公望、のんびりした毎日
遥か古来より仙人は存在し、実は仙人の歴史は長い。かつて、様々な神が人間界を統治し、人間から崇め奉られていたとき、神界より何人かの使者が、人間界に送られた。その使者の役目は、まだ文明をうまく築けぬ人間に、文明を教え、より進化させる事、また、争いをなくし平和の世の中にすることであった。それが、仙人の元となった存在である。当初、神術(仙術)を用いていた彼らは、人間の中に、自分らと等しい力を持つ人間が、世の中に存在することに気が付いた。そういった者達を、放っておけば、人間界の秩序、バランスは失われる。そこで、その者達を隔離する世界を新たに築き上げ、その自分らと等しい者達をすべて、その世界に引き入れた。それが、今の仙人界である。つまり、仙人とは、神と人間との中間的存在に位置するのである。
現在の仙人は、すべて人間から成り上がった者で、かつての仙人の祖達は皆、役目を終え神界に戻っていっている。仙人は、強制的ではないが、いずれ神界へと行くことになっている。
また、現在の仙人界に至るまで、二回時代の変動があった。ひとつは、その仙人の祖達が築き上げた時代、そしてもうひとつは、仙人界における戦の時代である。仙人は、三種に分かれる。人間より成り上がった仙人、動物や植物が、氣を持ち本来持つべき寿命より長く生き妖力をもって仙人になった妖怪仙人、そして、かつての祖達より生まれた純潔の仙人である。そして、戦の時代とは、妖怪仙人と仙人との間で、大規模かつ仙人界そのものの崩壊をもたらしかねない戦が起こった時代をさす。その後、新たな指導者の下、仙人代表、妖怪仙人代表の三人により、仙人界は統治されるが、ほとんどの者達は、神界へと移住していった。そして、残った現統治者である、大老君により新たな仙人界の統治が始まり、現在に至る。
もちろんの事、現在にも妖怪仙人は、存在しそちらも新たな統治者の下、統治されている。とりあえず、和平は結んではあるが、両者の仲は、芳しくなく、小さな争いは絶えない。また、純潔の仙人としてたったひとり、竜吉という名の仙人も現在の仙人界に留まっている・・・・・・。
仙人の歴史という長々と書いてある本を読みながら、公望は、ほーっとため息をついた。十二仙になってから、大老君様より、仙人の歴史ぐらい知っておけとの命令により、この本を渡され、任された仕事である仙人界の見回りをしながら、読んでいたのだ。
「一見平和な仙人界も、いろいろな歴史を辿ってきたのじゃの。まあ、歴史なんてものはその様なものかもしれん。神はともかく、仙人も人間も愚かな生き物じゃからな。なまじ、感情や、知性を持っておるから余計たちが悪い。進化を遂げたといっても、わしが思うにはむしろ退化したように思えるがの。動物は、本能で動いている分、生きること、種を残すことに重点を置くが、知的生命体なんぞ、無駄なことばかり考え行動する。だから、下らんことで争いが起こったり、悲しんだり、憎んだりするのじゃ。そう考えれば、動物達の方がよほど美しいではないか。それを、人は尊ぶこともなく、むしろ己たちが生命の頂点であるが如く、生命を弄び、環境を破壊しておる。そして、自分達が自ら起こした事を、起こった後に事の重大さに気づき、修復しようとするが、現在の生活に慣れ、挙句、さらに楽な生活を求めるが故、積極性に欠け、一向に修復は進まぬ。己やその子孫達に害が及ぶとわかっておりながら、何とかしようとする努力の反面、今より便利な生活をしたいと欲する。人の欲望なぞ、きりがない。まさしく、矛盾の生物といってよいな。さらに学習能力を備わっておりながら、それを生かそうともせん。つまらんプライドで、行動に支障きたす。考えれば考えるほど、真、人とは愚かな生物よ。それは、仙人とて変わらぬな。そうは思わぬか?風麒麟」
「左様でございますね。私には、難しい話ではありますが、公望様の考えには、賛同できます」
「ふむ。さすが風麒麟。霊獣の中でも最も気位の高く、知性の溢れる霊獣じゃ。特にそなたの様な者には、さらに、人なぞ、愚かに見えるのではないか?」
「いえ、その様には思いません」
「なぜじゃ?」
「人には、人の行き方というものがあります。人もまた本能で動きますが、獣には持たない理性というものを持ち合わせております。また、公望様は、学習能力がないとおっしゃいましたが、皆が皆そうではありません。今の世の中を何とかしたいと願い、行動する者も多数おります。また、相手を思いやる気持ちというものも発想力というものも持ち合わせているではありませんか。それは、すばらしいものであると思います」
「そうか。確かに人には、人しか持ち得ない感情というものもあるな。相手を思い、大切にするというのは、すばらしいことじゃ。発想力は、文化に繋がり、歴史を作る。確かにそなたの言うとおり、全員が愚かな者ではない。いや、そもそも、愚かという一線はどこで引くものかも正直わからぬものかもしれん。この考えは、わしという一個人が、考える思考であって、別のものからすれば、また違った思考もあるであろう。それに、社会が形成されている以上、抑止力も働く故、行動したくてもできない状態にある者も多数おるであろう。後、己の生活も考えねばならんしな。その事は、人も本能であるといえる。生活、結婚、出産。やはり、生き物の本質はそこにある。ま、世の中には動物であれ、人であれ、わしの様に、女性から一度たりとも好かれることもなくむしろ、嫌われ一度も恋愛というものを経験したことがなく、むしろ興味もたぬ者もおるがの」
ほっほっほと公望は、笑った。今日も平和な一日だ。もうかれこれ、半年以上、十二仙になってから、見回りをしているが、問題らしい問題はなにひとつなかった。まあ、不老不死である仙人からしてみれば、半年なぞ、人間で言うほんの一秒にも満たない時間ではあったが、なんにせよ、平和な日々に公望は、満足していた。しかし、それは、あくまで、仙人界に限ってのこと。実際は、人間界の状況が気になってしょうがなかった。しかし、仙人は、人間界に関与してはならないのが、掟。まあ、そんな法度なんか守る公望ではなかったが、今は取り急ぎ関与することもなかったため、ただ見守り、人間達の手で解決されることを願っていた。
「さてと、今日の見回りはこの辺にしておくか。どれ、報告しに師匠の下に参ろうか」
「はっ」
風麒麟は、蓬莱山に向かった。いつもの様に入り口で静かに待っている。
「師匠。今日も一日平和でした。何の問題もありません。それと、借りていたこの本お返しします」
「うむ」
大老君の部屋には、妖仁、大乙も丁度報告しに来ていた。それを見てすぐさま話しかける。
「そなたらの仕事は、順調か?なにやら、下っ端のわしより、いろいろ仰せつかっておる様じゃが」
「うん、僕達の方は大丈夫」
「全部とどこおりなく、進んでいるよ」
「それならよいが。あまり無理をするでないぞ。師匠は人使いが荒いでな」
「ははは」
ほんわかと、場がなごんだ。この様に、たまに報告しに来た時、他の十二仙と顔を合わせる事がある。その度に、公望は、話しかけ暇を潰していたり、交流を深めているのだ。十二仙が、全員顔を合わせることは、定期的な集会のときしかない。しかし、その集会の場ではいつも、公望は、寝ていたため、なかなか他の十二仙達と交流がもてなかったのだ。それに、仮に話ができたとしても、曲がりなりにもお堅い正式な集会の場で世間話なんかはできるものでもなかった。
「それにしても、二人が一緒に報告に来るのはめずらしいの?」
「えっ?うん、ちょっと大老君様から呼び出されて」
妖仁が、ほのぼのと答えた。
「ん?師匠からか?」
「ああ。今丁度、その話をしていたところだよ」
「何の話じゃ?」
「公望の事だよ」
「わしの?」
大乙が説明を始めた。
「そう。実はね、弟子を取らないかという話なんだ。僕達も仙人になったし、十二仙という任にもついているんだから、弟子を取らないと面目がたたないんじゃないかって、大老君様が仰ってね。妖仁は、既に弟子を見つけたみたいなんだ。で、僕も弟子候補が、今いるんだ。そこで、後は公望だけなんだけど、公望にはどんな弟子が良いかって話してたんだよ。候補もあげてみてるんだけど」
「こら、わしの意思を無視して勝手に話を進める出ない。おぬし達も、師匠も知っているであろう?わしは、自分が気に入った純真な可愛い女の子の道士しか、弟子にとらぬと」
「その件なんじゃが、ひとつおぬしに聞きたい事がある」
大老君が割って入った。
「なんでしょう?」
「おぬし、今二人から聞いたが、そう言っておりながら、最初から弟子を取る気なぞ、さらさらないのであろう?おぬしの条件は、はっきり言って、ほとんどありえない条件じゃ。そもそも、仙骨をもつ人間は、昔に比べ遥かに減った。今じゃ、見つけるのも至難の技じゃ。それなのに、あげく純真な可愛い女の子ときておる。明らかに、その様な人材は見つからん。おぬし、それをわかった上で言っているそうじゃないか」
「ええ、そうですよ」
公望は、さらりと言ってのけた。
「やはりな。そんな気はしておったんじゃが。とりあえず、誰でも良いから弟子を取る気はないのか?他の十二仙達は、皆弟子をもっておるし、大乙も弟子候補を見つけておる。おぬしだけ、弟子を取らぬというのは、いささか、わしとしても困るのじゃが」
「嫌です。私は、まだ、人に教えられる様な器を持ち合わせていないし、おこがましい事です。それに私、人間不信入っているので、あまり、人間とは深い関わりを持ちたくありません」
「わがままをいうでない」
「わがままではありません。私の意志を尊重してくださいと言っているだけです。別に弟子そのものを取るを、断ってはいないではないですか。ただ、条件だけを申し上げているだけです。だから、嫌ではありますが、私の条件に当てはまる人材がいるのなら、その者を弟子といたしましょうと言っているのです。これは、私としても百歩譲った事なんですよ」
「んー。あいわかった。おぬしも頑固なところがあるからの。では、もしその条件に当てはまる者がおったら、必ず弟子にするのじゃぞ?」
「ええ、約束は守ります」
「うむ。なら、わしは全力を持って探すとするか。どうせおぬし自ら探す事はせんだろうからな」
「無論です」
「では、弟子の件は、わしに一任させてもらう。わしからは以上じゃ」
そう言って大老君は、妖仁達の持ってきた報告書に目を通し始めた。
「さてと、では三人揃ったのじゃし、これからどうじゃ?飲まぬか?」
「うん。今日は良いよ」
「僕も」
二人は快く返事した。この回答に公望は、喜んだ。
「そうかそうか。よし!それなら、普賢の家に押しかけて、普賢も合わせて四人で飲むぞ!!」
公望は、勇んで部屋を後にした。二人も後ろから着いて来る。こうして、三人は普賢の家に飲みに行ったのだった。もちろん、突然押しかけてきた公望に普賢は、連絡ぐらいしろとぼやいたが、なんにせよ、四人は和気藹々と宴会を始めた。
今日も時間はのんびりと過ぎていく。普賢邸から、楽しげな笑い声だけがあたりに響いていた。