花鈴、仙術を覚える
花鈴が弟子選考試験に合格した次の日から、公望は花鈴に道士としての修行をさせ始めた。と言っても、直ぐに仙術を教えるわけではなく、まずは勉学から教え始めた。なぜなら、正式に弟子になった次の日・・・・・・。
「ふぁ〜っと、やれやれ」
いつも通り朝はゆっくりと起きてくる公望。それに対し既に、花鈴はとっく起きている。花鈴は部屋から出てくる公望を見つけると、すぐさま飛んできて、元気よく挨拶をした。
「お師様!おはようございます!!」
「うむ。おはよう。なんじゃ、結局わしの事は、そう呼ぶように決めたのか?」
「はい!やっぱり、私の師匠なんだから、そう呼ぼうって思ったんです。いけませんでしたか?」
「いや〜、良いのではないか?」
師匠と呼ばれる事に少し照れながら、公望は頭を掻いた。
「で、お師様!早速修行に入るんですよね!?」
花鈴は修行をしたくてうずうずしているようである。
「これ、焦るでない。確かに今日から修行には入るが、いささか確かめたい事がある」
「なんですか?」
「そなた、ちょっと後ろを向け」
花鈴は言われるがまま、後ろを向いた。公望は花鈴の腰の辺りをまじまじ見つめる。
「うーん。やはりの〜」
「どうしたんです?お師様???」
「ん〜?ほれ、大乙が言っておったが、そなた仙骨がまだ完全に生えきっておらぬなと思ってな」
「それが、何か問題あるのですか?」
「大いにある。仙骨は、仙人にとってしてみたら力の象徴。仙骨があって初めて、仙人たることができるのじゃ。ちとそなたに、いろいろ説明せねばならんな」
「お願いします」
「うむ。まず、仙人になるためには仙骨が必要というのは、当たり前の事じゃな。で、その仙骨じゃが、仙人は、宝貝という道具を基本的に用いる。まあ、わしや師匠である大老君様は、仙術と呼ばれる術を用いるのじゃが、なんにせよ、仙人が術なり宝貝なりを使うには、身の内に流れる氣と言うものを扱い、それによって奇跡的な力を引き出す。ここまでは、大乙から聞いておるか?」
「はい」
「では、続けるぞ。で、その氣と言うものは本来、誰にでも備わっておる。いわば生命の源のようなものじゃからな。氣は、陽氣、陰氣に大きく分かれ、さらに外氣功、内氣功に分類される。陽氣、陰氣に関しては別段事細かに知っておる必要がないが、外氣功、内氣功は知る必要があるの。まあ、簡単に言うとじゃ。内氣功は、身の内に作用し、外氣功は、身の外に作用する。最初は、内に秘めたる内氣を操り、それを集約して外氣に応用させるのじゃ。宝貝は、その外に向ける作用の応用を簡易的にし、内氣を直ぐに外に出させる代物である。何故この様な事を言うかと言うとじゃ、わしは、宝貝を用いず先に言った通り仙術というものを扱う。それに、その氣の応用が必要じゃからじゃ。詰まる所、そなたは、その氣の扱いを覚え仙術を使えるようにならねばならん。それがわしがそなたに教える事であり、修行の内容じゃからな」
「それと仙骨と何が関係するのですか?」
「あるのじゃ。内氣を引き出す際、その源となるのが仙骨なのじゃ。仙人は膨大な氣を扱う。人間にも氣は備わっておるが、それは、微々たるものであり、生命を維持するためにのみ使用され、普段は、誰も気づく事なく垂れ流し状態で生活を営む。さらに、氣は年を重ねる事に減っていく。稀に、その氣を操れる者も人間には存在するが、それは仙人の比ではない。仙人は人間と違い、逆に年を重ねるごとに、氣が増えていく場合が多い。それも修行次第じゃが、まず、自然に減ると言う事はない。つまり、仙骨がしっかり生えておらなければ、宝貝もさらに難しい仙術も扱えぬのじゃ」
「そうなんですか!?」
「うむ」
「それでは、私はすごく中途半端な道士ということなんですね。修行しても、術は使えないんですか・・・」
花鈴は、少し落ち込んだ。それを見て直ぐに公望はフォローする。
「いや、そうではない。仙骨と言うものは、先天的、後天的に備わるもの。生まれたときから持っておるものもおれば、成長と同時に生えてくるものもおる。そなたは、既に生えてきておるし、花憐がちゃんとした仙骨を持っていたということは、双子のそなたもおそらく先天的に持っていたものであろう。ただ、その成長が姉より遅いだけじゃ。で、仙骨とはな、知識や経験といった自己の努力次第で、ちゃんとしたものになるのじゃ」
「つまり?」
「つまり、今は術の修行をしても、仙骨による氣が足りぬから扱えぬが、知識、用は専門的な勉学じゃな、それを頭に入れることで仙骨は直ぐに成長する。それもそなたの努力次第じゃがな。じゃから、修行の順番としては、まず勉学に励む事じゃな。そして、その後、術の修行に入る。どちらにせよ、そなたには術的なことより、学問的なことを教えるつもりじゃったし、それがよかろう。そなたは、知識レベルが足りぬようじゃしな」
「勉強ですか?」
「そうじゃ。嫌か?」
「え?嫌ではないですけど・・・」
花鈴は、大乙の話でてっきり宝貝とかを扱ってすごい事ができるようになるものだと思っていたので少し残念そうだった。
「勉強と言っても、社会的常識を身につけるだけじゃ。人間世界で言うところの学校で教える、特に役も意味もない勉強ではない。言っておくが、わしは自分のことを棚に上げておいてなんじゃが、阿呆な人は嫌いじゃからな。その様な輩をわしは相手にする気はない」
それを聞いて、花鈴は焦った。せっかく弟子になれたのに、なった早々嫌われたくない。すぐさま表情を変えた。
「いえ!私、勉強でもなんでも頑張ります!!だから、その、嫌いとかにはならないで下さい」
「うむ。まあ、そなたとしても、いろいろ期待があったんじゃろうが、状況が状況なだけに応えてやりたくてもやれんのじゃ。こちらもすまんの。とりあえず、わしの弟子になったのだから、わしの方針に従ってはくれぬかな?」
「はい!お任せします!私頑張って付いていきます!!!」
「すまんな〜」
公望は、申し訳なさそうに謝った。花鈴はいえいえと手を振った。そんなこんなと言う事があり、まずは勉学の修行から始まったのである。
花鈴は、頭を切り替えると勉学に励む事にした。最初に聞いた事は、昨日夢で公望が言っていたノンレム睡眠の事だった。
「お師様。昨日言ってたノンレム睡眠ってなんですか?」
「おお、そうじゃったそうじゃった。ノンレム睡眠とはの、深い眠りに陥る状態の事じゃ。脳波が低調になり、体力の回復、ストレスの発散などの効果がある。人は寝ると、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返す。レム睡眠とは、浅い眠りで夢を見たりしている状況じゃな。このときに、記憶の構築、出来事の暗記などが行われるのじゃ。そして、わしがそなたに授けた術は、そのレム睡眠時の夢の中を自由に行き来できる術なのじゃ。じゃから、夢の見ないノンレム睡眠時には扱えぬ」
「なるほど」
「そなたも術を使えるようになったのじゃったら、覚えておいて損はなかろう」
「はい」
そういった感じに、公望は、花鈴に教えていった。公望が教える事は、主に、人間学、社会学、精神分析学、心理学、哲学、倫理学、論理学、宗教学など人の存在や思考、心理的内容がもっぱらだった。特に花鈴に口癖のように言い聞かせていた事は、相手を思いやる事、信頼を大切にし裏切らない事、約束は守る事だった。しかし、別にこの事は教えるまでもなく、花鈴は、最初から性格上持ち合わせていたものであり、時々、公望も驚かされるほどにその点はしっかりしていた。
一見、公望の教えている内容は、肩が懲りそうな堅い内容に思われるかもしれないが、公望は、教えると言うよりも世間話的に話、冗談を交えながら教えていたので、花鈴も楽しみながら聞く事ができた。花鈴の積極的な性格もあったせいかもしれないが、その内自分から、公望に話を聞かせてとねだるようになっていた。公望も、素直に話しについてくる花鈴に喜んで教えた。
本当公望は、花鈴を溺愛していた。もう弟子にしたその日から、ものすごくかまいまくり、ほとんど甘やかしていたようなものである。もう、目に入れても痛くないような状態だった。もちろん、師匠として厳しいときは厳しくしていたが、そんな怒鳴り散らすと言うわけではなく、やさしく諭すと言う感じだった。なんといっても弟子になった初日に一度はやってみたかった事を、花鈴にいきなりしたのだ。さすがの花鈴もこれには驚いた。何をしたかといえば・・・。
「花鈴」
「はい」
「一度やってみたいことがあるのじゃが、よいか?」
「なんですか?お師様?」
「いや、そなたは嫌がるかもしれぬのじゃが・・・」
「大丈夫ですよ。私、特にやられて嫌な事はありませんから」
「そうか〜?では」
そう言うと、公望はいきなり花鈴に抱きついた。そしてぶんぶんと抱きながら花鈴を振り回す。
「うーん!そなたは可愛いの〜!!」
そんなことを抱きつきながら言う。花鈴は最初、え?って感じできょとんとしていたが、可愛いと言われてちょっと照れていた反面、うれしくもあった。なにより、公望の温もりが暖かかった。そういえば、この様に抱きついてもらった事など、花鈴にはない。いや、両親が生きていたときはあったのかもしれないが、少なくとも記憶の中では存在しなかった。ただ、そのぬくもりが、少し懐かしく、とても気持ちのいいものであることであることだけは、認識した。
さて、この最初の出来事で、花鈴は別に嫌な思いをしていないと感じた公望は、それに拍車がかかり、頻繁に抱きつくようになったのであった。実は、公望。元々人間だったとき、抱きつき魔だったりする。
そうやって、マイペースにのんびりと二人は楽しく毎日を過ごしていた。そんなある日、十二仙の定時集会の日がやってきた。始まる時間帯は、昼ちょっと前ぐらいからなのだが、そんな時間に起きるはずのない公望。いつものように、惰眠を貪っていた。案の定、白桜童子がやってくる。
「公望様はいらっしゃいますか?花鈴さん」
「はい。でも、まだお師様は眠ってらっしゃいますけど」
「やっぱり・・・」
白桜童子は、ため息を付いた。そして、花鈴に事情を説明し、起こしてくるように頼む。花鈴は快く承諾すると、公望の自室に向かった。トントンと襖を叩くと、失礼しますと言って入っていく。
「お師様!起きてください!白桜童子さんが呼びに着ましたよ」
「ん〜、むにゃむにゃ」
「お師様!!」
花鈴は、必死に公望の体を揺り動かす。しかし、一向に公望は起きる気配がない。
「しょうがないな〜」
花鈴は腰に手を当て、ふーっと一息つくと、いきなり公望の頬に口づけをした。その感触で、公望はがばっ!!っと起き上がり、目を覚ました。
「な!なんじゃなんじゃ!?」
「お師様。おはようございます。今日は十二仙様の集会の日なんでしょ?白桜童子さんが迎えに来てますよ」
「ん?んん?そうか、そうじゃった」
「本当お師様は、朝起きてくださらないんだから」
「その事じゃが。そなた、わしに何かしたか?なにやら頬に感触があるのじゃが」
公望は、生まれて始めて味わう感触のある頬を触った。
「え?お師様の頬に口付けしただけですけど」
花鈴は何気なく答えた。その回答に公望は焦った。
「く!口付けじゃと!?そ、そなた、何を考えておるのじゃ!?」
「それがどうかしたんですか?私、まだ小さくて両親が生きていたとき、私がなかなか起きない時は、よく父が、そうして起こしてくれてましたけど。私、何か変なことしましたか?」
花鈴は、焦っている公望が逆に不思議といわんばかりに、平然と言ってのけた。
「そ、そうなのか?」
「はい。え?起こす時ってそうするものじゃないんですか?」
「いや、普通はそういうことはせぬとおもうのじゃが・・・」
公望はしどろもどろに戸惑いながら返事をする。それもそのはず、公望、生まれてこの方、女性との交流はほとんどない。人間だったとき、彼女どころか、嫌われてばかりだったので、まともに女性と話した事すらない。もちろんの事、女性から頬とはいえ、キスをされる事など生涯一度たりともありえないことであった。おそらく、この先も絶対ないことだと思っていたのだ。そんな公望の気持ちと裏腹に花鈴は、さらに予想外の話を持ちかけた。
「朝、起きる事の絶対ないお師様も、やっぱり、このやり方だと起きてくださるのですね。じゃあ、これから毎日、お師様を起こすときは口付けして起こしますね。私はできれば、朝から修行をしたいですし」
「い、いやぁ・・・それは・・・」
「だめなんですか?」
「あ、いや、だめじゃないが・・・」
「じゃあ、そうしますね。あっ!ほら、お師様!白桜童子さんがお待ちかねですよ」
「う、うむ。わかった。直ぐ支度する」
花鈴はにこにことしながら、部屋を出て行った。一方の公望はまだ、思わぬサプライズに心が落ち着かなかった。
「こんな感覚、遠の昔に捨ててしまっていたと思っていたが、いかんいかん!この程度で動揺しておってどうする!しっかりしろ、わし!!」
自分に言い聞かせると、さっさと着替えて外に出た。腹黒いくせして、案外純心だな、公望(笑)等と、どこからともなく幻聴が聞こえた気がした。
外に出ると、白桜童子と風麒麟が待っている。
「さあ、公望様。早く行って下さい。例の如く、皆さん既に集まっていらっしゃいますよ。全く、連れて来る私の身にもなって下さい」
「すまんすまん。朝は弱くてな」
「ほら、行きますよ」
「いや、ちょっと待て」
急いで出て行こうとする、白桜童子に待ったをかけると、花鈴に声をかけた。
「花鈴。そなたも付いて参れ」
「ええ!?私がですか?」
「いかにも」
「だって、十二仙様方の会議でしょ?私のような者が参加するのは場違いだと思いますが」
「良い良い。所詮わしが行っても寝ておるだけじゃ。じゃから、わしの変わりに話の内容を聞いておいて欲しいのじゃ」
「お師様〜」
「な?頼む」
「んー・・・。お師様がそう仰るなら、私には、反論の余地はありませんけど」
「では、共に行くぞ。さて、参るか」
二人は風麒麟に乗るとすごい速さで、蓬莱山に飛んで行った。そして、例の集会場。やはり、公望は最後だった。しかし、さして気にもせず、自分の椅子に座る。隣で、花鈴が緊張した面持ちで立っていた。
「望ちゃん、相変わらず遅いね」
「公望、もう少し早く来いよ」
「まあ、公望らしいんじゃないか」
妖仁や普賢、その他の十二仙が半分あきれ、笑いながら迎えた。その場には、大老君を始め、十二仙全員が揃っていたが、今日は一人新しい仙人も参加していた。純血仙人竜吉である。会議を始める前に、大老君が公望に話を振った。
「これ、公望。何故に花鈴を連れてきておる?」
周りもそれが気になっていたようだ。そう言われてさらに花鈴は緊張した。しかし、公望は、さらりと返す。
「私の変わりに話を聞いてもらうためです。そうすれば、私はゆっくり寝てられますので。じゃっ、そういう事で、話は花鈴に伝えておいてください。私は寝ます」
公望は、ぐてーっと机にもたれかかると、あっという間に寝入ってしまった。その場にいた全員が、やれやれとあきれ果てたが、公望に今更何を言っても無駄と皆承知していたので、そのまま会議はスタートした。
会議は、なんやかんやと進められ、なにやら熱い話だったり、深刻な話みたいな事を皆話し合っていた。ぴりぴりした雰囲気の中、花鈴は、とても話の中に入る事はできなかったが、せめて一言漏らさず覚えておこうと思い、必死に聞いていた。程なくして会議も終わり、皆てんでに帰っていく。その場に残ったのは、寝ている公望と花鈴、そして何故か竜吉だけだった。
「お師様、終わりましたよ」
寝ている公望を花鈴は起こした。公望はふあーっと背伸びをすると、じゃあ帰るかと言って出て行こうとする。それを、竜吉が止めた。
「公よ」
「んん?おお!竜吉か!久しいの」
「うむ、久しぶりだの」
「そなたが、会議に同席していたと言う事は、なにやら重大な事でも話をしていたのか?」
「そう。なのに、そちと来たら、相変わらずで。まあ、そちらしいが」
竜吉は、手で口元を押さえクスクス笑った。
「まあ、良いわい。後で花鈴から話を聞くからの」
「ふむ。こちらが、そちの弟子の花鈴か?」
「そうじゃ」
「ふむふむ。確かに噂通り、可愛い女子じゃな」
「そうじゃろ?まあ、仙人界一の美女であるそなたには敵わぬかもしれぬがな」
「あ、あの、お師様。もしかして、この方があの・・・」
「ああ。そうじゃ。以前話した、唯一の純血仙人の竜吉じゃ。紹介が遅れたの」
「初めまして、花鈴」
竜吉は、にこやかに挨拶をしたが、明らかに、周りの仙人達と雰囲気が違う。凛とした姿勢で、かもし出しているオーラというかなんというか、一言一言に重みがある。けれど、すごい重圧を感じるのに、どこか優しく、柔らかく包み込むようなそんな感じの女性だった。そして、なによりすごい美人である。竜吉は、歴史の本に載っているぐらいの昔から存在する仙人。位としても大老君とほぼ同等に位置している。そんな相手を目の前にして、道士なりたての花鈴は物凄く緊張した。
「あ!はい!!初めまして、竜吉様!!!」
花鈴は完全に声が上ずっている。それを見て竜吉も公望も笑った。
「何を緊張しておる」
「だ、だってお師様。あの竜吉様でしょ?話では聞いてましたけど、まさかこんな凄い仙人だったなんて」
「ほう、そなた竜吉の凄さがわかるのか?」
「そりゃ、わかりますよ!仙人、道士じゃなくても唯の人間だって、竜吉様を前にしたら、恐れ多くて緊張しますって!」
「だそうじゃぞ。竜吉?」
「ふむ。まあ、対外の者達は皆、そんな反応するからな。もうわらわは慣れておる。むしろ、公。そなたの方がわらわとしては驚きじゃ」
「そうか〜?竜吉相手に何をそんな緊張する事があるのやら」
「お師様!竜吉様相手に、呼び捨てはよくないですよ!」
さっきから、気軽に呼び捨てている公望の発言に花鈴は、失礼ですよとたしなめた。それもそうだろう。方や何千年と生き、もっとも神属に近く大老君と同等の地位に立つ仙人と、方や、仙人になってまだ何十年と経っていない仙人の卵。さらに、仙人界一のだめ仙人と言われている公望が、そんな相手にため口でしゃべりかけているのだ。普通に考えたらおかしいだろう。
「良いのじゃ。花鈴よ。わらわはそんな事気にはせぬ」
「ほれ、竜吉もそう言っておるし、わしだって敬意ぐらいは払っておるのじゃぞ。わしのこのしゃべり方だって、竜吉や師匠を真似てしゃべっておるのじゃから。一応それなりに尊敬はしておる」
「お師様。それなりじゃなくて、盛大に尊敬してくださいよ。大老君様は直の師匠だから、緊張とかしないのはわかりますけど、竜吉様とかは違うでしょ?大乙様の話では、竜吉様は、仙人界でも大老君様よりも慕われ、まさに尊敬の的で皆憧れているって言ってましたよ。まさに仙人界の才色兼備、宝だって」
「ほぅ、大乙はその様な事を言っておったか。わらわも中々有名じゃな。聞いたか、公よ?宝だそうじゃ」
「わしもそう思っておるぞ?」
「またまた、そんな思ってもいないことを言いおって」
「いや、本当じゃって」
二人はまるで、友達のように仲良く笑っていた。花鈴の方は気が気じゃない感じだった。いくら、何者にも囚われないお師様だって、相手は選んでくださいよと心で泣いていた。
「で、公よ。そなた、弟子は取らぬと言ってなかったか。それなのに、よりにもよってこんな女子の可愛い弟子を取って」
「ふむ。まあ、奇跡的にわしの好みの弟子が見つかったから取ったまでじゃ」
「む?そなた、こういう女子が好みなのか?」
公望の言葉に何故か竜吉は食いついてきた。
「んー?女子の好みとしては、そうかの〜?自分でもよくはわからんが、少なくとも一番気に入ってはおる」
「わらわよりもか?なにやら、噂ではかなり花鈴の事を溺愛しておるとか」
「そうじゃな。その二つの問いに対しては、そういうことになるか」
その言葉を聞いて、竜吉は少しむっとした。
「もう何年と知り合っておる、わらわとそなたの仲と、たかだか何ヶ月も経たない花鈴との仲では、花鈴の方が優位じゃというのか?」
「ん〜?そういう問題ではないと思うが。やはり、可愛い初めて受け持った直の愛弟子だし、共に暮らしておるからな。極々たまにしか会わないそなたとでは、やはり比べる価値観と言うものが違う気がするが」
公望は、ん〜っと悩んだ。それを見ていた竜吉は、ますますむっとした表情になってきた。
「そもそも、弟子というのが卑怯じゃな。師弟関係なんて家族も同然。共に暮らしておれば、自ずと愛着も湧くというもの。ずるいぞ」
「なにがじゃ?」
なにやら、怒っているらしい雰囲気をかもしだしている竜吉に、訳がわからないと言った感じで、公望は返した。竜吉は、しばし沈黙のうち、ある言葉を発した。
「そちは、既に弟子を取ったと言う事は、もう修行はさせておるのであろう?」
「うむ。まだ勉学だけで、術の方はまだじゃが。そういえば、そろそろ、仙骨も形になってきたし、術を教えても良い頃かの」
「ならば、丁度良い。わらわもそなたの家に行き、共に花鈴の修行を手伝ってやろう」
「はぁ〜?何を言っておる。仙人が弟子を取れるのは一人だけ。その間、師匠になった仙人そのものの修行も兼ねておるから、誰一人手助けしてはならないのが決まりじゃろ?」
「む〜、そうじゃが」
「それに、別にそなたに力を借りぬともわしはわしのやり方で、ちゃんとした仙人にはするぞ?少なくとも、わしの様なだめ仙人にはせぬつもりじゃが」
「でも、やっぱり、四六時中二人きりと言うのは・・・。しかも、女子の弟子だなんて。溺愛してるって言うし、何かの拍子に間違いでもあったら・・・」
竜吉は、納得しないと言う感じで、うんうん唸っている。当の公望はさっぱり竜吉の考えがわからなかった。どうも、女性の考えている事というのはよくわからない。
「そなた、何が言いたいのじゃ?」
「あ、あのお師様」
そこで、二人のやり取りを黙って聞いていた花鈴が口を挟んだ。
「どうした?花鈴」
「もしかして、竜吉様は、お師様の家に遊びに来たいのではないですか?」
花鈴としては、まずありえない事だと思っていたが、なんとなく、竜吉の雰囲気でそう感じ取ったのだ。聞いている限りでは、竜吉と公望は知り合いのようだし、竜吉様も実は自分と同じで寂しがり屋なのではないかと直感的に受け取ったのだ。
「そうなのか?竜吉?」
「花鈴!良い事言ったぞ!!そうじゃ。そなた、依然と違い、風来坊ではなく家も持ったと聞いておるし、行きたいと思っておったのじゃ。なのにそなた誘ってくれぬし」
竜吉の表情がパッと明るくなった。
「なんじゃそうだったのか?それはすまなんだな。いやなに、そなたも立場がある故、わしの様な小物の家に来るのも分不相応じゃと思って、誘わなかっただけなんじゃが。なんじゃなんじゃ。それなら、何時でも遊びに来ればよかろう」
「そういっても、わらわは、そちの家を知らぬ」
「それもそうじゃな。なら、今から共に家に来るか?」
「うむうむ!行くぞ!」
「では、参るか」
そう言って三人は部屋を後にした。その間、公望と竜吉は、冗談を言い合ったりして仲むつまじく笑いあっている。その姿を後ろについてきながら見ていた花鈴は、あの竜吉と直に話せた事に驚きつつ、何故か、心の中がもやもやするのを感じていた。しかし、そのもやもやの原因がなんなのかは、当の本人にはさっぱり見当もつかなかった。
さて、公望の家についた三人は、公望の自室に入った。各々椅子に腰掛ける。竜吉が家を見ながら、感想を述べた。
「えらく、風情のある家にしたの」
「うむ。やはり趣がなければなと思ってな」
「うんうん。良い家じゃ」
「ところでさっきの話じゃが、花鈴」
「はい」
「そろそろ、そなたの仙骨も形になってきたと言ったであろう?よって、今日より術の修行に入る」
「本当ですか!」
「うむ」
「やったー!!」
花鈴は心から喜んだ。
「本来なら、こんな速さで仙骨は成長はせんのだが、やはり、わし特製のマル秘料理が効いたのかの。まあ、花鈴の努力の賜物でもあるが」
そう、本来不老不死である仙人は、食事を取る必要がない。ただ、人間のときのなごりとして、習慣的に食べてしまうだけなのだが、公望は花鈴を弟子にしてから、食事を作ってあげていたのだ。その話に、また竜吉がうらやましそうに言ってきた。
「なんじゃ、花鈴は、公望の手料理を毎日食べておるのか?」
「はい!お師様の料理すごくおいしいんですよ!!」
「はぁ、良いな・・・」
「何を言っておる、竜吉。そなた、食習慣というものがないにせよ、食べるときは師匠ともっと豪華でおいしい料理を食べておるであろう?」
「それとこれとは話が違う。わらわは、そちの料理が食べたいのじゃ」
「ふーん。ならいたし方あるまい。客人をもてなすのはわしの流儀。どれ、今食事を作ってきてやろう」
「本当か!?」
「うむ」
「うれしいのー!」
「え!?お師様、修行の方は?」
「あーそうじゃった。ふむ、どうしようかの。そう言えば、竜吉。そなた、なにやら手伝ってくれるとか言っておったな?」
「うむ。しかし、法度に反するぞ」
「そんなもの、わしが守らない事ぐらいそなた知っておろう?」
「確かに」
竜吉は、またクスクスと笑った。
「では、すまぬが、料理をしている間、花鈴の面倒を見てくれぬか?まず、氣の扱い方から知らねばならぬから」
「任せておるがよい」
「ええ!?竜吉様自ら、本当に私なんかに教えていただけるのですか?」
「構わぬぞ。わらわから言い出したことじゃ」
「花鈴。しっかり教えてもらえ」
「はい!!」
公望は、部屋を出て調理場へと向かった。公望の部屋には二人だけが残される。竜吉は花鈴をまじまじと見た。花鈴は、竜吉から直に教えてもらえる事にわくわくしていた。
「そちが、公の条件に合った弟子。うむ、公はこの様な女子が好みなのか。まだ、全然子供ではないか。一体どこが気に入ったのかの?」
竜吉は、花鈴の気持ちとは裏腹に、ぶつぶつと花鈴を観察しては呟いていた。
「あの、竜吉様?どうなされたのですか?」
「あ、いやなんでもない。修行の件じゃったな。ではまず、氣の練り方から教えて授けよう」
「お願いします!」
こうして、公望が料理をしている間、花鈴は、竜吉から氣の基本的なことを学んでいた。実の所、公望の扱っている術と、竜吉の扱っている術は原理原則が違っている。公望は、純正なる仙術だが、竜吉は、若干宝貝に頼っている所がある。しかし、氣の練り方はどちらとも本質は一緒なので、問題はないのだ。ただし、それは、基本的な部分だけで、内氣を外氣に応用する仕方は、竜吉には教えられない。
とりあえず、体内に宿る氣をつかみ、体内で感じ取る練習から始めた。そうは言うものの、やはり、宝貝を扱うのと違い、自ら氣を感じねばならない事は相当難しい。宝貝は、自然と氣を引き出してくれるが、仙術は自分でなんとかしなければならないのだ。これには、花鈴も相当苦労を強いられる。
ほどなくして、調理場からいい匂いが漂ってきた。
「おっまたっせさん!」
そう言って、公望が料理を運んできた。仙人は、基本的に殺生は禁じられているで、人間界で言う所の精進料理。いわば野菜を使った料理になる。まあ、公望曰く、植物だって生きているのだから、殺生に値する、食べる以上、残さずありがたみを持って食べよと常々言っている。
「おお!おいしそうじゃな!」
「そうか?口の肥えたそなたには、少々もの足りんかもしれんが、少なくともわしの愛情はたっぷり入っておるぞ。なんってったって、わしのマル秘料理じゃからな」
「では、早速。いただくとしよう!」
「召し上がれ」
竜吉は、一口食べると、凄くおいしいと言ってどんどん箸を伸ばした。それでも、がっつくのではなく、あくまで楚々として食べている辺りが、竜吉らしい。
「うむ、今まで食べたどんな料理にも勝る味じゃ」
「そうか?そう言ってくれると、お世辞でもうれしいの」
「いや、お世辞ではないぞ。それに、今まで見た事のない料理ばかりじゃ」
「わしの生まれた土地の料理じゃからな。ずっと仙人界におるそなたが知らぬのは当然かもな」
「あーあ、本当に羨ましいぞ。花鈴は、こんな料理を毎日食べておるのか」
竜吉の問いに答えることなく、花鈴は、必死になって教えられた氣の扱い方に挑戦していた。変わりに公望が答える。
「気に入ったのなら、そなたも、毎日食べに来ればよかろう?」
公望は、正直冗談のつもりだったが、竜吉は本気にしたようだった。
「そういえば、今日の会議の話はなんじゃったんじゃ?」
「うん?いやなに、簡単に言えば、最近やたら妖怪仙人とのいざこざが絶えなくなってきている。さらに、妖怪仙人側に不穏な動きが見られるといったことで、注意を怠るなと言う事ぐらいじゃな」
「ふーん、いざこざね。もっと平和にお互い生きられんのかの。結局、人間社会も仙人社会もさして変わらんと言う事か」
公望は、のんびり答えながら茶をすすった。
それからしばし月日が経ち、気が付けば竜吉は、公望家に居座っていた。竜吉曰く、花鈴の面倒を見るといった以上、自分に責任はある。花鈴が一人前に術を使えるようになるまで、わらわは戻らんと言い切った。公望も、部屋は余っていたし、まあ、好きにしろと言って別段気にも留めなかった。ただ、普段のように、花鈴に抱きつき溺愛すると竜吉の視線が痛かった。そして、逆に、竜吉と仲良く話をしていると、今度は花鈴の視線が痛いのだ。一体なんなんだと、頭をひねってばかり。でも、気にしていたからどうなるものでもないと割り切ると、自分のスタイルを変えることなく、今まで通り二人には接していた。
花鈴の方は、二人の協力もあってか、かなり早い段階で内氣の扱いをマスターした。その頃合を見計らい、公望は、外氣に応用する仙術の教えに入る。これには、竜吉は関与する事ができず、ただ二人の修行のやり取りを見守っていた。
「そうではない。焦ってはいかん。まず、内氣を片手に溜めるじゃろ?そして、こうやってゆっくり、氣を外に放出させて、そこでいったん固定させるんじゃ。でさらに外で氣を膨らませて、一挙に放出する」
「はい!!」
「ほれ、まーた、暴発しておるではないか。固定させるのじゃよ。氣というものはイメージじゃ。イメージをもっと豊かに持て」
「ううっ!!」
今にも手の平から破裂しそうな氣を花鈴は必死になって押さえ込む。内氣をマスターした時点で、外氣に応用させる事まではすんなりできたのだが、術の発動がどうしても、うまくできないのだ。何度も印を組み、術の発動を試みるが、放出するときに、氣が四散してしまう。それでも、花鈴は一生懸命やっていた。毎日くたくたになるまで、術の練習をした。公望としては、あまり無理をさせたくなかったのだが、一日でも早く術をマスターしたがっている花鈴の気持ちが痛いほど強く感じられたので、ぎりぎりまでは、許可を出していた。
そして、5年も経とうかとした時、ようやく花鈴は仙術最後の術を発動させようとしていた。頭の中でイメージを膨らます。そして、すばやく印を組んだ。そして、大きな声で叫ぶ。
「霊化鳳凰翔撃掌!!」
手の平から氣が大きく膨らむと頭上に飛び上がり、鳳凰の形を作る。そして、一直線に鳳凰は、滝に向かって飛んでいった。滝にぶつかり、滝は裂け、裏の岩をえぐった。それを見ていた公望は、拍手を送る。
「うむ!合格じゃ」
「ありがとうございます!」
「結構、時間がかかったの」
もう公望家の一員化している竜吉は、そんな感想をもらしたが、ようやく一人前に術を発動させれるようになった花鈴を喜んでいた。
「威力はまだまだじゃが、まあ、後は己の努力次第じゃな。これからも、自分におごることなく、修行に励めよ」
「はい!!」
この5年ほどの間に、花鈴が覚えた仙術は30近く。昔はもっと多かったらしいのだが、現存している仙術はその程度と公望は大老君から教わっていた。
「言っておくが、これで終わったわけではないぞ。そなたには、今度はもう一つ授け、しなければならぬ事がある」
「なんですか?」
「オリジナルの術の開発じゃ。それができて初めて、免許皆伝となる」
「オリジナルの術?」
「そうじゃ。今から、とりあえず、合格の印しをそなたに与えよう」
そう言うと、公望は印を組み、そっと指を花鈴の額に押し付けた。すると、花鈴の額に逆三角形の刺青みたいな模様が浮かび上がった。
「これで、そなたは自分だけのオリジナルの術を開発できる。後は、自分でイメージして考えよ」
「どうすればいいのですか?」
「簡単じゃ。自分が一番イメージしやすい属性をイメージすればよい」
「属性ってなんです?」
「例えば、ここにおる竜吉は水を操る。この世には元素として、水、火、風、土、雷、木と言った属性が存在するのじゃ。これだけではないぞ。まだ光とか闇とか、空気とかいろいろある。つまり、万物に存在するものすべてをさす。それを属性という。それを何でも良いから操れるようにすれば良い。ちなみに、大老君様は重力の属性を操る。ただし、一つ注意点がある。それは一度決めてしまった属性は、後で変えることはできないということじゃ。従って、安易に決めると、後々自分と合わなかったり、使いものにならなかったりするので、気をつけること。自分がイメージしやすく、且つ今後も発展、応用が利くものにするのじゃぞ。わしの言える事はここまでじゃ。後はそなた次第。がんばれよ」
「わかりました」
「まあ、今日はゆっくり休め。追々イメージを膨らませるのも良いし、己の直感に従うのも良い。とにかく、焦る事のないようにな」
「はい!」
「さて、とりあえず、花鈴も一応仙術はマスターした事だし、祝いに宴でもするぞ!!」
公望は立派になった花鈴がうれしくてしょうがないらしく、直ぐに宴の準備に取り掛かった。すこぶる機嫌が良い。鼻歌交じりにせっせと支度する。竜吉も花鈴も手伝った。その時、二人は気になっていたことを同時に口にした。
「そういえば、お師様。お師様のオリジナルの術はなんなんですか?」
「うむ、公の術は、わらわも知らぬぞ?」
「ん〜?そんな事どうでも良いではないか。今は宴を楽しまなければ!」
「えー!お師様!教えてくださいよ〜」
「公、教えて」
「その内な、その内」
公望は、二人のお願いをさらりと受け流すと、宴の支度が整った時点で直ぐに、酒を飲み始めた。風麒麟も交え、酒を酌み交わす。その日は遅くまで、公望の笑い声が絶えなかった。
しかし、この幸せな時間の間も多々なる問題の亀裂は大きくなっていっていたのである。その事を、公望は気づいていたのかもしれないが、あえて放置していた。公望はただ、花鈴が幸せに暮らし、花鈴自身が思い描く立派な仙人になる事だけを願っていた。