花鈴の任務
「花鈴、おぬしに特例として任務を言い渡す」
ある日大老君に呼ばれた花鈴は突然の命令がくだされた。任務の内容は人間界の文の国に降り立ち不穏な動きのある者を探し出し、あわよくば捕まえるというものだった。最近文の国では世代交代をし新たな若い皇帝に代わったらしいのだが、それをよくないと思っている反対派の輩が内部に居るらしくそれの探りを入れて欲しいらしい。
「何故道士の身分である私の様な者がそんな人間界に関与すると言う重大な任務を下されるのですか?」
「おぬしが公望の弟子じゃからじゃ。本来ならこの任務は公望に任せるはずじゃった。それがあやつめ、何があったか知らぬが落ち込んでめっきり仕事を拒否するようになった。何を言っても耳を貸そうともせん。それで、公望とともにかつて文の国造りに携わった事が有り人間界に詳しいおぬしにこの任務を与える事にしたのじゃ。なに、内容は至って簡単じゃ。おぬしでも直ぐに解決してこれるようなものじゃしな。それにこの任をもって仙人試験の代用としようと思っておる」
「仙人試験の代用?」
「つまり、本来なら仙人試験は龍を生け捕りにすることが内容じゃが、今回が特例として任を与えている以上仙人試験も特例として変更し、今回の任務を解決したら仙人として認めるということじゃ」
「は、はぁ」
余り気乗りのしない花鈴。しかし大老君からの直々の命令である以上背く訳にはいかない。仕方なく任務を遂行する事となった。ただ、大老君もさすがに一人でやらせるのも不安だったらしく仙人試験の審査委員も兼ねて竜吉をともに連れて行かせるとのことだった。
「竜吉様にとって人間界の空気は毒ですよ?一緒に行って貰って大丈夫なんですか?」
「問題は無かろう。先にも言ったが至極簡単な任務。数日と掛からぬ内に解決できるじゃろ。そんな短い期間なら竜吉にとってもさして負担にはなるまい」
大老君は事の次第を説明するため竜吉を呼んだ。話を聞いた竜吉は快く承諾し二人は直ぐに人間界文の国へと降り立つ事になったのである。早速文の国の入り口に降り立った二人はジュニアに隠れているように頼むと町の中に入っていく。
「で、花鈴。不穏な動きを探れと言う事じゃがどうするつもりじゃ?」
「とりあえず城に行って内部に潜入しようと思います。ただ、不穏者を探すとなると長く城に滞在しなければなりません。そうなるとそれなりの身分が必要になってきますが今は情報が足りません。町で情報収集しましょう」
「うむ」
二人は町にとりあえずその辺の人に話を聞いて見た。
「この国は良い国だよ。前皇帝の仏貴様が必死に尽力なさったことによって町はすこぶる活気付いた。仏貴様は民の事を一番に考えて下さっていたからね」
「へ〜、それで今の皇帝様はどうなんですか?」
「神貴様の事かい?そりゃ素晴らしいお方さ。仏貴様と桐生様の息子様なんだが、お二方の良い所を受け継いでたった十歳と言う若さで今の文の国をさらに良い国にしてくれているんだからね。神貴様も仏貴様に負けないほどあたし達民の事を十分に考えた治世を行ってくれているのさ」
「神貴様か・・・。あの神貴様は一体どういうことがお好きとか分かりますか?」
「それりゃあ、町を見たら分からないのかい?ところどころ絵だとか焼き物だとか楽器だとかいろいろな芸術的なものが売られていたり置いてあったりしてるでしょ?神貴様は芸術に力を注いでらっしゃるのさ。芸術は心を豊かにすると言ってね。こと音楽には目が無いのさ」
「そうですか、ありがとうございました」
「で、どうだい?あんた達旅人かなんかだろう?良かったら文の国特選のこの虎の絵、安く売ってあげるよ!」
「あ、いえ私達お金持ってないんで」
「なんだい冷やかしかい。ま、お金が出来たら是非うちの店でお土産でも買っていって」
「は、はい。それじゃあ」
二人はそそくさとその場を後にした。
「芸術、音楽かぁ」
「どうした花鈴?」
「いえ、これで自分達の身分を決めることは出来たんですけど問題はどうやって内部に入り込むか。そもそもその不穏者がいるかどうかを確認しないと」
しばし頭を悩ますことあることを思いついた花鈴はある場所に向かうことにした。向かった先は秀英会。そう昔公望とともに立ち上げた塾だ。この塾は城内部の人間と深い交流がある。もしかしたら城内の状況を詳しく聞けるかもしれないと花鈴は思ったのだ。二人はしばらく歩く事秀英会の前に来た。
「ここに何か手がかりがあるのか?」
「うーん。分かりませんけど、ここは昔お師様と作った塾なんです。もしかしたら城に勤めている人が居るかもしれません。ごめんくださーい!」
「どなたですか?」
中から若い男がやってきた。
「すみません。私達旅の者なんですけど、ちょっとお城について知りたい事があってこの塾にやってきたのですが」
その男は不審そうに花鈴達を見ている。
「この塾は将来この国を背負って立つ者達の集まる場所。あなた方のような旅人が来る所ではありません。城の事もおいそれと話すことはできません」
「そこをなんとか」
「お帰りください」
男は一方的に帰れと言い相手にもしようとしない。花鈴はなんとか食い下がるがそれでも男は帰れと言うだけ。そんな折外の騒がしいのが聞こえていたのだろう。塾の中からもう一人女性が出てきた。年は三十歳くらいか?落ち着いた感じの雰囲気を出している女性である。
「どうしたのです。賽?」
「いえ、先生。なにやら怪しげな旅人が城の事を教えろとか言ってきまして」
「旅人?あ、あら、もしかしておねーちゃんじゃない!?」
「え、おねーちゃんって・・・まさかあなた娘娘!?」
「そう!お久しぶりおねーちゃん!お逢いしたかった〜」
「先生。お知り合いですか?」
「ええ、あなたはもう中に戻りなさい。この方達とは私が話をするわ」
「分かりました」
賽は娘娘に言われ中に入っていく。
「いえ、本当にお久しぶりだよ。また逢えるなんて思っても見なかった」
「私もよ。あの娘娘がこんなにも立派に成長して」
「公望先生は来て無いんですか?」
「え、ええ。ちょっとお師様は事情があって」
「そうですか。お逢いしたかったのに。あ、こんなところで立ち話もなんだから中にどうぞ」
二人は娘娘に促されて二人は塾のある一室に通された。そこは昔公望と三人で食事をしていた部屋だ。昔と何一つ変わっていない。
「懐かしい。何も変わってないのね」
「ええ、ここは思い出の場所だから。ところでおねーちゃん、今日はまた何の用で来たの?確か仙人は人間界に来てはならないと言う話ではなかったっけ?それになにやら城の事を知りたいとか」
「ええ、実は」
花鈴は娘娘に人間界に来たいきさつを説明した。そして城内部で何か問題が起こっていないか、不穏な動きをするものが居ないかを聞いてみる。幸いにして娘娘は桐生に引き取られて以来城の内部で生活していたため詳しく、現在神貴の世話役もやっているとの事で情報を得るには持って来いだった。しかし、話の中でこれと言って問題のある発言は出てきていない。
「私の知る限りでは、仏貴様の甥っ子に当たり現在の宰相をなさっている静功殿が王位継承のときにもめたと言う事くらいで、それ以外で何か不穏者が入るなんて話聞いたこと無いよ。その静功殿だって今は神貴様の良き右腕として活躍してるし」
「そう。そうなるとやっぱり城内部に潜入しないと駄目か。ねぇ、娘娘。私達を何とか神貴様お抱えの宮廷音楽師にしてもらえないかしら」
花鈴は、神貴が芸術、特に音楽に興味を持っていると聞きこちらに竜吉が居る事を考慮して音楽師としての身分でいこうと考えていたのだ。
「うーん。おねーちゃんの頼みだもんね。うん!任せといて!」
「ありがとう!」
「じゃあ、おねーちゃん。今日はゆっくり休んでいってよ。おねーちゃんと私久しぶりに話がしたいな。公望先生の事も聞きたいし」
「良いわよ」
こうしてその日はゆっくりと懐かしい思い出話をしながら塾で休んでいく事にした。
次の日、宮廷に連れて行かれた花鈴達は神貴の前で頭を下げていた。
「娘娘。この者達か?おまえが私のお抱えの音楽師にしたい者とは」
「はい。この者達は私の知り合いで遠い遠方の国よりわざわざ神貴様が音楽がお好きと聞きつけやってきてくれたのです」
「ほぅ。お前達。頭を上げよ」
「はい」
二人は顔を上げた。二人の容姿を見て周りの兵達が思わず溜め息をつく。特に竜吉の方に釘付けになっているようだ。
「私のお抱えの音楽師は既に存在する。その者達よりも素晴らしい音楽を奏でると言うなら音楽師として召抱えてやろう。しかしなんだ?お前達楽器を持っていないではないか。どうやって音楽を奏でると言う?」
「はい。私共は楽器を奏でるのではなく歌によって神貴様のお気持ちに安らぎを与えたいと思います」
「ふむ、歌とな。おもしろい。では一曲歌ってもらおうか」
「分かりました」
竜吉と花鈴は顔を見合わせると一緒に歌を唄い始めた。背筋が思わずゾクッとするような美しい声。その場に居た誰もが余りの美しいその声に聞き惚れ、それぞれの仕事を忘れ耳を傾けていた。二人は一曲唄い終わると頭を下げる。
「おお!なんと素晴らしい声か。この世にこの様な歌声を持つものがおったとは!近頃身体の調子が悪く気がめいっていたが、今の声でかなり癒されたぞ」
神貴も二人の歌声には絶賛し、有無を言わず召抱える事にした。
「ありがとうございます」
唄い終わった後、時を同じくしてこの場にもう一人の来客が来た。
「閣下!」
「うん?どうした?」
「はい。なにやら閣下にお目通りをしたいと申し出ている者が居るのですがいかが致しますか?」
「うむ。よかろう。今の歌声でいささか元気が出てきた。普段なら通さぬ所だが気分が良いゆえ通せ」
「はっ!」
神貴の命に従い兵が一人の女性を連れてくる。その女性は着物を着て頭にかんざしを挿し、舞子さんのような格好をしていた。その姿にまたその場に居た兵士達全員が感嘆の息を吐く。そう、誰もが思わず溜め息をつくほどにその女性は美しかった。竜吉と同等、いや、かもし出している雰囲気が独特で、もしかしらそれ以上の美しさを持っているかもしれない。その女性は優雅に神貴の前で頭を下げた。花鈴も思わず見惚れ竜吉に声を掛ける。
「うわ〜、綺麗な人ですね。竜吉様」
「うむ。わらわ以上かもしれん」
「この度お目通りを賜りまして光栄にございます」
「おまえは何者だ?」
「はい、私は遠い東の果ての日本と言う国より参った医者でございます。神貴様のご容態が余り芳しく無いとの噂を聞き私が力になれぬかと思いやってきた次第でございます」
「医者とな」
「はい。私の私見で申し上げますと、こうして直に神貴様とお逢いしてみてやはりお体の調子がよろしく無いように思われます。少々、診察させていただけませんでしょうか?」
「う、うむ。確かに最近身体の調子が良くない。お抱えの医者に見せても一向によくなる気配は無かった。よし、試しに診てみろ」
「では、失礼します」
その女性はゆっくりと神貴の元に歩み寄ると、脈を図ったり心臓に手を当てたりと診察してみる。
「どうだ?」
「はい。神貴様のお体はどうやら肝の臓がかなり弱ってきているようです。それに心臓の鼓動も遅く力がありません。疲れもかなり溜まっているように思われます。試しにこの錠剤を飲んでみてくださいませ。滋養強壮と肝の臓の働きを活発にし身体の毒素を排出する薬です。それとこちらの粉薬は不安を解消し元気の出るお薬です」
神貴は渡された二つの薬を受け取る。しかし飲もうとはしない。皇帝と言う座に居る以上命が狙われる事もある。もしかしたらこの薬は毒かもしれない。そういう警戒心があり飲むのをためらっているのだ。
「大丈夫です。毒ではありません。私が試しに飲んでみましょう」
その女性は同じ薬をその場で飲み、薬が安全だと言う事を証明した。それを見ていた神貴は意を決して飲んでみる。するとどうだろう。身体のだるいのが取れ、もやもやしていた頭がすっきりし元気が出てきた。
「おお!久しぶりの爽快感だ。これが日本と言う国の薬か。凄いな」
「神貴様、もしよろしければしばらくの間私を召抱えていただけませんか?そのためにわざわざ遠い日本からやってきたのです」
「うむ!気に入った!おまえも召抱える事にする。お前名をなんという?」
「桜と申します」
「桜か。これから余のためその持てる医学の知識を発揮してくれ」
「はい」
「では、娘娘。花鈴と竜吉と桜を部屋に案内してくれ。私は久しぶりにやる気が出てきた。溜まっていた仕事をこなす」
「分かりました。では皆様こちらへ」
娘娘に促されて三人は城のある一室に通された。部屋は広く途中で半分に仕切れる扉がついている。一室で二部屋分を兼ねている様だ。
「おねーちゃん達はこちらの部屋を使って。桜さんはこちらのお部屋をお使いください」
「分かりました」
「娘娘、ありがとうね」
「いえいえ。では私は仕事が有るから何か用があったらいつでも呼んでね」
「うん」
娘娘は部屋を出て行き、桜もまた促された部屋の方に向かっていった。花鈴は今後の事を考える。
「さてと潜入はできた。後は不穏者を探すだけなんだけど、でも入った感じそんなに不穏な動きがあるように思えないんだけどな」
「そうじゃな、至って平和な国のように思える」
「うーん。とりあえず私、神貴様の様子を伺っていますね。竜吉様は休んでいてください」
「相分かった」
花鈴は外に出て神貴の書斎に向かう。場所は娘娘から聞いていたので直ぐに分かった。そっと外からばれない様に神貴の様子を伺う。傍に娘娘の他、男が立っていた。どうやらあれが静功らしい。静功は必死に神貴の仕事の手伝いをしている。花鈴はずっとその様子を見ていた。