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仙人事録  作者: 三神ざき
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一緒に居たくて・・・

「貴信様、お話があります」


 仙人昇格の祝賀会が終わった日の夜。花鈴は改まった表情で貴信に話を持ちかけた。


「なんだい?」


「私、貴信様とお付き合いしていて楽しいです」


「それは俺もそうだよ」


「今まで優しくしてもらって私本当に嬉しかったです」


「当然の事をしているだけだけど?」


「でも・・・」


「うん?」


「あの・・・やっぱり私これ以上貴信様とお付き合いは出来ません」


「どうして?」


 貴信はこの花鈴の突然の発言にさして驚きもせず静かに聞いた。


「私、どうしても好きな人の事が忘れられないんです。このまま貴信様とお付き合いしていても、私、自分の心を偽ることは出来ません」


 真剣な眼差しで真っ直ぐと貴信の目を見つめた。貴信もまたその視線を受け止め見つめ返す。


「そうか。そんな気はしていたんだ。花鈴ちゃんの性格上、絶対に好きな相手を忘れずにいつか自分の下を去っていくんじゃないかって予想はしていたんだ」


「本当にすみません。あんなに大切にしてもらったのに」


 花鈴は心からすまなさそうに謝った。貴信は静かに笑っている。


「はは、良いんだ。俺もほんのちょっとの間だけだったけど楽しい想いをさせてもらったからさ。それに、どんなに花鈴ちゃんを楽しませようと頑張ってみても君の笑顔には何処か暗いところがあった。無理をしているって言うのは僕には良く分かっていたからね。そんな花鈴ちゃんを見ているのも俺にはちょっと辛かったし」


「すみません」


「良いよ気にしないで。別れには慣れてるからさ。だてに女ったらしと噂されて無いよ?出会いがあれば別れもあって幾度と経験してきたから。俺はまた誰か大切な人見つけるよ。花鈴ちゃんもその好きな人と結ばれると良いね」


「ありがとうございます」


「・・・ねぇ、最後に一つだけ聞いて良いかな?」


「なんですか?」


「花鈴ちゃんがそこまで好いている好きな相手って誰?」


「そ、それは・・・」


 花鈴は返答に困った。正直に言うべきかどうか。いや今まで大事にしてくれた貴信に自分の想いを伝えないのは失礼では無いだろうか。花鈴はしばし悩む事、言葉を発した。


「私の好きな人は・・・お師様です」


「お師様って、公望の事?」


「はい」


「仙人界で師弟関係の恋愛が禁止されているのは知っている上での想いかい?」


「はい」


「そう。そっか。公望が好きなのか・・・。あいつの何処に惚れたのか俺には良く分からないけど、俺は正直その想いが叶うとは思わないよ。あいつの女性不信は仙人界でも知らない奴はいないくらいだし。第一あいつ恋愛感情持って無いだろ?」


「それも分かってます。分かっていても好きなんです!」


 揺るぎの無い純粋な真っ直ぐな瞳で貴信に訴える。貴信はその目を見て優しく微笑みそしてただ静かに呟いた。


「・・・もう行きなよ。俺は止めないさ。いつかその想い叶うと良いね」


「今まで本当にありがとうございました」


 花鈴は貴信に頭を下げると貴信の家を出てジュニアに乗り空高く舞い上がっていった。家の中一人取り残された貴信は目を手で覆っている。


「俺は本当に・・・好きだったんだ・・・」


 覆った目から一粒の涙が零れ落ちていた。


「貴信様とお別れしたのは良いけど、これからどうしよう」


 貴信の家から飛び立ち冷静になって自分の気持ちを確かめた花鈴は、別れたものの今後どうして良いのか分からずに悩んでいた。


「お師様には帰ってこなくて良いって怒られてるし、第一仙人になっちゃってるから独立しているわけでしょ。お師様の家に戻る理由が無いよぅ。どうしたら良いと思う?ジュニア」


「ご主人様。とりあえず姉上様にご相談してはいかがですか?」


「うーん、お姉様かぁ。でも貴信様とのことで散々迷惑かけてるし、私はっきりお姉様にはほっといてと言っちゃってるんだよね。それなのに今更おめおめと相談しに行くなんて・・・」


「でも、たった一人のご家族ではありませんか。姉上様もご主人様のお気持ちは察していると思いますよ?とりあえず、行くだけ行って見たらどうですか?」


「そうね。悩んでてもしょうがないし、素直な気持ちをちゃんと伝えればお姉様なら分かってくれるよね」


 花鈴はくよくよするのを止め、普賢の家に向かった。扉をノックする。


「は〜い。あら花鈴じゃない。こんな夜遅くにどうしたの?」


「お姉様、夜遅くにごめんなさい。どうしてもお話したい事があって来ました」


「何?ここじゃなんだから中に入りなさい」


 花憐に促されて家の中に入っていく。その姿に普賢が気が付いたようだ。


「おう、花鈴じゃねーか。こんな遅くにどうした?」


「なにやら話があるそうですわ」


「へ〜、それは俺も混ざって良い話?」


「はい。普賢様にもご迷惑をおかけしているのでお二人にはきちんと話しておいた方が良いと思って」


「ふーん。じゃ、とりあえずこっちの部屋に来いよ」


 普賢に促されてある一室に通された花鈴は椅子に腰掛けた。二人は花鈴を前にして座る。


「それで花鈴。話ってなにかしら?」


「あのね、お師様の事なんだけど」


 小さい声でうつむきながら自信なさ気に話す花鈴。二人は次の言葉を静かに待っている。


「私、今まで意固地になってた。ずっと自分の気持ちに嘘をついてたの。私、やっぱりお師様の事が好き。どうしても忘れられないの。最初貴信様と付き合えば気持ちも変わるのかなって思ってたけど、やっぱり変わらなかった。確かに貴信様と過ごした時間は幸せだったけど、でも、お師様との時間が一番自分にとってかけがえの無いものなんだって気づいたんだ。同じ幸せでも気持ちの感じ方がお師様と一緒にいる時の方がずっと上で、とても言葉で言えないくらいの幸せなの」


「そう、ようやく貴方素直になったのね。やっぱり貴方はそうでないと貴方らしくないわ」


 うつむきながらか細く言う花鈴に対し、やんわりとした口調で花憐は微笑んだ。その意見に普賢も同意しているようである。


「で、貴信の方はどうした?」


「貴信様にははっきりと気持ちをお伝えしてお付き合いを白紙にしてもらいました」


「そりゃなにより。それで、そこまで自分の気持ちに気づいておいて俺達に話って一体なんだよ?」


「あの、どうやったらお師様の下に戻れるかなってご相談しにきたんです」


「はぁ?」


 普賢は意味が分からないといった感じに間の抜けた返事を返した。普賢の中では帰りたければいつでも帰れば良いだろうという思いがあるからだ。


「どういうことなの花鈴」


「あのね。私お師様に、もう帰ってこなくて良い!て怒られてるの。それだけでも帰りにくいって言うのに、私今回仙人になっちゃったでしょ?だから、もう独立しなきゃならないじゃない?帰りたいと思っても帰れる手段が無くて・・・」


「まぁ、確かに弟子は仙人になったら師の下を去って独立するのが普通だけど。でもあれだぜ?別に仙人になったからって絶対独立しなきゃならないっていう掟はないぞ?皆ただ自発的に独立しているだけだから、一緒に暮らしている奴も中に入るしな」


 この普賢の発言には花鈴は驚いた。てっきり仙人になったら独立しなければならないのが掟だとばかり思っていたのだ。


「え?そうなんですか?」


「そうだぜ。ただほとんどの仙人が独立して師の下を去っているから風習上そういう風に受け止められているみたいだけど、師の下に留まって修行を続けている奴だって少ないけど居るぞ?」


「それは知りませんでした」


 花鈴の顔がパッと明るくなった。


「そうなると、問題は公望様から怒られている帰ってこなくて良いって言う言葉だけが問題なんですね。普賢様」


「あー花憐、俺は別に問題っていうほど問題な気はしないけど・・・」


「でも、花鈴はそれを気にしていますのよ?この子根がまじめですから」


「そうなの。私、お師様に怒られたの初めてで。その上、私の方からももう帰ってきません!って言っちゃっているから帰りたくても帰れなくて」


「そんなの素直に謝ったらどうだ?あいつのことだから普通に受け止めて許すと思うけど」


「そうですわね。公望様は自由主義を尊重される方ですから、花鈴が帰りたいならそれを許可なさる気がします」


「そ、そうかな?」


「ええ」


「ああ」


 不安げな花鈴をよそに二人は当たり前のように返事を返した。


「公望様の性格については貴方が一番分かっているんじゃないの?」


「そ、そうだけど」


「だったら何を不安に思っているんだよ。普通に公望の家に行ってあいつにすみません戻ってきましたって言えば良いじゃないか」


「えー、でも・・・」


「まだ貴方らしくないわね。私の知っている妹はもっと強気で、怖いものにも体当たりでぶつかって砕けるのも気にしないような一直線の子だった気がするわよ。素直になったなら自分に自信を持ちなさい」


「・・・分かった。私頑張ってみる!」


「その意気よ。公望様なら何の問題も無いはずだわ。あの方は器の広い方ですから」


 そこで花鈴は花憐の言葉に違和感を感じた。


「あれ、お姉様。ついこないだから皆してお師様のこと散々けなして悪口言ってなかった?」


「あー、あの事?あれは嘘に決まってるでしょ。貴方に素直になってもらいたくて普賢様と芝居を売ったのよ。それなのに貴方と来たらいつまで経っても素直にならないんだから。おかげで妖仁様方にも手を貸してもらって皆で心にも無い言葉をでっちあげたのよ。本当に世話の焼ける子ね」


「そうだったんだ。ごめんなさい、迷惑かけて」


「そう思うなら早く公望様の下に戻りなさい」


「うん!ありがとうございました!お姉様、普賢様」


 花憐の言葉を聞き安心した花鈴は早々にお辞儀をすると普賢の家を後にして公望の家へと向かった。向かう途中、緊張している自分に大丈夫大丈夫と言い聞かせて必死に自分を奮い立たせる。そしてとうとう公望の家の前に着いた。鼓動が自然と早くなる。怒られたら、断られたらどうしようという不安で逃げ出したくなるのをぐっとこらえてゆっくりと中へ入っていく。庭に着くと目の前の滝の岩場で胡坐をかいて瞑想している公望を見つけた。


「お、お、お師様!」


 完全に声が上ずっている状態で花鈴は公望に声を掛けた。公望は返事をしない。気まずい公望の沈黙により自然と身体が震えて動けない。それでもなんとかして声を出した。


「あ、あ、あの、私、その・・・」


「・・・・・・」


「あの!だから!!!」


「・・・・・・」


 うまく言葉の出てこない花鈴に対して公望はやはり無言のままだ。そんな折、突然公望の身体が揺れ岩の上から頭から落ちていった。


 ドシーン!


「お師様!?」


「い、いったぁぁぁ。何時の間にか寝ておったのか。まさか岩場から落ちるとはわしも疲れがたまっておったかのぉ」


 頭をさすりながら公望はやれやれと起き上がった。その場に急いで駆けつけてきた花鈴が心配そうに見つめてくる。


「大丈夫ですか!?」


「うむ。おや、花鈴ではないか?どうしたこんな夜更けに」


「え?あ、えーっと、お師様。私、この家に戻ってきたら駄目ですか?」


 小声でうつむき不安そうにしゃべる。


「ん?貴信はどうした?振られたか?」


「いえ、私からお別れしてきました」


「あはっはっは!あの百戦錬磨の女ったらしも振られる事があるのか。さすが我が弟子じゃ!」


 花鈴の言葉に公望は思わず笑ってしまった。


「それで、あの・・・もう一度この家で共に暮らしたら駄目でしょうか?」


「んん?しかしそなた既に仙人じゃぞ?別に師匠であるわしの下に居る必要はもう無い。立派な仙人になるために独立するべきじゃろ?」


「いえ、私、まだお師様の下に居たいのです。お師様の下で修行したいです」


「ふーん。なら良いのではないか?わしは別に構わぬぞ」


 あっさりという公望にうつむいていた花鈴はようやく顔を上げた。


「良いんですか!?」


「わしの下で修行したいのなら別にそれはそれで良いと思うぞ。その代わり弟子の時より少々厳しい修行もあるやもしれぬが」


「それは構いません!」


「そうか。なら好きにするが良い」


「あの、お師様。怒ってたりとかしないんですか?」


「何をじゃ?」


「いえですから、私がお師様に逆らった上に怒鳴って出て行った事」


「そんなもん過去の話じゃろ。大体そんなちっぽけな事で怒り続けるわしではない。それより、自分から付き合って出て行くとか言っておきながら貴信と別れた後、独立できるのに舞い戻ってくるという行動がわしにはよく理解できんが。女性とはやはり理解しがたい生き物なのじゃろうか?」


「いえ、私は先にも申し上げたとおりお師様の下で仙人として修行を積みたくて戻ってきたのです。そこに矛盾はありません」


「それもそうか」


 花鈴の言葉に納得させられ公望はふむふむと頷いた。


「さて、では今日はもう遅い。部屋はそのままにしてある故にゆっくりと休むが良い。またこれからも頼む」


「はい!ありがとうございます!」


 花鈴は嬉しくて元気の良い返事をすると意気揚々と自室へ走っていった。


 そして次の日の朝、公望は久しぶりに胸のつっかえが取れた感じになり瞑想する事も無くいつもの縁側に座ってタバコを吹かしていた。風麒麟も隣に座っている。すると後ろから大声が聞こえてくる。


「ですから!お師様の部屋の掃除は私がするんです!!!」


「何を言う!わらわがするのじゃ!そちは引っ込んでおれ!!!」


「竜吉様の方こそ下がっていてください!布団取り替えるのに邪魔です!!!」


「これ花鈴!布団はわらわが変えようとしておったのじゃぞ!なにを奪い取っておる!!!」


 ギャーギャーギャー!と騒がしい竜吉と花鈴の声が公望の家に響き渡る。公望は空を見上げ遠い目をしながら煙を吐いた。


「ほんに、今日も仙人界は平和じゃのぉ〜」


「左様ですね」


 公望と風麒麟はのんびりとした時間を過ごしていた。

 

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