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仙人事録  作者: 三神ざき
32/47

どよめいちゃったり?

「こら!公望!仕事はどうした仕事は!!!」


 連絡用宝貝からやかましい大老君の声が聞こえる。


「面倒臭いんでやってません」


「面倒とはなんじゃ!最近おぬしたるんどるぞ!」


「良いじゃないですか。私がやらなくても誰かがやるでしょ?」


「阿呆!そしたら何のための十二仙じゃ!自分の役目くらいちゃんと果たさんか!!!」


「はいはい」


 ぽちっと五月蝿そうに連絡を切った。机の上には処理しなければならない書類がうず高く積まれている。公望は別にやる気も起きず、ベッドで転がっていた。花鈴がいなくなってから、公望はずっとボーっとした毎日を過ごし昔と同じ様な生活に戻っていたのだ。竜吉の方は毎日用があるといって朝から出かけている。いつもの縁側に行く気力も無く公望はベッドに横たわり瞑想する日々を送っていた。


「最近のわしは変じゃ。どうした?何かがおかしい。前と同じ生活をしてそれを望んでいたはず・・・」


 頭でずっとそのことを考える。しかし、自分の何がおかしいのか何が変わったのかが分からず答えはいつもの様に出ることは無かった。


「・・・分からん!」


 瞑想してもどうも心が落ち着かない公望は、今度は家の中をうろうろし始める。あっちに行ったりこっちに行ったり。その姿を見てさすがの風麒麟も不思議に思ったらしく声を掛けてきた。


「公望様いかがなされたのですか?」


「・・・のぅ、風麒麟。わしは昔と変わったか?」


「と、申しますと?」


「いや、今の暮らしは昔となんら変わらぬ生活をしておるはずなのに何か違和感を感じるのじゃが。わしはどこか変わったのかと思ってな」


「確かに今の生活は昔の公望様の生活と変わっておりません。しかしあえて言うなら、花鈴殿がいらっしゃらないことではないでしょうか?」


「うーん。しかしそれは既に予測の範囲内であったこと。弟子が独立したからといってわしに何か変化があるとは思えぬのだが」


「そのことに関しては私には解りかねます」


「うーむ」


 公望はまたうろうろとし始めるがうろつくのも疲れると思い、昔瞑想していた龍穴のある岩場に向かうことにした。


「すまぬが風麒麟。あの場所に連れて行ってくれ」


「はい」


 風麒麟は公望を乗せると岩場へと向かう。着いて早々に岩場に腰掛けると胡坐をかき手を組んでまた瞑想にふけった。龍穴のおかげもあって少し思考が整っては来たものの、ある問いに対してそれはありえないと脳裏をよぎった言葉を消し去る。するとまた頭がごちゃごちゃしてくるのだった。


 それからしばらくすること、公望邸に一人の訪問者が現れた。普賢である。実は今日は十二仙の定期報告会であり、何時もなら寝に来るだけの公望でも休んだ事が無かったはずなのに今日に限って出席しなかったので心配になってやってきたのだ。まぁ大老君から様子を見て来いと言われたのもあるが、どちらかといえば個人的に話がしたかった。


「おーい!公望!居るかー!」


 シ〜〜〜〜〜〜ン


「あれ、おっかしいな。てっきり家にいると思ったんだけどな。そういえば花鈴の姿も見えねぇ。二人でどっかに行ったのか?」


 無断で中に入っていくと扉ゝを開けて公望を探す。しかし人の気配すらない。ただ公望の自室の机の上に<出かけてくる>という伝言が書かれているのだけは発見した。


「ん〜。伝言が書いてあるって事は花鈴と一緒に出かけたわけでは無いんだな。っていうか、なんだ〜?この書類の山。あいつ仕事してねぇのかよ。ったく花鈴は何してるってんだ。いつもならしっかり者の花鈴が公望に発破をかけて仕事させてるって言うのに。こりゃ、二人とも説教だな」


 普賢は二人ともいないことを確認すると説教をするため公望を探しに行くことにした。公望の行きそうな所には大体見当がついていたからだ。さっそく霊獣の姫火信きびしんに颯爽と乗り指示を出す。


「姫火信。公望の行きそうな所は分かるよな?宴会に使ってたあの岩場か、東の岩島かどちらかだろう」


「ういっす!」


 姫火信は普賢を乗せゆっくりと飛び立っていった。最初に向かったのは良く公望と飲んでいた龍穴のある岩場だった。上空から見渡すと案の定ポツリと一人座っている仙人を発見。普賢は姫火信から飛び降りると真っ逆さまにその座っている仙人の頭上に落ちていった。


「とう!」


 物凄い勢いで座っていた仙人の頭を踏みつける。仙人はぐえっ!とか言いながら押しつぶされた。それくらいで死なない所が仙人の凄い所だ。


「痛いの〜。誰じゃ?こういうことやるのは大方普賢辺りじゃろ」


「分かってるじゃないか」


 普賢は公望に圧し掛かりながら笑っている。


「重いっつうんじゃ。笑ってないでさっさとどかぬか」


「そいつぅあできねぇ相談だな。おまえ何定期報告会さぼってんだよ」


「あ〜、そういえば今日じゃったか」


「大体、お前んち見たけどなんだあの書類の山は?仕事もしてねぇのかよ。とうとうしっかり者の花鈴もおまえのなまくらがうつっちまったか?それとも愛想付かされて出てったとかな。はっはっは」


「・・・そうじゃ」


「は?」


「愛想つかして出て行ったのじゃよ、花鈴は」


「はぁー!?」


 冗談交じりで言った普賢は予期せぬ返答に驚いた。あの花鈴が公望の元を去っていくなど到底考えられない事だったからだ。花鈴が公望に対する想いに関しては相談を受けていたし花憐からも聞いていたこともあって誰よりも知っていたつもりだったのだ。それがまさか・・・。


「嘘だろ?」


「本当じゃ。あやつは今、貴信と付き合って共に暮らしておる」


「き、貴信と付き合ってるぅー!?」


 さらに衝撃的な事実を聞かされて普賢は思わず公望の身体から飛び降りた。


「い、一体何があったんだ!?」


「何も無い。あやつ自身で貴信と付き合うと言ったのじゃ。ま、それなら貴信と暮らせと言ったのはわしじゃが・・・あいたたた」


 ようやく重い普賢が身体から降りてくれたので元の体勢に戻しつつ蹴られた頭を撫でた。普賢はぽかーんとしている。


「どうした?何か不思議な事か?」


「いや、だってよ、花鈴は・・・え?冗談?」


「大真面目じゃ。花鈴は自分の好きな相手の事を諦めて貴信と付き合うことにしたのじゃよ。その方が良かったのかもしれん。花鈴はあまりその相手とうまくいっておらず進展も無い様じゃったからな。叶わぬ夢を追いかけるより近くの現実じゃろ。女の子にとって貴信の様な良い男に言い寄られるのも嬉しいものじゃろうし。ま、性格に難がある気はするが花鈴はしっかりしておるゆえ貴信も自ずと花鈴だけをみるようになるのではないか」


「お、おまえはなんとも想わないのか?」


「?何を想うのじゃ?花鈴が幸せならそれで良いと想ってはおるが」


「・・・・・・」


「なんじゃその訝しげな表情は?」


「と、とにかく事情は分かった。それでおまえ仕事に身が入らなくなったってことか」


「いや、そういうわけでは・・・」


「いや現にそうだろう。あー、悪い。俺ちょっと用事思い出したから行くな」


「うむ」


 普賢は慌てて姫火信に乗り、飛び去っていった。


「何しに来たんじゃ?」


 普賢の行動に意味が分からないまま公望は普賢の飛び去って行った方を見ていたが姿が見えなくなった頃、また瞑想にふけりだした。


「大変だぞ!」


「どうなされたのです?普賢様」


 自分の家に帰った普賢は入るなり大声で叫び、その声に反応して共に暮らすようになった花憐がやってきた。


「大変なんだ花憐!花鈴が花鈴が!」


「落ち着いてください。花鈴がどうしたというのですか?」


「いや参ったな!ちょっと妖仁や大乙も呼んで緊急集会開かないと!」


「ですから、花鈴がどうしたというのですか?」


 至極慌てている普賢をなだめつつ花憐はあくまで穏やかに聞いている。しかし次の一言でその穏やかさも吹っ飛んだ。


「花鈴が公望を捨てて貴信と付き合ってるんだ!」


「えー!本当ですか!?」


「たった今、公望から直に聞いてきたんだ。間違いない!」


「そ、そんな!あの子に限って心を曲げる事など無いはずです!一途で純粋で、熱く堅い揺るがぬ心を持っているあの子が自分の想いを変えるなんて!!!」


「だから大変だといっているんだ!」


「それが事実だったら私、どうしましょう。そんな心変わりする妹なんて生まれて初めて聞きましたわ。今まで散々普賢様方にご相談してご迷惑をかけているというのに、なんとお詫びしてよいか」


「いや、そんなことは気にする事じゃないけど。なんでまた心変わりなんかしたのかが凄く気になるな」


「確かに」


 しばし唸る二人。自分たちの知っている花鈴はとても強い意思を持っていて負けず嫌いで頑固者。一度決めたことは死んでも変えない揺るがぬ強い心の持ち主であると認識していたのに、何故?


「とにかく妖仁達を呼ぶか?」


「いえそれより、直に本人に聞いたほうが早いと思います」


「そ、そうだな。良し!貴信に連絡してみよう」


 普賢は宝貝を取り出すと震える手で貴信と連絡を取った。


「あ、貴信か?俺だ」


「普賢?どうした?」


「お、おまえ花鈴と付き合ってるって本当か?」


「ああ、そうだけど」


「ちょっと花鈴と話がしたいからよ。俺の家まで来させてくれないか?」


「いいぜ。ちょっと待ってな。花鈴ちゃーん!普賢が家に来いって行ってるけど、どうする?」


「・・・・・・」


「分かった。お、すまんすまん、来客中だったもんでさ。今から行くってよ」


「そうか。じゃあ、待ってるから」


 普賢は連絡を切った。しばし呆然とする。


「やっぱり本当だったんだな・・・」


「あの子、何を考えてるのかしら・・・」


 花憐も実の妹の考えが分からなくなり、はぁ〜と溜め息をついた。

 

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