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仙人事録  作者: 三神ざき
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公望、分からぬ想い

 心の中で泣いていた。自分がそんなにも小さな存在だった事に悲しくて悔しくて・・・。溢れ出しそうになる涙を必死になって抑えている。負けず嫌いな自分としては他人の前で涙は見せたくなかった。それでもどうしようもない感情が押し寄せ、やがて抑えきれない涙は頬を伝う。


「どうしたの?」


 優しい声に抑えている感情がはちきれそうになる。


「・・・泣いても良いんだよ。泣きたい時は我慢しないで泣けば良い」


 そっと頭を抱き寄せる。温かな腕、優しい声。そのぬくもりに思わず甘えそうになるのをまた必死に耐えるが、我慢できずにとうとう声をあげて泣き出した。


「それで良いんだ。感情を無理に抑える必要は無い。好きなだけ泣きな」


 貴信の胸に顔をうずめ花鈴は泣いた。これでもかというくらいに泣いた。やがて泣き尽して涙も出なくなった頃、ようやく花鈴は貴信から離れ顔を袂でぬぐう。


「ありがとう・・・ございました」


「良いさ。誰でも泣きたい時はある。そうだ。ちょっと良いかな?」


「?」


「付いてきてよ」


 貴信は霊納れいなという霊獣に乗り、花鈴をある場所へと促した。付いた先は、山々が聳え立ち小さな清流が流れ木々には色とりどりの葉が付きとても景色が良く吸い込まれるような雰囲気をかもしだしている綺麗としか言いようの無い場所だった。


「ここは、俺の秘蔵の場所なんだ。ここに来ると素直な自分になれるって言うのかな?そんな場所でね。悩み事とか辛い事とかがあるとここに来るんだ」


「綺麗な場所ですね」


「うん。まぁ座りなよ」


 貴信は岩の上に降り立ち座ると横に花鈴を座らせる。


「公望と喧嘩したのがそんなに辛かったのかい?それともやっぱり自分の好きな相手の事を忘れられないとか?」


「・・・どちらもです・・・」


「ははは、そっか。でも公望とはさ、喧嘩するほど仲が良いとかどっかの諺であるし気にする事無いさ。後、好きな相手の事はしょうがないよね。そう簡単に諦められる訳無いと思うし、あの花憐ちゃんの双子の妹でしょ?だったら結構頑固な所ありそうだしね」


「・・・・・・」


「それでも良いさ。公望は俺の事ああ言っていて、それは確かな事だし俺もそれは否定しない。でも今回は、花鈴ちゃんの事は本当に本気で好きになったんだ。遊び人に思われているかもしれないけど、本気で好きになった相手には俺は大切にするしちゃんと守ってあげる。俺も焦らないからさ、ゆっくりでいいから花鈴ちゃんも俺の事好きになってくれたら嬉しいな」


 花鈴は無言のまま貴信の言葉を聞いた。辺りは川のせせらぎだけが響いている。本当に気持ちの良い場所で辛い事を忘れさせてくれるようなところだった。花鈴はじっと流れる川を眺めている。貴信もそれ以上は何も言わず同じ様に川を眺めていた。


「貴信様」


 しばらくして花鈴が小さな声で口を開いた。


「ん?何?」


「貴信様って優しい方ですね。私、お師様以外の男性に優しくされた事有りませんでした。だから・・・」


「だから?」


「・・・すみません。どう接して良いのか分からないんです。こんなにはっきりと気持ちを伝えられた事もないのでどうして良いか・・・」


「良いんだよそれで。今はまず自分の気持ちに整理をつけなきゃならないときだからさ。俺はこういう性格だから物事ははっきり言うけど、自分の感情を押し付けるような真似はしない。って言っても説得力無いか!はっはっは!今こうして無理やり花鈴ちゃんを捕まえたんだもんな。いやー、我ながら凄い行動力!」


 貴信は柔らかい笑顔で笑った。花鈴もその笑顔を見て少し気持ちが晴れたようでちょっとだけ笑顔を見せる。


「あ!今笑ったね!良いね〜。やっぱり花鈴ちゃんは笑顔が一番似合ってる。いつもそうやって笑っていてくれたら俺も幸せだな。しかし良いよな〜。花鈴ちゃんに好きになってもらえる奴。正直花憐ちゃんに好かれた普賢も羨ましいぜ。つうか、一緒に今まで暮らしてた公望が憎たらしいね。俺も花鈴ちゃんみたいな弟子が欲しかったぁー!」


「でも私、お師様に迷惑かけてばかりでしたから、貴信様の弟子になってたら大変だったかもしれませんよ?」


「迷惑かけてたの公望だろどうせ?」


「えーっと、そうかもしれません」


 くすくすと花鈴は笑った。


「しっかし、花鈴ちゃんもよく公望なんかの弟子になったよな。あの変わり者の弟子を勤められるってことは相当しっかりした子なんだね。花鈴ちゃん、良い嫁さんになるよ」


「私の国の言葉で、そういうこと言う人は働かないぐーたら亭主になるって言いますよ」


「あら?実は当たってたり?」


 とぼけた感じで貴信は頭を掻いた。


「でも貴信様の仕事でのお噂はかねがね聞いてますよ。普賢様を支える摂政として最も優秀な働きをしているって。かなりの切れ者と伺ってます」


「そんなことないさ。俺はただ良い仙人界にしようとしているだけで別に変わった事はしていない。切れ者と言われるのは天才仙人の妖仁くらいだろ」


「でも、お師様は今の仙人界が平和なのは普賢様の実力と器の広さと貴信様の力添えがあってこそだと仰ってましたよ」


「ははは、公望に褒められても喜んで良いのやら。いや実際は嬉しい事か。あの公望に褒められるなんてことは滅多に無いからな」


「そうなんですか?」


「ああ、あいつが社交的に褒める事はあっても個人的に褒める事は無いからな。あいつは自分の認めた相手じゃないと心を開かないしさ。なんだかんだ言って実はあいつが一番凄いのかも。結構裏でいろいろ動いているっつう話は普賢から聞いたことあるし、まず普賢が認めてる奴だからさ。普賢も厳しい奴でよ。俺ですらまだ認められて無いところあるっていうのに、公望に関しては全面的に信頼してるみたいなんだ」


「へ〜、でも確かにお師様は凄い方ですよ?」


「花鈴ちゃんが言うなら間違いないんだろうな」


「正直私にも何を考えてらっしゃるのか分からない所だらけですけどね」


 また川を見つめて公望の事を思いだした花鈴。公望にもう帰ってこなくて良いと言われた事が少し脳裏をよぎる。考えてみれば、あんなふうに怒られた事は弟子になって初めての事。以前公望と戦った時に怒られたけど、あれは自分のためを思っての事。それとは違う純粋な怒り。あの場は勢いで出てきてしまったけどそれが自分に向けられて、どうして良いのか分からない。


「ほら、また暗い表情しているよ」


「あ、ごめんなさい」


「謝る事じゃないけど、早くその表情が無くなると良いね」


「頑張ります」


「いやいや、頑張るのは俺の方さ。もっと元気になれるようにずっと笑っていられるように俺も頑張らないと。わがままとか言って良いからね。俺なんだって叶えちゃうよ?」


「ありがとうございます」


 花鈴は貴信の笑顔を見て公望の事を忘れる努力をすることにした。自分でもうすうすとは分かっていたのだ。竜吉に言われるまでも無く自分の想いは決して公望に届かないと・・・。決して届かない絶壁の花より、今自分を見てくれて大切にしてくれようとしている目の前の一面に広がる花園に行った方が良いのだろうと花鈴は心を割り切ることにした。でないと貴信にとって失礼に当たると思ったからだ。花鈴は気持ちを切り替えると貴信と話を始めた。貴信と話をしていると自然と公望の事を忘れられて気持ちが楽になる。そうも感じていた。


 一方の公望は・・・。


「だるぅ」


 縁側に寝そべってタバコを吹かしていた。竜吉との話も一段落し竜吉は用があるといって出かけ行ったので、ゆっくりといつもの定位置に腰を落ち着けていたのだがどうもしっくりこない。あっちを向いたりこっちを向いたりとごろごろと縁側を転がっている。


「なーんか、落ち着かんの」


 ムクッと身体を起こすと、いつもなら美味しそうに吹かしているタバコを不味そうに灰皿に捨てる。そして、いつも花鈴と竜吉が喧嘩をしている場所をじっと見ていた。ほんの昨日までやかましいなと思っていたその喧騒が、今では何年も前の出来事のように感じられる。


「何時かは離れねばならん事じゃったんじゃがな・・・」


 あんな感じに別れるつもりではなかった。きちんと仙人にして温かく門出を祝ってやるつもりだった。公望は自責の念に駆られる。


「やはり、わしは師として不合格であったな。こうなることは可能性として考えていたはず。花鈴は良く持った方じゃ。せめて、貴信と幸せになってくれれば良いが・・・それだけが気がかりじゃな」


 そう思いつつ、心のどこかで貴信と幸せに暮らしている花鈴に対して嫌だという想いを抱いている事を公望はまだ気づかなかった。いや、気づいてはいたのだろうが心が本能的に無理やりその想いを消し去ろうとしているのだ。


「わしは・・・何を・・・考えておるのか・・・」


 ポツリと呟くと何もかもを忘れるかの如くタバコを口にくわえ火をつけた。滝の音だけが公望の変わりに叫ぶかのよう、大きな音を立てて流れ落ちていた。


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