公望、これからどうなるの?(作者の疑問)
「というわけじゃ。引き受けてくれるか?」
「え?何をじゃ??」
花鈴の事と自分の事と公望のあまりの鈍さに頭を悩ませていた竜吉は公望の話を全く聞いていなかった。呆れて公望がもう一度簡略に説明した。
「じゃから、わしはライブをやりたいと思っておってバンドメンバーを集めておる。ベースとギターは見つかったが肝心のボーカルがおらん。そこで、仙人界一の歌姫であるそなたにそのボーカルをやってほしいと言っておるのじゃ」
「あ、ああ。そうか。それは構わぬが・・・。ボーカルとかライブってなんじゃ?」
「あのな、そなた何を聞いておったのじゃ。ライブとはそなたが開いておる歌会みたいなもの。ボーカルは歌い手のことじゃ。今までは歌会でそなた一人ソロで活動しておったが、それをバンド形式。つまり仲間と共に音楽を作り上げてやろうと言っておるのじゃ」
「それは、公と一緒にそのライブというものをやるという事か?」
「そうじゃ」
「うむ。それなら良いぞ。ボーカルとやら引き受けた」
竜吉は公望と一緒に出来ると聞いて快く承諾した。公望もそれを聞いて安心する。
「よかったわい。ボーカルはバンドの華じゃからな。そなたなら打って付けじゃと思ったのじゃ。泰然、奇勝もそなたなら文句はあるまい」
「ん?泰然、奇勝ともやるのか?」
「そうじゃよ。バンドとは基本的にボーカル、ギター、ベース、ドラムで成り立つ。ギターは泰然、ベースは奇勝、ドラムはわしがやる。わしら三人は人間じゃった時、音楽経験があるからの。何か問題があるか?」
「いや、ないぞ。公がおるなら別にわらわは他が誰であろうと構わん」
「ふむ。わしの用件はそれだけじゃ。あ、そうそう、ついでじゃ。花鈴にも聞いておかねば」
公望はまだ泣き続けている花鈴の傍に近寄った。
「さて、花鈴。何をまだ泣いておる?そなたにも頼みたいことがあるのじゃが、聞いてはくれぬか?」
膝の上で握り締めている花鈴の拳を優しくそっと握ると、首をかしげうつむいている花鈴の顔を下から覗き込んだ。花鈴は目を合わせ様としない。公望はじっと見て静かに柔らかく言う。
「実はの、聞こえておったと思うがそなたにもボーカルを頼みたい。竜吉と花鈴のツインボーカルでバンドを組みたいと思っておるのじゃ。どうじゃろ?わしと共に音楽をやらぬか?」
「ん?公。花鈴にもボーカルをやらせるのか?」
「うむ。そなた一人でも十分すぎる程、華はあるし歌唱力も問題ないのじゃが、わしは欲張りでの。もう一花バンドに欲しいのじゃ。それに以前花鈴の歌を聞いたとき、そなたの歌声とすばらしくシンクロしておっての。二人で歌えば、すばらしいハモリになる」
「ほぉ。まぁ、確かに花鈴は容姿同様可愛らしい声をしておるからな。なんとなく歌声も想像ができる。悪くはないの」
「じゃろ?ということでじゃ。どうじゃ花鈴?やってはくれぬか?」
「・・・・・・」
花鈴は黙ってうつむいたままである。公望は辛抱強く花鈴の言葉を待った。花鈴は涙をぬぐうと、か細い声で公望の質問とは全く関係のない質問で言葉を発する。
「お師様。お師様は師弟間での恋愛が仙人界で禁止されているとご存知だったのですか?」
「んん?そうじゃが、それがどうかしたか?」
この質問に不思議そうに公望は答える。
「何故そのことを私に教えてくださらなかったのですか?」
「いや、教える必要はなかろう。知ってなんになる?そもそも師弟とは家族の様なもの。恋愛感情なんて芽生えんからな。わしも仙人界に来てまだ日が浅いとはいえ、その様な話聞いた事もない。むしろ師匠が弟子に、弟子が師匠に、恋をするなぞということはありえないものとして考えられておる故、仙人界の掟でもはっきりと明言はされておらん。暗黙の了解なんじゃ。じゃから、わしも別にその掟を教える必要はないと思ったのじゃが、いけんかったか?」
「・・・うぅ・・・ぅ」
花鈴の目からぬぐって消したはずの涙がまた溢れてきた。それを見て公望もおろおろしだした。
「え?え?わし、何か悪い事言ったか???」
困って竜吉の方を見るが竜吉は呆れて溜め息をつくだけだ。
「す、すまん。立派な仙人になるのが夢であるそなたに、仙人界の事すべてをしっかり教えてやらなかったことはわしの責任じゃ。あの、これからはきちんと教える故に。その・・・泣くでない」
「公、そういう問題ではないぞ。ほんに花鈴が哀れじゃ」
「あ、え、そ、そりゃ、わしは師匠として駄目かもしれんが、それは、花鈴だって了承してわしの弟子になったんだぞ?わしは、わしの教え方で・・・」
「そうではない!」
「???」
全く意味が解らないといった感じで公望は縮こまっていった。なにやら空気が痛い。どうやら自分が悪いということだけは理解したが、何が悪かったのかさっぱり見当もつかず、眉をしかめる。
「公、そちはもう少し乙女心と言うものを理解せい。そのせいでわらわもどれだけ苦労していることか」
「そうは言っても、わしだって人の心が読めるわけではない。はっきりものを言ってくれねばわからぬ」
「はっきり言わずともなんとなく空気でわかるじゃろ?あれだけわらわも花鈴も雰囲気をかもしだしているのだから、空気を読め」
「読んどるわい。とりあえずわしに非があって責められておることくらい解っておる」
「では、花鈴の事もわらわの事も解るであろう?」
「これ以上何を解れと言う?花鈴については、立派な仙人になる夢と好きな相手と結ばれる様に精一杯協力しているし、そなたには師匠にこき使われ自由が束縛されて辛いじゃろうと思い、無理だって聞いているし、師匠にも何度も直訴しておる。わしはわしなりにそなたらの事に気を使っておるぞ」
「そうじゃなくてな・・・」
はぁ〜とまた大きく竜吉は溜め息をついた。公望の鈍さには本当困らされる。それ以外については良い人なんじゃがと竜吉はつくづく思った。その竜吉と公望の会話に花鈴がやっと口を挟んでくる。
「お師様」
「なんじゃ?」
「お師様はその掟についてどう思われているのですか?」
「どうって。そんな掟守る必要なんてなかろう。わしは少なくともそんな掟はなくすべきじゃと考えておるが」
それを聞いてようやく花鈴が顔を上げた。
「ど、どうしてですか?」
「じゃって、掟というものは、それを破ると自分以外の他人や社会に迷惑なり悪影響を与えるために定めるもの。掟の根源は道徳にある。道徳さえ心得、行動しておればそもそも掟を定める必要なんてないのじゃ。しかし、人というのは人間であれ仙人であれ神人であれ過ちは犯す。感情や複雑な思考を持ち社会を形成している以上、誰かを傷つけてしまったり、殺めてしまったりと、放置すればその社会になんらかの大なり小なり損害を与えてしまうような事を未然に防ぐために掟とは定めるのじゃぞ。決して個人の自由意思を束縛するために有る訳ではない。まあ、掟について語りだしたらどれだけあっても話が止まらんから、追々話していくとして、その事を考えると恋愛なんぞもろに自由意志ではないか。しかも誰かが誰かを好きになるというのは生き物の本能、本質の部分に当たる。それを掟で縛って禁止してどうするのじゃ。恋愛において師弟関係じゃとか人種の違いとか性別の違いとか歳の差とか様々な要因なぞ関係ない。好きになったらどうしようもない。お互い好いてしまったら尚の事。その社会において倫理的に問題があっても、それを束縛して良い者なぞこの世におらん。というかおってはならん。誰かを好きになり付き合って、結婚して、それが社会や周りの他人に迷惑を与えるか?そりゃ、嫉妬したりする相手、羨み妬む相手はおっても、人の自然な感情じゃろ?自分が迷惑をかけたわけではない。恋愛に限らずその点の理屈を誤解しておる者が多数おるが、むしろそっちの方が由々しき問題じゃ。人が快適に安全且つ幸せに暮らすために掟を定めるのに、逆に束縛して苦痛を与えてどうする。本末転倒じゃ」
「じ、じゃあ、お師様はその掟については反対なんですね!」
「反対も何もわしの美学的理論に基づけば守るつもりなぞさらさらないわ。まあ、それはわしの個人の理屈じゃから、他の者はどうかは知らん。しかし、どう考えてもその掟はおかしい。師匠は何を考えて定めたのか?じゃから、阿呆じゃと言うんじゃ。仙人界のトップがそれで良く今まで平和じゃったのか不思議でならん。花鈴には先日師匠の愚痴を言ったばかりではないか。あやつはおかしいんじゃ」
「でも、掟である以上、破ったら厳罰を受けるのでしょう?」
「じゃから、そんなものは知らんと言っておるではないか。その掟を破って厳罰を受けるなぞくそ喰らえじゃ。むしろ定めたあいつが罰を受けろ。わしは、厳罰を受けるつもりも、掟を守るつもりもない。社会と他人に迷惑さえかけなければ何をして、何を思おうと個人の勝手じゃ。わしは、仙人界に来てからずっとその美学に基づいて動いておる。その美学がわしの掟。唯一わしを縛る事のできるもの。もし仮にじゃぞ、そなたの姉の花憐が師匠である大乙に恋をする、あるいはその逆でも良い。それで気持ちを伝えて両想いになったとしよう。そこでくそじじいが、掟破りじゃ、厳罰じゃなぞ言ってきたら、わしは断固として抗議するぞ。場合によっては個人の尊厳を守るため実力行使にも出て本気でくそじじいとやりあう。・・・・・・潰すよ?冗談抜きで」
最後の言葉を冷たい本気の口調で付け加えた。その言葉が公望の本当の本気であると感じた花鈴は急にパッと明るい笑顔を向けた。声も元気になる。
「そうですよね!そもそもその掟自体がおかしいんですよね!お師様の言う通り、守る必要も罰を受ける理由もない!!!」
「そうじゃ。そんなもの普通に考えれば誰だっておかしいと思うじゃろ?恋愛は個人の個人の問題であり、好きにすれば良い」
「うんうん!」
「じゃが、わしの言っている理論はあくまで他人や社会に迷惑及び悪影響を与えない範囲でじゃぞ?その辺はきちんと線を引かねばならん。賢いそなたなら解るであろう?まあ、法律、つまり掟については長話になるので、今後教えていってやろう」
「はい!もちろん解ってます!」
花鈴は先ほどと打って変わって、もう満面の笑顔を浮かべうれしそうに返事をした。
「でじゃな、話は本題に戻るが、そなたはわしと共に音楽をやらぬか?」
「ぼーかるって歌い手でしたよね?」
「うむ」
「お師様とやれるんですよね?」
「うむ。やってもらいたいなと思っておる。まあ、嫌なら無理強いはせぬが・・・」
「いえ!喜んでやらせていただきます!私歌うの好きですし!!!」
凄い気迫で返事をしてきたので、それに気圧され少しびっくりしつつ公望は良かったと思った。
「では、用も済んだし帰るかの。竜吉の話は終わったのか?」
「え、あ、うむ。わらわの用は済んだが・・・」
「だが・・・なんじゃ?」
しばし無言で考えた後、竜吉は恐る恐る公望に聞く。
「の、のう、公。そのバンドとしてこれから共にやっていくのじゃよな?」
「そうじゃが?」
「だったら、わらわもそちと共に暮らしては駄目かの?」
「ん?」
「いや!ほら!バンドについて詳しくはわからぬが、練習とかもしなければならんのじゃろ?わらわがここに居ては、いつまで経っても大老君に縛られてなかなか自由が効かん。練習の参加にだって出来るかどうか。それでは、他の者達にも迷惑が掛かってしまうじゃろ?それに、公も言っておったではないか、大老君からわらわを自由にしてくれるように直訴しておると。だったら良い機会じゃから、この際わらわも自由に生きようかと思って」
「仕事はどうする?」
「仕事は、別にやることはない。十二仙が形になりしっかりと役目を果たしておるのでわらわがやることは滅多な事がない限りほとんどないのじゃ。やる事といったら極々たまにある歌会だけ」
「ふむ、そうか・・・。そうじゃな。歌会もライブで代わりになるし、仕事がないならこれ以上そなたの自由意思を束縛する必要はないの。なら、好きにすれば良い。わしの家で暮らそうが、どこか別で一人で暮らそうがそなたの勝手じゃ。わしの方は問題ないし、もし師匠から何か言われればわしがなんとか言いくるめる故」
「じゃあ、そちの家で暮らしても良いのか!?」
「うむ」
公望の返答に竜吉もまた花鈴と同様パッと顔が明るくなり笑顔を見せた。
「さてと、帰るか」
公望はさっさと部屋を出て行く。花鈴と竜吉は揃って後についていった。帰りがけ、花鈴は竜吉の方を見ると竜吉は見上げる花鈴にニヤリと笑った。花鈴はムッとしてお互いまた睨み合い火花を散らし合う。後ろでそんな事が行われているとも露知らず、公望はのんびりとしながら泰然と奇勝に連絡を入れていた。