娘が11歳で子供を産んでも、それを隠さなかった人達だ。普通に暮らしているかもしれない。
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翌日。
自分の葬式でもしようかと思って、棺(のつもりの木箱)を作り・墓石(インゴットに『作良藤の墓』と彫った物)を作り・(下手くそな)遺影を描いた。
更に翌日。
遺影を置いたテーブルに花を生けた花瓶と果物を供え、家の宗派のお経なんて覚えていないので、取り敢えず、「南無阿弥陀仏」と呟いてみた。
遺影を入れた棺(木箱)を埋め、墓石を置いて、自己満足終了。
『千の風になって』を歌いながら、果物を片付けた。
明日は、ギルドで試験だ。
名前:シロガネーゼ(白金に住みたい)
性別:女
髪色:金
目の色:茶
年代:大人
身長:普通
特徴:縦ロール
料理:ド下手(自覚無し)。ハーブってオシャレよね! 沢山使えば凄くオシャレよね!