25:愛しのエリザ
土曜日。
夜の本番を前に、リハーサルが行われる。場所は王城前広場である。
「皆、盛装ですね」
辺りを見渡してクルマとサイズにそう言った時、男性が近付いて来た。
「フジさんですね? 依頼を引き受けて頂き、ありがとうございます」
彼は楽団長だった。
「服装について記載し忘れてしまっていましたね。申し訳ありません。直ぐに用意を」
「あ。ありますから、大丈夫ですよ」
スキル【裁縫】で作ったのが大量にある。
因みに、クルマとサイズが課金でギルド倉庫を拡張してくれていた。……多分、私、ニートだと思われてるな。
私とクルマは黒のタキシード・サイズには黒のシンプルなドレスを着て貰う事にした。
「団長! ××は演奏するんですか!?」
赤いドレスを着た女性が曲目には無かった曲名を上げ、演奏するのかどうかと青褪めた顔で尋ねて来た。
私は曲名が理解出来なかったので、スキル【通訳】を使った。
「『愛しのエリザ』か……」
「あの曲は呪われています! だから、あの3人も……」
「あの3人って……ヴァイオリンとフルートとオルガンを演奏する筈だった人達ですか?」
私の質問に、2人は頷く事で答えた。
「呪われている曲……?」
「この曲を演奏すると、必ず演奏者の誰かが怪我をするのです」
女性の説明で、メンバーが募集された訳を理解した。
「なるほど。その曲を練習した所為で、ヴァイオンリン・フルート・オルガン奏者の3人が怪我をしたと」
「はい。元々演奏予定は無かったのですが、主催者がこの曲も演奏するようにと……」
「何が曰くがあるんですか?」
サイズが尋ねると、女性は首を傾げた。
「この曲は曲名通り作曲家がエリザという女性の為に作曲した曲で、2人は後に結婚していますし……」
「その当時から、呪いの様な現象が?」
今度はクルマが尋ねた。
「……この曲は、2人の死後に公表されたので……」
分からないのか。じゃあ、公表されなかったのは、呪い(?)の所為で怪我をしたからという可能性もあるな。
団長は主催者に、『愛しのエリザ』を練習したら団員が3人も怪我をしたと報告したそうだが、主催者は呪いは本物なのかと面白がって、絶対に演奏するように言ったらしい。今度は客が怪我をするかもしれないのに、無責任な……。
楽譜を貰い、練習を始める。
スキル【音楽】の楽曲リストを確認すると、???表示だった場所の1つに『愛しのエリザ』が表示されていた。
フルートを選択し、演奏が始まる。そして、フルートソロの部分に差しかかった時……。
「フジ!」
クルマの声に顔を上げると、私目がけて飛んで来た石が手の甲を直撃した。
「大丈夫か?」
「はい」
恐らく、普通の人間ならば骨折するぐらいの速度だったのだろうが、Lv41もあれば防具を身に着けていなくても、拳大も無い小石が1つぶつかった程度では大したダメージにはならないようだ。
辺りは静まり返ってしまっている。次は自分かもしれないと、誰もが恐れているようだ。
「……本当に、演奏するんですか?」
私達3人以外が狙われたら、当たり所によっては死んでしまうかもしれない。
「……向こうはお貴族様だ。聞きやしないよ」
そう答えたのは団員の1人だった。
「一応言って来るが……まあ、無駄だろう」
案の定、主催者は更に面白がったらしい。
重苦しい雰囲気の中、リハーサルが始まった。
問題の曲までは、何事も無く終わる。
しかし、『愛しのエリザ』のフルートソロパートが始まった時、【危険察知】のマップに反応が現れた。
念の為に【ペットBOX】から出して置いたヴェルが、何も無い所に向かって威嚇を始める。ヴェルには何かが見えているのだろう。恐らく、幽霊が。
団員達が怯えて演奏が中断されると同時に、ヴェルは唐突に威嚇を止めてこちらを見た。
『いなくなった』
「いなくなったそうです。演奏を止めたからでしょう」
「いなくなったって……何がですか?」
「ヴェル、何がいた?」
団長の疑問に、私はスキル【通訳】でヴェルに尋ねた。
『大きい透き通ってる人間? 肩辺りまでしか見えなかった。髪が長くて、怒った顔。鬼みたいな顔。手の爪長い』
「何か言ってた?」
『ワタシノモノダって』
「えっと……性別不明の鬼のような顔をした長い髪の幽霊のようなもの。『ワタシノモノダ』と言っていたらしいです」
皆にそう教えると、彼等は口々に想像を述べた。
「作曲家の霊?」
「盗作だったとか?」
「エリザの霊?」
取り敢えず、この中のどれなのか・どれでも無いのか、判断する為の材料が足りない。
「何にしろ、演奏を止めるといなくなるのならば、次は演奏を続けて貰わないと倒せるものも倒せない」
クルマの言葉に、誰かが希望を込めて叫んだ。
「倒せるんですか!?」
「スキル【浄化】等で倒せると思うが、私は使えない」
「私も覚えて無い」
「私もです」
クルマだけでは無くサイズと私も否定した事で、彼等は落胆した。
「でも、アイテムなら有りますよ」
もう1度『愛しのエリザ』を演奏すると、またフルートソロパートで現れた。
ヴェルが威嚇を始めたのを合図に、クルマとサイズが『聖水』を次々と投げる。
『ギャアアアアアア!!』
凄まじい悲鳴を上げ、何故か幽霊は見えるようになった。しかし、2人は其々99個使い切る勢いで『聖水』を投げ続けている。
『ダズゲデ……××サン!』
え? 聞き取れなかった。誰だって? 何でこっちに手を伸ばしてんの?
「××さんって、『愛しのエリザ』を作曲した?」
ちょっと、悪霊。五月蠅い!
「じゃあ、アレはエリザ?」
『××サンンン!』
「フジ!」
悪霊が私の方へ突進して来る。
『アイシテルワ! ××サンハ、ワタシノモノ!』
「人違いです!」
私は、目の前まで来た悪霊に『聖水』を投げ付けた。HPバーは、まだ半分も減ってない。
『エリザニハ、ワタサナイイイ!』
「そんなに好きなら、間違えるな!」
私は抱き付いた悪霊に怒鳴る。
『マチガウワケナイ! ダレヨリモ、カッコイイ!』
側まで来たクルマとサイズが、剣に『聖水』をかけて悪霊を斬った。
『グギャアアアアア!!』
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「これが、『愛しのエリザ』の作曲家の肖像画ですか」
土日の演奏会は無事に終わり――悪霊は退治されたと報告したら、主催者は残念がっていたらしい――、私達は作曲家の孫の家を訪れている。
「似て無いな」
クルマの感想に同感だ。
「イケメンとしか覚えていなかったのか」
サイズも呆れた様子だ。
「髪の色だって違うのに…」
「祖母の友人から話を聞いて来ましたが……悪霊は恐らく、祖母が祖父から『愛しのエリザ』を贈られた日に自殺した祖母の親友だろうと仰っていました」
近所に住むご友人の家から戻って来たお孫さんが、そう言った。
「何故そう思われたんでしょうか?」
「彼女は祖父に愛されていると思っていたそうで、『私の為に曲を作っているみたい。出来たら告白してくれるわ』と言っていたそうなんです」
「なるほど。自殺の理由は、恥……失恋ですか」
悪霊になってもおかしく無いな。
「わざわざ、ありがとうございました」
「いいえ。元はと言えば、この曲を公表した所為ですし。……怪我をされた方には申し訳無く思います」
私達は屋敷を出ると、ギルドエリアへ戻った。