公望、人間界に遊びに行く(上)
「うーん。困ったなぁ」
花鈴は、ジュニアに乗りながら頭を抱えていた。
「どうなさったんです?マスター?」
ジュニアは仕切りにうんうん唸っている花鈴に心配そうに声を掛ける。
「んー、ちょっとね。お師様の事で」
「公望様がどうかしたんですか?」
「ん〜」
花鈴はジュニアの問いに答えず頭をわしゃわしゃと触る。
何を悩んでいるかといえば、竜吉の存在であるのだ。竜吉が来て早数日経とうとしているが、その間自分が思っていた通りに事が進まないのだった。何とか公望にモーションを掛けようとするのだが何かに付けて竜吉が対抗してくるため、本来の目的から外れてしまっている気がする。
元々負けず嫌いな花鈴は、対抗されるとそっちの勝負に勝つ事に意識が行き公望の事を考えている余裕が無くなってしまっていた。よくよく考えると自分のやっていることは、逆に公望に迷惑を掛けているのではと思われる。そしてそういう状態が正直楽しいものでもない。それでなんとか自分も公望も楽しくなる手段をこうして考えているのだった。
「駄目だ〜。さっぱりわかんない。竜吉様とは仲良くしつつ且お師様に振り向いて貰うには、なんかもっとお互いが楽しくやらないと。やっぱり竜吉様の存在は大きいなぁ。仙人界には娯楽がないから、何か遊べるところとかでもあればお師様も喜んで下る気がするんだど・・・。まず自分が楽しくできないとねぇ〜」
そんな事をぶつぶつと呟きながらジュニアの背中を見つめ仙人界をふらふら漂っていると、いきなり顔に紙が覆いかぶさってきた。
「わわ!なになに!?」
急に視界が遮られ、思わずジュニアの背中から落ちそうになりつつなんとか紙を顔から剥がす。
「もう!何!?」
八つ当たり的に紙を投げようとしたが、その手が止まる。ちらっと見た紙に興味が惹かれたのだ。まじまじとその紙を見てみる。そこには色鮮やかな光景が広がっていて、綺麗な絵や可愛いキャラクター達が描かれている。文字は見た事のないものだったので読めなかったが、描かれている絵だけで思わず楽しくなるような場所であった。
「これだー!」
花鈴はまるで宝の地図を手にしたかの如く喜んで早速公望の家に戻って行った。
「のぉ、そなたは花鈴と何を競っておるのじゃ?」
さて公望家では公望と竜吉が茶を飲みながら話しをしている。最近の竜吉と花鈴とのやり取りを見ていた公望が、あまりに競い合っている二人に興味を持ったのだ。というより、対外その競い合いで被る被害者が公望だったので関心を持たざる得なかったのである。
「そ・れ・は」
「それは?」
「秘密じゃ。花鈴とわらわの問題なのじゃよ」
にこにこと竜吉は、公望との会話を楽しんでいる。久しぶりに二人きりになれたのが嬉しいらしい。
「秘密ねぇ。まぁ、わしも秘密主義じゃから文句は言わんが・・・。それに何かと巻き込まれているわしの事を考えてくれ」
公望は、ハァーっと溜め息を付く。
「そちが愚鈍だから悪いのじゃ」
竜吉は現状を楽しんでいるらしく態度を改める気は無いようだ。
「そう言えば、もうすぐバンドの練習日じゃな」
「そうじゃよ。わしは楽しみじゃ。泰然達がどの様な曲を作ってくるか・・・。考えただけでわくわくする」
「わらわも早く軽音楽とやらを歌ってみたいの」
「うんうん。竜吉もやる気があるのは良いことじゃ」
公望も竜吉とは別の思惑で、にこにこしながら茶を啜る。そしてふと思い出したかの様に言葉を出した。
「それにしても、花鈴は何処に行ったのかの?散歩してくるとか言っておったが、散歩にしてはちと長すぎる気がする。何か問題でもあったか?」
「公、花鈴の事は良いではないか。あの子は十分出来る道士。いや、もう仙人として扱っても良いくらいじゃ。何かあっても自分で対応できるじゃろ?それより、折角久しぶりに二人きりになったんだから今のこの時間を楽しもうぞ」
竜吉は少しむっとして言葉を発した。公望はそれに気づかず空を見て話を続ける。
「ん〜、しかしの。なんのかんの言っても可愛い弟子じゃからな。実力はあるとは言え、やはり師匠としては心配じゃな。まあ、平穏な仙人界で何か問題があるとは思わんが・・・」
「公!」
「な、なんじゃ?」
いきなり大声で竜吉に呼ばれてびっくりして返事をした。竜吉を見ると少し不機嫌な顔をしている。それを見て何か悪い事でも言ったのかとまた公望は悩んだ。
竜吉の方は貴重な二人きりの時間にまで花鈴が話題に上がり、公望が気にするものだから嫉妬したのだ。竜吉は公望家に来てから纏っていた殻を破ったかの如く、素直に感情を出すようになっていた。
「公、そちは今誰と話しをしている?」
「え、竜吉とじゃが」
「だったら、話のときぐらいわらわを見て話をしてくれ。相手の目を見て話をせず、他の事を考えるなぞ相手に失礼じゃぞ?」
「あ、ああ。そうじゃな。すまぬ」
竜吉のもっともらしい発言に言いくるめられて、公望は改めて竜吉の顔をじっと見つめた。しかしその視線に、言った本人の竜吉がドキ!っとして思わず目を逸らしてどぎまぎしてしまう。
「あ、いや、だからと言ってそんな見つめられても・・・」
「どないせいっちゅうじゃ・・・」
戸惑う竜吉に呆れて公望が溜め息をついた。そんな矢先に元気な声が公望邸に響き渡った。
「お師様ぁ!!!」
「ん?花鈴がようやく帰ってきたか」
部屋を出て入り口を見ると、一目散に紙を手に持ってそれを振りながら走ってくる花鈴がいた。
「そんなに急いでどうした、花鈴?」
「はい!お師様!ここに行きましょう!!!」
花鈴はバッ!と持っていた紙を公望に見せつけた。公望は紙を受け取るとそれを読んで見る。
「なんじゃ、ティファニーランドではないか」
「お師様、ご存知なんですか?」
「うむ。知っておるが。花鈴はここに行きたいのか?」
「はい!お師様とここに行ってみたいです!」
「ふむ」
「なんぞやなんぞや?」
しばし考えている公望のもとに気になって竜吉もやってきた。公望は無言で竜吉に紙を渡す。
「ふーん、ティファニーランドとか言う所か。なにやら楽しそうじゃの」
まじまじと竜吉もその紙を見た。
「でしょ!?ですから、私もそのてほにーらんどとか言う所に行ってみたくて」
「てほにーではない。てぃ・ふぁ・にー」
公望が訂正する。
「あ、はい。その、て、てぃ・・・ふぁ・・・にーにとにかくお師様と行きたいんです」
「うーん」
「公、ここはどういうところなのじゃ?」
「んん?一大テーマパーク。様々な娯楽要素、遊園地だったりショッピング、つまり買い物できる店が立ち並ぶ大人から子供まで楽しめる遊び場であり、その紙に書いてあるようにデートスポットでもあるのじゃ。まあ、行った事があるが間違いなく楽しい所ではある」
「ほぅ!」
デートスポットと聞き竜吉も目を輝かせた。
「へー、そんな場所だったんですか」
感心して聞いている花鈴に公望は片方の方を落とす。
「そ、そなた、ここがどういう場所かも知らずに行きたいとか言っておったのか?」
「え、はい!唯紙を見ていたら綺麗で楽しそうな場所だなと思って!」
「・・・これがラブホとかのチラシじゃったらどうするつもりじゃったのじゃ・・・」
公望は呆れてぼそっと呟いたがどうやら花鈴には聞こえていたらしい。ラブホの事が気になって聞き返してきた。
「らぶほってなんです?」
「いや、知らなくても良い。まぁとにかく、ここに花鈴は行きたいのじゃな?」
きょとんとして聞き返してくる愛弟子にゴホンゴホンと咳払いをして話を逸らし本題に戻した。
「はい!」
「公!わらわも行きたいぞ!」
竜吉も両腕を上げ、胸の辺りで拳を握り締めている。
「うーむ。行くのは構わんが、これは人間界のチラシ。つまりティファニーランドは人間界のアメリカと言う国にあるのじゃよ」
「え!?そうなんですか???」
「うむ」
それを聞いて花鈴は心底がっかりした。仙人は人間界には降りられない。くどいようだがスカウト以外で人間界に降りるのは掟で禁止されている。
「・・・じゃあ、駄目ですね。折角良い場所見つけたと思ったのに。人間界じゃしょうがないですね・・・」
落ち込んだ花鈴を見て公望は決意した。腰に手を当て大きな声で言う。
「よし!行くか!!!」
「え?」
「いや、良い機会じゃしな。花鈴から何処かに行きたいと誘ってくるなぞ珍しいし、わしも久しぶりに行きたいしの」
公望も暇つぶしと最近の二人のごたごたの疲れを吹き飛ばしたくて行く事にしたのだ。
「で、でも掟は?」
「そうじゃぞ?公」
二人が心配そうに聞いてくる。しかし公望はそれを、何を今更と言う感じの態度で受け流した。
「そんなもの守るわしだと思うか?前にも言ったが、掟は人に迷惑をかけねば些細な事なら破っても問題はおきん。わしらが人間界に降り立って誰が迷惑を被る?こう言った状況ではばれなければ一日ぐらい問題ないじゃろ」
「い、良いんですか?お師様?」
「問題なしじゃ!何かあればわしが責任持って何とかするゆえ。二人が行きたがっているならそれを最優先にしなければの。見聞を広めるには持って来いじゃし、第一わしも見たら行きたくなったから!」
「やったー!」
花鈴は公望も行きたいと言ってくれた事もあって手を上げて、はしゃぐほど喜んだ。竜吉も珍しく花鈴と二人でキャッキャと騒ぎ嬉しそうである。
「よし!では、人間界に行くにはそれ相応の準備が必要じゃし、今から行っても全部は回りきれないから明日朝一で行く事にしよう」
「はーい!」
こうして公望達は内緒で人間界に降り立つ事にしたのである。