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仙人事録  作者: 三神ざき
35/47

花鈴、仙人になっちゃった

「どうじゃ花鈴。変わったことはあったか?」


 しばらく様子を見ていた花鈴の下に竜吉が心配そうにやってきた。花鈴は無言のまま頭を振る。


「わらわも少し城の中を歩いてみたのじゃが、やはり至って平穏な場所じゃ。何か不穏な動きがあるような気配すらない。大老君め。本当に不穏者がおるのか?花鈴の実力を試しているだけではなかろうな」


「それは分かりません。とりあえずまだ着いたばかりですし、もう少し様子を見てみないことには・・・。少なくとも城の他のところで不穏な動きは無いんですよね」


「わらわの初見ではの」


「となるとやっぱり神貴様の身近に何かが起こる可能性があるって事ですよね。うーん、でも見たところ何にも変わりないし・・・」


「お二方何をなさってらっしゃいますの?」


 突然後ろから声を掛けられて二人はびっくりする。振り返るとそこには気配も無く近寄ってきていた桜が居た。竜吉がその気配の無さに少し不信感を抱く。


「あ、桜さんですか。もう驚かさないでくださいよ」


「あら、別に私驚かすつもりは無かったんですけど」


「その割にはそちは気配を消して動くのじゃな」


「気配?私は普通に歩いてきただけですよ」


 コロコロと口元を押さえながら笑っている。本当に動きといい容姿といい綺麗な人だと花鈴は思った。桜はさらに何をしているのかと聞いてくる。その問いに正直に言えるはずも無い花鈴はしどろもどろになり何とか話をごまかそうとする。


「い、いえ。私こういう城って初めてで、えーっと、神貴様達がどの様な仕事をなさっているのかなと思って。ほ、ほら、町では皆神貴様は凄い人だと褒め称えていたので、わ、私も興味が湧いたんです。だからこうして邪魔にならない様に影からそっと仕事を見させてもらっているんです」


「あら、そう。だったら私も見させていただいてもよろしいかしら?確かに神貴様の手腕については日本にも伝わっていたわ。噂どおりのお方か私も見てみたい。一緒に見てても良いかしら?」


「え、ええどうぞ」


 こうして桜も花鈴の傍により神貴の仕事の風景を眺め始めた。神貴は至って快調に仕事をこなしていて、静功も真剣な表情をしながら神貴にアドバイスをしていた。そんなおり神貴が疲れたといって休息に入る。そこへすかさず静功が水を持ってきた。


「閣下。調子が良いからといって余り真剣に根詰められると身体に良くないですよ。さ、お水でも飲んで休んでください」


「ああ、いつもすまぬ」


 神貴は渡された水を何気なく飲んでいる。その水を桜はじっと見つめていた。それからしばらくして神貴はまた仕事を始めようとしたがなにやら首を回している。


「うーむ。さっきまであんなにやる気があったのに一度休息を取ったらやる気が失せてしまったようだ。身体が気だるいし少々疲れたのかもしれない。今日はこの辺にしておこう」


「それが宜しいかと」


「うむ。そういえば静功、娘娘。そろそろ夕食の時間だが今日来た花鈴、竜吉、桜を同席させたいと思うのだが良いか?いろいろ話を聞いてみたい」


「閣下の御心のままに」


「うむ。では娘娘、花鈴達を呼んできてくれ。私は先に食事の席に行く」


「分かりました」


 神貴は立ち上がると部屋を出ようとした。それを見ていた花鈴達は慌てて自分達の部屋に戻る。戻って直ぐに娘娘が呼びに来た。


「おねーちゃん。神貴様が一緒にお食事をしたいと仰ってますけどどうする?」


「私は良いわよ。ね、竜吉様」


「うむ」


「桜さんもご一緒にどうぞとの事ですが」


「あら、私も呼んでくださるのですか?光栄ですわ」


「ではこちらにどうぞ」


 三人は娘娘に連れられて食事の間へと向かう。部屋の正面に豪華なつくりの椅子と机がありその後ろには虎と月の屏風が描かれている。その席に神貴は座っていた。その前の両側を各自の机が並べられている。入って右手に静功が座っており空いていた左手に娘娘が座る。その隣に花鈴と竜吉が座り、静功の隣に桜が座った。


「神貴様。この度はお食事にお招きいただきまして恐悦至極に存じ上げます」


 桜が軽くお辞儀をした。


「うむ、私もお前達と少し話がしたくてな。特に桜。お前の来た日本と言う国の事を知りたい」


「私の知る限りでよかったらお話いたします」


「うむ。まぁ話は食べながら追々聞くことにしよう。これ持って参れ」


 神貴が手を叩くと女官達が料理を運んできた。色取り取りの豪華な食事である。その中にはもちろん生臭物、つまり豚とか牛とかの肉料理も入っていた。


「さあ、遠慮せずに食べてくれ」


「神貴様すみませんが、ここにいる花鈴さんと竜吉さんは宗教の関係上こういった生臭物を食べることは出来ません。折角のお料理ですが、その辺を承知してください」


 進めていた神貴の言葉にどうしようかと悩んでいた花鈴達に娘娘が気を使って助け舟を出した。


「ん?そうなのか?それは知らなかった。では、好きな物、食べれるものだけを食べてくれ」


「ありがとうございます」


「神貴様、申し訳ありませんが私もこういった生き物を料理した食事は食べる事ができません」


 桜も申し訳なさそうに断った。


「何故だ桜?」


「私は医者です。命を救う事を職業にしています。それなのに命を奪い生きるためとはいえ食すると言う事は医者として矛盾していると考えているからです。なにとぞその辺をご理解していただきますようお願いいたします」


「そうか。桜は正に医者の鑑だな。私もそういう生き方を学ばなければならない。命とは確かに大切なものだ」


「その通りです。日本の諺で一寸の虫にも五分の魂という言葉があります。どんな小さな虫にもすべからく生きる誇りを持っているという意味です。彼らだって生きるために誇りを持って生きているのです。それを奪ったのですから神貴様も私達のために犠牲となったこの動物達に敬意を評してありがたくいただいてくだされば、この者達も生きた甲斐があり救われると思います」


「一寸の虫にも五分の魂か。良い諺だな。うむ分かったぞ。普段何気なく食べていたがこれからは感謝しながら食べる事にしよう」


「良い心がけだと思います」


 こうして皆食事を始めた。もちろん神貴が料理に箸をつけるまでの間は誰一人として料理に箸を伸ばさない。神貴に敬意を払っているからだ。神貴が食べ初めてから花鈴達も箸を伸ばす。


「それで、桜よ。日本とはどんな国だ?」


「美しい国ですよ。地殻変動で四季というものがなくなり変わってしまいましたが、代表的な花の桜は咲き乱れ木は紅葉し、富士山と言う山は雄大に霊験あらたかに聳え立っている良い国です。地殻変動と戦争以来医療に力を入れてまして、その発展が目まぐるしくあります」


「ほぅ、桜とな。お前と同じ名だな。どんな花か見てみたいものだ」


「それなら私写真をいくつか持ってまいりましたので、宜しければ献上いたしますよ」


「写真?」


「ええ、風景を写し取り紙に投射したものです。見ればお分かりになりますわ」


 そう言って懐から写真を何枚か取り出し神貴に見せた。


「これが桜の花です。こちらが夕富士ですわ」


「おお!なんと美しい。これが日本の国の光景なのか?」


「ええ」


「ほぉ〜」


 感嘆の息を吐きながら神貴は写真を何枚もめくっていく。


「献上すると言ったが貰っても良いものなのか?」


「ええ、もちろんですわ。そのために持ってきた物ですから」


「ありがとう。心洗われる思いだ。私もこの様な美しい国にこの国をしたい。うむ。時に桜よ、この日本の国から来たお前から見て今の文の国はどう思う?」


「良い国だと思います。民は活気付き、貧困にあえぐ者達も少ない。民を見ていればそれだけでこの国の良さが分かります」


「そうか、そう言ってもらえると嬉しい」


「ただ、それは私の認識でしかありません。もしかしたら良い国ではないのかもしれません」


「?どういうことだ?」


「世界と言うものは認識によって生まれているということです。次元空間上には存在しますが私達人間が認識して初めてそれが具現化されているということです。ですから仮に私達が世界を認識していなかったらそれはそこに存在しないと言う事を指します。認識していてももしかしたらそれは現実ではなく仮想現実である可能性も同時に秘めているとも言えますね」


「・・・難しい話だな」


「簡単に言えば、ここにある皿。これは私達は料理を盛りつけるための道具として認識しているため皿として名づけられ役割を果たします。しかし、もし皿の存在を知らない人がこれを認識していなかったらどうなると思います?」


「・・・分からんな」


「まず人は見ることによってその物体を認知します。それによりこの皿というものは次元空間上から具現化されます。しかし、皿の存在を知ったからと言って認知していなかったら、それは皿としてではなくもしかしたら投げるものかもしれないしただの置物かもしれない。何かを書くための紙の代用品になるかもしれないということです。つまり皿を皿として認知しているから皿はここにあり役目を果たしている事になるのです。そこまではお分かりですよね?」


「うむ。なんとなく」


「ですから、私が良い国だと思ったから良い国であるとこの世界の一つとして認識されたということです。他の人から見たらそれは違うかもしれません」


「何が言いたいのだ?」


「要するに、神貴様が皇帝でらっしゃるのは民が神貴様を皇帝として認識しているからなりえている話であり、その認識が消えれば神貴様はただの人。最悪一つの物体としてしかこの世に存在しないと言う事です。今は民が皆神貴様を慕っているから皇帝の座についてらっしゃいますがそれは危うい存在であるということを常に頭において置いてください。そうすれば自ずと自分が民に対してなにをすれば良いかということが判ってくるかと思われます。神貴様が良い国にしようという願いと行動によっても認識は変わりますから。良いですか?」


「なるほど、つまりは私の心次第と言う事か」


「そういうことです」


「うむ。勉強になったぞ、ありがとう桜」


「閣下、食事の場でまで仕事の話をすると尚疲れてしまいますよ。さ、お水でも飲んで堅い話は止めにしましょう」


「ああ」


 静功が神貴に水を進め、神貴は受け取ると一気に飲み干した。桜はその光景を黙ってみていたが軽く会釈すると自分の席に戻り食事の続きし始める。しばらく他愛の無い話をしていたがその内神貴の表情が暗くなってきた。


「先の話でいささか疲れたようだ。すまんが花鈴達よ。気分を紛らわすため一曲唄ってくれないか?」


「かしこまりました」


 花鈴と竜吉は言われたとおりに歌を唄う。神貴は目を瞑ってその声をしんみりと聞いていた。


「やはり何度聞いても良い歌声だ。心が軽くなる。ありがとう、少し楽になったので私はこのまま寝たいと思う。花鈴、竜吉、また歌を聴かせてくれ。桜もいろいろ話を聞かせてくれ」


「はい」


「はい。あ、神貴様。寝る前にこのお薬をお飲みください。昼間に渡した薬と寝つきを良くするお薬です。これからは朝と寝る前にこの渡したお薬を毎日この私の持ってきた水でお飲みください。良いですね」


「うむ。分かった」


 神貴は薬と水をを受け取るとその場で寝る前の薬を飲み直ぐに寝室へと向かって行った。そしてその場は皆解散。花鈴達も寝室へと向かった。


「うーん、一日見てましたけどやっぱり何も無いですね」


「そうじゃの。特に変わった感じは見受けられん」


「もしかしたら、夜になったら不穏者は動くのかもしれませんね。夜は人がいなくなって動きやすいと思いますから、私寝ないで探りを入れてみます」


「わらわも付き合うぞ」


「ありがとうございます」


 そう言って皆が寝静まった頃、二人は城内を音も立てずに探ってまわった。いろいろな部屋を見たり聞き耳を立てたりしてどんな些細な事も逃さないようにする。しかしその夜も何も無かった。


「何も無かったの」


「うー、そうですね」


 朝方になって部屋に戻ってきた二人は残念そうに頭を抱えていた。そこに桜が声をかけてくる。


「あら、おはようございます。お二方ともお早いんですね」


「あ、桜さん」


「そちも早いではないか」


「いえ、私は早くに寝てしまったので朝早く起きただけですよ」


「わ、私達もです」


「へー、ところで気になっていたんですけど」


 桜の言葉に一瞬花鈴がドキッとして鼓動が早くなる。自分達の正体がバレたか?そんな花鈴をよそに竜吉は至って平然と返した。


「なんじゃ?」


「貴方達の関係ってなんなんです?姉妹か何かですか?」


「え、そ、そうです。私達姉妹なんです。ね、竜吉おねえちゃん」


「う、うむそうじゃ」


「へー、美人姉妹と言う奴ですね。お羨ましいですわ」


 聞かれた質問がそんな単純な事でとっさのこじ付けをしてみたが、どうやら桜は信じたらしくそれを見て安心した花鈴も言葉を返す。


「桜さんだって綺麗じゃないですか」


「そう言ってもらえると嬉しいですわ」


 桜は本当に桜が咲き誇っているかのようなほんのりピンク色した頬を上げてにこりと笑った。


「さて、私は朝の神貴様の診察に参りますのでこれで失礼します」


 桜は優雅にその場を去っていく。花鈴はその後も影から神貴の行動を見つめ怪しい点は無いかと探っており、竜吉は城内を探っていた。あれから食事も神貴と共にとって本当に寝る時意外ずっと見張っている。しかし、努力の甲斐もむなしく何の手がかりも無いまま一週間以上が経過しようとしていた。その時さすがの竜吉にめまいが襲ってきて花鈴と神貴の様子を伺っていた竜吉はその場に倒れこむ。


「竜吉様!」


「だ、大丈夫じゃ。ちょっとめまいがしただけ」


「いけません!直ぐに部屋に戻って安静にしていてください。後は私がやりますから」


 花鈴に引っ張られ何とか部屋に辿り着いた竜吉はベッドの上に横になる。


「本当に一人で任せて大丈夫か?」


「大丈夫です!直ぐに解決してみますので竜吉様は休んでいてください!」


「すま・・・ぬ。わ、わらわも・・・」


「しゃべらなくて良いんで、と、とにかく私直ぐに解決してきます!」


 竜吉の容態を見て焦った花鈴は勢い良く部屋を飛び出していった。それと同時に竜吉の意識が消える。そんな折隣の部屋から桜がやってきた。


「あら、竜吉さん。青い顔をしてますけど大丈夫ですか?」


 声を掛けるが返事が無い。


「大変みたいですね。直ぐに処置しないと」


 桜はいろいろ入っている薬箱からある薬を取り出すと、意識の無い竜吉の頭を持ち上げそっと口から薬を入れ水を流し込む。なんとか竜吉は飲んでくれたようだ。その後直ぐにまた薬箱からある薬草みたいなものを取り出すと香容れの中に入れて香を焚いた。部屋に香の煙が充満する。程なくして顔色が若干良くなった竜吉が目を覚ました。


「うーん。なんじゃこの匂いは」


「気がつかれましたか?だいぶ顔色が良くなられましたね」


「そちが何かしたのか」


「ええ、薬を少々飲まさせていただきました。後この匂いの元の香を焚かせていただきました。この香は匂いはきついですが、人間界の空気を若干清めてくれるものです。しかし駄目ですよ竜吉さん。貴方のように人間界の空気で生きられない人が人間界に長く留まるようじゃ」


 この桜の発言に竜吉は険しい顔をして桜を睨む。


「怪しい怪しいと思っておったが、そち何故わらわの事を知っておる?そちも人間界の者ではないな。もしや大老君の言っていた不穏な輩とはそちの事か?」


「あらあら、何のことを仰っているのかわかりませんが」


「とぼけるでない」


「そ、そんなに怖い顔しないでくださいませ。私は怪しい者ではありませんよ。貴方だって私の事良くご存知でしょ?」


「?・・・わらわはそちのことは知らんぞ」


「酷いですわ。共に暮らしている人の事もお忘れなんですの?」


「共に?・・・ま、まさかそち・・・!」


 びっくりして大声を出そうとした竜吉の唇にそっと人差し指を立てて遮った。


「貴方は私の大切な人の一人なんですから、余り心配掛けさせないでくださいね。とりあえずこの香の焚いてある部屋の中に居れば空気による汚染は少し防げますから出ないでくださいね。私はちょっと花鈴さんの様子を見てきますので。それでは」


 あくまでも優雅に桜は部屋から出て行った。残された竜吉はしばし呆然としていたが、クスッと笑いまたベッドに横になった。


「ほんに心配性じゃな。大切な人か・・・ふふふ」


 竜吉は嬉しそうにこみ上げる想いのまま笑っていた。さて花鈴の方はというと、どうしようかとひたすら悩んでいた。このまま神貴を見ていても埒が空かない気がする。もしかしたらこっちの事が相手にバレて行動を起こさないのかもしれない。しかしこれ以上人間界に滞在していては竜吉が死んでしまう。一度仙人界に戻るか?いや、命を下された以上途中放棄はできない。居ないうちに何か問題が起こってからでは駄目なのだ。身動きが取れない。問題が起こるなら早く起こってよと神貴をずっと見ていることしかできなかった。


「今日も神貴様の仕事の観察ですか?」


「え、あ、桜さん」


 相変わらず気配の無いまま現れた桜。手に何かを持っている。


「これ、貴方に差し上げますわ」


「これは?」


「録音機です」


「録音機?」


「録音機知らないんですか?声をそのまま録音する事ができるんですけど、えーっと、説明するのが面倒なので実際やってみますね。まずこの赤いボタンを押して声を出します。・・・私の名前は桜です・・・こんな感じで、次にこの矢印が二つついているボタンを押すと、ほらカチッて音がしたでしょ?そしたら今度は逆の矢印が一つあるこのボタンを押すんです。すると」


「私の名前は桜です」


「わ!桜さんの声が出てきた!」


「これが録音機というものです。その場の声をこのテープと言うものに写し取る、いわば写真の声版みたいなものです」


「これ頂けるんですか?」


「ええ、それじゃあ頑張って観察していてください」


 その場を立ち去ろうとした桜は何かを思い出したかのようにもう一度花鈴の方を向いた。


「そうそう。その録音機を持って今夜十一時に西の離れの間に行って御覧なさい。面白い声が録音できるかもしれませんよ」


「は、はぁ」


「それじゃ」


 こうして桜は去っていった。花鈴はそのまま神貴の観察を続ける。しかしその日も特に変わったことは無かった。夜、何の当ても無いためとりあえず桜の言われたとおり離れの間に行ってみることにする。


「あれ?中に人が居るの?今まで居なかったのに」


 明かりのついている部屋にそっと忍び足で近づく。中の声が聞こえてきた。


「どうしてまだ効かないんだ!あれだけの量を飲ませたのだぞ!お前の話では一ヶ月もすれば死ぬと言っていたでは無いか!」


「まぁ、そんなに焦らずに毒は確実に効いてますよ。実際神貴様の身体は毒に蝕まれかなり弱っている。このままいけば後数日もしないうちに・・・」


 この話を聞いていた花鈴は思わず録音機を取り出しボタンを押した。


「この声って静功様の声だよね。毒って何?」


「そうは言うが、変な医者がやってきたせいで最近は神貴様も元気になってきているじゃないか!」


「大丈夫、あの薬は私が極秘で手に入れた毒。無味無臭な上、即効性はない変わりに毒だと気づかれないようになっていてものの約一ヶ月もすれば確実に死にます。いかに日本の医療が最先端を行っていようと決して中和することはできません。このまま飲ませ続ければいずれ文の国は静功様、貴方のものになりますよ」


「全くだ。あんなちんけなガキにこの国を良いようにされてたまるか。この国の皇帝にふさわしいのはこの私だ。だから、わざわざ高い金払ってまであの毒を手に入れたのだからな。ま、この国が手に入るなら安いものだが」


「とにかく今後も水に溶かして頻繁に飲ませる事です。そうすれば後数日中には静功様のものになりますよ。そのときは私の事もよきに計らってください」


「無論だ。とにかくこれ以上長居をするな。誰かに聞かれ様ものなら私の首が飛ぶ。お前はもう行け」


「分かりました」


 花鈴はサッと近くに隠れた。中から静功と見知らぬ男が出てくる。花鈴の鼓動が早くなった。


「き、聞いちゃった。これだよね、不穏な動きって・・・まさかあの静功様が不穏者だったなんて。そ、そうだ!録音機!ちゃんと取れてるよね!」


 巻き戻して再生してみる。声はしっかりと取れていた。


「やったー!早速神貴様に伝えないと」


 早足で神貴の寝室に向かう。


「誰だ?」


「夜分にすみません。花鈴です。お話したい事があってまいりました」


「入れ」


 中に入った花鈴は神貴に自分達の素性を説明せず不穏者の事の次第だけを話した。もちろん録音機の事もである。最初まさかあの静功がと疑っていた神貴だったが録音機を再生させ聞いた話で本当の事だと理解した。録音機を受け取り相分かったと言うとその夜は花鈴を下げさせる。次の日の朝、花鈴達三人と共に玉座に座っていた神貴の元に静功がやってきた。


「おはようございます神貴様。いつものように朝のお目覚めのお水をお持ちしました」


「うむ。いつもすまんな。静功には迷惑をかけてばかりだ。そこで恩返しと言うわけではないがその水、お前にやろう。私ばかりが毎朝喉を潤していては申し訳ない」


「え。いえ、めっそうもございません。私は特に喉が渇いて降りませんので」


「なんだ?私の送る水が飲めんと言うのか?」


「いえ、そういうわけでは」


 焦る静功、それを平然と見ている神貴は録音機を取り出した。


「これは昨日花鈴から貰ったのだが、録音機というものらしい。その場の声を記録できる便利な代物だそうだ。皆の者余興がてらに昨日花鈴が記録した会話を流すので聞いてみてくれ」


 神貴は録音機を再生させる。すると昨日の静功の話が城内に響く。兵士達がどよめきだした。


「録音機とは世の中には便利な利器があるものだ。お前の声しかと記録させて貰ったぞ」


「ば、馬鹿な。そんな・・・」


「ちゃーんと証拠はここにある。つまらん策を練りおって。兵達よ!静功をひっ捕らえよ!」


「は、離せ!この私がこんなガキに良い様に扱われて良いはずが無い!」


 静功は怒鳴りながら兵士達に引っ張っていかれた。


「花鈴。お前に命が救われた。礼を言う」


「いえ、そんな」


「しかし、私は毒を飲み続けた。聞いている限りでは後数日と持たないらしい。もう少し早くに気づくべきだった」


「それなら大丈夫ですわ。私の渡した薬を朝夜二回ずつ飲み続ければ毒は中和されて、毒を飲む前よりお元気になられます」


「うん?だが、日本の薬でも中和はできんともう一人の誰かが言っていたが」


「日本の医学を甘く見てもらっては困ります。その毒の効果を中和する薬なぞ当の昔に作られていますわ」


「そうか。ありがとう桜。ではお前は最初からあの水が毒だと分かっていたのか?」


「いえ、最初に診断した時に直ぐ分かったのです」


「ふむ。お前は本当に名医だな。今後も私のために尽力してくれ」


「いえ、私はもう行かなければなりません」


「なんと?」


「まだこの世には病で苦しむ人が多く居ます。私はそれを救いに行かなければならないのです。ですので申し訳ありませんが今日で私はまた旅立ちます」


 桜はぺこりと頭を下げた。


「・・・分かった。引きとめはせん」


「あの、私達も行かなければならないんですが」


 申し訳なさそうに花鈴も言う。


「お前達も行ってしまうのか?」


「はい」


「残念だ。お前達の歌声をもっと聴いていたかった」


 とても残念そうな神貴。そこに桜が提案をした。


「それなら、その録音機に花鈴さん達の歌声を録音しておけば良いじゃありませんか」


「おお!良い提案だ。花鈴、竜吉、是非頼む」


 花鈴と竜吉は快く承諾すると自分達が持ちえるレパートリー全ての曲を歌い録音した。こうして、花鈴達三人は神貴と娘娘に挨拶すると文の国を後にしたのである。去り際に桜は娘娘に手紙を渡していた。後からこの手紙を読んで娘娘はびっくりする事になる。


「竜吉様、お体の方は大丈夫ですか?」


「うむ、桜殿のおかげで楽になったぞ」


「日本の薬って凄いんですね」


「医療だけには力入れてますから」


「ご主人様〜」


 町の入り口に着いた時ジュニアが一目散に飛んできた。


「ジ、ジュニア!あれほど隠れてなさいって言ったのに!」


「だって、余りにもお帰りが遅いんですもん。何かあったのかと心配で心配で」


「あら、可愛らしい動物さんだこと」


 桜は特に驚く様子も無くジュニアを見ている。


「あ、桜さん。これは、その・・・」


「まだ世の中には私の知らない事がたくさんあるのですね。これから旅を続けていろいろな出来事に出会いそうです。それでは、患者が待っているので私はこれで」


 桜は戸惑う花鈴を尻目に悠々と去っていった。花鈴はとりあえず安心して仙人界に戻っていったのである。そして大老君の部屋。


「少し、時間が掛かったの」


「すみません大老君様。思った以上に手こずりました。やはり、私にはまだ任務は早すぎたのです」


「いや、あの状態でよく不穏者を見つけ出しあげく暗殺まで未然に防いだのは良くやった事じゃ。約束通り任務を果たしたと言う事でおぬしは今日より仙人とする」


「はぁ、ありがとうございます」


「なんじゃ、折角なれたんだからもっと喜ばぬか。まぁ花鈴の実力からしたら既に仙人になっていても不思議はないのじゃから当然かもしれんが。それにしても、桜とか言う者は何者なんじゃろうかの?日本の国にあんな名医が居たとはわしとて知らなかった。日本の事は公望の方が詳しいでの」


「そうですね」


 二人して首をかしげているのを見て、竜吉は笑いをこらえるのに必死で肩が思わず震えている。とにもかくにも花鈴は仙人になったのであった。


 

あとがきだみょーん。

ちょっと書き間違えたところがあったので修正かけました。


一寸の虫にも五分の魂・・・どんな小さな虫にも平等の命が宿っているという意味ではなく、それぞれが誇りを持って生きているので侮ってはならないという意味です。


結構、この諺の意味を間違えて覚えている方っていらっしゃるんじゃないでしょうか。私も間違えました(えへ)


ちょっとしたミニ辞典でした。

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