本棚整理作戦 ~特別編~
「ウー、トゥ、サー、フォ、フー、ロッ、ナー、エイッ」
「どこの言葉ですかそれは」
「ん? アリス語よ」
「……どういう意味なんですか?」
「1から8の掛け声よ」
俺と天長は今、家の廊下で本棚を運んでいる。というか引きずっている。
もちろん、ただ引きずるだけでは家の床も本棚も傷つくので、汚れてもいい毛布を折りたたんで床に敷き、その上に本棚を置き、毛布を引きずる形だ。
「そ、そうですか。 でー、これ、差出人が天王院エリス様になってたのですが」
「うん、お母様」
「あ、そうか、そうですよね。名前がそっくりですね」
「それ言ったら私達姉妹もだけどね」
「天長のお母様はどこに住んでるんです?」
「んー? まだスコットランドじゃないかなー。お母様イギリス厨だし」
「そんな厨初めて聞きました……」
そんなことを話しているうちに天長の部屋に本棚を運び終わる。
予め本棚が来る予定だったらしく、その分のスペースは確保されていた。
天長の部屋は全体的に少し薄いピンク色をしていて、床にはレッドカーペットが敷かれてるというお嬢様らしい広い部屋だ。棚の上には、俺が触ったらすぐにでも壊れてしまいそうな高級な置物などがいっぱいあり、赤いカーテンがかかっている天蓋付きベッドが印象的だ。
そして天長の部屋で最も一番特徴的なのが、尋常じゃない量の本棚と本。
「本棚いっぱいですね」
「毎年誕生日近くにお母様送ってくるのよねー……。それを1年で満杯に埋めてしまう私も大概だけど」
「誕生日?天長のですか?」
「そうよ?知らなかったの? 10月11日よ」
「えっ!! 明日じゃないですか!!」
「うん」
「俺、なんにも用意してないです……」
「いいわよ別に。他の人からもいっぱい貰えるし。たぶん」
「いや、でも……。 じゃあせめて、本を詰めるのを手伝わせて下さい」
「そう? じゃあ、お願いするわ。と言っても今年はあんまり本集めてないから、この棚にはマンガとかそっち方面をしまうことにするわ。あそこの段ボールに入ってるから、持ってきてくれる?」
「なんで箱型テレビの段ボール箱の中にマンガが入ってるんですか……」
「いいからいいから」
どうやらその段ボールにはほぼ満杯にマンガが入ってるらしく、かなり重たい。よく底抜けしないもんだと半ば感心しながら天長の元に運び、蓋を開ける。
「うわ、結構中身バラバラですね」
しまい方が結構雑だし、種類分けもされてないようだった。
「まぁそれを今から本棚に入れつつ整理するわけだから♪」
「そうですね。とりあえず全部出して、種類ごとに分けましょうか。そのあとで巻数を1から順に並び替えるというやり方で」
「オッケー」
俺はとりあえず一番手近な、『デス◯ート』から手を付ける。
「意外ですね。天長はこういう死を取り扱う系は嫌いかと思ってました」
「結構頭使うからね、それ」
「なるほど」
次は『ら◯☆すた』を手に取る。
「こういう緩いのも読むんですね」
「友達に押し売りされた。全部で1000円だったから別にいいけど」
「……」
『To◯OVEる』。
「あ、それは元々1~4巻持ってないから」
「なんでですか?」
「友達に借りて読んでからハマったパターンだから、続きしかちゃんと自分で買ってないのよね」
『はだしの◯ン』。4巻と8巻のみ。
「学校からの借りパク」
「……」
『ワン◯ース』。
「うわ、すごい量ですね」
「でもそれ20~29無くしてるのよね」
「あれ、56が2冊ありますが」
「……買い間違えたのねきっと」
「……」
『金田◯少年の事件簿』。地味に多い。
「それは貰い物」
「……」
そんな感じで話しつつも、順調に仕分けとソート作業が終わった。
「あ、ゴメン。ちょっとトイレ行ってくるから、適当に大きさ合う所にしまっておいてくれない? すぐ戻るから」
「分かりました。ゆっくりでいいですよ」
部屋を出ていく天長。
天長が仕分けしてた方のマンガというか本を見る。
「『緋◯のアリア』、『え◯えむっ!』がすごいいっぱいだな……ん、これは?」
表紙には、そこら辺のマンガより更に可愛い美少女が描いてある。
「……『生◯会長◯マは放課後M!?』……? な、なんだこれ!?」
その本が積まれてたスペースをさらに詳しく調べてみる。
「『お嬢◯は◯イド様!?』、『どれちょ! 生徒会◯レイ◯ょーきょー』、『もし大財閥のお嬢◯が催眠術を◯けられたら』、『生◯会長は◯ロゲー好き』……」
同じ系統で集めているのだから、順調に同族の本がゴロゴロ出てくる。
なんで表紙がほとんど金髪ものばっかりなんだ……。
「あああああああああああああああああっっ!!」
天長が大声を上げながら全力疾走で扉を開け部屋に戻ってきた。
俺と「これ」を交互に見る。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……見た?」
天長が青ざめた顔で聞いてくる。あんな顔の天長は見たことない。
しかし可哀想だが、俺の右手にはまさに『生徒◯長はエ◯ゲー好き』が握られてるわけで。
「……はい」
「…………うあああああああああ!!」
天長が絶叫を上げ、さっきまでの青ざめた顔から一転、すごい真っ赤な顔をしながら、取り返そうとこっちにすごい剣幕で走ってくる。
それに身震いしてしまった俺は、取り返そうとする天長の手を何故か必死に逃げていた。
天長も本気なので、いつの間にか俺は天長に押し倒されて、その本を奪われていた。
「天長!! この体勢は……!!」
「なによ!! 悪かったわね、女の子が、こ、こここ、こんな、エロいもの持ってて!!」
「……え、それ……エロいんですか?」
てっきりタイトルや表紙だけで、内容は健全なのかなと俺は思っていたんだが……。
「……あ」
天長も自分の失言に気づいた。天長、自爆の瞬間である。
「ふ、ふふん!! すごくエロいわよ、これ」
開き直った。
「てか天長、この体勢マズイですって」
俺は床に仰向けに倒れ、天長がそこに馬乗り状態だ。いくら使用人と主の姉(雇い主)という関係でも、俺も一応健全な男子大学生なわけで。
「…………イヤ?」
「はい?」
天長の声があまりにもか細くて、よく聞こえなかった。
「だから!! こ、こういうのを持ってる私……イヤ? そんな私に、こんな感じで乗られるの、イヤ……?」
「…………いやじゃないですよ別に。 天長は普段グループを引っ張って、長女もやって、すごく立派に見えますけど、やっぱり年頃の女性ですし。女だからエロいの読んじゃ駄目とかおかしいとか、そんなことないと思います。むしろ可愛いと思います。 乗っかられるのも正直言うと、嬉しいです。それ以上に恥ずかしいですけどね」
天長の涙目が俺の心を打ったので、俺は笑顔で正直に答えることにした。
それでなくても俺は嘘が下手だし、極力つきたくない。
そしてまた天長は、嘘なんかつけなくなるぐらいの綺麗な瞳をしていて、なんか天長の前だと、自分をごまかすことが馬鹿らしくなってくる。
その天長の綺麗な目が、俺の顔に近づいてくる。
「ホントに……? ホントに引いてない?」
天長のサラサラの金髪ロングストレートが、俺の頬をくすぐるほど枝垂れかかってくる。
「はい、本当です。むしろ安心しました」
「?」
「俺にとって天長って、別次元の人みたいな遠い存在に感じてしまうことがあったので。こういう普通の女の子な一面もちゃんと持ってるんだなあって」
「…………じゃあ、さ……」
そう言うと天長は更に顔をゆっくり近づけてくる。お互いの吐息まで聞こえそうなほど。
天長の顔が更に真っ赤になる。
「……私と……キ……」
バンッ。
「お姉さま!! 今の悲鳴は!?」
「お姉ちゃん!! 大丈夫!?」
急に部屋の扉が開き、アリフとアリルが入ってきた。
俺らと視線が交わる。顔と顔の距離が5センチもない俺らと。
その瞬間、アリフは口をあんぐり開け石像のように固まり、アリルの背後からはなんだかどす黒いオーラがメラメラと燃え上がった。
「私のお姉さまについに毒牙を……死ねええええぇぇぇぇ!!」
その後俺がアリルに半殺しにされたのは、言うまでもない。