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仙人事録  作者: 三神ざき
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公望、罰を受けるらしい

 生きること全てを恐れていた。・・・何故皆俺を苦しめる?悪気があるわけではない。いや、悪意もあるだろう。自分の言う通りにならない、自分が嫌々守っているのに俺が守らないことに苛立っているのか。・・・頭がボーっとして破裂しそうだ・・・。自分を偽って、自分の生き方ができない。社会が俺を否定している。俺も社会を否定している。なじもうとはした。そのための努力も出来る限りしたはず。しかし、自分の性格と夢と生き方に反した人生と俺を否定する存在に耐えられない・・・。でも、その中で否が応でも生きなければならない強烈なジレンマ。この世に生を受けた以上課せられた業。その業に気づき身体が拒否反応を示すようになったあの日・・・。否定、苦しみ、毎日がそれの繰り返し。周りから否定され自分も自分を否定し、それでもその考えや行動を許さないプライド。己はなんなのか?何のために生き、何のために死ぬのか?答えの出ないまま浮かぶのは辛いの一文字。楽しい事だけをして生きたいがそれは許されない・・・何故許されない?何故?結局、甘えているだけなのか。誰かに守られ頼らないと生きていけないんだな、俺は。否!違う!それは俺の生き方じゃない!でも、そうであってほしい自分が居る。俺が求めてるのはなんだ?わからない。どうやって生きれば?・・・・・・頭が痛い、自我が壊れる・・・・・・。


「ぐっ!」


 公望は小さなうめき声を上げて目を開けた。目に映るのは天井の壁。頭に手を置くとしばしボーっとその天井を見上げた。時計の針が指すのは、もう朝が過ぎ十一時を回るところ。


「治ったんじゃなかったのか・・・。久しぶりだな、この感じ。仙人界に来てからこんなこと無かったのに。昨日、人間界で遊んだのが悪かったかな?」


 まだ破裂しそうな圧迫感と、もやもやした霧のようなものが掛かった頭を抑えながらゆっくりと身体を起こす。部屋には誰も居ない。自然と、今、頭を駆け巡っていた思考を掴む。

 蔓延したうつ病、パニック障害、その他もろもろの精神疾患。酷くなるストレス社会に耐え切れず増加する心の病。自分も入院したあの日から精神が狂い、薬で無理やり抑える生活。それでも抑えきれずに身体にまで拒否反応が出て食欲は落ち、むしろ吐いたり下痢をし、自分の身体の感覚がわからず意識が朦朧と消えていくそんな毎日。その一日一日を逃げたくて、助けて欲しくて心のどこかで誰かに救いを求めていた。せめて少しでも自分を肯定し理解してくれる相手が欲しかった。


「あの時、師匠が来てやっと救われると思っていたのに。実際、仙人界でこんな感じになったことないのにな」


 公望はまだ治らない頭を必死に抑えながらポツリと呟いた。人間だったときは直ぐに薬で何とかしていたが、仙人界にはその薬は持ってきていない。自らの力で治さないと駄目だと思ったし、現に自力でなんとかしたはずだったのだ。


「辛い」


 そう思ったとき、ふと外で騒がしい声が聞こえるのに気がついた。


「やれやれ、またか」


 重い頭のまま部屋を出て声の聞こえる方に目を向ける。そこには言い争っている花鈴と竜吉が居た。その姿を見て公望は何故か安堵感を覚え、頭が楽になっていくのを感じる。


「だーかーら!私が洗うんです!」


「そちはひっこんでおれ!わらわが綺麗に洗ってあげるのじゃ!」


 竜吉と花鈴は、洗濯籠を地面に置きわいのわいのと騒いでいた。


「これ!何をギャーギャー朝からわめいておるのじゃ?」


 はぁ〜と溜め息をつきながら、公望は二人の下に近寄っていく。


「あ、おはようございます。お師様」


「おはよう、公。相変わらず朝が遅いの」


「おはよう。で、二人は今度は何で争っておる?」


「いえ、お師様の服を洗って差し上げようとしたら竜吉様が口を出してきて」


「口を出すとはなんじゃ。わらわも丁度洗ってあげようとしておった時に花鈴が邪魔をしたのであろう?」


「違いますよ!竜吉様より私の方が先に洗おうとして準備だってしてたじゃないですか!?」


「違う!わらわが先に洗濯板を持ってきたのじゃ!そちは服を持っていただけであろう!!!」


「私は最初から洗うつもりだったんです!」


「わらわだってそうじゃ!」


 二人はまた言い争いを始めた。そこに公望が呆れてストップをかける。


「ち、ちょい待て!そなたらそんな些細な事で争っておったのか?そんな事どちらが洗おうとも良いではないか」


「良くない!」


「良くないです!」


 声を揃えて公望の顔を見てきた二人の勢いに思わず公望はたじろぐ。


「そ、そうなのか?」


「そうです!重大な事なんです!」


「うむ!」


「わ、わかった。では、お互いが満足するまで大いに争ってくれ。わしは少々疲れておるようでな」


 触らぬ神に祟りなし。特にこういう気分のときは遠目にして放置しておくのが良い。公望は苦笑いをしながら早々にその場を離れ、いつもの定位置である縁側に座って昨日買いだめしたタバコを吹かした。二人の姿を見ているとさっき勝手に駆け巡っていた自分の思考が馬鹿らしく思えてくる。まだ完治はしていないが、起きた時より気分は楽だ。


「ある意味二人の存在は、わしの薬か。はたまた病の根源かもな」


 自然と笑みがこぼれる。今日も仙人界は平和そうだと思った矢先に連絡用宝貝が鳴った。


「もしもし?」


「公望か?わしじゃ、直ぐに来い」


「師匠?用件は?」


「来てから話す」


 ブチっと連絡が途切れた。なにやら大老君は機嫌が悪いらしい。


「二人とも。すまぬが師匠から呼び出しを受けた。今から行ってくるゆえ」


「はい、行ってらっしゃいませ」


「行ってらっしゃい」


「あ、竜吉様。目を放した隙に何勝手に洗おうとしてるんですか!?」


 二人の騒がしい声を尻目に公望は風麒麟の元に行くと蓬莱山まで連れて行ってもらった。部屋をノックすると中から「入れ」と声が聞こえ公望は中に入っていく。


「なんの用ですか?」


「何故呼び出したかは、言わずとも分かっておるであろう?」


「・・・はぁ〜、人間界に遊びに行った事ですか」


「うむ」


「いけませんでしか?」


 いけしゃーしゃーと言う公望に大老君は低い声で叱咤する。


「当たり前じゃ!今までは、おぬしは勝手に人間界に行く事があっても遊びに行くわけでもないし誰かと接触する様な事もなく、ただ人間界の様子を見に行っておるだけじゃったからわしも眼を瞑っておったが。おぬし一人ならいざ知らず、竜吉や花鈴まで連れて遊びに行くなぞ何事か!」


「良いじゃないですか別に。何かさしたる問題がある訳でもないでしょう?」


「大いにある!おぬし一人ならわしもフォローが出来るが、竜吉と花鈴が勝手に行った事にはさすがに由々しき問題じゃ。これを放置しておけば他の仙人達まで勝手に行って良いものかと勘違いしていずれ人間界に関与をすることになるやもしれん。唯でさえおぬしの勝手な行動により掟を破っても良いと言う風潮が漂っておると言うのに」


「で、結論は?」


 面倒臭そうに公望は頭をかくと、さっさと言いたい事を言えと大老君を促した。


「当然に罰を受けてもらう。無論三人ともじゃ」


「竜吉と花鈴は罰を受ける必要はありません」


「何故じゃ?」


「私が社会勉強としてむ・り・や・り!連れて行ったからです。咎は私に全てあります」


 無理やりの部分を強調する。


「ほぉ〜、あくまで二人は無理やり連れて行かれたというのじゃな?」


「ええ、無理やりです」


「ふーん」


 大老君は長い髭を撫でて少し考えているようだ。そこに心を見透かしたかのように公望が言い放つ。


「罰を受けるのは私一人で十分です。どうせあれでしょ?掟を破るとどうなるか仙人や道士に見せ付けてしっかり守らせるための口実でしょ?」


「それが分かっているなら素直に罰を受けるということじゃな?二人の分も背負う事になるから相当重い罰じゃぞ?」


「そんなこと言わなくとも、重い罰じゃないと今の仙人達に効果が出ない事くらい分かっていますよ」


「・・・おぬし、わざと人間界に行ったな?」


「さあ、なんのことやら。私は日頃のストレス解消に遊びに行っただけですよ」


 平然とした態度で公望は言い、大老君は少し笑った。


「相変わらず喰えぬ奴め。まあ良い。では早々に皆に通達して皆の目の前で公式に罰を執り行う。おぬしはそれまでここで待機しておれ」


「はい」


 公望は大人しく指示に従い椅子に座ると大老君は白桜童子を呼び出し、直ぐに仙人界に住まう者全員に公望の罰を執り行う事を知らせに行かせた。

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