別れ
それは、本当に些細な事だった・・・・・・
花鈴を自室で寝かせることにしたため久しぶりに朝をゆっくりと自分のペースで起きる事のできた公望は、だるいとか言いつつまだ枕に顔をうずめていた。そんな折に来客があったようだ。外で花鈴達以外の聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「どう?俺の気持ちに応えてくれないかな?」
「え、そんなこと急に言われても・・・」
「初めて見たときから君にぞっこんだったんだ」
「はぁ」
「な、試しに付き合ってみない?」
相手はなにやらしつこく迫ってくる。
「いえ、私困ります。私にはちゃんと好きな人いますし」
「誰?」
「それは・・・」
「朝から五月蝿いの」
公望は折角のんびりした朝を迎えられたというのにやかましく聞こえてくる声に気分を害しながら部屋の扉を開け、声の主の方に顔を向けた。そこには花鈴と十二仙の一人である貴信が居た。
「やはり貴信か。いつか来るとは思っておったが・・・」
げんなりしながら公望は溜め息をついた。反面貴信は意気揚々と言葉を返してくる。
「よう!公望。相変わらず間が抜けてるな。しかし今は悪い間の抜け方だ。俺達は今大切な話をしているんだ。邪魔をしないでくれ」
「大切な話ねぇ。どうせ花鈴を口説きに来たのであろう?」
「分かってるなら口出さないでくれよ。で、どうかな花鈴ちゃん。俺と付き合ってみない?」
「ですから、お断りしますと何度も言っているではありませんか」
「そうつれないこと言わないでさ。好きな人が居るっていってもまだ付き合っているわけじゃないんだろ?」
「そ、そうですけど」
「だったらさ。試しで良いから付き合ってみない?もしかしたら、付き合っているうちに気持ち変わるかもしれないし、花鈴ちゃんを不幸にするようなことは絶対にしないから」
「で、でも」
「これ貴信。花鈴が困っておるではないか。あまりしつこく言い寄るものではないぞ」
見かねて公望が助け舟を出す。
「第一花鈴には心に決めた相手がおるのじゃから、それを尊重してやらぬか」
「でもよ、聞いてる限りじゃまだ気持ちを伝えたわけでもないし、付き合えるって言う保障もないんだろ?そんなあやふやで、下手に失恋して痛手喰うより俺と付き合っておいたほうが良くないか?」
「阿呆。花鈴ほどの器量の持ち主が失恋なぞするか。大体それを分かっているからそなた、花鈴に声を掛けにきたのであろう?付き合う前に自分のものにしてしまおうとな。そなたも相変わらず女癖が悪いな。そうやって一体何人の女性を泣かせてきたか。ほとんどの女性に声を掛けて食い物にしてきたであろうに。花憐のもとにも声を掛けに言ったと聞いておったから、その内花鈴にも声を掛けに来るであろうとは思っておったんじゃが」
「いや、今回は俺は大真面目だぜ。本気で好きになったんだよ」
「嘘をつけ。今までもそうやって口説いておったであろうが。そんな奴に可愛い愛弟子はやれんな」
公望は貴信の性格を良く知っていたため、花鈴を付き合わせることを断じて拒否した。貴信は仙人界でも指折りの美形だが、それと同時に仙人界きっての女好きなのだ。さらに、釣った魚には餌をやらんというタイプで口説き落とす事に楽しみを持っているところがあり付き合ってしまうと直ぐに他の女性に手を出すという浮気癖が酷いためたちが悪い。そのせいで何人もの女性が泣かされてきたという話だ。そんな相手に愛弟子を付き合わせるわけにはいかない。
「お前の意見なんて聞いてない。俺は花鈴ちゃんと話しがあるんだ。ほっといてもらうか」
少し貴信の態度が変わり口調がきつくなってくる。公望は気にせず話を返した。
「そうはいかん。わしとて一応花鈴の師匠をしておるのだからな。ちゃんとした相手と付き合ってもらいたいと思っておる。弟子である以上、師であるわしの許可なしに恋愛をさせるわけにはいかん」
「ちっ、堅物が。お前の考えは古いんだよ。恋愛に師匠も弟子も関係ないだろ。花鈴ちゃんの意志の問題だ」
「その意見には賛成じゃが、お前のような輩に花鈴はやれんわ」
「部下の意見なんて聞いてないんだよ。とにかくおまえは引っ込んでろ。俺は花鈴ちゃんに用があるんだ」
何とか穏やかに済まそうとしていた公望は自分が一番嫌いとする上下関係を口にされて頭にきた。ふいっとそっぽを向くとその場を立ち去ろうとする。
「はいはいそうですか。じゃ、まあせいぜい頑張ってくれ」
「あ、ちょっとお師様!」
「なんじゃ」
頭にきてその場から立ち去ろうとした公望に花鈴が待ったを出した。凄く困った表情をしていかにも助けてという感じである。これが一人前の仙人ならなんてことはないのだろうが、花鈴はまだ道士。立場上断りにくいのだ。しかも相手がただの仙人なら公望も何とか言い切れるのだが、貴信は自分より位の高い摂政という二番目の地位の十二仙だ。一応上司に当たる以上公望も何も言えないのである。
「お師様からも何とか言ってください」
「すまんな、花鈴。他の相手ならいざ知らず貴信相手ではわしは何も言えん。十二仙という立場上わしより位の高い相手には逆らえん」
「そんなのお師様らしくないですよ。大老君様にさえ逆らってらっしゃるお師様がいきなり立場の事を口にするなんて・・・」
「じじいはわしの師匠じゃから逆らえるんじゃ。しかしわしも十二仙の地位に立つ以上、ある程度の上下関係には従わなければならんのじゃ。これで花鈴が一人前の仙人なら断ることも容易かったのじゃろうが・・・。じゃから早く仙人になれと言っておったというのに。まぁ、自分でなんとかしなさい。ま、貴信は女癖は悪いが試しに付き合ってみるには良い相手ではないかの。男前じゃし経験も豊富じゃしうまくリードしてくれるのではないか」
貴信に頭がきてもうどうでも良いという感じの公望に花鈴はずっと気にしていた事を尋ねてみる。
「あ、あのお師様はこれで仮に私が貴信様と付き合ってもなんとも思わないのですか?」
「思わん。そなたはそなたの歩む道がある。貴信と付き合おうとも自分の好きな相手と付き合おうともそれはそなたが決める事。どちらにせよわしの元から去っていくのである事には変わらんのじゃからな」
この公望の返答に花鈴はショックを受けたのと同時にムッと来た。
「じゃあ、お師様は私が誰と付き合っても良いって仰るんですね!」
「正直貴信と付き合うことには反対じゃが、そなたが決めたならそれはそれで良いと思う」
「分かりました!!!お師様にとって私ってその程度の存在だったってことですね!良いです!私貴信様と付き合います!!!」
「良いのか?そなたには好きな相手がおるのではなかったか?」
「良いです!どうせ叶いませんから!!!お師様の馬鹿!!!」
花鈴は公望に向かって怒鳴ると貴信の元に駆け寄っていってしまった。公望は貴信から言われた事と何故自分が馬鹿と言われなければならないかという事に悩んでさらに頭にきた。
「花鈴!貴信と付き合うなら、もうこの家にも帰ってこなくても良い!貴信と共に暮らせ!せいぜい幸せになれ!!!」
皮肉交じりに公望も花鈴のほうをむかずに大声を出すと竜吉の部屋に向かった。花鈴も相当カチン!ときているらしく負けじと言い返してくる。
「分かりましたよ!もう二度と帰ってなんかきませんから!今までお世話になりましたー!!!」
その声に返事することなく公望は竜吉の部屋に入り扉をピシャ!っと強く閉じた。中では竜吉が少しびっくりしたように公望を見ている。
「な、なにやら公。不機嫌じゃな。そんなそちは初めて見たぞ」
「ふん。知らんわ。どうせ花鈴は何時かは仙人になって独立する存在。今出て行こうが、誰と付き合おうが自由じゃわ」
公望はまるで自分に言い聞かせるように言葉を発している。正直公望の中でも何故こんなに頭にきているのか分からなかった。貴信に対して怒るのは自分の嫌いな上下関係を口にされたから良いとして、花鈴に対して自分はどうしてこんなにもイライラして心がもやもやしているのだろう?
「しかし、良いのか公?花鈴を貴信の元にやって」
「分からん。もしかしたら貴信は今回は本気なのやもしれんし。花鈴も貴信と付き合うといった以上わしからは何も言えぬじゃろ?」
「公、あれが花鈴の本音だと思っておるのか?」
「?」
「ほんに乙女心の分からん奴じゃな。ま、わらわとしては邪魔者がいなくなって良いがの。競争相手がおらんのはちと寂しいとは思うが」
「ん?竜吉は花鈴が邪魔者じゃったのか?」
「いや、こちらの話じゃ。あ、あと公。本当に花鈴に戻ってこなくて良いと思っておるのか?」
「仕方あるまい。今のままわしの元におってはあやつは駄目になってしまう。どちらにせよ明日明後日という早いうちに無理やりにでも仙人試験を受けさせ独立させるつもりだったんじゃ。そうなったら、誰と付き合おうが花鈴の自由じゃからな。今回は良い機会じゃったのかもしれん。わしは花鈴には幸せになってもらいたいのじゃ」
「ふーん。では、花鈴は何時まで経っても幸せにはなれんの」
「何故じゃ?」
「それはそちの問題じゃ」
「???」
「ま、花鈴との決着もあっけなく付いた事だし。公、わらわとゆっくり話でもしよう」
「うむ。良いぞ」
公望はそのまま竜吉と話を始め、一方の花鈴は貴信と共に公望邸を出て行ったのであった。