公望、人間界に降り立つ。其の一
今日も今日とて平和な仙人界。庭では花鈴が術の開発に勤しんでいる。それを縁側に座りながら見ていた公望は、平和な時間とは裏腹に心が落ち着かなかった。人間界の事がずっと気になっているのである。人間界は荒れていた。特に最近目立つのは象の国(旧中国)である。
人間界は大きく変動したのだ。公望がまだ人間で25になろうかなるまいかしていた20XX年、地球の核が揺れ動き全世界に大規模な地殻変動が起こった。ありとあらゆる断層、プレートが動き、その大地震により地は割れ分断し、建物は倒壊。さらに二次災害で大津波が各国で相次ぎ、死傷者、行方不明者の数は数え切れず、文明も崩壊しかかっていた。公望の故郷である日本なぞ、半分以上が海中に引きずり込まれ沈没し、移動するプレートに乗って太平洋を横断。現在はアメリカ近くに位置している。その後、復興に力を入れていた各国に止めを刺す最悪の出来事が起こった。第三次世界大戦である。このありえない自然災害に社会情勢は混乱したのは言うまでもないが、その時今まで世界のトップに立っていたアメリカの力が弱まったのを良いことに某国の軍部が暴走を始め、あろうことか全世界に核弾頭を発射したのだ。それをきっかけに各国も持ちえるすべての核弾頭、近代兵器を用いて入り乱れ状態。もう人類滅亡か?という寸前で、各国の主力武器がなくなり第三次世界大戦は自然消滅したが、近代的文明はほぼ失われ、若干現存しているのは、アメリカ、ロシア、イギリスぐらいである。その他の国は文明が退化し、一から作り直すこととなった。特にこの戦争の影響を受けたのが中国だったのである。完全に荒地となり、残った者たちによりやっとかっと復興作業が続けられ、象の国が建国されたのである。ちなみに、日本は、医療分野の文明のみかろうじて残り、世界の人々を救うため医療に力を要れ発達させている。それ以外の文明、文化は江戸時代頃に近いかもしれない。
公望は、大地震を何とか生き延びた後直ぐに大老君にスカウトされているので、戦争は経験していないのだ。
さて、そんな人間界の状態で人間達は必死に復興作業に勤しんでいると言うのに、何故か象の国がすこぶる荒れているのである。最初は新たな統治者の手腕により順調に復興していたが、何年か前から社会が崩れ始めている。公望はそれが気がかりだった。
どうしようかと考えてた時、連絡用宝貝が鳴り大老君から公望は呼び出しを受け、花鈴と共に蓬莱山へと向かう。公望は大老君に会う前に竜吉のところに行くと、竜吉に花鈴が相談したい事があるから聞いてやってくれと頼み花鈴を預け、単身大老君の部屋に入っていった。
「お呼びですか、師匠?」
「呼んだから来たのであろう?」
「で、何です用件は?」
「うむ、人間界の事じゃ。最近象と言う国が異常を起こしておる」
「そんな事はとっくに知ってます」
「なら話は早い。実はそなたに象の国に降り立ち、新たな国を建国する手助けをしてもらいたい。最初人間達で何とかするかと様子を見ておったが、もはや限界じゃ。即刻新たな統治者を設け新国家を造らねばならないとわしは判断した」
「法度は?いくら私でも、仙人がそんな大規模な関与は許されないでしょ?」
「おぬしだから頼めるのじゃ。そなたは例の件があって人間界には詳しい。むしろおぬし以外に任せられる者はおらん。しかもじゃ、どうやらその象の異常の原因が妖怪仙人、名を猫姫と言うが、そやつが関係しているらしい。人間に仙人は倒せん。じゃから、おぬしはそやつを人間界から排除し、新しい国造りに手助けしてもらいたい」
「まあ、わたしも象についてはずっと気がかりでしたので、やれというならお引き受けしますけど、条件があります」
「なんじゃ?」
「花鈴を共に人間界に連れて行きたい。いろいろ手助けをしてもらいたいし、その任務は時間がかかります。それでは、花鈴が心配しますし、面倒も見てやらなければ。というか、嫌でも花鈴は私に付いて来ると予想できますので、許可を出してもらいたいのです」
「それはならん!おぬしも知ってのとおり、仙人は人間界に関与してはならないのが掟。今回の事は先に言ったとおり、おぬしじゃから頼めるのじゃ。一般の仙人、道士を送るわけにはいかん。それに、花鈴は既に一人前に成長しておるじゃろ。教える事も教えてあるようじゃし、もうおぬしが面倒見る必要はあるまい」
「花鈴を連れて行けないならお断りします。花鈴の性格上、無断で私の後を追っかけてくるでしょう。そうなれば、師匠である私に責任がかかります。それでは、困りますので許可が出ないなら行きません」
「行け、命令じゃ」
「嫌です。許可を出してください」
「だめじゃ、単身で行け」
「では、断ります」
「いーけっ!」
「いーやっ!」
こんな押し問答が続く事かれこれ数十分、結局大老君が折れた。今回は特例と言う事と仙人界で内緒にする事にして、許可を出したのだ。それを聞いて満足した公望は部屋を後にし外に出て行った。すると部屋の外では花鈴が竜吉との話が終わったようで待っている。花鈴に事情を説明すると案の定、絶対付いて行くと言い張ったものだから二人して人間界へと降り立ったのだった。
人間界上空
「わー!懐かしい!!何年ぶりだろう、人間界に来るもの。私生まれて一度も故郷から出た事なかったんで、一度外の国に行ってみたかったんですよね」
花鈴は感嘆の声を出して、始めて見る異国の地を上空より眺めていた。一方公望は頭を悩ませている。
「どうしたものかの。新しい統治者を立てると言ってもそう簡単にはいくまい。まず戦は避けられんじゃろうし。また争いごとがあるのか・・・」
「え?どうしてですか?話し合いで解決すればいいでしょ?」
「それが無理なんじゃな。わしもできればそうしたいんじゃが」
「何故です?」
「ちと説明せねばならんの。まず象の国は独裁政権を取っておる。何故民主主義にしなかったと言えば、元々そういう社会ではなかったのもあるが、象を建国する際、元中国の人々は滅んだ自分達の国と文明に途方にくれていた。もうどうして良いかわからない状態だった。周りの国からも援助は期待できん。その時、現皇帝の公譚という若者がおった。その者は才気に溢れ、人をひっぱって導いていく能力も高くカリスマ的存在じゃった。カリスマと言ってもわからんと思うが、要は皆から頼られる存在じゃったのじゃ。人々はこの人に任せておけば自分達を良い方向に導いてくれると期待した。そうしてその者を祭り上げ、公譚を皇帝とし象の国を建国した。当初は、皆の期待通り公譚は良き皇帝じゃった。民の意見を良く聞き、それはすばらしい政を行っておったものじゃ。それが、数年前からおかしくなり始めた。政を一切行わず、重税をかけ民を苦しめだした。もはや、国としてなりたたん状態まで持っていってしまったのじゃ。そこでわしらが借り出されたのじゃな。なにやら、妖怪仙人も絡んでおるようじゃし」
「だから、それとこれとどうして戦が起こるんです?」
「うむ。独裁政治を行っておる以上、新しく建国するには、その者が自発的に退くか力ずくで倒さねばならん。しかし、公譚は退く気なぞない。そうすると革命を起こすしかない。それは戦を意味する。革命そのものが武力行使みたいなものじゃからな。さらに基本的に象の国では革命はご法度中のご法度。考えただけでも死罪ものじゃ。じゃから、革命を起こす者は、なにがなんでも成功させねばならん。じゃが、革命は早々簡単にいくものではない。そもそも自分達で祭り上げた皇帝であるから、公譚を敬い、逆らうと言う概念すら持ってはいけない。と言うよりもその様に洗脳されておる。じゃから、どんなに腐った皇帝でも革命を起こそうとする者がおらんのじゃよ」
「じゃあ、やっぱり戦は起こらないんじゃないですか?その革命を起こそうって人いないんでしょ?」
「いや、象の国にはおらんかもしれんがそれ以外の国におるとわしは思う。象の下にはな、小さいながらも直属の国が存在する。北に位置する北越、西に位置する西漢、東に位置する東宮、南に位置する南秦。これら四つの国がそれぞれ公譚の命により統治者を設け象の国を支えておる。わしの調べによると、以前その四人の統治者が公譚に政をしっかり行い前の皇帝に戻ってくださいと直訴したらしいのじゃが、公譚はその四人を処刑したそうじゃ。それにより、今は跡継ぎのいた北越と西漢がその後を引き継ぎ、残りの二国は摂政が代理をしている。で、北越と西漢じゃが、そのどちらかがその処刑問題に対して反感を強く持ったと思っておる。なんてったって親が意見しただけで殺されたのじゃからな。おそらく、そのどちらかが革命の意思を持っておるのではないかな。すなわち、放っておいてもいずれ戦にはなっておるじゃろ」
「そうなんですか」
「うむ。しかし、先に行ったとおり革命は簡単ではない。真っ向から立ち向かってもまず勝てん。公譚の下には10万の兵がおるが、四カ国はそれぞれ2万ぐらい。あわせても6万が良いところじゃろ。4万の戦力差はでかいぞ」
「あ、それで私たち仙人の奇跡的力を貸してその戦力差を埋めようと言う事ですね」
「いや違う。わしは、人間達の事は人間達に解決させようと思う。わしらが力を貸すのは知恵ぐらいじゃ。戦と言うものな、どんなに戦力差があっても兵法次第で覆す事もできるのじゃ。特に、公譚の兵は数が多くとも心は既に公譚から離れておるじゃろ。そこを突こうと思う。しかし、一カ国が革命を起こしても意味がない。まず、やはり戦力差に限界があるのと、革命を起こした者が新たな統治者になるのじゃから、周り四カ国すべて民から慕われ納得いく相手でないと建国しても直ぐ問題が生じる。もしかしたら、公譚以上に駄目な存在かもしれんからな」
「では、どうするのですか?」
「うむ。西漢に行こうと思う。確か西漢の跡継ぎはしっかりした者であった気がするのじゃ。で、話を振ってみようと思っておる。ただ、現状でわしらの様な怪しげな身元不明者を会わせてくれるかどうか・・・」
「とりあえず、行くだけいってみましょうよ。考えていても埒がありませんよ」
「そうじゃな」
花鈴に促されて、西漢に向かった。途中象の現状を把握するため立ち寄ってみたのだが象の内情はひどいものだった。民は痩せこけ、仕事もなく道端に座り込み、ところどころで食べ物を求める声が聞こえる。死体すら道に転がっていた。しかし誰も気にも留めない。自分の生きる事で精一杯、明日はわが身と言った感じだった。一方、城の前に差し掛かかるとそれは華やかな声が聞こえてきた。中から食べ物の良い匂いがする。それにつられ民衆は城の前に群がっていて、衛兵が民衆をど突き倒している。
「ひどいですね・・・」
花鈴が思わず声を上げた。公望もうーむと唸る。その光景を焼き付けて、いざ西漢へ。実際西漢についてみると、象とは打って変わっていた。活気の良い町並み、元気の溢れる人ごみ、様々な店が立ち並び食材が豊富に売られていて、店員の元気の良い客引きの声がところどころから聞こえる。その場に居るだけでうきうきする様な、そう、祭りの時の様なそんな気持ちになる国だった。
「ほぉー、やはりこの国は良い治世を行っているな。前の統治者王貴の時は何一つ心配はなかったが、王貴が死んでその跡継ぎである仏貴に変わったときは心配じゃったが、これなら文句はないわい。後は焚き付けるだけか」
花鈴は生まれて始めて見る人の多さ、店に興味津々と言った感じできょろきょろ辺りを見渡しながら、迷子にならないよう公望の後について行く。城の前に来ると門の前に、衛兵が立っていた。公望は気にせず中に入ろうとすると、やはり止められる。
「何者だ!」
「この度、仏貴様にお目通りしたく思いまして参った旅の者です。重大な話を仏貴様にしたくて、はるばる遠方より参りました。ぜひ、取り次いでいただきたい」
「ならん!身元のはっきりしない者は何人たりとも入れないのが決まり。早々に立ち去れ!」
やっぱりな〜っと公望は、やれやれと困った顔をした。そこで奥の手を使う。
「そこを何とかお願いしたい。亡くなられた王貴殿の知人としてなんとしても子である仏貴様には会っておきたいのです」
「な!おまえ、王貴様の知り合いの方か!?」
「はい、王貴殿からもし自分何かあったら息子を頼むと言ずてをもらっております。これが証明書です」
袂から一枚の紙を衛兵に渡した。そこには王貴の字と証明印が書かれ確かに公望に息子を頼むと書いてある。
「よ、よし。どうやら本物のようだな。では、王貴様の遺言どおりお前を通してやろう。付いて来い」
「どうも〜」
二人は衛兵の後を付いて行く。その間花鈴がひそひそ声で聞いてきた。
「お師様、王貴って人と知り合いだったんですか?」
「んな訳あるまい。知り合いどころか話した事すらないぞ」
「じゃあなんで、手紙なんて持ってたんですか?」
「偽造じゃよ、偽造。こうでもせんと入れてくれんと思ってな。念のため作っておいたのじゃ」
「お師様、嘘は良くないですよ!」
「しょうがないじゃろ。他に方法がない。まあ、とにかくこうして中に入れたんじゃから文句を言うな」
「仏貴様!亡き王貴様の知人と言われる方をお連れしました」
「なに親父の知人?」
謁見の間に通された二人は仏貴と始めて顔を見合わせた。衛兵は挨拶し手紙を渡すと持ち場に戻っていく。手紙に目を通した仏貴は、改めて公望を見た。
「おまえが、親父の知人とかいう公望か?」
「はい」
「ふーん。で、俺に何の用だ。手紙には息子を頼むと書いてあるが、お前が何かしてくれるのか?」
「ええ、実は折り入って仏貴様にお話があってまいりました。内密の話ですので、まずお人払いを」
「わかった。皆、下がれ!俺はこいつと二人で話しをする」
仏貴の命令に従い、家臣の者達は皆その場を去っていった。残されたのは、三人のみ。
「で、内密の話とは?」
「それを踏まえ、私どもの事を話しておきましょう」
公望は、自分達が仙人と呼ばれる存在であり王貴と知人だというのは嘘だと正直に言った。それを聞いて、仏貴はさして驚いたわけでもなく平然と答える。
「だろうと思った。親父からお前の様な知り合いが居るなんて聞いた事なかったからな。で、仙人だっけ?身分を偽ってまでその仙人様が俺に会いに来たのは何だ?」
「うむ、実はそなたに革命を起し公譚を倒して新しい国を作ってもらいたくやってきた。本来仙人は人間に関与してはならないのが掟なのじゃが、最高責任者より命を受け特別に参った」
「公譚を倒すだと?ははは、今更だな。俺は元よりそのつもりだ。公譚の政治はもうだめだ。改善を求めるよう意見を言いに言った父も処刑された。その時点で俺は公譚を倒す決心はついている。今その準備中だ」
「なら、話は早い。しかし、まさかそなた西漢のみの力で公譚に立ち向かう気ではなかろうな?」
「悪いか?」
「阿呆か。西漢のみで勝てる分けなかろう」
当然のように言ってのけた仏貴に公望は呆れた。
「ふん。確かに公譚は多くの兵を持っているが、使い物にならん。所詮烏合の衆。俺の兵だけで十分だ」
「あのなそなた、もう少し頭を働かせろ。そなたの兵がどれだけ強かろうとも、やはり8万の数の差は埋まらん。それに、仮に公譚を倒せたとしても、周りの国が納得するかはわかるまい。新しい国を作り、新たな統治者になるには、他の三国の了承を得、協力を要請せねば建国しても成り立たん。まさか、唯倒せば良いとか思っておったのではないだろうな?」
「うっ」
仏貴は図星だったようで言葉に詰まった。何でこの様な者が良い政を行っているか公望は不思議でならなかった。
「じ、じゃあ、俺にどうしろと?」
「まず、残りの三国に連絡を取り事情を説明せよ。そして、自分が新たな皇帝になることに同意してもらって、そこで初めて行動を起こすのじゃ。西漢だけでは、兵力は二万でも四カ国集まれば6万ぐらいはいく。それだけあれば、十分象とやりあえるじゃろ。そこでじゃ、わしを参謀として向かい入れてくれぬか?」
「お前を参謀に?」
「そうじゃ、わしは仙人としてそなたに力を貸すつもりはない。あくまで意見を言うだけじゃ。人間の手で解決せねば、誰も納得せんからな。わしの役目は、知恵を授ける事と裏に潜む妖怪仙人を排除することじゃから」
「ん?公譚にも仙人が付いているのか?」
「そうじゃ、じゃからわしがここに来た。人間に仙人は倒せんからな」
「そうか・・・」
「で、用件は飲んでくれるのか。と言うか飲んでくれねば来た意味がない」
「わかった。あちらにも仙人が付いているのでは、こちらも分が悪い。では今日よりお前を参謀として迎えよう」
「うむ」
「で、俺はまず何をすれば良い?」
「じゃから、すぐに三国に文を送って了承及び協力を要請しろ。まずはそれからじゃ。わしは裏におる妖怪仙人の事を調べる」
「よし!では、すぐに準備しよう。早馬を使えば、往復で2週間ほどで連絡が取れるはずだ」
「頼むぞ。あ、後、兵を動かす際、農業用の道具を持ち歩かせるように各国に指示してくれ」
「何故だ?」
「それはいずれわかる。では、わしはもう一度象に行って来るから任せたぞ」
「あ、ああ」
こうして、西漢の参謀となった公望は下調べのためまた象へと向かったのだった。花鈴は私は何をすれば良いですかとしきりに聞いてきたが、今は特にすることがないので観光でもしておれと公望は花鈴に命を下した。