花鈴 稽古(下)
「それで、禁鞭はどうやって攻略するんですか?」
一旦稽古を止め花鈴は公望に相談してきた。
「まずは自分で攻略してみなさい。そなたの能力なら余裕のはずじゃ」
「そんなこと言われても、あんなに鞭が飛び交ってる中どうやって攻撃すれば良いんですか?あんなの一発でも当たったらやられちゃいますよ?」
「花鈴、戦術とはただ派手に動けば良いものではない。またどんな武器にも隙は存在する。必要なのは頭じゃ」
「はぁ」
「まずは敵の動きを良く見ること」
花鈴は公望に言われ普賢の振るう鞭をじっとみつめる。しかし、どうみても隙がないように思える。一体どこから立ち向かっていけばいいのかさっぱり分からない。
「とりあえず、自分の思うようにやってみなさい」
「はい」
花鈴は返事をすると印を組み始めた。禁鞭に対し接近戦は無理と判断したのだろう。とうやら仙術で力押しするようだ。
「氣流掌砕!」
氣を掌に集めて思いっきり前に打ち出した。氣がうねり掌の形でそのまま普賢へと飛んでいく。しかし、禁鞭の前になんなく弾かれた。その後も何度か仙術で攻撃を試みるがすべて弾かれてしまう。
「うーん。今の私の仙力じゃ禁鞭の威力を吹き飛ばすことは出来ないみたい。じゃあ、氷術使ってみよう」
そう言うと、闘技場の気温が急激に下がり辺りが凍り始めた。花鈴は凍らせることで禁鞭の動きを止め、本体にもダメージを与えようと考えたのだ。その効果は若干ではあるがあったようで、普賢の動きが少し鈍る。しかし禁鞭そのものの動きは変わっていない。
「これも駄目なの〜。だったらこれで!」
また地面に手を置き、氷を走らせる。以前公望が普賢とやり合ったときのように下から攻めようとしたようだが、無論それは地面ごと抉られ氷は届かなかった。
「はぁ、やっぱり駄目か〜」
「のぉ、花鈴」
「はい?」
「気になっておったのじゃが、そなた氷の術を開発したのは良いが、もしかして気温を下げて凍らせることと、宝貝の水を凍らせることと、地面を氷を走らせることしかできぬのか?さっきからずっとそれしかしておらんが・・・」
「え、そうですけど」
「・・・・・・」
弟子のきょとんとした返事に公望は無言のまま頭を下げ手を当てた。もう少し発想力があっても良さそうなのに、これではせっかく融通の利く氷の属性にしても意味がない。
「はぁ、もう少し発想力を活かさぬか。そなたの能力なら余裕じゃと何度も申しておるというのに」
「では、どうしたら良いのですか?」
「そなたは宝貝によって水も操れるし、術によって氷も操れる。その二つを組み合わせたり、また仙術と組み合わせたりすることもできるのじゃぞ?この術はこれしかできないという固定概念を捨てる事じゃ。そうすれば、術の発動時間だって短縮して素早く相手を倒すことも容易」
「そう言われても・・・」
困ったように花鈴は腕を組んだ。それを見てしょうがなく助け船を出すことにする。
「例えば、気温を下げて凍らせるにしても、これに風が合わさればより早く凍らせることが出来る。氣の力を用い仙術に氷の属性を組み合わせればその凍らせる力は何倍にと膨れあがるぞ。ブリザードなんかはそうじゃな」
「ぶりざーど?」
「そうじゃ、仙術の中に大気を操る術があったであろう?」
「流々操自の術の事ですか?」
「左様。あれを使うだけでかなり変わってくるぞ?ブリザードだけじゃなく、虚空につららの刃を何本もだしそれをその術に乗せ自由自在に操るとか。試しにやって見よ」
「はい!」
言われるがままにまず虚空につららを何本もだし、その後印を組んで流々操自の術を発動させる。大気の流れに沿ってそのつららは自分の思ったように動かせた。
「わー!楽しい!」
「これ、喜んでないで操って攻撃して見よ」
空中で自由自在につららを動かして遊んでいた花鈴に指示をだすと、花鈴は分かりましたと言い普賢に向けてつららを打ち込んだ。しかし、それも全て弾かれる。
「お師様。やっぱり駄目ですよ?」
「当たり前じゃ。せっかく自由自在に動かせるのに真っ正面から打ち込んでどうする。そなたは陽動と言うものも覚えなくてはならんな」
「陽動?」
「目くらましみたいなものじゃ。本来の目的を隠すために別のことを行いそちらに集中させるのじゃよ。それを使うだけで禁鞭は攻略できる」
それを聞き花鈴は直ぐに意味を理解したようだ。もう一度同じ術を使いつららを操ると同時に別の仙術で真っ正面から術を打ち込んだ。普賢はその仙術を弾いたが直ぐに倒れ込む。背中につららが刺さっていた。
「やったー!」
「うむ。まあ、そんな感じでやり方次第で力が及ばない相手でも倒すことは可能なんじゃ。しかしそなたの場合、別にそんな方法をとらなくてももっと簡単に倒せたのじゃぞ?」
「そうなんですか?」
「うむ。試しにもう一度普賢を出すからやってみよ」
そう言って公望は普賢をもう一度出現させた。
「どうやるんです?」
「そなた水を操れるなら、簡易的な雨を相手に与えることくらい出来よう?」
「え、ええ」
「では、雨を普賢に降らせ」
言われるがままに花鈴は宝貝を使い雨を降らせた。普賢の身体が濡れていく。
「次に、その雨をつららのように凍らせる」
「はい」
雨が凍りつららになって落ちていく。普賢はそれを必死に禁鞭で弾いていた。しかしあまりの数のつららを全て弾くことは出来ない。何本かずつ普賢の身体につららが刺さる。
「こうしているだけでもいずれ相手を倒すことは出来る。こっちの方が楽ではあるな」
「なるほど」
「ただ勝敗をさっさと決めたいのなら、決めての一手がある」
「なんです?」
「この今の段階で、気温を下げて凍らせるのじゃ」
「今ですか?」
「左様」
さっきは凍らせる事が出来なかったのにこの方法で相手を凍らせれるのだろうかと首を傾げ不思議がっている花鈴だったがとりあえずやってみることにした。するとどうだろう、さっきとうって変わって普賢の身体がみるみる凍り倒れてしまった。
「ええ!なんで!?」
「水に濡れておったからじゃ。濡れている分凍るのが早いし、表面が凍らなくとも内部の体温が水に吸い取られ急激に下がるから生命を維持できなくなり、脳みそから冷えて凍死する。普通に気温を下げている場合、そなたの力量ではまだ絶対零度まで下げるのに時間がかかりすぎるし、相手が動いていれば余計体温が上昇して凍りにくい。しかしこのやり方なら瞬時に凍らせ凍死させることができる」
「凄いですね!」
まるで他人事のように目を輝かせて言っている花鈴にため息をつきつつ公望は続けた。
「そなたはせっかく姉から水を操る宝貝を貰っているんだから、それを活用しなくてどうする。しかも、なにげに氷属性術は仙術と組み合わせてもかなり使い勝手の良い術じゃ。そなたはもっとイメージを膨らませ発想力を豊かにする必要があるの。後、以前教えた転移術を使えばより確実に倒せる」
「転移術ですか?」
「そう、試しにやってみようか?」
「お願いします!」
「では」
公望は闘技場に上がりまた普賢を出現させた。普賢はかなりの勢いで禁鞭を振るっている。普通の攻撃はとてもじゃないが通用しなさそうである。花鈴はわくわくしながら公望の動きを見ていた。公望は飛燕を抜く。
「いくぞ。しっかり見ておれ」
「はい!」
公望は言った傍からその場から消えた。次に現れたとき、普賢の目の前に立ち刀が突き刺さっている。そしてその刀を抜くと普賢は倒れ込んでいった。
「これが転移術を使ったゼロ斬撃じゃ。刀の転移する位置を相手の身体の内部にすることによって切り裂く方法じゃな。回避はほぼ無理な技じゃ」
「凄いです!お師様!!!」
「なに感心しておる。これを出来るようにするために、わざわざあのときそなたにこの術を教えたのじゃぞ?少しは活用せぬか。これを使えば猫姫の時の防全布にだって対抗出来たのに」
やれやれと言った感じに花鈴のもとに歩み寄っていく。花鈴は術の凄さもさることながら、公望が自らの術を実際に使って相手を倒したことを見せてくれたことがよほど嬉しかったらしく、もう目を輝かせ羨望の眼差しで公望を見ていた。公望が己の術を使って相手を倒すと言った行為は弟子になってから、以前この空間で完殺陣の術を見せて貰ったとき以来であったせいだろう。
「お師様!私、お師様の術もっと見たいです!」
「だーめ」
「ええ〜、なんでですか?」
「わしは秘密主義者だから。自らの手の内をさらすような真似はしたくはない。先にも言ったとおり、どんなものにも弱点はある。下手に見せて攻略されるとまた新しい術を考えなければならんのでそれは面倒じゃ」
「良いじゃないですか、私にくらい見せてくれたって」
「そのうち機会があればの。それよりそなたはもっと発想力を豊かにする修行をした方が良さそうじゃ。やはりここでいろいろな相手と戦ってみるのも良いかもしれん。今度は師匠と戦って貰おうかの」
そうして次は大老君を出現させ、花鈴は稽古を続けた。さすがに大老君は易々とは倒させてくれず自分がやられることが多かった。相手は重力を操り何倍何十倍と重力が掛けられ身動きが直ぐにとれなくなる。酷いときには何万倍もの重力を扱ったため空間が歪み、重力場が生まれ吸い込まれて跡形もなく消滅もした。現実世界だったら何回死んだことだろう。それでも戦いながら花鈴はいろいろ思いついたことに挑戦しどんどんと技の種類も増えていった。やっとの事で互角にやり合えるようになった頃、公望が休憩を入れる。
「もともと師匠と同レベルの力量を持つと呼ばれるそなたがそんなに苦戦してどうする。やはり実戦経験の少なさが問題か。いや、それよりそなた無駄な動きが多すぎるぞ。もっと最小限の力で最大限の効果を発揮せねば。どんなに非力なものでも強いものを倒すことは出来るぞ」
「そ、そうですか?」
「うむ。確実に急所を突くとかの。例えばこことか」
公望は何気なく腕にある急所、討結を突いた。すると花鈴の腕に激痛が走り痺れて動かなくなる。
「いッ!いったぁーーーい!!!」
花鈴は腕を押さえて地団駄を踏む。
「なんで軽く突かれただけなのにこんなに痛いんですか!?」
「それが経脈の急所というものじゃ。戦いにおいてこうやって急所を突くとより確実に早く相手を戦闘不能に落とせる。経脈の箇所によっては、そこの機能が停止したり殺すことも可能」
「そ、そうなんですか」
花鈴はまだ痛みと痺れの取れない腕をさすりながら聞いている。
「まあしかし、この短期間で自分の実力をだいぶ出せるようになったのは良い成果じゃ。今日はこの辺にして、とにかくもっと発想力を付け氷術の応用技をもっと増やすと良い」
「はい、分かりました」
「では戻るか」
意識が飛び、現実の世界に戻ってきた二人はゆっくりと起きあがると縁側に並んで座った。公望はいつものようにたばこを吹かす。
「はぁ、私もっと修行しないと駄目ですね」
「強さを求めるならの。ま、今のままでも十分強いから別にこれ以上強さを求める必要はない気もするが。現時点で既にそなたに敵う仙人なぞ早々おるまい」
「いえ、一人は確実に居ますよ」
「ん?誰じゃ?」
「お師様です!」
「いやわし勝てんから」
意気揚々という花鈴に公望は平然と答えた。それでも花鈴は何故かにこにことしている。
「勝てるとしたら竜吉辺りじゃないかの。そういえば竜吉はまだ戻ってこぬのか?そんな厄介な仕事が舞い込んできたのかの。火の粉がこっちにまでやってこなければよいが」
どうも嫌な予感がしてならない公望は眉をしかめながら空を見つめていた。