花鈴 稽古(上)
「さぁーって、お洗濯しようっと!」
竜吉が久しぶりに仕事があるとのことで蓬莱山に向かったため、今日は特に争うこともなく花鈴はのんびりと洗濯をすることができる。
「なんか、お師様の服を洗うときいつもドキドキしちゃうんだよね」
公望の服を早速洗濯籠から取り出し、しばし見つめる花鈴は辺りをきょろきょろ見渡して誰もいないことを確認すると公望の服に顔を埋めた。
「はぁ〜、お師様の香りがする・・・良い香り」
服に顔を埋めながらほぉ〜っとため息をつく。こうしているだけで不思議と落ち着くのと同時に心が高揚してとても気持ちの良いドキドキとした感じになれるのだ。
「何でこんなに良い香りするんだろ・・・・・・これ、一枚貰ったら駄目かな・・・い、一枚ぐらいだったら良いよ、ね?」
しばらくそうしていた後、誰に尋ねるわけでもなく呟き、まるで万引きする子供のようにそっとばれないように自分の懐に公望の服を入れようとした。その矢先、後ろから突然声をかけられた。
「花鈴」
「ひゃいっ!!!」
ビクゥッ!としてワタワタと慌てながら声をかけられた方を向く。そこにはようやく起きてきた公望の姿があった。
「なんじゃそなた。そんな素っ頓狂な声をあげて何を慌てておる」
「わ、私は別に服を貰おうだなんて・・・あ、じゃなくて!」
「ん?」
「と、突然声を掛けられたのでびっくりしまして」
「それはすまなんだな。ん?洗濯か?」
「え、あ、はい!」
「いつもすまんな。本来ならわしもせねばならんのじゃが、ついついそなたらに甘えて任せっきりじゃ。やはり当番制にでもしてわしもやらねばならんな」
「いえいいですよ!私、好きでやってることですから」
「そなたは本当に良い子じゃな。面倒見も良いし良い嫁さんになりそうじゃ」
「そ、そんなこと・・・」
公望にそう言われてちょっと照れた感じになった花鈴に対し、公望は背伸びをすると茶でも飲むかと言って厨房の方へと歩いていった。
「はぁ〜、危ない危ない。と、とりあえず一枚だけ貰っちゃおう」
花鈴は直ぐに公望の服を大事に懐に入れると何事もなかったかのように洗濯を始めた。始めると同時に茶を二つ用意した公望が傍にやってくる。
「ほれ、そなたの分も用意したぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ところで竜吉はどうした?起きてから見当たらんが・・・」
「竜吉様ならお仕事があるそうで蓬莱山へ向かわれましたよ」
「ふーん、竜吉に回ってくるほどの仕事のぉ。また厄介事でなければ良いが」
公望は茶をすすりながら花鈴の隣に座り、ちょっと思案したような面もちを浮かべている。大老君からは別にこれといった変わった話は入ってきていない。そうなるとただの個人的な仕事か?いや、なにか嫌な予感がすると公望は考えていたが、反面花鈴は、服を盗ったことがばれませんようにとまた違った意味で緊張した面もちをしていた。
「時に花鈴」
「ひゃい!!!」
ばれたのかと思い、また素っ頓狂な返事をした花鈴を不思議そうに見つつ公望は話を続けた。
「そなた、仙人としてわしの下で修行を積みたいと言っておったな」
「え、そのことですか」
花鈴は服の事ではない話を振られ、ほぉ〜っとため息をつく。
「なんじゃ、そなた何を緊張しておるのじゃ?」
「いえ、なんでもないです!それで、修行がどうかしたんですか?」
「うむ。実はな、仙人として修行を積みたいと言うが、その修行をどのような修行にするかと決めることも仙人として本来自分で決めなければならないことなのじゃ。その時点で修行は始まっていると言って良いからの。わしの場合、仙人試験に合格した時点で直ぐ独立しオリジナルの術を開発することを修行として位置づけたが、そなたは既にオリジナルの術も開発しておる。それで、どのような修行が良いかなと考えておったんじゃが・・・そなたどんな修行がしたい?」
「えーっと、私はお師様みたいな凄い仙人になりたいです!」
的はずれな弟子の返答にカクっと肩を落とした公望は、ゴホン!と咳払いすると改めて花鈴の方に向き直った。
「あのな〜、わしみたいになってどうする。そなたはもう十分にわしより凄い仙人なんじゃぞ?今更、へっぽこなわしの様になりたいなぞ言うものではない。大体当初、竜吉みたいな仙人になりたいとか言っておったではないか」
「いえ、最初はそうだったんですけど、お師様の弟子になってお師様みたいになりたいなって思うようになったんです」
この返答に公望は頭を抱えた。育て方を間違えたのだろうか?花鈴なら自分の様なぐーたら仙人にならず、立派な仙人界をしょって立てる大老君の座すらも退けさせれるほどの人材になれると思っていたのだが・・・。
「ま、まぁ、誰のようになりたいというのはそなたの自由じゃから別に良いんじゃが、わしの聞いているのは修行の内容じゃ。どのような修行をしたいと思っておるか聞いておるのじゃよ」
「修行の内容ですか?」
「うむ」
「うーん、例えばどんなのがあるんです?」
「そうじゃなぁ、仙人界だけでなく神界人間界の全てを知ろうと勉学に励む者もおれば、薬智全の様に医学薬学と言った医療に力を注ぐ者もおる。中には純粋に力だけを求めて強くなろうと修行する者もおるが、まぁ多種多様じゃな。自分が修行だと思えるものなら何でも良いと思うぞ。わしは普段から瞑想などをして思考を巡らせることを修行の内容にしておるし。まぁ、師匠にはそれは修行ではないと怒られておるがの」
「そうですか。ん〜、とりあえず私はお師様の下で修行をしたいと思っているので今まで通りお師様の指示に従った修行をしたいんですけど」
「これこれ、そんな指示に従った修行をしていては自立にならんじゃろ?いや待て、今までわしは指示らしい指示をしてこなかったことを考えれば、別に良いのか?花鈴もわしの下で修行をしたいと言っておるのだし」
うーんと公望は頭を悩ませ始めた。公望の中では仙人になったら自立して自分でなんでもするという概念があるため、いまいち仙人になった後も師の下で修行をするというものがよく分からないのだ。
「んんん〜。悩んでいてもしょうがないか。とりあえず花鈴は仙人界最強になれるだけの力量を備えておるからな。それを引き出す修行をするのが良いのかもしれん。では、ちょっと久しぶりに稽古でもするか?」
「はい!あ、でもお師様、洗濯が終わるまで待っていてもらえますか?」
「うむ。それは構わぬ。わしも何か手伝おうか?」
「いえ、いいですよ」
「では、待っている間、ずっと考えていた事でも実行に移している事にするか」
公望は立ち上がると池の傍に歩み寄っていった。花鈴はそのまま洗濯の続きを始める。
パンパン!
「これで良しっと!」
しばらくして洗濯し終わり、洗濯物を庭の物干し竿に干した花鈴は公望のもとに歩み寄っていった。
「お師様終わりましたよ」
「そうか、こっちもそろそろ終わる故ちょっと待っておってくれ」
「なにしてらっしゃるんですか?」
「いや、前々から風呂が欲しいなと思っての。もう少しで風呂が完成しそうなんじゃ」
それから五分ほど、なにやら公望は切った木材を組み立てて仕切りを作り木で囲んである風呂の真ん中で区切る。
「かんせーい!」
「出来たんですか?」
「うむ!ちゃんと男湯と女湯に分けてあるから竜吉と共に好きに入るが良い。こっちが女湯じゃ。間違っても男湯の方に入るなよ」
「はーい。でもお風呂なんて久しぶりですね。娘娘と文の国で入ったとき以来ですよ」
「そうなんじゃ。あのときに家に作ろうと思っておったのに、なかなか作る機会が無くての」
「そういえば不思議に思ってたんですけど、使ってるお水とかこの流れてる滝とかの水ってどこから持ってきてるんですか?ここって岩の中ですよね?」
「ん?わしが空間を繋げてどっかから無断拝借しておるだけじゃ。じゃからこの風呂も天然温泉と呼ばれるもので体に良いのじゃぞ」
「あ、そうなんですか」
「そうじゃ。そもそもこの家自体、わしの空間によって作られた世界じゃからな」
「へ〜」
「さて、では稽古でもするか。まず、剣術からやろうかの」
「はい!」
そうして二人は対峙するとお互い宝貝を握り稽古を始めた。出足から激しい攻防が繰り広げられる。公望は居合いを使わずに斬撃を与えてはいるが、飛燕自体が音速で斬れるためほとんどその刃が見えない。しかし花鈴はそれをきちんと見定め、時に避け、時に宝貝で受け止め攻撃は当たらない。花鈴の方も受け手ばかりではなくきちんと攻撃を返してきている。その後、棒術だったり体術だったりと一般的な稽古を始めたが、お互いの実力はほぼ互角だった。
「ふーむ。さすが花鈴。一般的な稽古でもわし相手じゃ役不足じゃの」
「そんなことないですよ」
「やはりもっと実戦的なわしならではの稽古をした方がよさそうじゃ」
「お師様ならではですか?」
「うむ。ちょっと額を貸せ」
そう言うと公望は自分の額を花鈴の額に当てた。二人の意識が遠ざかりその場に倒れ込む。気がつくとそこは、以前公望の術を見せて貰ったあの闘技場だった。
「ここならより実践的な稽古ができるぞ。死なぬから全力でやり合えるしな」
「お師様とやり合えるんですか!?」
ちょっと期待に満ちた瞳で聞いてくる花鈴に公望は手を振った。
「いやいや、わしは相手をせぬ。ここでは別の者達と相手をしてもらう」
「別の者達?」
「左様。そうじゃな、まずは奇勝辺りからやってもらおうか」
公望がそう言うと闘技場に奇勝の姿が現れた。
「これは?」
「わしが作り上げた奇勝じゃ。仮想現実の相手ではあるが実力はほぼ現実の相手と変わらんと思う。推測でしか無いがの。ただ使う宝貝は一緒じゃ。そなたはいろいろな相手と実戦的に戦っていろいろな宝貝を経験しておいた方が良いと思うでの」
「分かりました」
「では、稽古開始」
そうして公望流の稽古が始まった。最初の相手奇勝の用いる宝貝は土斥災と言って土を操る宝貝だ。急に地面から岩の角が刺す勢いで盛り上がってきた。それをジャンプして花鈴は避けると、印を組み仙術を唱える。それを今度は奇勝が土の壁で防いだ。しばらく攻防が繰り広げられたが、それ程長くはなかった。花鈴が氷の剣で突き刺し勝敗は決する。
「ほぅ。奇勝相手でも難なく勝てたな。奇勝もかなりの手練れと聞いておったのじゃが。さすが師匠と同レベルの強さを持っていると言われるだけのことはある」
「そんなことないですよ」
感心している公望に照れつつ花鈴は頭を掻いた。
「ふーむ。これではそんなに修行にならんな。良し!面倒じゃ!十二仙全員相手してみよ」
そうして、公望は十二仙全員を出した。と言っても攻撃タイプではない大乙と薬智全、今戦った奇勝と自分、そして特殊な部類にはいる妖仁は出さなかったが総勢七人を相手させた。普賢の禁鞭、貴信の爆発宝貝爆宿、泰然の三連撃宝貝三月刀、有頂の砲撃宝貝天砲判、養老主の植物宝貝万象陽杖、高楼人の雷宝貝雷光翼、花月喜の氣操作宝貝封氣転氣扇が一遍に花鈴を襲う。これにはさすがの花鈴も手を焼いた。四方八方、遠中近すべての場所から攻撃を受けるのだ。避けたり防御したりするので精一杯。それでも、仙術とオリジナルの氷属性術でなんとか対応していく。
「ちょ、ちょっとお師様。さすがにこの人数でしかも十二仙様方相手ってきついですよ!」
「しゃべっている余裕があるなら問題はなかろう?」
「そんなこと言ったって、キャ!」
雷光翼から出された稲妻を必死に避けたかと思ったら、確実に的に当たる天砲判の砲撃を術で防ぎ、次は上から三月刀を斬りつけられる。三月刀は一回で三回攻撃が繰り出されるので防御陣も三重に張るかそれ以上の高レベルの防御術を使わなければ弾けないが、周りからの止まることのない攻撃の速さに高レベルの防御術を唱えている時間がない。よしんば張れても全員の攻撃の前に長くは持たないのだった。そのため三月刀も避けるしかない。
「がんばれ〜」
公望はのんびりと弟子の稽古を見ながらたばこを吸い、間の抜けた声援を送っていた。
「お師様〜、どうしたら良いんですかぁ!」
花鈴は囲まれながら必死に公望に救いを求めてくる。
「ん〜?最初に教えなかったか?一人で大人数を相手にする場合は、各個撃破していくことと決して足を止めてはいけないと言うこと。常に動きつつ一人一人倒していけば良い。そなたの氷の術で動きを止めるのもまたありかな。後、遠距離の相手は先に倒しておく方が良い」
あくまでのんびり答える公望のアドバイスをしっかり聞いていた花鈴はそれに従い、動き回りつつ一人一人倒していくことにしたようだ。
「まず、相手の動きを止める・・・えい!」
手を地面につくと氷が地面を走り周りの十二仙の足を凍らせ動きを止めた。そこをすかさず近場に居た有頂に斬りかかり一人撃破。続けざま仙術を用いて飛んでいた高楼人を打ち落とす。そのまま止まることなく次から次へと倒していった。
「ほれ、やればできるじゃないか」
公望の言葉に返事することもなく、集中力を切らさない状態でなんとか普賢と貴信を残す五人は倒せた。しかしここにきて花鈴の攻撃が止まる。さすがに普賢と貴信相手ではなかなかうまいようにいかないらしい。
「ま、その二人は実力は半端がない故そうそう勝たせてはくれぬじゃろうが、そなたの実力なら十分倒せる相手ではあるぞ」
「で、でもお師様。禁鞭にはどうやって立ち向かえばいいんですか?それに貴信様の爆発だって突然起こるんで、動き続けるか常に防御術使ってないと防げないんですけど」
「とりあえず、禁鞭攻略はあとにして貴信をさっさと倒す事じゃな」
「倒せませんよ〜」
「貴信は簡単じゃろ?一回の攻撃さえ防いでしまえば倒せる」
「一回でですか?」
「そうじゃ」
「うーん」
花鈴はしばらく考えること、公望の言った意味が分かったようだ。防御結界を張ると凄い勢いで貴信に突撃していく。途中、貴信の爆発を受け結界は破かれたが、その煙幕に乗じて一瞬花鈴の姿は消え、次に姿を現したときには貴信の目の前の位置まで来ていた。そのまま剣を突き刺し貴信を倒す。
「それで良い」
公望はうんうんと納得いったように頷いている。残すは普賢のみ。普賢の周りは禁鞭がびゅんびゅん飛び交っていた。
あとがきだにょろ〜ん!
最近素敵にメタボリックしている作者です。えーえー、新陳代謝異常症候群にかかってますよ。運動しなきゃね。
さて、今回はいろいろ宝貝が出てきたのでちょっと紹介したいと思います。
普賢の宝貝と奇勝の宝貝は紹介したと思うので省きますね。
貴信の爆発宝貝「爆宿」、自分の視野に入ったものを瞬時に爆発させることの出来る爆発宝貝です。もちろん目に映る範囲なら何もない空間上でも爆発は起こせます。何気に最強の部類に入る宝貝です。超宝貝のひとつ。
泰然の三連撃宝貝「三月刀」、一回の攻撃で三回の攻撃を与えられる打撃系宝貝です。なので刀で防いだとしても、残り二つの攻撃がすりぬけて本体にダメージを与えます。
有頂の砲撃宝貝「天砲判」、一度ロックオンするとその的に向かって確実に砲撃がされるという宝貝です。別名「死の烙印宝貝」とも言います。どこまで逃げてもその追撃は止むことはありませんので、結界かなにかの防壁で防がないと回避不可能です。
養老主の植物宝貝「万象陽杖」、植物を操る宝貝です。周りに植物がなくとも杖から現れそれには限度はありますが植物を自由自在に操れます。
高楼人の雷宝貝「雷光翼」、背中についた翼型宝貝。もちろん飛べます。稲妻を操り好きなところに雷を落とせます。落とすだけじゃなく、一応前にも雷を出すことはできます。
花月喜の氣操作宝貝「封氣転氣扇」、仙人に必要な氣をある程度操作することが出来ます。操作と言っても相手の氣をどうにかするのではなく、宝貝による攻撃を吸収しそれを貯めて好きなときにはき出せるという代物です。ただ、無尽蔵に吸収することは出来ません。能力の高さによってはそっくりそのままはじき返す事も出来ます。
以上が今回出てきた宝貝でした。
最初は十二仙を出さずに公望自らの手で稽古をつけさせようか、あるいは本当に誰かを呼んで稽古を受けさせようかと考えましたが、一度十二仙の宝貝が何を使っているかくらい知っておいた方が良くないですか?という幻聴(笑)が聞こえたので、都合の良い公望の空間の中で全員出させてみました。公望の空間術はまだまだ謎に秘めていますねぇ〜。とにかくいろいろ出来るんです!
ちなみに、大乙は宝貝造りがメインなので自分の宝貝は作れるけど持っていません。いずれ持たせようと思います。妖仁は変化が出来るので宝貝を必要としません。薬智全は「養命鍼」という宝貝を持っていますが、これは完全に治療用宝貝なので戦いには使われません。ただ使用時に治るんですが患者が相当痛い思いをする宝貝です。
まぁ、宝貝の紹介はこの辺にしてまた追々気になりそうなことがあったらあとがきに書いていきます。今後もご愛読のほどよろしくお願いしますね。