21:酒場にて2
ヒグマのテーブルに着き、生姜湯だけを頼む。
「知ってるか? ここのソーセージは絶品だぞ」
「そうなんですか? じゃあ、それも」
暫くして、注文した品が運ばれて来た。
「付け合わせは、キャベツの漬物?」
「ザワークラウトだな」
食べた事があるらしいヒグマが教えてくれた。
「へー。……これ、凄く美味しいです!」
カリッとした歯応え・濃い肉の味。……こんなに美味しいソーセージは、リアルで食べた事は無い。
「そうだろう! まあ、ゆっくり味わってくれ」
私が食べ終えるまでは愚痴る気は無いようで、ヒグマはそう言った。
「昨日、叔父さん達に呼ばれて行ったんだけどさ」
食事を続けていると、隣の席からそんな声が聞こえた。
「従兄弟が猫恐怖症になったらしくって」
「えー? 何で? 大人でしょう?」
向かいに座っている女性キャラが、不思議そうに声を上げた。
「『猫に殺される』とか言って震えてたけど……実はそいつ、結構な猫嫌いで。嘘か本当か判らないけど、『彼女の飼い猫を川に捨ててやった』とか得意げに話すような奴なんだけどさ」
うわぁ……。
「どっちにしろ、最低! まだ付き合ってるなら、別れさせた方が良いよ!」
「大丈夫。理由は聞いて無いけど、とっくに別れてる」
ばれたんだろうなぁ……性格の悪さ。
「ひょっとして、猫の霊に祟られているとか?」
「かもな。それ以外に、あいつが猫恐怖症になるような理由は無いだろうし」
「ご馳走様でした」
「もう良いのか?」
「はい」
食べ終わったので、ヒグマの愚痴を聞く。
「で、会社で何があったんですか?」
「……去年から社長の娘がいるんだが……これが使えない奴でな。いや、使えないだけなら良かったんだが、ちょっとした事で直ぐキレるんだ。暴力付きでな。自分が優秀だと信じ込んでいて、何か教えると『それぐらい知っている』とキレる。当然、分からない事があっても誰にも聞かないで自分勝手にやり、注意したらキレる。部長以下には命令し、従わないとキレる。褒められないと、キレる。褒められても褒め方が気に入らないと、キレる。更に、客にタメ口&命令で、客に怒られてもキレる。他にも、同僚虐め・遅刻・無断欠勤と、どうしようもない奴なんだ」
横領は? 横領はしていないの?
「社長さんは、それを……?」
「知ってはいたけどな……娘を甘やかしている人だからさ」
ヒグマは、そこでビールを飲み干した。
「そいつが、先週、勝手に大口の取引先を訪問して……色々やらかしやがった。しかも、『報連相』無しに行方を暗まして……家でゲームしてたとか、ふざけんな!」
何やらかしたんだろう?
「それでも、社長は叱りもしなかった」
「何をしに行ったんですか? 営業?」
「そうらしい。『優秀な私は営業をするべきだと思ったから』だとさ。それで、押し売りに行ったら相手にされなかったのでキレて、PCのプラグ引っこ抜いて・社長を含む数名を罵倒して殴ったり蹴ったりして暴れたとか……警察沙汰だよ! 畜生!」
大丈夫?! 会社潰れない?!
「俺達、社長から、『君達の誰かがやった事にしてくれ』とか言われたんだぜ?」
何と言うブラック……。
「結局、社長は、『家の娘を名乗る偽者の仕業です』としらばくれたんだが、2人一緒に被害者側の悪口で盛り上がりながら食事している所を目撃&録音されて、結果、全国ニュースになりましたとさ!」
全国ニュースになるなんて……被害を受けた企業がスポンサーなのだろうか?
「そう言う訳で、俺の転職成功を祈って……乾杯!」
ヒグマはそう言うと、ウォッカを飲み干して潰れた。……『昏睡』の状態異常か。死ぬか死なないか……一応、中級万能薬を使っておこう。
「あらん。お兄さん、良い男ねえ……ご一緒して良いかしらん?」
そう話しかけて来たのは、胸の谷間が見えるワンピースを着た美女だった。口元に黒子がある。見覚えがあるNPCだ。
彼女は、返事も聞かずに私の隣に座った。透かさず【冒険者鞄】を反対側へ移動させる。
「あなた、冒険者なんでしょう? どんな活躍をなさっているの?」
彼女が親しげに私の腿に手を乗せたので、鞄の上に置いた手に力が籠る。
「聞かせて下さらない? お酒を飲みながら、ね?」
肩に手をかけるな! 腕に胸を押し付けるな! パーソナルスペースに配慮しろ!
「待ち合わせ場所に行かなければならないので」
クルマがログインした事を確認した私は、不機嫌さを隠しもせずにそう言って立ち上がった。
「……そう。残念だわあ」
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フジが去って行くのを不愉快気に見送った女は、ヒグマの側に移動した。
「随分飲んだのねえ。大丈夫?」
ヒグマが寝ている事を確認した女は、【冒険者鞄】に手を伸ばした。それを開けて手を突っ込んだ途端、彼女の手首が掴まれた。
「……スリか」
顔を上げたヒグマが呟く。
「助けてえ! 痴漢よお!」
これがリアルだったなら、彼女の言葉を信じた者も多かっただろう。
しかし、此処はゲーム内であり、攻略サイトが存在する。彼女はSS付きでスリだと掲載されていた。
「嘘吐いても無駄よ。証拠写真撮ったからね!」
「チッ!」
女は舌打ちして逃げようとヒグマの脛を蹴った。
「暴行罪追加だな」
「撮った?」
「バッチリ!」
女は、連絡を受けて到着した憲兵に連行されて行った。
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「クルマのクエストが問題無いなら、私はストレス解消に【伐採】や【採取】を行います」
私はギルドエリアに入り、ログインしていたクルマにそう告げた。
「問題は無いが……何かあったのか?」
「ヒグマの愚痴を聞いて……会社で問題が起きたそうなんです。全国ニュースになったとか」
「……もしかして、××の社長令嬢が××で暴れた事件か?」
私は頷く。
「二重人格だとか・悪魔に取り憑かれているだとか・呪われているだとか、主張しているらしい」
どれか1つに絞れば良いのに。
「その女がVRゲーム機を所有していた所為で、反VRゲーム団体が『VRゲームの影響だ』と言い出している」
そう言えば、シロガネーゼも事件を起こしたっけ。
「実際、そういう事件って増えているんですかね?」
「殺人事件が1件。……ただ、幼い頃から小動物を殺したり・暴力を振るったりしていたと言う証言があるからな」
「それを知っていて、ゲームの影響だと言っている訳ですね」
そして、それを信じる人がいる訳だ。
「そう言う事だな。VRゲームの所為で消費が低迷している・出生率が減っているとも主張しているな」
「それは、正社員の減少と低賃金の所為では?」
「だろうな。他には、テレビ離れも活字離れもVRゲームの所為だとか」
魅力が無ければモテないものなのに。
「新聞や本は兎も角、テレビなら、VRゲームをやりながら見られるようにすれば良いのでは?」
「ああ。それは、現在開発中らしいが……果たして、何割が見るのやら?」
その後、ヒグマは無事に転職出来たそうだ。