公望、十二仙になる(下)
「ギャー!死ぬー!!」
公望は、迫りくる禁鞭の猛威から必死に逃げ惑いながら、叫びまくっていた。
「どうした、公望?逃げてばかりでは、つまらんぞ」
普賢は、鞭を振るいながら余裕綽々な態度で公望に話しかけていた。
「だアホー!!そんな、四方八方から鞭が飛んできたら、どうしろというんじゃ!大体、超宝貝相手に土台敵う訳なかろう!」
「それを、どう対処して俺を倒そうとするかを見るために、こうやって模擬試合をしているのだろう?」
普賢は、振るっていた鞭を止め、一息ついた。公望は、はーはーと荒い息遣いをしながら、膝に手をついて立ち止まった。
「あのな、普賢。そなたは、模擬試合をするとか言って無理やりわしを試合場に連れて来たが、言っておくが、わしは鼻から戦う気などさらさらないわ。わしは、完全平和主義者での。暴力には反対なんじゃ」
「何を軟弱な事を言ってやがる。どんな形であれ、戦いの場所に立ったのであれば、全力を持って相手を倒さなくてどうする。しかも、十二仙ともなれば、なにかと治安維持の関係上力を振るわねばならない時もあるだろ。求められるのは、力と知力だ」
「そんな事知らぬ。わしは、どんな場合であれ、話し合いで解決できるものなら穏便に済ましたい派なんじゃ。第一、そなたも模擬試合なら少しは手加減せぬか!超宝貝何ぞ食らったら、一発であの世行きじゃ」
公望は、ぶーぶーと文句をたれている。普賢はあきれながらものを言ってきた。
「おい、公望。おまえも仙人なら、禁鞭の威力を知らないわけじゃないだろ?俺はかなり、手加減しているぞ。一応模擬試合なんだから、お前を殺すつもりもない。あくまでこれはテストなんだから。この程度の力でへこたれていては、普通の宝貝にも対応できないぞ。とにかく、テストなんだから、なにか攻撃のひとつでもしてこいよ」
「ふむ、そんな事言ってもの。そもそも、わしはそなたに攻撃を与える手段がない」
公望は、腕を組みながら、んーっと唸った。それを聞いて普賢は不思議そうに尋ねてくる。
「ああ?おまえ、仙人になった時、大老君様から祝いとして宝貝のひとつはもらっているだろ?」
「いや、わしは今まで一度たりとも、宝貝というものを扱ったことがない。師匠も宝貝をくれは、せなんだぞ」
「は〜?おまえ、それで一人前の仙人になったのか?あきれたー。大老君様も何を考えてらっしゃるのやら。仙人、道志が宝貝を扱えなくてどうする。何故お前のようなやつを十二仙に選んだか、ますますもってわからんな」
普賢はため息をついた。
「そんな事、わしだって知らぬわ。師匠に強制的に決められたんじゃから。そもそも、この命令だっていくら師匠とはいえ、人権侵害じゃ。もっと自由意志というものを尊重してもらいたいものじゃの。わしは、面倒くさい事はしたくないというのに」
何もかもが面倒臭い様に、公望は、普賢に言いのけた。実際公望にとっては、十二仙など面倒臭かった。だからこのように言っておけば、普賢もあきらめて、さっさと模擬試合を止めて十二仙と認めず、大老君様に進言するだろうと思ったのだが、普賢はしばし考えると、公望の気持ちと裏腹な答えを返してきた。
「宝貝を持ってないようでは、話にならんな。これでは、お前の実力もわからん。しょうがない、俺のもうひとつの宝貝を貸してやろう」
そう言うと、普賢は懐から、二つ一セットの赤い「く」の形をした宝貝を取り出した。そして、公望に渡す。
「なんじゃ、これは?」
「舞赤根と言う宝貝だ。この間、大乙からもらったものでな。なにやら、簡易的な火を操れるものらしいんだが、俺も使った事がないので詳しい事は知らん」
「で、この、そなたもよく知らん様なものをわしに渡してどうしろというのじゃ?」
「もちろん、模擬試合を続けるに決まってるだろ。お前の実力を見たいしな。大体仙人が、宝貝を扱えんなんて、前代未聞だ。それでおまえも、少しは練習しろ」
「なんじゃ、結局まだ試合はやるのか・・・。というか、そなた、実は結構面倒みたがりじゃろ?普通、わしの様な者は、放置して置かぬか?」
「当たり前だ。お前の様な者を放っておけるか。俺が、十二仙として、立派にやっていけるように指導してやる」
普賢は俄然やる気を出したようだ。
「なにやら、当初の目的から少しずれてきておるの。わしはわしのスタイルでやるというのに。やれやれ」
ぶつぶつ言いながら、公望は、始めて触る宝貝をまじまじと見つめると、突然、舞赤根の片方を明後日の方向に思いっきり投げた。
「あ!おまえ、せっかく貸してやったのに何をする!」
その行動に普賢は戸惑った。
「馬鹿者!こんな、そなたも能力を知らん宝貝をもらって、超宝貝とやりあえるか!二つあっては、邪魔なだけじゃし、ひとつで良いわ。さて、では、試合の続きをやるとするかの」
公望が身構えた。それを見て、普賢は戸惑いながらも、まあいいといった感じで、改めて禁鞭を振るいだした。
「さてと、舞赤根の能力みせてもらうかの」
先程と同じ様に、鞭から逃げながら、宝貝を扱ってみる。あっちは超宝貝。こちらは、普通の宝貝。どう考えても真っ向勝負では、こちらが負ける。禁鞭は、リーチは長いが打撃系の宝貝なら、距離をとって舞赤根の能力を使いながら、遠距離戦にした方がよさそうじゃな・・・などなど考えながら、舞赤根を地面に突き刺した。
「赤主っ!」
公望の掛け声と共に、舞赤根から炎がほとばしり、地面を駆け一直線に普賢に向かっていった。しかし、普賢は、地面を鞭で抉り取り炎をかき消した。
「ふーむ、さすが禁鞭。隙がないの。下からなら届くかと思ったのじゃが」
「甘いな。その程度の攻撃、なんなく防げるぞ。確かに、禁鞭の若干弱点とも言える足元から攻めてきた手段については、いい考えだったが、俺には通用せんぞ」
「んー、困ったの〜」
一見困った様な表情をしてみせる。そして、チラッと空を見た。
「ふむ。とにかく、そなたに逸し報いねばならんのだな。やれやれ、骨の折れる事じゃ。とりあえず、力では勝てぬなら、数で攻めるかの。では、行くぞ!」
舞赤根を前にかざすと、うおりゃー!っという掛け声をかけながら、がむしゃらに火の玉を普賢に向かって放ちまくった。初めて触れてみて、宝貝というものはどうやら、大技ではなく小技で、小さい力を引き出せば氣も大して使うことなく、かなり早い連射が可能であるということに、公望はすぐに気づいた。超宝貝である禁鞭と簡易な作りの舞赤根では力では勝てない。もちろん、数で攻めたからといって勝てる代物でも、相手でもないのだが、そんな事は公望は百も承知だった。公望の狙いは別にあったのだ。
「そんなちゃちな宝貝で、ただ連射してるだけでは、俺に傷ひとつつけられないぞ」
普賢は、禁鞭を振るい火の玉を弾いていく。さらに、かなりの量の火の玉を弾きながらも鞭を公望にしならせる。この辺りは、さすが年季が違うのとか思いながら、公望はその襲い掛かる鞭を避けつつ、ただひたすらに火の玉を打ち続けた。
5分程経過、普賢はもういいと言う様に、首を振った。
「おまえの戦略も、戦い方も、能力も、所詮その程度か。大老君様の直弟子で、十二仙に選ばれるほどだから、多少はできるやつかもと期待はしたのだが、やはり、噂どおりの落ちこぼれ仙人だったようだな。お前にはがっかりさせられた。最後に俺が本気を出して、一度灸をすえてやろう。おまえが、まじめな仙人になるようにな」
そう普賢が言うと、鞭のスピード、向かってくる数、打撃力が一挙に上がった。
「おわっ!こんなん喰らっては、命がいくらあっても足りんわ」
公望が攻撃の手を休め、逃げるのに専念する。
「おい!ちょこまか避けるな!愛の鞭だと思って、ありがたく受け取れ!」
中々当たらない公望に普賢が怒鳴った。それを聞いて公望は、ぴたりと止まった。
「ようやく観念したか」
禁鞭が襲い掛かる。向かってくる鞭の前に公望は一言言った。
「そうじゃの、わしは噂通りの落ちこぼれ仙人。そなたの言うとおり一度痛い目にあわなければ、この性格は変わらんかもしれん。そなたに、攻撃を与えようとしてもかすり傷ひとつつけられぬしな。せいぜいわしができる事と言ったら、そなたの頭にこの宝貝をぶつけることぐらいじゃしの」
「ん?宝貝をぶつける?」
不思議そうに普賢は、聞き返す。その時・・・
ガツーン!!っと硬いものが普賢の後頭部にぶち当たった。
「な!?」
そのまま、普賢は倒れ、意識を失った。かすれ行く意識の中、公望のうっひゃひゃひゃひゃ!という高笑いが聞こえていた。
しばらくして・・・
「痛ってー!!」
意識を取り戻した普賢が後頭部をさすりながら、起き上がった。
「ふぉふぉふぉ、かなりの衝撃で当たったじゃろ?」
「あ?ああ。何が当たったんだ?」
「見てみよ。ほれ、舞赤根じゃ」
二人の傍らに舞赤根のひとつが落ちている。もう片っ方を公望が握っている。
「何で舞赤根が、俺の後頭部に当たったんだ?これは、さっきお前がどっかに投げたやつじゃ?」
訳がわからないと言う感じに普賢が尋ねる。
「うむ、説明しよう。まず、そなたの能力、そして、扱っている禁鞭の能力を最初に分析した。まず、普通のやり方では、真っ向から立ち向かってそなたに傷をつける事などできぬ。渡された舞赤根では、特に土台がんばっても無理じゃな。若干隙のある下からの攻撃も試したが無理じゃったし、そうなると、唯一の弱点である後ろに着目し、そこでこの宝貝の形状に注目した」
「形状?」
「そうじゃ、これは、曲がった形をしておるじゃろ。この重さと形状をから見ると、これは投げ方次第で、空中で円を描くように回転して戻ってくる。まあ、ブーメランみたいなものじゃな。そこに注目して、後は、風の流れ、投げる方向、力加減を考えて投げれば、自分の思ったところに再び戻ってくるからの。後は、そなたに、この策を気づかれぬように振舞って、注意をわしの方だけに向けていればよい。さらに、付け加えるなら、そなたが動いてしまっては、当たるものも当たらぬからの。そなたの最初に立っていた位置をずらさぬように、配慮しながら動けばいいだけじゃ」
「つまり、おまえは、宝貝をもらってから、最初からこれを狙ってたって事か?」
「そうじゃ」
「じゃあ、全部策を気づかせないようにするための、演技だったのか?」
「当然じゃ、気づかれてしまっては、この策は成り立たぬからな。まあ、万が一失敗しても、そなたを倒す策はいくつか考えてあったがの。このやり方が一番穏便で、簡単じゃったからな」
「・・・・・・」
「ん?なんじゃ?」
突然、普賢は笑い出した。
「はっはっはっ!いやー、驚いた。やりあったとしても、傷ひとつ程度と思っていたが、まさか本当に俺を倒しちまうとはな!ははは、いやいや、気に入った!うん!気に入ったぞ!!初めて触れた宝貝の順応力といい、策の練り方といい、おもしろい!!さすが、大老君様の直弟子だ。おまえが、その若さで仙人になって、十二仙に選ばれた理由がわかった」
「そうかのー?わしは、未だに選ばれた理由がわからぬが?」
「いやいや、おまえは、実は対した奴だよ。策を瞬時に思いつき実行に移しながら、さらに、俺の禁鞭をすべて避けたんだからな。本気を出した俺の禁鞭もなんのかんのと避けて、おまえは傷ひとつ負ってないんだから。それだけでも、賞賛に値するぞ」
「ほほほ、褒められたものでもないわい。わしは、わしのやり方でやっておるだけじゃ。このスタイルを変えるつもりはないからの。自分が痛い思いをするのも嫌じゃし、自分が嫌な事は、相手にさせるのも嫌なんじゃ。今回は、無理やり戦わされたからしかたなく、傷つける事をしたが、わしとしては本意ではないのじゃぞ」
「くくく、本当、噂通りの変わり者だな。つかみ所のない奴だ。どこまでが本当でどこまでが演技かわからねーよ」
普賢は、腹を抱えて笑っている。
「笑い事ではないぞ。本来ならわしの美学に反しておるのじゃからな、今回の事は。で、結局わしは、十二仙のテストには合格したのか?」
「あ?ああ、ああ、もちろんだ。俺は文句がないぞ。これから、十二仙としてがんばってくれ」
「嫌じゃ」
公望の即答に、がくっと普賢は肩を傾けた。
「な、なんだそりゃ」
「何度も言うが、わしは、面倒臭いのが大嫌いなんじゃ。だから、がんばるつもりはない。わしはわしのスタイル、ペースでやらせてもらう。まあ、一応任に就いたのだから、仕事はするが、期待はするな。よいな?」
「ったく、本当にわかんねー奴だな。まあいい。でも、いざってときは、やる事はきちんとしてくれよ」
「うむ」
二人は握手をし、別れ際、普賢が、家にたまに遊びに来いと言ったので、公望はそれに返事をすると、早々にそれぞれ各家に帰っていった。こうして、公望は、晴れて十二仙になることになったのである。まあ、公望としては、望んでなったものでもなく、位置づけも一番下っ端ということにしてもらっておいたので、深く考えない事にし、またいつものように瞑想に浸っていた。