公望の女性に対する想い
大乙の部屋からは、何時しか楽しげな笑い声が聞こえてきた。作業場の方で、大乙と世間話をしていた公望は、その笑い声を聞いて満足そうにうんうんと頷いた。
「どうしたの、公望?」
「なに、花鈴がな、なにやら元気がなさそうだったので心配していての。宝貝もやりたかったし、姉に会わせれば少しは元気になるかと思って、そなたの家に連れてきたのじゃよ。今楽しそうな笑い声を聞いて安心した」
「ふーん。過保護なのは変わらないね。でも、めずらしいんじゃない?」
「なにが?」
「だって、公望。女の人って嫌いでしょ?昔から、女は何を考えているかわからん!あんな、別次元の生き物のことなんて知った事か!って散々文句言ってたじゃない。それなのにいくら世話好きの公望でも、女の人を相手にこんなに思いやるなんて弟子とはいえ正直予想してなかったよ」
「ん?そうか?わしは、これと言って意識はしておらぬが。そなたや妖仁の事を思いやるように思いやっておるつもりじゃが。でも確かに、弟子とはいえ女。しかも、人間で言えば一番難しい年頃じゃろ。わしとて、別に完全に心を許しておるわけではない。ただ、わしが師匠として自分が思い描いていた通りに行動しておるだけ。自分で弟子に対してそうしてみたいと昔から思っていただけじゃ。父親的な気持ちかも知れんな。わしは、人間だった頃、もし仮に結婚したら絶対女の子が欲しくて、望み通り、子が女の子だったら溺愛して親馬鹿になろうと決めておったから。そのなごりじゃないか?」
「へー、父親ね」
「いや、父じゃなくとも兄でも良いんじゃが。とにかく、妹か娘が欲しかったからな」
「女性嫌いなのに?」
「それとこれとは、違うぞ。やはり家族と他人では、想いの価値が違っているのじゃ。わしが気に入らんのは、他人の女性じゃ。血が繋がっておれば話は別じゃよ」
「でもさ、実際こうして見ず知らずの他人の女の子を弟子にしてみてさ。少しは女の人に対する見識が変わって来たんじゃないの?」
「そんなことはない。わしは相も変わらず、見識に変化はない。花鈴とて共に暮らしておっても、何を考えておるかなぞ、今だわからんし、師弟関係といっても、わしのような者を本当に師として認め、尊敬しておるとは思っておらん。むしろ、花鈴も心の中ではうざいだの、こんな腐った師匠から早く離れて独立したいだのと思っておるのではないか?だから、花鈴も頑張って仙人に早くなろうと努力してたりするのだと思う。あやつも、何気に優しいからな。心の内を表面に出さないようにしているのじゃろ」
「僕は、そうは思わないけどなぁ。最初花鈴に会ったときの印象は、本当に良い子だと思ったけど。だから、公望の弟子に勧めたんだし。じゃあ、今でも公望は女性嫌いは変わってないんだ?」
「まあな。やはり人間だった時、特に一番人格が形成される時に女性に対する認識が、決定付けられてしまったからの。そう易々と変わらんよ」
キセルをふかしながら、公望は正直な気持ちを言った。今の所、心から信頼できて、安心して何でも話ができるのは、この大乙と妖仁、後は最近になって普賢ぐらいだった。
「ふーん。僕は、人間だった時、女の人を好きになるのは人の本能で、それが当たり前の感情だって思ってるから、僕にはとても公望の気持ちは理解できないな」
「わしとて、最初はそうじゃったぞ?でも、生きている上で本能を覆すぐらいに痛い目をくらい、トラウマになっておるだけじゃ」
「そのトラウマ。治ると良いね」
「別に、どうでも良くないか?」
話はよく聞いていても、本当に女性に興味を示す事のない公望を、大乙は昔から不思議がっていたが、そういう人も広い世の中にはいるのだろうと思ったし、その公望のトラウマにあえて触れるのも可哀想と考え、深くは突っ込まなかった。そうこうしている内に、花鈴と花憐が戻ってくる。
「帰りましょ。お師様」
「もう話は良いのか?」
「はい。ゆっくり話ができましたし、お姉様もまだ作業の途中だって言ってますから、これ以上お邪魔していたら、逆に迷惑がかかってしまいます」
「そうか?そなたが良いなら、わしも良いが。では、帰るとするか。邪魔したの、大乙、花憐」
「いいよ、何時でも来てね」
「公望様、今度は私ともゆっくり話をしてくださいませ」
「うむ」
「じゃあ、お姉様。今日は本当にありがとう!またね!!」
「ええ、花鈴。例の件、私があげた本をしっかり読んで勉強しておきなさいね。あなたは、まだ、あの事に対する根本的知識がなさすぎるから。その本は、きっと攻略のためになると思うわ。頑張るのよ」
「うん!!」
「では、花鈴。参るぞ」
二人は風麒麟に乗り、大乙家を後にした。今日は大気が穏やかで、すこぶる気持ちが良い。散歩がてら、風麒麟に回り道をしながらゆっくり飛ぶように頼むと、公望はぽけーっとした。それとは対照的に、後ろに乗っている花鈴は必死になって、本を眺めている。そこで、花鈴は重大な事に気が付いた。
「お師様。お願いがあるんですけど」
「なんじゃ?」
「私に、文字を教えてください」
「文字?」
「はい。私、お姉様から本をもらったんですけど、考えてみれば私、文字が読めなければ書く事もできないんでした。せっかくの本が役にたちません」
そう、生まれてこの方、花鈴は人間世界の勉強と言うものをしたことがない。山奥の辺境の地で育ったため、そんな環境になかったし、必要なかった。だから、当然文字も読めないし書けない。姉の花憐は、宝貝造りのため大乙から一般教養を受けていたが、花鈴は公望からその類の教育は受けてこなかったのだ。
「なんじゃ?そなた、文字を知らんのか?わしは、てっきりそれぐらいの教育は受けておると思っておったが。そうか・・・、意外じゃな。しかし、文字といっても種類はたくさんあるぞ?どの文字を教えてもらいたいのじゃ?」
「あ、お姉様からもらった本さえ読めればいいんですけど」
「どれ、その本貸してみよ」
「え!?そ、それは、できません」
本を覗き込んできた公望に、花鈴は、慌てて本を自分の後ろに隠した。花憐から、公望に絶対見せるなと言われていたからだ。
「見せてもらわなければ、どの文字を教えてよいかわからぬであろう?」
「あの、たぶん、大乙様の所に有った本なので、仙人界で使われている文字だと思うんですけど」
「ふーん。なら話は早い。そなたも仙人になる以上、文字も扱えんとは話にならんからな。良い機会じゃ、仙人界の文字を近いうちにでも教えてやろうかの」
「い、いえ。近いうちにではなく、直ぐ教えてください。私、今日にでもこの本を読みたいんです」
「ほう〜、そんなに興味のある本をもらったのか?どんなのじゃ?」
公望もさすがに気になったらしい。見せろと言い寄った。しかし、いつも素直に言う事を聞く花鈴が、珍しく頑として断った。公望はさらに気になる。
「わしに見せれんようなものなのか?はて、大乙の家に花鈴がそんな意固地になるような本があったかの〜。まあ、あやつの家は、膨大な本を持っておるからな。わしもすべてを把握しておるわけではないが。確かに変な本も多々あるが、花鈴がそこまで断る本とは一体・・・???」
「と、とにかく、お師様。文字を教えてください!」
「ふーむ。まあ良いか。なんにせよ本に興味を持つというのは良い事じゃ。では、教えてやろう。なーに、仙人界の文字などさして難しいものではない。阿呆なわしでも、直ぐに覚えれたんじゃ。優秀な花鈴なら、あっという間じゃろ」
興味を持つのをいったん置いといて、文字を教える事にした。袂から紙と筆を取り出す。そして、一文字一文字丁寧に教えていった。花鈴は真剣になって覚えていく。元々頭の回転の速く、賢い花鈴は、本当にあっという間に全部覚えてしまった。ちなみに、何故花鈴が賢く、頭の回転が速いとわかるかと言えば、最初公望が学問を教えていたときに、その飲み込みの速さで、この子は賢いと公望自身気づいたのだ。
「ありがとうございました!」
「うむ。おや?気が付けば、家のすぐ傍まで来ておるではないか。では、もう一つ花鈴には教えたい事もあるので、風麒麟すまんが、家まで行ってくれ」
「仰るまでもなく、わかっておりますよ」
風麒麟は、最初から公望の行動を予測していたかのように、さっさと家に向かっていた。程なくして、家に着く。
「さて、そなたに教えたい事なのじゃが・・・」
「あっ!すみません、お師様!私、直ぐに本を読みたいので、その教えたい事というのは、明日にしてもらえませんか?」
「んん?別に構わぬが」
「本当、すみません!あ、それと私、仙人試験はまだ受けない事にしたので」
「そうなのか?だって、そなたあんなになりたがっていたではないか」
「いえ!考えを改めたんです。私の様な未熟者が仙人になるなんて、とてもとても。もっとお師様の下、修行に励みたいと思います!」
これは、花憐に教えられた言葉である。
「そ、そうか?別にもう仙人として教える事はないんじゃが。十分そなたは仙人になってもよいと思うんじゃがなぁ。早くになって、さっさと独立した方が修行になると思うぞ?」
「いいんです、いいんです!それでは、そういう事なんで、私、自室に戻ってますね」
花鈴は大事そうに本を抱えながら、さっさと部屋に戻っていった。一人取り残された公望は、全く訳がわからないと言う感じで、呆然と立ち尽くした。
「やはり、女の考える事はわからん」
はーっとため息をつきながら、今だ凍りついている庭見て、印を組んだ。すると空間が歪み、氷はすべて消え、滝は流れ落ち、元の暖かな風景に戻った。そして、おもむろに風麒麟の部屋に向かう。風麒麟は大事そうに、卵らしき青く丸い物体を抱えている。
「どうじゃ、風麒麟。そろそろ、孵りそうか?」
「はい。丁度良い頃合に、生まれてきそうです。おそらく明日の朝には、花鈴殿ぐらいの背丈の人なら乗せる大きさには成長するかと」
「そうかそうか、それは良いタイミングじゃ。それより、花鈴を主としても良いのか?」
「もちろんです。公望様の弟子なら、問題ないかと」
「ふむ。まったく、仙人になる条件はすべて整え、全力を持って手助けしてやったというのに、いきなりころっと意見を変えおって。どうして、わしはいつもいつも、相手を思いその者の望みのためにしてやった事が台無しになるのかの。しかも、対外限って、その相手と言うのが女ときておる。じゃから、女の言う事は信用できんのじゃ。女はいっつも、わしの事を振り回しおる」
「まあまあ、花鈴殿はまだお若いのですから、良いではありませんか。それに、公望様にとってしてみたら家族の様な存在でございましょう?」
「まあの。じゃから、許しておる所はある。これが、赤の他人だったら、とっくに縁を切っておるわ。そもそも、その様な輩は、最初から世話なぞやかんし、相手にもせぬが」
「しかし、花鈴殿があれ程までに興味を持つ本とはなんなんでしょう?」
「さあ?わしにもわからん」
話をしている間に、風麒麟の抱きかかえていた物体が動き始めた。そして、殻が割れる。中から、小さな風麒麟と同じ姿をした霊獣が誕生した。
「おお、生まれたか!」
その小さな風麒麟は、よたよたとその場を転がる。しかしすぐに、宙に浮き始めた。そう、風麒麟の子供である。風麒麟は、雌雄同体。別に子を持つ必要はないのだが、花鈴のために子を産んでくれたのだ。
「なんと、名をつけましょうか?」
「そなたの好きな名にすればよいであろう」
「いえ、公望様に名付け親になってもらいたいのです」
「良いのか?」
「はい」
「では、安直じゃが、仙人界には珍しい横文字を使わせてもらうか。風麒麟の子なのだから、そのまま、ジュニアと名づけよう」
「じゅにあですか?どういう意味です?」
「人間界で子供と言う意味を持つ異国の言葉じゃ。変に難しい名を付けたがるのは、仙人の悪い癖じゃからな。たまには、こういう簡単な名でも良かろうと思うが。だめか?」
「いえ。私も生まれてこの方、その様な名は聞いた事がありません。何より公望様がお決めになったのなら、私に異存はありません」
「では、そなたは、今日よりジュニアじゃ。良いな」
「ジュ・・ニア・・・」
生まれたての子は、細々とした声で自分の名を発した。風麒麟は優しく寄り添うと、撫でてやる。ジュニアはうれしそうだった。
「どれ、祝いにそなたらに、これをやろう」
またまた袂から、今度は団子をとりだすと風麒麟達に手渡した。公望が渡したのは、仙丹である。霊獣の好物であり、また生き物の氣に作用し、成長効果、体力氣力の回復、滋養強壮などに効果がある。付け加えれば、さらに仙丹よりずっと作用効果、効力の強い仙魂丹という物も存在する。しかし、公望の袂の中には、一体どれだけの物が入っているのだろうか?
それはさて置き、二匹は喜んで食べた。それを満足げに見つめる。
一方、花鈴は、真剣になって姉からもらった本を熟読していた。それこそ、寝る事も忘れ、必死に何度も何度も読み返す。公望は寝る際、まだ明かりが点いていた花鈴の部屋を見て、まだ起きておるのかと、そっと部屋の中を覗いたが、花鈴は全く気づく気配すらない。それほどまでに夢中になって本を読んでいたのだ。公望は、やれやれと音も立てず部屋に戻りさっさと寝た。
次の日の朝。珍しく公望が先に起きた。公望がこんなに早く自力で起きる事は奇跡に近い。自分でも驚きつつ、背伸びをしながら部屋を出た。辺りを見渡す。花鈴の姿が見えない。いつもならこの時間には既に起きて、自分を起こしにきているはず。はて?と首をかしげ、隣の花鈴の部屋に行った。そして、声をかける。しかし、返事はない。襖を開け中を見ると、花鈴は、机にもたれかかったまま寝ていた。どうやら、本を読みながら寝てしまったようである。
「困った子じゃな。興味を持つ事は良いが、無理はするなとあれほど言っておったのに」
公望は、花鈴に近寄り優しく抱きかかえると、ベッドに寝かせ布団を掛けてやった。花鈴はすやすやと寝ている。
「しかし、勉学か何か知らぬが、なーにをそんなに興味をもって読んでおったのじゃ?わしにも見せてくれなかったし、そんな面白い本か?」
公望は、ちらっと机に広げておいてある本を見た。さすがに興味が湧く。そのまま、本の方に歩み寄り、本を手に持つ。本をひっくり返し題名を見ると、優しく学ぶ恋愛白書と書いてある。それを見て、一挙に興味は失せた。
「なんじゃ、よっぽど面白い本なのかと期待してみれば、ただの一般的な恋愛書ではないか。花鈴はこんなものを真剣に読んでおったのか。くだらんなぁ」
呆れながら本を元の状態に戻しておく。
「この様な本、読んだ所で何の役にたつのじゃ?人の感情なんて奥深いもの。誰にも、いや、自分ですら理解が難しいと言うのに。人にはそれぞれに違った感情があって一つとして同じ感情なんてない。こんな表面的な一般論を述べた、しかもこれ、かなり古い昔の本で、理解なんぞできるとは思わんがな。まあ、基礎知識には良いかもしれぬが」
まじまじと腕組しながら、本を見つめ、独り言を言った。
「しかし、てっきり何かの仙人に関する専門書とか小説とか、場合によっては、あれだけ見せるのを嫌がっていたから腐女子的なBL系関連物かとも思ったわ。それが、はぁ〜ん。唯の純恋愛書か。花鈴もそういうのに興味を抱くようになったとはの。やはり、年頃の女の子と言う事か」
ふぉふぉふぉと笑う。そういえば、自分にはそんな時期があったかな〜、いや、なかったな。思えば、人間時代、恋愛に興味なんて持たず、恋心と言うものすら持ったことがなかった気がする。有ったのは、女性に対する憎しみだけだったと、遠い目をして若かりし頃を思い出していた。
物思いにふけっている公望の横で、花鈴がようやく目を覚ました。まだ、半分寝ぼけている状態で眠そうである。公望が声をかけた。
「おはよう、花鈴。今日は珍しく寝坊したな。あれだけ、無理したり夜更かしはいけないと言っておったのに」
「あれ、お師様?なんでここにいるんですか?えっ?ここ、私の部屋ですよね。えーっと、私、本読んでて、それから・・・寝ちゃったんだっけ?」
「この本のどこがおもしろいのじゃ?とても、夜更かしするほどの物でもないと思うがの」
公望は、トントンと本と指で突いた。それを見て、花鈴は慌てて飛び起き、バッと本を後ろに隠した。
「お!お師様!!読んだんですか!?」
花鈴は慌てた。
しまったー!お師様、昨日凄く興味持ってたみたいだから、絶対見られないように隠しておくつもりだったのに、よりにもよって今日に限って私より先に起きてくるなんて、迂闊だった!
心の中で叱咤する。
「ん?いや、題名を見て、興味が失せた。今更恋愛書など読む気などおこらんわい。でも、そんな隠す代物ではなかろう?」
花鈴はほーっとため息をついた。昨日読んでいて、計画の参考にしようと思っていたことなどが載っていたので、公望に知られては計画がばれて、意味がなくなってしまうからだ。
「しかし、そなた。恋愛に興味を持つようになったか。うむうむ。健全な女の子じゃな。良い傾向じゃ。人間界では出会いがなかったかもしれぬが、仙人界ではあるやもしれんし。なにより、仙人界には男で美形の仙人が多々おって、女性仙人、道士の割合が少ない故、女性は貴重な存在じゃ。さらに、そなたは可愛いときておる。自ずとあちらから出会いがやってくる可能性がかなり高い。恋愛の知識を入れておくのもそなたの幸せの役にはなるじゃろ。思えば、そなたのような年頃の女の子が、興味を抱くのも当然かもな」
公望は、恋愛そのものには無関心で下らんと思いつつも、花鈴が人として正常に順調に成長していることを素直に喜んだ。正直な話、花鈴には自分の様な欠陥人になってほしくなかった。昔から、相当苦労して生きてきた愛弟子には、少しでもこれからは幸せに生きて欲しいと、極々普通の女の子の様に誰かに恋をして、付き合って、いつかは幸せな家庭を築いて欲しいと切に願っているのだ。男の自分と違い、女の幸せは恋愛、結婚が一番であると公望は思っている。
「しっかし、わからんな」
「何がですか?」
「いや、そなたの年頃で、恋愛に興味を持つのは自然な事じゃが、興味を持ったきっかけがわからんと思っての。わしは、そなたに恋愛についてなぞ教えた事ないし、そなたはそなたで、立派な仙人になろうと修行に明け暮れておったからな。普通、そういう興味を持つのは、周りに異性が多々存在する中で生活するという環境におかれて、自然と意識が芽生えるのじゃ。全然そんな環境から遠く離れた生活をしていたそなたが、何故じゃ?」
「い、いえ、それは・・・」
花鈴は返答に困った。しどろもどろに言葉を出す。さらに、公望は追い討ちをかけた。
「そなたの話を以前聞いたときは、人間であったときも異性どころか、他人に会う機会すらほとんどなかったと申しておったであろう?仙人界に来て、ようやくまともに他人と接する機会が増えたが、それでも、一回ずつぐらいしか会ってない。後は、ずっとわしと二人きりでの生活。しかも、そなた仙人になる事以外、頭にない様じゃったし。恋愛と言う言葉すら耳にした事なぞないはずじゃが?どうして、知りえた?その辺が腑に落ちん」
突っかかってくる公望に、花鈴は苦し紛れに姉のことを話した。
「じ、実はお師様。昨日お姉様と話をしたじゃないですか。その時私聞いたんですけど、どうやら、お姉様、普賢様と付き合ってるそうなんです。それで、お姉様から恋愛の事を教えてもらって。私も、それまで恋愛って言うものは全然知らなかったんですけど、恋愛の事をもっと知りたいなぁなんて」
それを聞いて公望は仙人になって以来ぐらいにとてつもなく驚いた。
「はぁー!?普賢が花憐と付き合ってるだぁー!!?それは、初耳だぞ!あの普賢が???いや、誰かと付き合うのは全然不思議じゃないが、花憐と何歳離れておると思っているのだ。そりゃ、仙人は不老不死だから、年齢差なんて関係ないかもしれないが、見た目は、花憐だってまだ子供だろ?あいつロリコンだったのか・・・」
はぁーんっと、驚きのあまりしゃべり方が、元に戻ってしまっている公望である。
「ろりこんってなんですか?」
「いや、そなたは知らんでも良い事じゃが、それは、問題がある気がするぞ。確か、普賢は、仙人界に来たのは、30ぐらい。方や花憐は14。仙人界の時間の流れ上、それから、見た目に変化はないとして、人間界で換算したら、年の差は16。んんん・・・。一応許容範囲か?待て待て、それはせめてどちらかが18以上になっての場合。普通に考えて、30のおっさんが14の中学生の年の子供と交際するのは、犯罪的行為じゃろ。倫理的にも社会的にも問題があるのでは?しかし、それはあくまで、わしの故郷の常識。あやつの国、時代では普通だったのか?確かに平安時代辺りでは、そういうのもあったと習ったが。どちらにせよ、仙人界の常識では、関係ないか。姿が若くとも、何百歳となっている仙人もおるし。でも、花憐は見た目どおりの年で・・・じゃから・・・」
公望は、頭がこんがらがり、自分でも何を言っているかわからなくなってきた。公望の恋愛に対する倫理観が、今回の事を聞き完全に崩壊する。普賢と花憐がデートしている姿を想像してみたが、どう考えても援助交際にしか見えない。そりゃ、花憐は年の割りに、大人びているし、普賢だって見た目は、若く見える。でも、公望には二人が付き合うなんて理解できなかった。
「お師様、お師様。お姉様と普賢様が付き合ってるって言うのは、変な事なんですか?」
「変と言うか、わしが人間だったときには、大いに社会的問題があったと思う」
「じゃあ、二人が付き合っていると言うのはだめな事なんですか?」
「うーむ。だめではなかろう。仙人界に来ている以上、仙人界の常識があるし、仙人界の社会というものがある。それだけを考えると、別に問題はないが」
「では、良いじゃないですか。それに、お互い好きあっていて愛さえあれば、どんな障害だって関係ないですよ!」
「そういうものなのか?」
「そういうものです!」
意外にも公望は花鈴に諭されてしまった。公望は、弟子に教えられるなぞまだまだじゃと反省し、頭を直ぐに切り替える。
「そうじゃな。互いが満足していて、周りに迷惑かけているわけでないなら関係ないか。わしがとやかく言うことではないの。では、そうか。それでそなたも興味を持ったわけだ」
「はい!」
「ふーん。納得納得」
疑問が一つ解決して、公望は満足した。そして冷静にしばし考える。
「ところで、そなた」
「なんです?」
「確か、花憐とは双子じゃよな?しかも、一卵性双生児の」
「お母さんの話ではそうだって聞きましたけど、それがなにか?」
「ということは、もしかして・・・、そなたも既に恋愛感情を持っていて、好きな男でもおるであろう?」
「えっ!?」
公望の鋭い突っ込みに、またまた花鈴は焦った。一緒に生活していてわかるのだが、普段まぬけっぽくしていても、その実、凄い鋭い感を持っていたりする。まるで、心を見透かしたような発言が多々あるのだ。
「な、何故そう思うのですか!?」
「何、一卵性双生児の双子は、姿だけでなく、中身も似ていると聞く。片方が考えている事や、発言と全く同じ事を、もう片方も全く同時に行う事もある例は、世界中多数見受けられているからな。姉の花憐に恋愛感情が既に芽生え、現に付き合っているなら、少なくともそなたも同じ感情を持っていても不思議はないと思うのじゃよ。というか、そんな恋愛書を読み始めている時点で、恋愛感情はもうあるはずじゃ。しかも、そんな寝る間も惜しんでまで読みふけると言う事は、早々に知識をつけて、何とかしたいと思う相手がおると予測できる。少なくとも気になっている男はおるとな」
「わわわわ、私には、そんな男の方なんていません!!」
「なーにを動揺しておる。先にも言った通り、好きな相手ができると言うのは健全な事で良い事じゃ。で、誰じゃ?そなたの交流関係から言ったら、わしが知っている男であろう。正直に申せ」
「い、言えませんよ!」
「それはいかん。わしは、そなたの師匠じゃ。まあ、そなたが誰を好きになろうとも、それは自由じゃから文句は言わんが、可愛い愛弟子を不幸にするような男とはつき合わさせるわけにはな。見定める義務がある。それに、わしとてそなたの恋に協力したい。わしらの仲ではないか。恥ずかしがらずに申してみよ」
「だめです!お師様のお気持ちはうれしいですけど、こればかりは言えません!!」
「しかし・・・」
「あ!それより、ほら!お師様、昨日私に教えたい事があるとか仰っていたじゃないですか!それはどうなったんですか?」
「おお、そうじゃったそうじゃった。そなたに、術の事で教えてやりたい事があったんじゃった」
「でしたら、直ぐに教えてください。ほら、早く!」
花鈴は話をごまかし公望を急かすと、庭に連れ出した。公望も好きな相手の事はひとまず置いといて、術を教える事にした。
「では花鈴。これより、そなたに術を教える。これは、かなり難しい術じゃ。さらに、そなたは既に、属性を決めておるから、使えるかどうかもわからん。しかし、もし使えれば、まだ仙力の弱いそなたでも、十分に役に立つ」
「どんな術です?」
「空間転移の術じゃ」
「空間転移?」
「そう、自分の思ったところに瞬時に移動する術じゃよ。俗に瞬間移動とも言われるな。自分の行きたい所を強く願い、その場所に移動した自分をイメージするのじゃ。試しにわしが手本を見せてやろう」
そう言うと、公望は花鈴の目の前からパッと消えた。そして花鈴は、直ぐに後ろから肩を叩かれた。びくっ!っとして、振り返る。そこに消えたはずの公望が立っていた。
「これが、転移の術。わしのオリジナル術のひとつじゃ」
「すごーい!」
「やれそうか?」
「やってみます!行きたい場所と移動した自分をイメージすれば良いんですよね?」
「いかにも」
「よし!」
花鈴は目を瞑り、強くイメージしてみた。場所は、自分の部屋である。そこにいる自分を想像する。すると、なにやら足元の地面の感触がなくなった。目を開けてみる。周りは見渡す限り何もない青空が広がり、下には地面の変わりに雲があった。そう、花鈴は術を失敗し、上空3千メートルに移動してしまったのだ。重力に従い真っ逆さまに落ちていく。
「キャーーーーーーァ!!」
花鈴は叫び声を上げた。一方、公望は消えてしまった花鈴の位置を千里眼で追跡していた。自分の遥か上空にいる事を確認すると、落ちてくる位置に移動する。幸い、庭の範囲内だった。そして、腕を前に差し出した。数十秒後、花鈴がその腕の中に落ちてきた。そっと受け止める。
「大丈夫か?」
「おお、お師様・・・。こ、怖かったぁ」
涙目で花鈴は抱きついた。身体の震えが止まらない。公望は大丈夫大丈夫と撫でてやり、花鈴が落ち着いた頃、地面に下ろした。
「とりあえず、術は発動する事はわかった。ただ、やはり、そなたにはまだイメージ力が足りないようじゃな。後、やはり属性を決めてしまっているので、長距離の移動には限界があり無理っぽい。おいおい、イメージの練習して、短い距離を移動し使いこなせるようにするがよい」
「私には使いこなせません」
「最初から決め付けてどうする。術は発動する事がわかったのじゃから、後は努力次第じゃろ?そなたならできる。信じておるぞ」
「うう、頑張ります」
「さてと、術の確認もできたし、後はジュニアを紹介すればよいか。これ!風麒麟!」
公望に呼ばれ、風麒麟と、その半分ほどの大きさのあるこれまた風麒麟が部屋から出てきた。公望が紹介する。
「こちらが、風麒麟の子、ジュニアじゃ」
「じにあ?」
「違う。ジュ・ニ・アじゃ。今日よりそなたの霊獣となる。大切にしてやるが良い」
「初めまして、花鈴様。あなたが僕のご主人様ですね。不束者ですがよろしくお願いします」
「あ、初めまして。え?私の霊獣ですか?」
「そうじゃ。そなたも、一応もう独り立ちできる実力は持っておるからな。霊獣は持たねばなるまい」
「ありがとうございます!」
「礼なら、風麒麟に言え。こやつの子なんじゃから」
「ありがとう!風麒麟さん!」
「ジュニアの事よろしくお願いしますよ。花鈴殿」
「はい!これからよろしくね、ジュニア!」
そうして仙人になるために一通りの事を花鈴にしてやった公望は、花鈴に、オリジナルの術の開発を続けるようにと命を下すと、縁側に座りキセルを取り出してプカーっとふかした。花鈴は、言いつけ通り直ぐに術の開発に取り組んだ。
その夜・・・
飽きもせず、ボーっとキセルをふかして続け、月を見ながら月見酒をしていた公望に、その日の修行を止め、一旦部屋に戻って寝たと思っていた花鈴が声をかけてきた。
「どうした?」
「お師様にお願いがあるんですけど・・・」
「なんじゃ?」
「あの、今日の転移の術での失敗で、怖い思いしたじゃないですか。それで、寝ようとするとそれを思い出しちゃって怖くて寝付けないんです」
「それで?」
「だから、その、今日お師様と一緒に寝ちゃだめですか?」
「なんじゃ、その様な事か。それぐらいなら良いぞ。では、わしも寝るかな。さ、おいで」
酒を放置し、キセルをしまうと二人は公望の部屋に入っていった。公望は、ベッドの中に横たわり枕を端に寄せると、もう一個の枕をその隣に置いた。花鈴は失礼しますと言っていそいそとベッドにもぐりこんでくる。公望は壁の方に向き、花鈴に背を向けた。背中越しに花鈴がしゃべりかけてくる。そのままの体勢で受け答えをした。
「お師様のオリジナルの術って、結局何の属性なんですか?」
「空間じゃ」
「へー、空間なんて属性あるんですね。私にはさっぱり想像できませんけど」
「わしも苦労したぞ」
「ねぇ、お師様。朝の話なんですけど」
「ん?」
「お師様は好きな人とかいないんですか?」
「おらん」
「気になっている人とか、後、人間だった時は?」
「全くおらん。というか、生まれてこの方、誰かに恋愛感情を持った事がない。人間だった時、自分にはその感情が備わらずに生まれてきたのだと、ある日理解した」
「じゃ、じゃあ、せめて好みの女性はどんな方です?」
「人間だった時は、大人の女性じゃな。もし付き合うなら絶対自分より年上がいいと思っていから」
「大人で年上ですか・・・」
花鈴の声のトーンが落ちる。
「昔の話じゃよ」
「でしたら、今はどうなんです?」
「そうじゃなぁ〜、今でもそうかな?ただ、絶対である必要はなくなったな。仙人に年は関係ないのでの。できればという付属的気持ちじゃ。ただ、代わりに女性に求める絶対譲れない望みはある」
「なんです?」
「わしの事を何があっても一生一途に想い、絶対にわしの想いを裏切らないであってほしいという望みじゃな」
「そうですか」
「ま、その様な女性がいるとは到底思えんがの。わしは、女性に裏切られた事しかないし、その経験上、女性はそういう生き物じゃと既成概念を持っておる。それに、不老不死の仙人に一生一途に想ってもらいたいと願うのは土台無理な話じゃ。人間なら寿命があるから可能性はあったかもしれんが、人の気持ちなぞ、仙人であっても移ろいやすいもの。世の中に絶対は存在せん」
「それなら、もし仮にですよ。万が一、その望みが叶う女性がいたらどうします?」
「考えた事もないが、まず間違いなく、わしもその者を大切にするじゃろな。例え己を犠牲にしようとも。まずその者の事を一番に考える。いたって当たり前のこと」
「と言う事は、その女性がお師様の事を好きですって言ってきたら、付き合うって事ですか?」
「まあ、そうなるか。問題はわしに、恋愛感情が生まれるかどうか、本気で愛せるかはわからんが。それでも良いと言うならな」
「それ以外に、女性にもっとこうあってほしいとか、こうしてほしいとかっていう望みはないんですか?」
「ない。ただ、一途にひたすらわしを想ってくれるだけで十分じゃ。その想いが自ずと行動にも現れてくるものじゃから」
「なるほど。後・・・」
「そなた、さっきから質問攻めじゃぞ。わしの好みなぞどうでも良いではないか。そなたの好きな男とやらに気に入ってもらうために、いろいろ試行錯誤するのはよいが、はっきり言ってわしの好みは役に立たんぞ。なんてったって、仙人界一の変わり者のわしじゃ。普通の仙人と思考も感情も違う。もっと、ごく一般的な人の好みを知った方が良い。わしも協力はするが、大乙や妖仁、現に付き合っている普賢に聞いて回った方が、よっぽど役に立つ。後、男だけじゃなく、そなたの姉や竜吉と言った女性の意見も聞いた方がよいぞ。特に竜吉なぞ、何千年と生きておるのじゃ。経験や知識も豊富じゃろ。そやつらに相談できるようわしが取り計らってやるから、今日はもう寝よ」
「はい」
数分も経たないうちに、花鈴はすやすやと寝入ってしまった。
「なんじゃ、寝付けないと言っておりながら、わしよりも早く寝おった。全く、何を考えておるのやら」
ため息混じりに呟いて、公望もさっさと寝た。今後花鈴は、これを機会に毎日公望と共に寝るようになる。公望は、花鈴のお願いには元々弱く、なるべく願いは叶えてやりたいと思っていたし、別にさしたる問題もなかったので、許可を出したのだ。
今日も夜が静かにふけていく。