生きる故に摂取する。其の五
その日は久しぶりに機嫌が良かった。あの日、自分とは比べ物にもならない若輩でちんけな道士に踊らされ不覚にも捕まってしまったときから、どうも気分はあまり良くなかった。自分のような強く気高く高貴な存在があのようなひよっこごときに惑わされたのが高すぎる自尊心を傷つけ、割り切れないもどかしさがずっと心に残っていたのだ。
気晴らしにと広い空を飛んでも中々その靄は晴れることが無い。昔のように我が物顔で飛ぶことはできない。
しかし、今日は違った。連なる山脈を抜け、雲を切り、風のように飛んでいた時、目の前に見知らぬ物体を目にした。生まれてこの方、この仙人界で知らぬものは無いと自負していた自分であったが、そんな自分でも今まで見たことのない物体。虫のような獣のような異形な形をしたそれ。その物体はあろう事か、自分の行き先を遮るかのように横をゆっくりと飛んでいる。
最初見たときは、珍しい生き物がいると興味が湧いた。しかし今は違う。自分のような高貴な存在の道を塞ぎ、なんの礼儀も払わず我が物顔で目の前を通り過ぎようとしている。その傍若無人さに怒りを覚えた。
「我の行く手を阻み、理を通さぬとはなんたることか!」
怒りに任せ太い声で怒鳴るが、その生き物は気にもせずそのまま目の前を通過していく。その無視した態度に余計腹が立ち、飛ぶスピードを上げるとその生き物に向かって突進していく。異形な生き物は、自分に向かって凄い勢いで飛んでくる存在に気づき無言でそちらを見ていたが、近寄ってくるにつれ爪を伸ばし返り討ちにしてやろうと言わんばかりに手を振りかざした。
その態度に余計に腹が立ち、さらにスピードを上げると異形なる生き物が爪を振り下ろすよりも早くその者に喰らいつく。銜えられた異形なる者は、抵抗を試み噛み付いている口元に爪を引っ立てる。その瞬間、喰らい付いた者は、なにやら体中から力が抜ける感じがして思わず獲物を離しそうになる。しかしそれ以上に、自分に無礼を働いただけではなく傷まで負わしたこの者に対する怒りが勝り、気力で獲物を丸呑みにしてしまった。
するとどうだろう。今まで気分が優れず、さらに傷をつけられたときに力も抜けた感じがしたものが、一変して気力体力共にみなぎってきた。まるで長年修行を積み仙力を蓄えた仙人を食したかのようなそんな感覚。
長い間味わったことの無いこの感覚に、気分は一転し今日は機嫌がすこぶる良い。そういうことがあり、気分上場で晴れやかな空を満喫しながら飛んでいると目前に見知った人影が写った。
その人影は今まで自分の気分を害していた根源であったので、普段なら顔も合わせたくないと思うところだったが、今日は食したせいか気分が良かったため素通りするところを自分にしてはありえないことであったが、自らその者のところに降下して行った。
「ほんに水辺で過ごすひと時は気持ちが良いのぉ」
「左様ですね」
「こうものんびり出来るとすべてがどうでもよくなるわい」
公望は、手を上に上げ座りながら背伸びをするとその手を後ろに置き支えに使い、目の前に広がる湖を眺めた。横では風麒麟が同じように湖を見ている。湖はエメラルドグリーンに輝き綺麗な風景をかもし出していた。
「やはり仙人界はいいの〜。自然に溢れ、どこも景色が良い。こんなにも澄んだ湖を見れるとは自分の国では思いもせぬかったわ」
「しかし、公望様。確か公望様の住んでらした日本にもこのように綺麗な景色はあったと聞き及んでいますが?」
「うむ。確かにあるにはあったが、ここまでエメラルドに輝くほどに澄んだ水がある場所など限られたおった。その上、戦争や地殻変動でほとんどは消えてしまったらしいしの。見に行くにはそれなりに条件が必要であったし、中々お目にはかかれぬかった」
「左様でしたか」
「うむ」
そう言いつつ、景色を楽しんでいた公望の手からなにやら感触が伝わった。
「ん?なんじゃ?」
違和感を感じ不思議そうに手を顔の前まで持ち上げて見てみるとそこに、小さな小さな蟻のような虫が公望の手の甲の上を歩いてる。
それを見て公望は血の気が引き背筋に寒気が走った。
「う、うわっうわぁーーーーー!」
慌てて手を振りその虫を追い払う。虫はどこぞへと飛ばされてしまった。
「どうしましたか!?公望様!?」
突然の主の叫びに風麒麟は戸惑い声を掛ける。当の公望はさっと立ち上がりその場から少し下がると手を振りながら身体や辺りの地面を探るように見ている。
「どうしたのですか?」
「いや、今虫がわしの手に・・・」
風麒麟に再び問われ慌てながらなんとか言葉を返しつつもなにやらビクついた感じで公望は虫の乗っていた手を拭いている。
「虫・・・でございますか?」
風麒麟はそんな公望を不思議そうに見ていた。
「くぅ。自然が多いのは良いが、やはり虫はおるのじゃな」
「当然でございます。この自然の中、虫はどこにでもおるものでございますよ。それがどうかいたしましたか?」
「ううう。い、いや、なんでもないが・・・。この場所に他にも虫はおるか?」
「・・・。見たところおりませんが」
「そ、そうか。ならよい」
辺りを再三見渡し、虫がいないことを確認すると、公望は安堵しつつ再び座った。そんな折上から声が聞こえた。
「こんなところで何をしている?」
「ん?」
太く大気を揺るがすような声に反応し、公望は上を見上げた。そこには大きな大きな一匹の龍がいた。
「おお!ひさしいな!」
公望は龍を見上げ嬉しそうに声をあげたが、肝心の龍は少し嫌そうにため息を付いた。その息が公望の髪を揺らす。
「こんなところで何をしていると聞いているのだ」
「ん?別に深い意味など無い。ちょいと旅をしておるものでな。その足がてら寄ったまでのこと」
「ふん。良いご身分だな」
「そうでもないぞ?そういうそなたこそ何をしておるのじゃ?」
「ここは、我のテリトリーぞ?我が何をしてようが、勝手なこと」
「あぁ、そうじゃったな。そうか、ここは雷華のテリトリーじゃったか」
「今更何を。しらばくれおって」
「いや、本当に気づかなかったんじゃ。何の気なしに寄っただけじゃからな」
「まったく、せっかく気分が悪かったのが治ったというのにお前に会って再び不愉快な気分になる」
「そういうな。わしとて好きで嫌われるようなことをしたわけではない」
「おまえのようなちんけな道士に捕まったのは我の一生の恥。我とてあのときどうかしておったしか思えん」
「そうじゃとわしも思う。そなたを捕まえれられたのはまったくの運じゃわい」
公望はカッカッカと笑った。それを見て雷華は呆れたようにまたため息を付いた。正直、道士に捕まったことは自分の中でありえないほどプライドを傷付け、先ほどまでずっと気分の悪い日々をすごしていたのだが、どうも公望を見ているとそこまで怒る気がしなかった。本来なら、ここであったが百年目と復讐がてら喰ろうてやりたい気持ちもあったのだが、公望を見ているとそんな気もなぜか失せて馬鹿らしくなってくる。
「ん?そういえば、なにやらおまえ氣の量が増えているようだが、仙人になったのか?」
「うむ。そなたのおかげでな。晴れて仙人になれた」
「そうか。ならば是非とも喰ろうてやりたいところだが・・・。どうやらそう簡単に喰えそうにないな」
「怖いことをいわんでくれ。そなたに襲われたら今のわしでも一発で喰われてしまう」
「ふん。冗談だ」
肩をすくめ怯えた感じに返す公望に、雷華は鼻で笑って返した。実際問題、仙人クラスになるといかに龍とてそう簡単に喰らうことはできない。仙人なりたてならどうとでもなるが、今の公望にはとても一筋縄で行く気はしなかった。もとより公望に対しては道士の時点で捕まっているのでどこか勝てる気がしない。あの時は油断があったと言い訳したとしてもやはり自分はこのちっちゃな生き物に負けたのだ。龍は気高く自尊心が強いが一度負けた相手には素直に従い負けは認める。それが例えどんな形でも、自分の気分を害し続ける要因になったとしてもだ。
雷華は相変わらず何を考えているのか分からない男だと思いながら公望を見る。
「それで、旅の目的はなんだ?」
「ん?」
「旅をするには目的があるものだろう?」
「ん〜、まぁ、逃げるための旅というところかの」
「逃げる?なにから?」
「自分に襲い掛かってくるものからじゃ」
「なんだと?」
この公望の発言に雷華は気を悪くした。自分ほどの存在をもひれ伏させた公望が、何かから逃げるということが雷華のプライドに再び傷をつけたのだ。
「なんだ。その相手はそんなに凄い相手なのか?」
「いや、凄いかどうかはわからんのじゃが」
「わからないのに逃げてるのか?」
「うむ。まーなぁ」
公望はお茶を濁すかのように言葉を発する。雷華はそれが気に喰わない様子であるとともに、その相手のことに興味を抱いた。
「どんな相手だ」
「どんなと言われてものぉ」
「我より優れた存在ということか?」
「いや、それは無いと思うが・・・」
「・・・。はっきりせんな。何を隠している。きりきり白状しろ」
いまいち返答をごまかそうとする公望に雷華は強く言い放った。しばし公望は考えたが、口を開くと今の仙人界の状況と今自分が置かれている状況の説明をした。
あとがきですよ。にゃおん!
どうもお久しぶりです。二月は全然更新できませんでしたが、まぁなんとか書いてみました。
今回の話はもっと長く先まで書いてから更新するつもりだったんですけど、次ぎ書けるのがいつになるか分からない状況なので、途中の状態でさっさとあげちゃいます。まぁ、今の話は生きる故に摂取する全体の話なので、部分部分でもいいかなぁと。(よくないだろ)
最近、感性のかの字も働かない上に時間が無くて書いてる余裕なんてさっぱりですよ。一度一日くらいゆっくりとした時間が欲しいと思います。
そういえば、全然関係ないですが、節煙って難しいですよね。禁煙じゃない時点で駄目だとは思うんですけど、一日五本までって決めてても、何故か一箱近くあけちゃうんですよ。意志が弱いのは筋金入りです。
いつか、タバコをやめれる日がくるでしょうかね。
では、そんなこんなでまた次回お会いしましょう。
それでは〜