公望、人間界に遊びに行く(中)
「お師様!起きてください!今日てぃふぁにーらんどに行くんでしょ!!!」
「ふぁ〜あっと!」
花鈴に急かされ朝も早くから公望は目を覚ました。正直まだ眠い。
「今何時じゃ?」
眠い眼をこすりながら、人間界から持ってきていた机においてある時計をちらりとみると時計の針は五時を指していた。花鈴は早く行きたいようで今か今かと待ちわびている。
「か、花鈴。楽しみにしているのは良いが、ちと早すぎるぞ。今から行ってもティファニーランドはやっておらん。開園は十時からなんじゃ」
「えー!?そうなんですか?」
「そう。じゃから、もう少し寝ていようではないか」
「私、わくわくしちゃって寝れませんよ!」
まだ寝たり無い公望に対しばっちり目を覚まして興奮気味の花鈴は、どうしようと困った表情をした。
「うーん。しょうがないのぉ〜。やれやれ、起きるとするか。しかし花鈴。こんなに最初から飛ばしておっては今日一日もたんぞ?ティファニーランドは、広いからの」
「大丈夫です!」
「はぁ、まあ良い。とりあえず時間が余るゆえ、どんなところか参考程度にあれを渡しておくか。どこにやったかのぉ」
頭をかきつつ公望は書類棚の方に向かい、なにやらごそごそと探している。
「お、あったあった。ほれ花鈴、これでも見ておれ」
「なんですこれ?」
「パンフレットじゃよ。それにティファニーランドの詳しい事が書いてあるから読んでみるといい」
「え、でもお師様。私この文字読めません」
「あー、そうかそうか。じゃ、ちょっと待て。今、仙人文字に翻訳してやる」
公望は筆を取ると、あっという間に仙人文字に翻訳して花鈴に渡してやった。花鈴は興味津々に翻訳されたパンフレットを読み始める。
「さてと・・・」
部屋から外に出て何時もの様に縁側に座って寝起きの一服を吸おうとした公望に、見計らったかの如く竜吉が部屋から出てきて声をかけてきた。
「おはよう、公」
「おはよう。なんじゃ、そなたも早いな?そなたも花鈴と一緒で寝付けない口じゃったか?」
「いや、わらわは別に寝ずとも良いのでな。軽く横になっておっただけ。それより、公の方こそ早いではないか?」
「うむ。花鈴に無理やり起こされた」
ふぅ〜っと煙をはきつつ、ちょっとぼやいてみたりもする。竜吉はくすくす笑って公望の横に座った。
「で、当の花鈴は?」
「ん〜?部屋でパンフレットを読んでおるよ」
「パンフレット?・・・確か、資料みたいなものだったか?」
「そう」
「ふ〜ん。ところで公。ティファニーランドには何時頃出かけるのじゃ?」
「開園が十時じゃから、一時間前には行っておればよかろう」
「十時というと、冥王星の刻か。まだ時間はあるの」
「うむ。もう少し寝ていたかったのじゃがな。まあ、良いわ」
公望はあくびをしてまたキセルをふかす。そうしてまったりと竜吉と話をしている内に時間はあっという間に経ち、八時半を回った頃、公望は別室に行き服を持って戻ってきた。
「そなたはこれに着替えてくれ。かりーん!そなたも服を用意したから着替えてくれ!」
自室に向かって大声で中に居る花鈴に声をかけた。中から元気の良い返事が返ってきて花鈴が顔を出す。
「公、何故着替えなければならん?」
不思議そうに服を受け取りながら竜吉は尋ねてきた。
「人間界には人間界の社会があって、時代や国、流行によって着る服が違う。今のわしらの格好はアメリカでは不適合で変な格好として見られるからじゃ」
「なるほどの」
「さて、わしも着替えるとするか」
花鈴と竜吉の二人は服を受け取ると自室に戻っていった。公望も自室に行き人間界での服装に着替える。黒のジーパンに、ラブアンドピースと英語でロゴの描かれた紺色のTシャツ、そして若干長めの春物のコートを羽織りサングラスをかけた。鏡の前で髪型をセットして鉢巻をバンダナに変えると自分の格好の確認をし、部屋を出る。竜吉と花鈴は既に着替えが終わり庭で待機していた。花鈴は可愛らしい薄ピンク色のワンピースで、竜吉の方は青っぽい黒色のロングスカートに白色の長袖でシックに着こなしている。本当に二人とも似合いすぎる程に可愛らしく綺麗に着こなしていた。
「二人ともよく似合っておるな。さすがに容姿が良い者は何を着ても似合う」
公望は感心した様に二人を褒めたのに対し、花鈴も竜吉もいつもと違う公望の姿に見とれてしまった。
「お師様、かっこいいですよ!」
「そ、そうか?そんなこと言われたのは、家族以外では初めてじゃ」
「公、わらわも本当にかっこいいと思うぞ」
「あ、ありがとう。と、とりあえず、そろそろ行くとするか」
自分の容姿に対して生まれて初めて言われた他人の女性からの称賛に戸惑い照れつつ、二人の下に歩み寄っていった。
「あ、そういえばお師様。竜吉様を人間界にお連れしても大丈夫なんですか?竜吉様って確か人間界の空気は毒なんじゃ・・・」
「わらわは一日くらいなら問題ないぞ?若干気持ちが悪くなるやもしれぬが」
「その辺は問題ない。わしと共に居れば周りの空気は浄化できる。一緒に行動している分には大丈夫じゃよ」
「そうですか。じゃあ、早速行きましょう!」
「では、行くか」
公望がそう言うと、三人は庭から忽然と姿を消した。次の瞬間三人の目に飛び込んできたのは近代的建物が立ち並び、溢れんばかりの人で埋め尽くされたティファニーランドの入り口前広場だった。
「な、何この人の多さ!それに見たことない建物ばっかり!!!」
花鈴は初めて見るアメリカの光景と人の数に驚き、辺りをきょろきょろ見渡している。竜吉もさすがにびっくりしたようで、ポカーンっと立ち尽くしていた。
「あ〜、そうだった。今日はニューヨークの休日だったんだ。しかも天気も気温もすこぶる良好で絶好の行楽日和。これだけ人が集まっても当たり前か・・・。忘れてたわ。こんなことなら明日にしとけば良かったかなぁ。まぁいいや一日あれば全部回れるだろ。とりあえず二人とも迷子にだけはならないようにね」
「はーい!」
今にも子供のように飛び出していきそうな花鈴とカルチャーショックを受けている竜吉に人間だった時の言葉に戻して注意を投げかけた。
「えーと、並ぶ列の最後尾はと・・・。あ、あっちだ。ほら二人とも行くよ」
三人は長い行列の中に加わると開園の時間まで待つことにした。途中公望はタバコの自動販売機を見つけ、人間だった時に愛煙していたタバコを買って早速おいしそうに吸っている。公望は暇な時のタバコの一服が好きなのだ。何故かタバコの吸っている姿が良く似合い、ダンディさをかもしだしてしまう。友達や先輩にも昔、自分ほどタバコが似合う人はそう居ないだろうと言われていたものだ。一方の花鈴達は花鈴が持ってきたパンフレットをお互い見合い、ここに行きたいだのなんだのと和気藹々と話しながら今か今かと開園を待っている。
「はぁ、休日の遊園地になんてくるものじゃない。待ち時間が長い!」
公望はぼやきつつ、ようやく動き出した行列に沿って歩いていく。
「一日券、大人三枚下さい」
「お支払いは現金ですか?」
「いえ、カードで」
「かしこまりました。こちら大人一日券三枚です」
チケット売り場で英語で話しチケットを買うと二人に手渡した。そしてとうとう待ち焦がれた入園である。
「で、お二人さん。回る順番計画は立ったのかな?」
「はい!まず、ここに行きたいです!それで、順番に回っていこうかと」
「早速ジェットコースターか。ま、人気が有るのを先に落としておいた方が待たなくて良いな。じゃ、行くか」
ジェットコースターって何かと言われ、体験すれば分かると返事を返すと三人は向かっていった。最初に来ただけあって比較的空いていたので早々と乗ることができる。花鈴も竜吉も初めて乗る乗り物に緊張と期待で鼓動が強くなる。シートが付けられるとその鼓動はより早く強く打たれた。ジェットコースターはゆっくりと空に向かって一直線に上っていく。そして最高点に来た瞬間、ほぼ垂直のレールを物凄い勢いで落ちていく。ティファニーランドの売りはどの絶叫系アトラクションも世界最高の高さと激しさを誇るところであり、もちろん足置き場などない。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
花鈴も竜吉も割れんばかりの声を張り上げ叫んでいる。しかしそれは楽しい的な叫びであり、さすがに怖いとは思わない様だ。
「お疲れ様でしたー!」
元気な声で係員が戻ってきた客達に声を掛け、手馴れた様子で出口へと誘導している。
「おもしろかったぁー!次ぎ行きましょ!次!!!」
「うむ!行くぞ行くぞ!」
花鈴も竜吉もすこぶる気に入ったようで、必死に乱れた髪を直している公望を急かして次のアトラクションへと早足で向かった。
「ね、ねぇ、もうちょっとゆっくり行かない?」
花鈴と竜吉は次から次へとアトラクションを体験していく。世界最高峰のバンジージャンプだったり世界一高い位置にあるフリーフォールだっだり東京ディズニーランドのスプラッシュマウンテンを何倍にも激しくした乗り物だったり時速200キロは有に出るゴーカートだったりと、ありとあらゆる存在する絶叫系の区域を網羅している二人に対しもう疲れてしまった公望は提案を持ち掛けたがあっけなく却下された。
「嫌ですよ!こんなに楽しいの初めてですもん!」
「そうじゃ!のんびりしていては他の人に先を越されて待ち時間が長くなるであろう!?」
子供のように興奮している二人は、一度と言わず一日に二度も三度も回りたいと言って凄い速さで回ろうとするのだ。
「そりゃ、確かに早い方が混まないし人気のあるアトラクションはお昼にはもう乗れないほどに待ち時間は長くなるけど・・・」
「ですから、早く回っちゃいましょうよ!こんなに広いんですから、もたもたしていたら回りきれませんよ!私、一回だけとか嫌です!!!」
「わらわもじゃ!ほら、公!行くぞ!!!」
「はぁ、はいはい」
二人に手を引っ張られ公望は、もうされるがまま。こうなっては自分も楽しまないと損だと割り切り心を切り替え二人のペースに付いて行った。