生きる故に摂取する。其の六
「と、そういうわけじゃ」
公望は、今仙人界で起こっていることを掻い摘んで説明した。雷華は事の次第を理解したようで、聞き終わると長いひげをなびかせゆっくりと鼻から「ふーん」と息を出した。一見するとさして興味も無いような素振りではあったが、尻尾を振ってペチペチと地面を叩いているところを見ると、どうやら気にはなっているようだ。
「つまり、その隕石からわけの分からん生き物が生まれていると」
「そうじゃ」
「その生き物が仙人たちを襲いに来ていると」
「うーん、直に襲いに来ているかは知らんが、その可能性はあるということじゃ」
「しかし、仙人に災いをもたらすのだろう?」
「災いが、襲われるという意味と言うわけでもなかろう。そんな直接的ではなく間接的かもしれんし。あくまで予測じゃ」
「ほぉーぉ」
公望は、現時点で既に生まれ出でし者が仙人を襲ったという事実を知らない。事が起こる前に逃げ出しているからだ。雷華は、またゆっくりと鼻から息を出した。本人は普通に呼吸しているつもりだが、その大きさ故に鼻息ひとつもかなりの突風だ。目の前にいる小さな公望を容赦なく吹き飛ばそうとする。公望はそれに対してかなり踏ん張って飛ばされないようにとしていたが、そのことを決して雷華には言おうとしなかった。公望なりの敬意の表れといえる。
雷華は、しばし考えるように目の前に広がるエメラルドの水面見つめていたが、ふと思ったように口を開く。
「その異形な者とやらは、強いか?」
「ん?」
「だから、我よりも強いかと聞いているのだ」
「んーーー。どうかのぉ。さっきも言ったと思うが戦ったわけではないからなんともいえん」
「戦わずして逃げ出したということは、計算高いおまえのことだ。強く勝算が低いから逃げてきたのだろう?」
「い、いやそういうわけでは・・・」
公望は口篭った。さすがに虫が嫌いで怖いから逃げてきましたと言えない。あまり自分の弱点を誰かに知られたくなかったという想いもあるが、曲がりなりにも自分は目の前の龍を捕まえているのだ。先にも話したとおり龍は気高い。どんな理由であれ自分を抑え込んだ者がそんな理由で逃げているなど知ったら笑うどころか怒り狂うかもしれない。
「ふむ。戦ってみたいな」
壮大なる龍は、より大きく尻尾を振り地面を揺らした。元来、龍という生き物は生態系の頂点に立つ存在である。何よりも誇り高く、知能も優れ仙人界の最強なる捕食者だ。仙人ですら、龍たちからしたらちっぽけな存在で彼らにとって餌でしかない。故に、何者よりも己が一番であると考える龍は多く、自分より上の存在を許そうとしない。その性格から好戦的でもある。仙人試験の題材として選ばれているのはそのためでもある。雷華は特に好戦的であった。
「何処に行けばその者と会える?何処にいる?容姿はどんな姿だ?」
「何処と言われてものぉ。隕石落下場所はここより南西に数十キロと離れたところじゃが、今でもそこにあるとは限らんし・・・。とりあえず容姿は確か・・・」
公望は自分が見た異形な者の姿を伝えた。
「上半身が虫で、下半身が獣?それで空を飛ぶ?」
「うむ」
「なんだ。それだったらさっき出会った奴ではないか」
急に興味が失せたように尻尾を動かすのを止め、雷華は頭を下げた。
「ん?なんじゃ、そなた。その者と出会ったのか?」
「あぁ」
それを聞いて公望の眉間にシワがよる。
―まさかこんなところまで来ているとは・・・―
「それで、そなたその者をどうしたのじゃ?」
「喰ろうてやった」
つまらなそうに龍は淡々と答えた。
「そんな見ず知らずのものを、しかもあんなグロいものを食べるなぞ、そなたは・・・」
半ば呆れつつも、いくら龍が雑食とはいえあの気持ち悪いものを食するというのが信じられない面持ちだった公望だったが、あれが喰われるところを想像して軽く身震いする。
「それで、喰らってみて何か身体に変化はあったか?」
「あった。美味かったぞ。我は久しくぶりに気が晴れた。あやつに爪で引っかかれたときは力が抜ける感じがしたが、喰ろうてみるとまるで熟練の仙人を喰ろうたように気が晴れた。どこかの阿呆道士のせいでずっと気分が悪かったのが嘘のようだ」
「あははははは・・・」
皮肉交じりの言葉に苦笑いを浮かべつつ、公望は雷華の言った事を考えていた。
-仙人を食べたときのように気が晴れた・・・?-
一方その頃、異形なる者の襲撃を受けた花鈴と竜吉は、あれから一旦公望邸宅に戻り再び眠りについて遅い朝食をとっているところだった。
「花鈴よ。大老君には昨晩のこと報告したか?」
「はい。今朝起きて直ぐに」
「そうか。大老君は何か言っておったか?」
「いえ、ただ一人で出歩くなとだけ」
「そうか」
庭の茶席。花鈴と向かい合って座っていた竜吉は優雅にお茶をすする。そんな些細な動作にも気品さは溢れ出ており、とても普段公望のことで言い合いしている相手とは思えない。事実、公望がいるときといないときでは竜吉は態度が違う。今の竜吉はその気品さ故に、どこか近寄りがたく話もしずらい。今までのことがなければ、とても花鈴は話すことすら出来なかっただろう。
「あの、竜吉様」
花鈴に改まって声を掛けられ、竜吉をゆっくりと持っていた湯飲みを机に置く。
「どうした?」
「えっと、昨日の相手のことなんですけど」
「隕石から生まれた者のことじゃな」
「はい」
「それで?」
「その、私。襲われたのは二人・・・あー、二体なんです」
「ん?もう一体おったのか?」
「はい」
「しかし、あの場にはそちを襲った一体だけしかおらなんだが?」
「もう一体の方は私が倒したんです」
「ほぉ、そちがか」
「それで、疑問に感じたことがあるんですが」
「なんぞ?」
「私が倒した方の一体と、竜吉様が倒した一体。同じ生物だったんでしょうか?」
「?と言うと」
「私、両方に同じ術を使ったんです。あ、牙狼遊戯なんですけど・・・。最初に現れた奴はこの術で倒すことが出来たのに、もう一体の方はその術を弾いて効かなかったんです。それで、姿形は一緒でしたけど、違ったのかなぁって思いまして」
花鈴の話を聞き終わって竜吉はまた湯飲みに手を伸ばした。お茶を一口すする。それから徐に口を開いた。
「同じ姿をしているからとて、その者がまるで同じとは限らん。能力も耐久力もそれぞれ個によって違おう」
「あ。で、ですよね」
花鈴は自分が馬鹿な質問をしたと思った。自分の発言をごまかすように花鈴は食事に手をつける。
「同じかどうかはわからぬが、しかし仮に何もかも同じ存在だったとして、それでもそちでは倒せたり倒せなかったりはあるやもしれん」
竜吉が意味深げな発言をする。花鈴はキョトンとした顔をした。
「どういう意味です?」
「その様子では公から聞いておらんようじゃから、良き機会じゃ。教えておいてやろう。そちは大老君並の力があると言われてはおるな」
「え。ええ。自分じゃわからないですけど」
「その意味するところは、氣を引き出したときの力の値がそれだけあるということを言っておるのじゃ」
「?」
「氣というものは、それぞれ個々人によって量は違う。多い者いれば少ない者もいる。その量は修行を積み、熟練していく者になればなるほど多くなる。それはわかるな?」
「はい」
「道士であれ仙人であれ、何か術を唱えるとき氣を消耗する。同じ術でも氣の量が多いものはより強い術となる」
「はい」
「しかし、ただ多ければ良いという訳でもない。氣の使い方、乗せ方を知らなければ術の発動、強弱は違ってくる。そうじゃな、そちの今言った牙狼遊戯を例に取ってみると、氣の総量10ある者が氣の扱い方を知らずに使えば、術の力として2か3くらいの力しか出ない。最悪発動すらしないかもしれない。逆を言えば、氣の総量6しかない者であっても氣の使い方が上手ければ、術に4~5の力を込められる。つまり、その二人が戦えば、氣の多いものが少ないものに負けるというわけじゃ」
「なるほど」
「ただ、氣というものはそれだけに及ばない」
「というと?」
「普段、氣をすべて一度に使い切るということはほとんどできないということじゃ」
「何故です?」
「生命として、生存本能が働くからという理由が最も大きい。氣とは生命の源、生きるエネルギーじゃ。いくら回復するとはいえ、仙人はその生命エネルギーを術として意図的に外部に発動する。すべて使い切れば命に関わる。だから、自然と氣の発動に歯止めが掛かるんじゃ。道士はもとより、仙人とて氣をいっぺんにすべて使うことは難しい。それこそ長い修行によって身につけるのじゃ」
「・・・」
「そして、氣の操る術を身につけると、その自然に行われている歯止めを今度は自ら行うようになる。術のたびに多くの氣を使っていたら直ぐに枯渇するからな。敵と遭遇して、術一回使っただけで枯渇して仕留められなかったら負けだからじゃ。その辺は状況に合わせ臨機応変にするということじゃな」
「仙人は氣の使いわけているということですか?」
「そうじゃ」
「それでしたら、私も使い分けてるつもりですけど?」
「そちの使い分けと、大老君やわらわの使い分け方は違う」
「?どう違うんですか?」
「確かに、そちはだいぶ氣の使い分けはできるようになったが、まだまだ未熟ということがひとつ。しかし、それよりなにより、そちは最初から普通の道士、仙人よりも自然の歯止めが弱いということじゃ」
「弱い?」
「感情に流されやすいといった方が分かりやすかろう。普通の仙人が自然と歯止めをかけてしまうところをそちは感情の高ぶりであっさりと超えてしまう。感情の起伏によって普通3しか使えぬはずの氣の量が7でも8でも乗せて使ってしまうのじゃ」
「そうなんですか?」
花鈴は自分のことにもかかわらず良く分からないといった風にキョトンとして聞き返した。竜吉が少し呆れる。
「・・・はぁ。あのな花鈴。これは由々しきことぞ?いくら修行を積んだ仙人とはいえ、命に関わる自己防衛本能には勝てぬ。全力のつもりでも知らず知らずのうちに生きるうえでの必要な氣を残すための歯止めは自然と掛かってしまうものじゃ。しかし、そちはそれが弱い。生きれるギリギリまで感情の赴くままに術に氣を乗せてしまう。そちよりも断然氣の総量が多い大老君は、普段せいぜい実力の半分、よくて7割り位の力しか使わぬ。されど、そちは氣の総量が少なくとも平然と8割9割と力を使う。だから、大老君並、もしかするとそれ以上と言われるのじゃ。ただし、それも長続きはせぬが」
「・・・」
「もし、本気で大老君が氣を使えばどうやってもそちは勝てぬ。持久戦になれば尚のことじゃが。生存本能と氣の絶対量の勝負になるからじゃ。それは他の仙人にも言える。誰もが、足踏みして止まるところをそちは躊躇無く超える。それは非常に危険なのじゃ」
「なるほどぉ。それで大老君様よりも上と言われたりするわけですね。通りで術を使った後、やたら疲労すると思っていたんですよ。でも、それがなんであの生物を倒せなかったことと関係するんですか?」
「そちは、一発目に相当の氣の量を乗せた、ということじゃろう。自分じゃ気づいておらぬのじゃろうが、一体目には自分の10の力のうち9割近く乗せて二体目には残りの1・2割しか乗せれなかったんじゃと思う。どちらも全力のつもりでも残っている氣の総量が少なければ自然と術威力は弱くなるからな。あの程度の相手なら、二体を4対4の配分で術を発動しても倒せるのに、そちは感情のままどちらにも全力で当たったから6対2くらいになってしまったのじゃろう。そなたは一撃必殺型なんじゃ」
竜吉に説明されて、花鈴は昨晩のことを思い出していた。確かに感情が高ぶってきて一体目にはやたら力が篭っていた気がする。そういえば、あの時高ぶっていたから気づかなかったけど、攻撃を避けたとき体が疲れて思った以上に動けなかったことを思い出す。
「ただでさえ、普通の仙人ですら複数で動けと言われている相手なのに、そちのように氣の扱いが下手なものが一人で動いては自殺行為。さすがに昨晩、そちが一人で出歩いたのに気づいたときは焦ったぞ」
「すみません」
「まったく、公がいない間にそちに何かあったらわらわは公になんと言えばいいか」
「・・・」
花鈴は公望の名を出されさらにうなだれた。竜吉は深い意味で言ったつもりはなかったが、公望のいない今、弟子として、公望の身を心配している身として立つ瀬が無いと感じたのだった。
「・・・本当にお師様何処に言ったんでしょう?」
「まったく、公はもう少しわらわ達のことを考えてくれても良いと思うのじゃがな」
竜吉もため息を深々と付くと再び湯飲みに口をつけた。
あとがきですにゃん。現在、二週間後に控えた資格試験の勉強から逃避したくて書いてみました。今年も駄目そうです(泣
しかし、すこぶるお久しぶりでございます。まさか半年以上空けて書くことになるとは思ってもいませんでした(汗
毎度毎度お付き合いしてくださる方には申し訳ないです。
今回の話は、花鈴の実力について詳しく説明したくて書いたんですけどわかりにくくなってしまいましたね(再汗
つまり、今はまだ一撃必殺の一発屋だと思ってくればいいです(そうなのか?
あまりにも長く空けていたのでこの「生きる故に摂取する」の終幕の話がどんなのだったか作者も忘れてしまいました(おい
なので、当初書きたかったことよりも違う感じになるかもしれませんが気にせず流してやってください。
毎回毎回拙い話ではありますが、お付き合いしてくださる方、本当に感謝です。今後も生ぬるい目で蔑んでやってください(ぇ
では、また次回お会いしましょう。