生きる故に摂取する。其の三
千角が襲われてから丸一日。戦闘態勢はレベル二へと移行され、隕石から生まれた異形なる者の捜索が続けられていた。あれからまだ発見に至っていない。
偵察隊を引き上げさせたため隕石の詳しい状況が分からず、公望の千里眼より精度の劣る大老君の千里眼能力では完全な状況を見ることもできない。そこで大老君は、自ら隕石の元に赴いてみた。わずか一日二日の間だったが隕石にはめまぐるしい変化が見受けられている。いや、隕石そのものというよりも隕石の周りの状況が一変していた。隕石の周りには、けたたましい数の異形な虫程度の小型生物が蠢いており隕石を包み込むようにその群れが飛び交っていた。
少しでも何か状況を掴もうと大老君は恐る恐る近寄ったが、一定距離内に入った途端、その虫たちは一斉に大老君に襲い掛かってきたため踵を返して逃げ出した。ある程度離れると虫たちも追ってはこない。どうやら縄張り範囲があるようだ。しかし、もはや近づくことすら困難な状態である。
「どうしたものか・・・。しかし腑に落ちん」
離れたところから隕石を眺めつつ大老君は考えをめぐらしたが、ひとつの疑問が浮かぶ。
「おかしい。公望の予想では間接摂取を行い始めたという話じゃったな。じゃから現に千角は襲われたはず。なら、何故あの虫の様な生き物たちはあの場から離れぬ?あれでは摂取する相手など捕まるはずもない。現に近づけば襲ってくるが離れれば追うことなくまた元の場所に帰る。まるでこれは、守っているかのようじゃ」
大老君は「ふむ」と髭を撫でた。どういうことなのか。公望の話を聞き、自分の考えていたことは、あの隕石から生まれた生物は皆この世界の生き物を襲いにやってくるのではである。しかし、仙人の住まう地まで襲いに来たのは、確認されているだけでも一匹だけ。こんなにも生物が生まれ出していたのならとっくに襲いに来ていてもおかしくはない。そう思ったのだが・・・。
「何か意味があるのじゃろうか。やはり守っているということか?うーん、わからんの。そもそも間接摂取の話は公望が言い出したこと。あやつの話を聞きたいところじゃがあやつめどこに行きおったのやら。肝心なときに役に立たん奴め。ほんに馬鹿弟子が!」
大老君は公望を罵るとその場を後にし蓬莱山へと戻っていった。
変わらず異形なる者の捜索が続けられている中、公望の家に来訪者がいた。普賢である。
「ちーっす!」
「あ、普賢様!いらっしゃいませ!」
「おぉ!元気にしてっか?花鈴。ちょっと様子を見に来たぜ。つうか、いつまでも普賢様なんて硬い呼び方するなよ。一応おまえの兄なんだから、気軽に兄貴なりお兄ちゃんなり呼びゃあいいのに。敬語もやめてよぉ」
「いえいえ、いくら兄上様になられたからといって私のようなものがそんな気軽にお呼び出来ませんよ」
「おまえ、変に硬いところあるよな。まぁ、花憐の妹らしいっつえばらしいか」
「お姉様はお元気ですか?」
「おぅ、元気だぜ!最近お前来ないからたまには顔見せろってよ」
「そうですか。そういえば最近お姉様と会ってませんね。近々会いに行こうかな」
「行ってやれ行ってやれ。あいつも喜ぶぞ。っと、まぁ、世間話はこの辺にして公望いるか?公望に用があってきたんだが」
明るく出迎えていた花鈴の表情が一気に暗くなる。
「あの、お師様は」
「あ?いないのか?」
「・・・はい」
「どこにいやがんだあいつ?」
「その、旅に出られまして・・・」
「旅ぃ?いつ?どこに行った?」
「先日に突然旅に出ると言われて出て行かれまして、いつ戻ってくるかどこに行かれたかさっぱり見当もつかないんです。もしかしたら、戻ってこられないかも・・・」
「あー、それでか。妙にお前が暗くなったと思ったら。はーん。なるほどね」
「私も後を追いかけて旅に出たいんですけど、今、戦闘態勢になってるせいで動けなくて」
「はぁ、やれやれだ。実はそのことであいつに話が合ってきたんだけどよ。レベル二に戦闘態勢が移行したっつうのに、あいつ誰とも組んで動いてないだろ?。十二仙は二人一組になって行動、その他の仙人、道士は四、五人で行動するようにって決まりなのに。通りで十二仙で一人余りが出るわけだ」
「すみません」
「お前が謝ることじゃねぇ。気にするな。ったく、人がせっかく一緒に組んでやろうと思って来たって言うのに相変わらずマイペースな奴だな。まぁ、俺は別に一人でも良いんだけどよ」
「・・・」
「おいおい、そんな顔すんじゃねぇって。大丈夫。白桜童子に頼んで行方捜してもらうから公望の奴ぁ直ぐ見つかるさ。な!」
普賢は元気のない花鈴の頭をぐりぐりと押すと励ました。それでも、花鈴はまだ寂しそうな表情を見せていた。
「・・・はい。お願いします」
「でもまた、なんであいつ旅になんか出たんだよ?あいつだって今の状況がどれだけやばいかくらい分かってるはずだろうに」
「わかりません。もしかしたら、お師様は私のことを嫌いになって行ってしまわれたのかも知れません・・・」
ぼそぼそとか細い声で言う花鈴の言葉を聞いて、普賢は反対に大声で笑った。
「あっはははは!そりゃないない。絶対にない!」
「な、何で分かるんですか!?」
「お前、嫌われるようなことしたか?」
「い、いえ!確かにご迷惑は散々かけてるかもしれないですけど、そんな嫌われるようなことなんか!」
「だろう?お前の気持ちは知ってるからな。お前がそういうことをしないっていうのも知ってる。だったら公望の奴がお前を嫌う理由なんてないだろう?俺の知る限りあいつは理由もなく嫌うような奴じゃない。それはお前だって分かってるだろう?」
「そ、そうですけど。で、でも!もしかしたら、知らず知らずのうちにお師様の嫌いなことをしてしまっていたのかもしれないですし・・・」
「仮にそうだとしても、そういう理由も告げずに去るような奴じゃないだろ?そんな突然理由なく消える奴ではないさ」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ」
「でしたら、なんでお師様は旅に出られたんでしょう?」
「さぁ、それは俺にもわからねぇ。案外、隕石の件で逃げたのかもな」
「逃げた?」
「おう。奴らとやりあうのが怖くなったのか、それとも仕事が面倒くさいと思ったのか。それで逃げたんじゃねぇの?」
「普賢様!普賢様でも言って良いことと悪いことはありますよ!!お師様に限ってそんなことないじゃないですか!」
普賢の発言に気を悪くしたらしく、花鈴は凄い剣幕で普賢を怒った。普賢はさすがにびっくりして苦笑いをする。
「じょ、冗談だよ!冗談!そんなムキになるなって。俺が悪かった、でもよ、仕事が面倒くさいっていうのは間違ってないだろう?」
「ま、まぁ、そうですけど・・・」
「今回の事件は、思った以上に厄介だ。それこそすげー面倒くさい。俺ですら面倒くさいと思うからな。だから、公望もきっとそう思ったのかもな」
「んんんん〜」
そう言われて花鈴は先ほどまでお師様に限ってと言っていたものの、断言できなくなってきた。仕事をするのが嫌でどこかに行く。普段の公望を見ているとその可能性も否定できない。
「まぁ、なんにせよ早く見つけ出すさ。正直今一人で動くのは危険だからな」
「そうなんですか?」
「あぁ。相手の力量はまだ確定的に分からんが、問題なのは傷一つでもつけられたら精氣を奪われちまうってことだ。もし一人でやりあって、そんな状態になったら命取りだからな」
「そ、そうですか」
普賢にそう言われて、花鈴はだんだん不安になってきた。お師様なら大丈夫だろうと花鈴は信じているが、お師様でも傷一つくらいはつけられるかもしれない。そうなったらお師様は・・・。
花鈴の脳裏に意識を失って倒れている公望の姿が映った。
「わーわー!どうしましょう、普賢様!!」
「落ち着け。とにかく白桜童子にさっさと見つけてもらうから、それまでお前も竜吉様と離れないようにな」
「は、はい」
「そういえば、竜吉様の姿が見えないが。部屋にいらっしゃるのか?」
「はい。ちょっと体調が優れないそうなので」
「へー。大丈夫なのか?」
「わかりませんけど、多分」
「そっか。早く良くなられると良いんだがな」
「はい」
「まぁ、じゃあ、俺もう行くな。仕事の途中抜け出してきたからよ」
「はい。お気をつけて。お師様の件お願いします」
「おぅ。お前も元気出せよ。じゃ」
そう言って普賢は家を出て行った。花鈴は公望が早く見つかることを祈ることにした。
一方、体調が悪いと部屋にいた竜吉はベッドに横になり塞ぎ込んでいた。
「うぅ。公の馬鹿・・・。旅立つ前にわらわにだって一言くらい」
布団に包まり顔をうずめながらぶつぶつと文句を言っている。自分にだけ何も言わずに去ってしまった公望に対して拗ねていたのだ。
「・・・やはり花鈴の方が大事じゃというのか・・・」
ぎゅっと目をつぶり自分にそんなことはないと言い聞かせる。しかし、その不安は消せなかった。むしろどんどん膨らんでいく一方だ。
「・・・公・・・」
ぽつりとつぶやくと同時に、一滴の涙が枕を濡らした。
あとがきですよ。がおー!
更新しだして第三話目になりました、「生きる故に摂取する」正直、一年以上放置してたので見にくる人なんていないだろうなぁと思っていたのですが、奇跡的に興味本位でものぞいてくれる方がいらっしゃっるようなので、ありがたいです。こんな駄作に付き合ってくださる方がいて本当感謝いたします。
ちょっと、今回は短めかもしれません。実は本編とは別にショートストーリー的な閑話休題話を入れようかと思ってそっちに頭を使ってたら本編ストーリーがまとまらなくなってきたんですね(汗
ちまちまとした出し方になるかもしれませんが、お付き合いの程よろしくお願いします。
でわ〜