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仙人事録  作者: 三神ざき
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公望、ゲット作戦開始!!

 昨日、夜遅くまで飲んだくれていた公望は、朝から二日酔いで苦しんでいた。花鈴と竜吉は、先に寝てしまい風麒麟と二人っきりで飲み明かしていたのだが、風麒麟は酒に酔う事がないので、公望は調子に乗って飲みまくっていたのだ。


「ううう、頭が痛い・・・」


 枕に顔をうずめながら、うめき声をあげる。ここまでひどい二日酔いになったのも久しぶりじゃと思いながら、とても起き上がる事もできず、ベッドに横たわっていたが、なにやら急に寒くなってきたと思い、跳ね除けていた布団の中にもぐりこむ。しかしその内、布団の中にいるにもかかわらず、震えるほど寒くなってきた。最初、風邪でも引いたかと思ったが、悪寒ではない。外気温が急激に低くなっているのだ。仙人界に四季らしい四季はない。まして、この冬のような気温になることはありえない。というか、もう既に冬の気温ではなかった。まさに極寒。さすがのこの異常に、布団を体に巻きながら、痛い頭を無理やり起こして、外に出た。すると、庭が一面、氷の世界になっている。流れ落ちていた滝も固まって止まり、池は分厚い氷で埋め尽くされ、庭のあちこちには、空気上の水分が凍結して氷の結晶や霜が張り付いている。外に出た公望は、その光景に唖然とした。布団から出ている顔の皮膚が、寒いのを通り越して、痛く感じられる。大気温はまだぐんぐん下がっているようだ。そのままでいたら、あっという間に凍死するか、身体そのものが凍り付いてしまう。


「こりゃ、いかん」


 公望は慌てて、印を組み術を発動させた。身体の回りに、防壁の結界を張ったのだ。ただ、手が既にかじかんでいた為、複雑な印は組む事ができず、簡易的結界に終わり、多少寒さに耐えれるかどうかぐらいである。布団には相変わらず包まったままだ。息が白い。変わり果てた庭を見ながら、公望は、池のほとりで正座をしている花鈴の姿に気がついた。この寒さの中、花鈴は震える事もなく、静かに座っている。公望は、すぐに何が起きたのか理解した。


「なるほど、花鈴は氷の属性に決めたのか。なかなか、良い属性じゃな。しかしあやつ、どこまで気温を下げる気じゃ?まさか、絶対零下まで下げるんじゃなかろうな。わしは、北国は好きじゃが、寒いのは苦手なんじゃぞ。頼むぞ、本当に」


 身震いしながら、通路を歩く。花鈴に声をかけ、術を解かせようと思ったが、術の開発中に回りが関与するのは邪魔なだけじゃとあえて、そのままそっとしておいた。そして、昨日風麒麟と話、気になっていた事を確認するため、竜吉の部屋に向かう。襖を叩いた。中から、どうぞと声が聞こえる。公望は部屋の中に入っていった。


「おー、寒い」


「うむ、どうやら花鈴は氷を操る事にしたようじゃの」


「そうみたいじゃな。というか、そなたは平気なのか?」


「わらわは、水の結界に護られておるからこれぐらい問題はない」


「とは言っても、さすがにこれ以上気温が下がっては、その水も凍ってしまうのではないか?」


「大丈夫じゃ、今の花鈴の術力でわらわの水を凍らせれるほどの力はない」


「それもそうか」


「で、公。わらわに何か用か?さっきそなたの部屋の前を通ったときは、なにやら頭が痛いと唸っておって、とても起きてくる感じではなかったが」


「うむ。この寒さで頭痛も吹き飛んでな。ちとそなたに、気になっていた事を聞きに来たのじゃ」


「なんじゃ?」


「いやなに、昨日風麒麟と飲み交わしながら話をしておったのじゃが、そなた、何時までわしの家におるつもりじゃ?」


「と、いうと?」


「じゃから、わしも風麒麟に指摘されるまで忘れかけておったのじゃが、確かそなた、花鈴が一人前に仙術を扱えるようになるまでは、この家に滞在して、花鈴の成長を見守ると言っておったの。で、昨日をもって、花鈴は一応正式に仙術は会得した。もうそなたがおる必要はないであろう?」


「えっ・・・それは・・・」


「それに、そなた自分の仕事はどうしておるのじゃ?五年も放置しておればかなり溜まっておるであろう?後、この修行に付き合っていたせいで、歌会の方も行わなかったな。あれは、特に娯楽のない仙人、道士皆が楽しみにしておる唯一の癒しの場。仙人界に住まうすべての者が、仙人界一の美女且つ歌姫であるそなたの歌声を聴く事と、普段人前に現れる事のないそなたを一目でも見ようと、楽しみにしておるのじゃぞ?それを、わしらなんぞに付き合って、開かないとは。こんな事知れれば、わしは仙人界全体を敵に回してしまうではないか」


「・・・・・・」


「修行に手伝ってくれた事は、わしとて感謝しておるが、さすがにもういる必要がないのだから、そなたはもう邸宅に帰るが良い。そもそも、わしらみたいな小物仙人に付き合う道理はないのじゃ。わしは、自由意志を尊重するのが主義じゃから、あえて何も言わなかったが、やはり、そなたがこれ以上、わしらに関与してくるのは分不相応であろう?わしとて、仙人界そのものを敵に回すのは嫌じゃ。いや、わしは良くとも、花鈴が可愛そうではないか。この先、立派な仙人になろうとがんばっておるのに、そなたが関与しすぎては、仙人になった矢先、回りから白い目で見られるやもしれん。そもそも、花鈴はそなたの弟子でもなんでもないのだからな。法度を破ってまで特別扱いされていては良くなかろう。花鈴の立場もある」


「で、でも・・・」


「でもではない。とにかくそなたはもう帰れ。手伝ってくれてありがとう」


「どうしても、帰らないとだめ?」


 竜吉は急にしおらしくなって、訴えかけるような目で公望を見た。しかし、そんな態度で揺り動かされる公望ではない。きっぱりとだめと言った。その答えに、竜吉はとても悲しそうだった。


「だって、今まで共に暮らしてきたっていっても、公はほとんど花鈴の修行に付ききりだったし、まともに、わらわの相手をしてくれたことなぞ、ほんの何回しかないではないか。やっと、花鈴も仙術をすべて覚えて、独り立ちできるところまで来て、手がかからなくなってきたのだから、今度はわらわの相手だってしてくれても・・・」


「いや、じゃから、それでは話の元がずれておるであろう?そもそも、そなたは花鈴の面倒を見て、一人前になるのを見届けるまで居るというのが約束。相手をするならするで、それは別問題じゃ。とりあえず、今は帰って、また今度遊びにこれば良いではないか」


「ん、ん〜。そう言っても、わらわも帰ってしまっては、そちの言う通り、仕事や歌会、立場もあって、そうそう遊びには来れん。大老君には、ある程度事情を説明して、そちの家に居候する許可はとってあるが、一度帰っては、大老君もわらわの自由にはしてくれぬのじゃ」


「その許可とやらも、本来こんな長くなる予定ではなかったのじゃろ?わしは、あえて何もそなたに言わなかったが、何度かそなたを帰せと、師匠から苦情の連絡が来ておったのじゃぞ?ただ、そなたも、立場上長い年月、様々なしがらみによって自由が迫害されておるのではと思い、たまには好きにさせてやってくださいと必死に師匠に頼んだんじゃ。しかし、そろそろ限界だと思う」


「むぅ〜ぅ」


「むぅ〜ぅではない。わしばかり怒られてしまうではないか。良いから帰るのじゃ。そして、そなたのやるべき事をせい」


 竜吉は力なく肩を落とし、凄く残念そうだったが、これ以上公望を困らせるのもいけないと思い、しかたなく帰ることにした。公望は、竜吉を見送る。その姿に、どうやら花鈴も気づいたようだ。術を中断し、こちらに歩み寄ってくる。


「あれ?竜吉様、どこかに行かれるのですか?」


「うむ、竜吉はやることがあるでの。帰らせることにしたのじゃ」


「そうなんですか」


「それではな、竜吉。暇ができたら、また何時でも遊びに来い」


「う、うむ」


「残念ですが、竜吉様。またいつかお会いしましょうね。修行に付き合ってくださってありがとうございました!」


 花鈴の元気の良い挨拶を聞きながら、竜吉は、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。花鈴は、心から竜吉に感謝をしてお礼を言い、名残惜しいと思っていたつもりだったのだが、何故か心の何処かで、竜吉がいなくなってほっとした安堵感を持っていた。おそらく今まで、修行に専念していた事と、竜吉の手前、以前のように公望に甘える事ができなかったのだが、その両方が解決して、これでようやく心置きなく公望に甘える事ができると思ったからだろう。しかし、自然と心が晴れ晴れとうきうきしてくる花鈴に対し、その心とは裏腹の言葉を後々公望は投げかけるのだった。


「花鈴。そなた氷の術を開発する事にしたのか?」


「はい!いろいろ考えた結果、それが一番私にあっている属性だと思いましたので!」


「そうかそうか。まあ、良い属性を選んだな。氷は、使い勝手が幅広い。水の発展系でもあるし。宝貝でも、氷を扱う類は一つ二つと聞く。後は、そなたのイメージ次第じゃな。がんばるのじゃぞ」


「もちろんです!!これからも、立派な仙人になるために一層努力したいと思います!」


「うむ。その事なのじゃが」


「なんですか?」


「いや、そなた。わしはこうして仙術もすべて教えたし、勉学もあらかた教えた。即ち、もう仙人試験を受けても良いのではと思ってな。わしの時もそうじゃったし」


「仙人試験?」


「そうじゃ。仙人になるためにはちゃんとした試験が存在する。二人の仙人が審査をして、それに認められれば、晴れて一人前の仙人となれるのじゃ」


「どんな内容です?」


「ん?龍を絶対に殺めることなく、自らの力と知識を持って捕らえる事。方法は自分で決める。ただ、殺める事さえしなければ、どんな手段でも構わぬ。とにかく捕らえればよいのじゃ」


「そうしたら、仙人になれるのですか!?」


「うむ。どうする?」


「お師様が、許可を出してくださるのなら、是非受けたいです!」


 花鈴は迷うことなく即答した。


「そう言うと思ったわい。では、早速審査する仙人を選出するか」


「お願いします!!」


 花鈴の心はもう、居ても経ってもいられないぐらい高揚していた。とうとう、夢に描いた仙人になれるチャンスが訪れたのだ。今から張り切ってしょうがない。公望は、まだ寒い庭に布団に包まりながら立ち、誰が良いかとぶつぶつ独り言を言っている。その中で、ひとつ花鈴は気になる事を、耳にしたのだ。


「うーん。普賢辺りに頼んでみるか?でも、あやつ厳しいと聞いておるし、でも厳しい方が花鈴のためか。いや、なんにせよ。師としてうれしいものじゃな。こうして愛弟子が仙人になって独立するというのは。まあ、まだわからぬが、花鈴なら確実じゃろ」


「え?お師様?今、なんて仰いました???」


「ん?なにが?」


「いえ、ですから、今なんて仰いましたかと聞いているんです」


「今?今は、花鈴なら確実に仙人になれるじゃろと・・・」


「そうじゃなくて、そのちょっと前です」


「前?前といえば、仙人になって独立すると言ったか?」


「えええ!!どういうことですか!?」


「どうもこうも、仙人になるのだから、独立するのは当然じゃろ?師弟関係も形式上になって、一個人の仙人として、一人で生きていくのじゃ」


 この事を聞いて、花鈴はびっくりした。てっきり仙人になった後も、公望の元、共に暮らしていけると思っていたからだ。


「つ、つまり、私は仙人になったら、お師様と離れ離れになるのですか?」


「そりゃそうじゃ。なにを今更当たり前のことを言っておる。わしだって、師匠の下から独立しておるじゃろが」


 花鈴は、生まれて初めての衝撃を受けた。


「そ、そんな・・・」


 急に、花鈴の表情が暗くなった。それを見ていた公望は、誰でも一人で生きていくとなったら、不安や緊張もあるだろうと思い、特段気にもとめず、話を続ける。


「とりあえず、審査員は早急に決めてやるから待っておれ。それより、ちと思うところがある。これより出かけるので、付いて参れ」


「あ、はい・・・」


 花鈴の態度の違いを尻目に公望は、花鈴を連れて大乙の家に向かった。


「あれ?ここは、大乙様の家ですよね?」


「そうじゃ。何、そなたも久しぶりに最愛の姉にゆっくり会いたいじゃろうと思ったし、ちょっと、わしからの祝いの品として、宝貝をやろうと思ってな。わしも前々から欲しかったしの」


「は、はぁ〜」


「なんじゃ?せっかく久しぶりに姉に会えるというのに、うれしくないのか?」


「い、いえ、そういうわけじゃ・・・」


「立派に成長したそなたの姿を見せてやろうではないか。おーい!大乙!!公望じゃが入ってもいいかぁ?」


「あ、公望!こっちこっち!」


 門の横の建物からひょこっと大乙が顔を出した。呼ばれた方に二人は向かう。どうやらそこは、作業場のようだった。そこたら中に宝貝が置いてある。


「お久しぶりです。公望様」


 公望の姿を見た花憐が相変わらずのおしとやかさで挨拶をしてきた。


「おお!花憐!ひさしいの。どうじゃ?楽しく暮らしておるか?」


「はい。お優しい大乙様の元、楽しく宝貝造りを学んでおります」


「それは、なにより。ほれ、花鈴も何しておる。こっちに来んか」


 花鈴は呼ばれて、うつむきながら傍に来た。


「まあ、花鈴。久しぶりね」


「うん・・・、お姉様、久しぶり」


「ところで大乙。この度、花鈴の修行も一段落ついた故、祝いに宝貝をやろうと思うのじゃが、良いのはないか?ついでに、わしも欲しいのじゃが?」


「それだったら、公望。これなんてどう?」


 そう言って、大乙は二つの宝貝を出してきた。一つは刀の形をした宝貝。もう一つは、手に握れるほどの筒状の棒の宝貝だった。


「これは?」


「うん。両方とも花憐が造ったものなんだけどね。かなり良いできだから、どうかと思って」


「ほう、花憐がか?」


「そうだよ。花憐。どういった宝貝か、二人に説明してあげて」


「はい。まず、こちらの刀の形をした宝貝は、見ての通り刀です。しかし、唯の刀ではありません。音速の速さで斬る事ができます。さらに、見かけよりリーチは遥かに長く、名を飛燕と言います」


「ほほぅ、形状は、日本刀みたいな感じじゃな。これなら、居合いができそうじゃ」


「にほんとう?いあい?なんですか、それは?」


 その場に居た三人が首をかしげた。公望は説明する。


「日本刀とは、わしの生まれ故郷の刀の名称じゃ。居合いとはその刀を使った技の一つじゃよ。まあ、見ておれ」


 そう言って公望は、飛燕を受け取ると、左手に持ち腰の辺りに構えた。右手をそっと柄に当て、握る。公望は全く動かない。しかし数秒後、キーーンという甲高い音が聞こえた。三人は、何が起こったのかさっぱりわからなかった。公望は、目の前にあった宝貝の失敗作に近づいていくと、そっと触る。すると宝貝は、パカッと真っ二つに分かれた。そう、公望が斬ったのだ。


「まあ!!公望様がお使いになると、飛燕は音速を超えて、光速になるのですね。私には、斬撃すら見えませんでした」


「僕もだよ」


「元々、居合いは、目にも留まらぬ速さで刀を抜く技じゃからな。唯でさえ音速で斬れるなら、居合いを使えばもっと速くなるのは道理じゃ。気に入ったぞ。これはわしがもらう」


「では、もうひとつの宝貝。これは、私が花鈴のために造った宝貝です」


「私のため?」


「そうよ、花鈴。あなた、最初大乙様から話を聞いたとき、竜吉様に憧れてたでしょ?だから、それを考えて、竜吉様と同じ水を操る宝貝にしたの。持ってみて」


 花憐は花鈴に渡す。花鈴がその筒状の棒を握ると、棒の先に水が集まり、水の柱ができた。


「これは、あなたの意思に合わせて、水を自由自在に操れるわ。残念な事に、私の力じゃ、竜吉様ほどの能力は引き出す宝貝は造れなかったけど、私の中で最高傑作の宝貝よ」


「うん、ありがとう。お姉様。私、絶対大切にするね」


「そう、お二人とも気に入ってくれて何よりです。ところで、公望様。私、花鈴とふたりっきりで話がしたいんですけど、大乙様もいいですよね?」


「うん、いいよ」


「おお、そうじゃそうじゃ。わしの用は、そなたら二人をゆっくり合わせてやることも兼ねておったからな。久しぶりに、二人っきりで話をしてくるが良い。わしは、大乙と話でもしておる」


「ありがとうございます。さ、花鈴行きましょ」


 姉に促され、二人は作業場を後にした。公望は、飛燕をまじまじと見つめる。


「なかなか、良い弟子を持ったな。もう、そなたの実力を抜いているのではないか?」


「はは、そうかもね。宝貝造りだけじゃなく、扱いもずば抜けてるから」


「なんにせよ、花鈴といい花憐といい、見た目もさることながら、中身も凄いな。二人とも後々仙人界最強の姉妹になるのではないか?」


「というと、花鈴もかなりの実力をつけたのかい?」


「うむ。とてもわしの弟子とは思えぬわ」


 公望は、コロコロと笑った。一方、花鈴達は、一室でお茶を飲みながら、話をし始めた。話を振ったのは、花憐の方である。


「元気そうね。と言いたい所だけど、何があったの?」


「え?」


「あのいつも元気なあなたが、全然元気ないじゃない。せっかく久しぶりに会えたっていうのに対して喜んでもいないみたいだし」


「そ、そんなことないよ!私、お姉様と会えてすごくうれしいもん!」


「嘘おっしゃい。私に隠し事しても無駄よ。一体どうしたって言うの?話して御覧なさい」


「う、うん。実はね。私、今度仙人試験を受ける事になったの。で、お師様の話だと、まず間違いなく仙人にはなれるっていってくださってるんだけど」


「あら!良かったじゃない。あなたの望みが叶うのよ。それを何故そんな落ち込んでるの?」


「それがね。仙人になったら、お師様と離れ離れに暮らさなきゃならないんだって。仙人は一人で生きていくものだからって」


「それが、どうかしたの?」


「うん。なんかね、私変なの。なんかね、ずっとお師様の事考えてて、お師様が私の傍にいるのが当たり前で。離れるって思ったら、なんかこう、胸の辺りが締め付けられる想いがして・・・。ううん、それだけじゃない。お師様が他の女の方と仲良く話ししている姿をみていると、すごくもやもやした気分になって。どうしようもなく辛くて辛くて、泣きたくなるの。でも、お師様が、ちょっとでも私の事、気にしてくれたり、かまってくれたりすると、その気持ちが直ぐに消えて、今度は凄く幸せな気持ちになってね、気分が高揚してくるの。なんか、お師様は暖かくて、優しくて・・・。それを失いたくない。だから、せっかく仙人になるためにがんばってきたのに、いざ、仙人になろうって思って、お師様と離れるって話を聞いたら、今度は逆に仙人なんかになりたくないって思う。私、こんな気持ち初めてで、一体どうしちゃったんだろうって悩んでたんだ」


「あら、そう!」


 それを聞いて、花憐は何故かうれしそうだった。


「お姉様、私、なにか仙人界に来て変になっちゃったのかな?」


「いいえ、それは違うわ。むしろ、正常な女の子の証よ」


「どういうこと?」


「つまり、あなたは、公望様の事を好きになったのよ」


「好き?」


「そう」


「でも、私、お姉様も好きだし、風麒麟さんも好きだし、人間界に居たときの羊さんたちも好きだし、会う人会う人皆好きだよ?」


「その好きとは違うわよ。あなたは、公望さまを恋愛の対象として意識してるの」


「恋愛?」


「そうよ。人ってね。友達とか親の事を想う好きっていう一般的好きって感情と、ある特定の男性を異性として特別に好きって想う感情があるの。そして、その後者の想いがあって、人は付き合ったり、結婚したりするのよ。お父さんもお母さんも二人とも、お互い好き合って結婚したんだから」


「そうなの?」


「ええ。だから、あなたの感情は、全然変なものでなくて、むしろすばらしいものよ。特にあなたは、一途で純粋だから、そこまで強く感情が出てしまうのかもね」


「そうなんだ。私、てっきり何か変になったのかと思った」


 ほーっと花鈴は安堵のため息をつく。花憐はニコニコと笑った。


「それにしても、お姉様。その恋愛っていうのに、詳しいね。なんで?」


「だって、私も好きな人が居て、現に今付き合ってるもの」


「そうなの!?だ、誰!?」


「普賢様よ」


「へー、普賢様と!」


「ええ、私の場合はね。もう直感的だったわ。最初、大乙様に普賢様を紹介されたとき、一目見て、あっ!私この方の事好きだわって思ったのよ。要は一目ぼれね。でも話をすると中身もすばらしい方でね。ますます好きになって。すぐに話を持ちかけたわ。普賢様は、当初は全然私なんて相手にもしてくれなかったけど、私あきらめきれずに、猛烈に押しかけてね。それで、普賢様もとうとう折れて下さって。一年半程前だったかしら、正式にお付き合いすることになったの。私の場合、お母さんから、恋愛の事とか聞いてたし、実際異性を好きになるって言うのを自分で実感してよく考えたから、恋愛について詳しいのよ」


「そうだったんだ」


「じゃあ、話は戻すけど、あなたは公望様の事が好きなのね?」


「たぶん」


「いえ、たぶんじゃなくて、聞いてる限りだと間違いないわね。で、公望様と離れたくないわけだ」


「うん」


 そこで、花憐は二つの選択肢を与えた。


「あなた、仙人になるという想いと、公望様を想う気持ち、今どっちが強い?」


「え、そ、それは・・・」


 花鈴は迷った。どう答えればいいのだろうか。そこですかさず花憐が言う。


「自分に素直になりなさい。あなたは悩む性格じゃないわ」


 そう言われて、花鈴は、直ぐに答えが出た。はっきりと花憐に言う。


「お師様と一緒にいたい」


「なら、話は早いわ。仙人試験は見送りなさい。はっきりと公望様に、私は仙人にはまだなりません!と仰いなさいな」


「で、でも、そしたら、仙人になる事をあきらめろって事?」


「違うわ。今回は見送ると言う事。いずれ、頃合を見て試験を受ければいいでしょ?今はまず、公望様の気持ちを物にするのが、大切だと私は思うわ」


「そっかぁ」


「でも、よりにもよって、公望様を好きになるなんてね。あなた大変よ」


 花憐は真剣な面持ちで言ってきた。花鈴はきょとんとして返す。


「どうして?」


「大乙様や、普賢様から聞いたんだけど、公望様。恋愛のれの字も知らないすごい奥手な方なんだって。しかも、何か人間だったとき女性関係でひどい目にあったらしくて、女性不信なんだそうよ。だから、公望様とて、こと恋愛に関するとやたら愚鈍になるんだって聞いたわ。お二方の話じゃ、公望様は、生涯において自分のことを好いてくれる女性は天地がひっくり返る可能性よりも低い程、絶対にありえないことだから、考えるだけ無駄、そんな感情とっくに捨てたわ〜とか仰ってたとか・・・」


「そ、そうなんだ・・・」


「だから、公望様を振り向かせるのは、仙人界統治者になるより遥かに難しいと私は思うわね」


「わ、私、どうしたらいいのかな。お姉様」


「まあ、長期戦ね。今すぐ公望様に、好きです!って気持ち伝えても、公望様は信じないと思うし、今後も一緒に暮らして、公望様自身に恋愛の感情というものを持たせて、あちらから、あなたの事少しでも気にかけてもらえるようにしたらいいと思う」


「具体的に言うと?」


「さあ、そこまではわからないわ。公望様の好みの女性がわからないし、それは、あなたが自分で見つける事よ。まあ、がんばりなさい。とりあえず、試験は見送ってもらいなさいな」


「うん!わかった!私、がんばる!!」


「でも、あなたも一人前に誰かを好きになるのね。少し幼いところを持っているから心配してたけど、少しは大人になったのね。私は姉としてうれしいわ」


「ねぇ、ねぇ、お姉様。その、お師様を振り向かせる方法なんだけど、ちょっとお姉様が普賢様に言い寄った手段を教えてよ。参考にしたいから」


「ええ、いいわよ」


 そう言って二人は和やかに話を進めた。こうして、公望ゲット作戦が公望の知らない所で秘かに進められていくのである。このときの公望は、これで悩まされる事になるとは、このときはまだ知りもしなかった。

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