幕間〜時に平和な仙人界〜
「公望ちゃん!ひさしぶりにゃ〜!」
今日ものどかな仙人界。いつものように仕事をものぐさものぐさと適当にやり、物凄く重要なキセルでの一服タイムに浸っていた公望の元に元気な声でやってきた来客がいた。
公望を見つけるなり猛ダッシュで走ってくるとガバッ!と公望に抱きつく。
「公望ちゃん、元気してたかにゃ〜?」
「こ、これ!いきなりひっつくでない」
「ちょっとあなた!何ひっついてるんですか!お師様が嫌がってるでしょ!!」
いきなり抱きつかれて戸惑っている公望とムッとしてその者を注意する花鈴。
「悪いね、望ちゃん。突然押しかけちゃって」
「いや、良いよ。妖仁も相変わらず元気そうで何よりじゃ」
公望はなんとか抱きついてる者から離れようと身をよじりつつ、ニコニコとこちらの光景を見ている数少ない親友に挨拶をした。
「で、今日は何用で参った?」
「ん〜。実はね、猫姫がどうしても望ちゃんに会いたい会いたいって駄々こねるからさ。僕も久しぶりに話でもしにいこうかと思ってさ」
「左様か」
「迷惑だったかにゃ?」
抱きついたまま大きな瞳で公望の顔を見上げる猫姫の頭をポンポンと叩く。
「迷惑ではないぞ。遊びに来るなら大いに結構。おぬしも元気そうで何よりじゃ」
「うみゅ!私、元気元気!」
「妖仁の元、良い子にしておるか?」
「うみゅ!してるよ〜。えらいえらい?」
「うむ。えらいぞ」
「むふぅ〜」
猫姫は公望に褒められて嬉しそうに喉をゴロゴロ言わせている。
「ちょっと、いつまで引っ付いてる気!?お師様からはーなーれーなーさーーーい!!」
「にゃ!」
公望と抱きつき続けている猫姫のやりとりに、いい加減我慢の限界に来た花鈴は猫姫を無理やり公望から引っぺがした。
「ちょっと、何するにゃ!?」
「あなたこそ何勝手に抱きついてるんですか!お師様が嫌がってるのが分からないの!?」
「そんなことないにゃ!ね?公望ちゃん」
「え、あ、いやー。嫌というわけではないが、キセルをふかしておるときに抱きついたりなぞしたら危なかろう?種火が落ちて火傷したらどうする?ん?」
「うみゅ。ごめんなさい」
公望の言葉に猫姫は素直に謝った。しかし、直ぐにまた抱きつく。
「私を心配してくれるなんてやっぱり公望ちゃんは優しいにゃ!」
「じゃから、危なかろうと言っておる」
公望はキセルを横にサッとずらす。
「むふぅ〜」
「いやいや、すっかり猫姫は望ちゃんになついてるね」
「これじゃあ、おちおちキセルもふかせんがのぉ」
「ほら!お師様が困ってらっしゃるじゃないですか!」
「むふぅ〜」
花鈴の言葉に耳も傾けず、猫姫は公望の胸に顔を擦り寄らせた。これがさらに花鈴の癇に障る。
「いーぃーかぁーげーんーにぃ!」
「なにやら騒がしいと思っておうたら、来客じゃったか公」
殺気立たせ、宝貝を握り締めた花鈴の横に部屋から出てきた竜吉がやってきた。
「竜吉様、お久しぶりです」
「おぉ。妖仁久しい。息災で何よりじゃな。それとそっちの・・・ム!?・・・女子はどなたじゃ?」
竜吉は公望に抱きついている猫姫を見て若干声に棘を含ませて尋ねる。
「うむ?そうか、竜吉はこやつとおうたことなかったんじゃったか?こやつは・・・」
公望が猫姫を紹介しようとしたとき、猫姫の口調が急に変わった。
「あら、おばさん。長く生きすぎで耄碌でもしたのかしらん?これだから年増は」
それを聞いて竜吉の態度も変わる。さも嫌そうに声を出した。
「誰かとおもうたら、なんじゃ下劣な淫乱娘か。その姿はなんじゃ?ロリ趣味とやらに鞍替えしたか?まぁ、もともと子供な知能じゃったからの。はっ、今になって身の程を知ったというわけか」
「そ〜んなわけないじゃなぁいぃ。年食ってる割にはそんな貧相な発想しか出てこないなんて、本当無駄に生きてるわよねん」
「長く生きていて色仕掛けしかできん能のないそちに比べればマシな生き方をしたような気がするのぉ」
「周りから綺麗綺麗とおだてで持ち上げられて、ずいぶんな勘違いしてる割りに、色仕掛けの一つもできない奥手さんより数倍私はマシだと思うわん」
「仙人のくせに欲望におぼれるとは、所詮もとは獣よの」
「女性に生まれながら男性を相手に出来ず、手すら握れないなんて可愛そうな純情ちゅあん」
「黙れ、ケダモノ」
「うるさいババァ」
二人の間で殺伐とした空気が流れ、辺りの気配がすこぶる痛い。二人の気の摩擦だけで文字通り火花が散りそうだ。
これを見ていて、さっきまで自分も殺気立てていた花鈴はどうして良いかわからなくなり、顔引きつらせつつカラ笑いする。
妖仁はそんな二人を見ながらもニコニコとしながら平然と立っており、公望もまた気にもせずのんびりとキセルに口をつける。
「妖仁、そなたそんなところで立っておらずこちらに来て座ったらどうじゃ?」
「うん。ありがとう」
促されて妖仁は公望の隣に座る。
「それから、二人とも見知った仲なのは良いことじゃが、わしの家で喧嘩はするでないぞ?郷に入れば郷に従ってくれ」
「うみゅぅ!わかっぱ!公望ちゃんが言うなら私言うこと聞くぅ。でもぉ、この行かず後家はなんていうかにゃ?」
「こ、公がそう言うならわらわはもとよりそんなつもりは」
竜吉は慌てて体裁を取り繕った。そしてゆっくりと公望の横に腰をかける。
「で、公。何故、この者がここにおるのじゃ?」
「遊びに来たらしい」
「遊びに?本当か?」
訝しげに眉をひそめた。
「にゃによ。私が遊びに来たら駄目にゃの?」
「いや、そち確か、大老君の話では、ついぞの騒ぎの罰で自由はある程度束縛されて軟禁状態にあるのではなかったか?」
「ん?そうなのか?猫姫」
「・・・うん。実はそうなんだけど、公望ちゃんに会いたくて妖仁に無理を言ったのにゃ」
「それは、いかんな。すまん、妖仁。そなたに押し付けてしまったせいで無理をさせてしまったの」
「ううん。望ちゃん気にしないで。確かに大老君様から軟禁しろと言われてるけど、猫姫はあれから本当良い子にしてるし、僕の言うこともちゃんと聞くからさ。望ちゃんに会うくらいさせてあげても良いかなぁって思って。本当会いたい会いたいってずっと言ってたし。実質、僕に世話は任せられてるから僕の判断で大丈夫なら大丈夫だよ」
「そうかぁ。それならよいのじゃが。まぁ、もしあのクソじじいから文句の一つでも言われたら直ぐにわしに言えよ?わしがきちんと対処してやるゆえ。猫姫の件では、あのじじいに散々な目に合わされたからのぉ。少々痛い目にあってもらわんと」
「あはは、あの時は災難だったね」
「ごめんにょ。公望ちゃん。私のせいで」
「それはよい。気にするな猫姫。仕事を押し付けたあやつが悪い。しかし、猫姫よ。もし気にする気持ちがあるならば、その気持ち少しでもそなたのわがままの犠牲になった文の国の者たちに向けてやるのだぞ?」
「うみゅ!大丈夫だにゃ。私あれから毎日毎日懺悔してるもん」
「懺悔したからといって犠牲になったものが帰ってくるわけではないがの」
少し意地悪いことを涼やかな顔をして竜吉が突っ込む。それを聞いて猫姫の表情が少し暗くなった。
「・・・わかってるみょん」
「これこれ、竜吉。あまりいじめるでない。確かに犠牲者が戻ってこんし罪も消えることはないが、その罪の意識を感じることが大切なのじゃ。誰にとっても罪悪感と言うものが一番重い罰みたいなものじゃからな。それを感じるか感じないかで行いは変わる」
「まぁ、そうじゃが」
「それにあれはもともと防全布の副作用によるもの。猫姫だけの意識ではどうしようもなかったものじゃ。すべてがすべて猫姫に罪があるわけではない。むしろ、防全布のような危険な宝貝を作り管理を怠ったわれわれ仙人に罪があると言える。わしらとて同罪じゃ。じゃから猫姫一人罪の意識に苛まれる必要はないのだぞ?」
「うみゅ。公望ちゃん。ありがとうぅ!大好きぃ!!!」
猫姫は抱きついている腕にさらに力をこめた。
「あ、ちょっと!だからいつまでひっついているつもりですか!」
それを見て、竜吉の気に当てられていた花鈴が思い出したかのように引っぺがしに掛かる。竜吉もまた皆の手前平然としていたが、こめかみ辺りを引きつらせていた。
「そういえば、公。なにやら猫姫と仲が良いみたいじゃのぉ?」
若干怒気を含んだ声で公望に尋ねる。
「ん〜。仲が良いと言うほど良い訳ではないと思うが」
「その割りに、猫姫が抱きついていても嫌がる素振りは見せぬのじゃな?そなた女子が苦手ではなかったか?」
「苦手じゃぞ?苦手ゆえにこういうときどうして良いのかがわからんので、実は非常に困っておる」
「じゃったら、このような者の手振りほどけばよかろう?」
「それもそうなんじゃが、なんかなつかれておるみたいでな。無下に扱っては好意を足蹴にしてしまう気がしての。それにこやつ猫じゃし」
公望は猫好きだ。正直な話、女の子として見ているより猫のメスとして見ているところが強い。
「公!甘いぞ!こういう輩にははっきりと言わぬと分からぬ」
「そうですよ!お師様!」
「な〜にぃ?竜吉ちゃん、珍しく熱くなってるじゃない?もしかして、妬いてるのぉ?」
「な!ちが!」
竜吉はみるみる顔を赤くした。そしてプイッとそっぽを向く。猫姫は意地悪そうにクスクスと笑った。
「図星だったみたい?」
「これこれ、あまり茶化すものではないぞ」
公望は叱りつつも、ついつい昔飼っていた猫のときの癖で頭を撫でてやったりしている。猫姫は気持ちよさそうにまた喉を鳴らした。
「お師様!」
「なんじゃ?」
「・・・なんでもありません!!」
何事もないかのように聞き返す公望に花鈴もまた悔しそうにそっぽを向いた。
「?」
「クスクスクス。やっぱり望ちゃんの周りはおもしろいね」
「そうかのぉ?わし自身はそんなにおもしろいわけではないが」
「見てる僕らは楽しいよ」
「ふむ。ならまぁいいのかの?」
クスクスと笑っている妖仁に対しキョトンとした感じで公望はまたキセルをふかした。
「ねぇ。公望ちゃん」
「ん?なんじゃ?」
「公望ちゃんって彼女いないにゃん?」
「うむ。今更じゃな。それはそなたも知っておろう?」
「私、もっともっと良い子にしてるから。そしたら軟禁解いてもらえるよね?」
「うむ。むしろクソじじいに言ってもう解いてもらってもよいかもしれんな」
「あのねあのね。そしたらさ、私を・・・」
「ん?」
「公望ちゃんのお嫁さんにしてにゃん」
「は!?」
「な!?」
この猫姫の発言に花鈴と竜吉は声をあげた。
「駄目かにゃ?」
「ん〜」
「ダメダメダメっ!!駄目に決まってますよ!!!なに寝ぼけたこと言ってるんですか、あなたは!」
「そうじゃ!そちのようなケダモノと公が釣り合う分けなかろう!!」
「むぅ何よ!私、公望ちゃんのこと好きなんだもん!好きな人と結ばれたいって思うのは当然じゃな〜い?」
「何をいけしゃあしゃあと!」
「そちは男なら誰でも良いのであろう!」
「あらぁ?そんなことないわよん」
「大体、そちのような子供に公が振り向くわけあるまい!」
「そうかしらん?公望ちゃんはこの姿好きよね?」
「好きと言われても・・・」
「じゃあ、公望ちゃん。私の大人バージョンと今の姿とどっちがいいにょ?」
「むー。わしはロリコンではないが、あの変に妖艶なクネクネした姿に比べれば今のほうがよっぽど良いとは思う」
「お師様!」
「公!」
「ほら〜」
「で、では、公!わらわとこやつ。どっちが良い!?」
「え、あ、それは・・・」
「お師様!私とだったらどっちが良いんですか!?」
「だから、それは・・・」
「お師様!」
「公!」
「公望ちゃん」
三人に言い寄られて公望はたじたじになり冷や汗が出てきた。こういうのは良く分からない。恋愛経験どころか女性との付き合い自体ほとんどなかった公望にはどう答えて良いのか、なんと言えば穏便に収まるのか見当も付かない。おろおろとしてしまい、妖仁に救いを求めちらりと見たが、妖仁は反対側を向いている。なにやら肩が震えていた。
「・・・あ!妖仁!そういえば、見せたいものがあったのじゃった!」
「え〜?何?」
妖仁は、何事もないかのように聞き返す。
「こっちじゃこっち。ほれ、皆すまんがどいてくれ」
「あ!」
「ちょっと公!」
「あれ、公望ちゃん?」
公望はスクッと立つと妖仁の腕を引き、家の奥の方へ入っていった。扉を閉め、ふーっとため息を付く。妖仁は隣で必死に笑いをこらえていた。
「・・・そなた、こうなることが分かって連れてきおったな?」
「くっくっく・・・あっはは〜。は〜、そんなことないって!」
「嘘をつけ!」
「いやいや、本当だよ。まさかこんなに荒れるなんて思ってもなかった。うん。本当。いや〜、望ちゃんが困るところなんて久しぶりに見たよ」
「困るなんてものじゃない。正直、一番最初に猫姫に抱きつかれたときからすご〜く困っておった。まさか、あの猫姫の態度。あれもそなたの悪知恵か?」
じとーっと妖仁を見る。妖仁は必死に手を振っていた。
「違う違う!猫姫を連れてきたのは本当に彼女が行きたがっていたからだよ。猫姫さ。ああ見えて結構繊細なんだ。ずっと罪悪感に囚われて自責の念に駆られてたし。家でも元気なくてさ。でも、望ちゃんの話をするときは嬉しそうだったから。なんか、あんなにひどいことされても助けてくれて、本来なら封じられるはずだったのにかばってくれたのがよっぽど嬉しかったらしいんだ」
「ふーむ」
「ほら、かつおぶしの事覚えてる?あの、みんなで迫って猫姫が泣いちゃったときにあやすために望ちゃんがあげたかつおぶし」
「おお、あれか。あれがどうした?」
「あれさ。猫姫、まだ大事に持ってるんだよ?宝物だ!とか言って」
「そうなのか?そんな大したものじゃない、ただのかつおぶしなんじゃが」
「猫姫にとってはそれだけ望ちゃんが大きい存在だって事だよ」
「そうかぁ?わしは小さいがなぁ」
「クスクスクス。望ちゃんらしいよ。とにかく、だから今日連れてきて猫姫があんな態度取ってるのは単に嬉しかったからだと思うよ」
「なんか、照れるな」
公望は慣れないことにしばし頭を掻いた。
「あはははは、良かったじゃない。生まれて初めて女の子にモテたよ?」
「あれは、モテた、ではなく懐かれた、が正解じゃ」
肩を落とし軽く手を上げる。
「まぁ、なんにせよ。相手してあげて。そのために連れてきたんだし」
「うむ。まぁ、どんな理由があるにせよ、遊びに来たのなら大歓迎じゃ。最近仕事もたるくてな」
「それはいつもでしょ?」
「いつも以上にたるいのじゃ。ちょうど娯楽が欲しいと思っておったところよ。そういうわけで、今日は久しぶりに飲むぞ」
「いいよ」
「実は、見せたいものがあるというのは逃げる口実ではなく本当にあるんじゃよ。しばし待っておれ」
そういって、公望は台所に向かいあるものをとってきた。手にビンを持っている。
「何これ?」
「むふふ。この間、人間界に行った時に良い酒が手に入ったのじゃよ。こういうときのために取っておいた」
「へー。楽しみ」
「今日は仕事なぞ忘れてゆるりと飲み明かそうぞ」
「うん」
「さて、そろそろ戻った方がよいかの」
公望と妖仁は再び三人の待つ庭先へ戻っていった。そこでは、先ほどと変わらず竜吉、花鈴、猫姫の三人がギャーギャーと言い合いをしている
それを見ながらやれやれとため息を付く公望を見て、妖仁はまたクスリと笑って肩を叩いたのだった。
今日も今日とて平和な仙人界である。
あとがきでーす。
どうも、作者です。
今回、本編とは別個のショートストーリーを書いてみました。前回のあとがきでも書いたと思いますが、これを書きたくて本編の方の話が全然まとまっておりません!本編楽しみにしていた方、申し訳ございません!
今回の話は、人間界騒動があってからそこそこに時間の経った話。今の「生きるが故に摂取する」に入るちょっと前くらいの話だと思ってくれれば良いと思います。
猫姫をとにかく出したくてですね。竜吉と絡ませたらどうなるんだろうとちょっとやってみたかったわけですよ。竜吉と猫姫は一応犬猿の仲と言った感じでしょうか。水と油みたいな位置づけをしたつもりですが、うまく言ったような気がしませんね(汗
本当はもっとこう、泥沼的にぶつけたかったんですけど、作者の発想力が足りずにかないませんでした。
でも、ああいうキャラもいるとかしましさがよりまして良いかなぁとおもいます。華があるし。
猫姫は今回ショートストーリーで出していますが、いずれまた本編でも登場させようと思っています。
そのときはもっとドロドロと昼ドラ並みに泥沼になれるようにしたいなぁなんて思ってます。
今後もこういった幕間の話は書いていこうと思いますので本編とは違った楽しみ方が出来れば良いと思います。
読んでいただきありがとうございました。それではまた。