女性のバトル!!!
いつもと変わらぬある日の朝、公望の家に竜吉の世話役である李菜がやってきた。出迎えた花鈴となにやら話をしている。その光景を縁側から見ていた公望の元に花鈴が駆け寄ってきた。
「お師様。ちょっと出かけてきます。竜吉様が私に用があるそうなので」
「ん?そうか、じゃったらついでに竜吉を連れてきてくれないか。わしも話があるのじゃ」
「わかりました。では行って参ります」
花鈴は礼儀正しく返事をし李菜の後について行った。
「竜吉の方から花鈴に用とは、また珍しい事もあるものじゃな」
そんな事を思いつつ日々変わらぬ一日を過ごそうと縁側に寝そべって転寝を始めた。花鈴は李菜の後ろについていき竜吉の部屋へと向かった。
「竜吉様、花鈴を連れて参りました」
「うむ、通せ」
部屋の中から竜吉の声が聞こえ、李菜は静かに戸を開けた。花鈴は少し緊張した面持ちで中に入る。
「李菜はもう良い。ご苦労じゃった。下がって良いぞ」
「はい」
竜吉の世話役をやっているだけあって李菜は物腰が静かで、楚々として部屋を出ていった。花鈴も李菜の雰囲気に影響されて、自然と気が引き締まり余計に緊張してしまう。竜吉とは以前共に暮らしていたとは言え、それは公望が側にいたし相談をしに行った時も公望を通して話が出来たのだ。こうやって直に自分一人呼び出されて何があったのかと緊張するのも当然である。
「竜吉様、お呼びにより花鈴参りました」
「・・・・・・」
竜吉は無言で花鈴を見て返事をしない。花鈴は益々緊張して姿勢を正す。竜吉はなにやら機嫌が悪いようである。
「わ、私に話というのは何用でございましょう?」
「・・・まぁ、座りなさい」
促された椅子に座り、竜吉が話をするのを待つ。竜吉はただ花鈴をじっと見ては何か考え込んでいる感じだった。しばらく痛い空気の中、竜吉がやっと口を開いた。
「花鈴、そちはまだ仙人になっておらんそうじゃな」
「はい」
「という事は、まだ公と共に暮らしているという事か?」
「はい」
「何故じゃ?そなたはもう十分に仙人になれる能力を備えておる。それに公の話ではそちは立派な仙人になるのが夢だとか。それなら直ぐに仙人試験を受け仙人になり独立すべきであろう」
「そ、それは、私がまだまだ未熟者でお師様の下、修行に励みたいと思っているからです。まだお師様から学ぶ事はたくさんあると思っていますので」
「詭弁じゃな。そちは嘘をついておるであろう?この間そちの相談を受けた。なにやら男は何をされたらうれしいかとか、どう振舞ったら自分を好きになってくれるかとかじゃったな。公の頼みではそちが誰かを好きになっているらしいとのことで相談に乗ってやって欲しいと言うことで話を聞き相談にも乗ったが、あの時もしやと思ったのじゃ」
「な、なんのことでしょう?」
「ほぅ、惚けるか。では、まさかとは思うがそのそちの好きな相手というのが公であるというわけではないのだな?」
「え!?」
図星をつかれて花鈴はびっくりした。竜吉には自分の想いについては何一つ言っていないはずだったからだ。
「それならこちらとしても別に良い。では、そちの夢である仙人の試験を大老君に申し出て、今すぐ執り行うとしよう。公もわらわも大老君もそちを仙人になれる資格があると既に判断しておるから、別に問題は無かろうな?」
「い、いえ!それはちょっと・・・」
「何故断る?」
戸惑う花鈴に竜吉は意地悪そうに聞き返しさらに追い詰める。
「立派な仙人になるのがそちの夢。そちが自分をどう思っておるかは知らんが、師である公も人間界での働きを見ていた大老君もそして公と共にそなたの修行を見てきたわらわも、十分仙人になる資格があり、仙人になった後も、もう自分の力だけで立派になれると認めておるのだぞ。断る理由なぞなかろう?」
「・・・・・・」
黙ってしまった花鈴を見て竜吉は溜め息をついた。
「はぁ〜、やはりそうか。そちも好きになってしもうたか。手強い相手が敵に回ったのぉ・・・」
「そちも?」
「も」という言葉に花鈴は敏感に反応した。頭の中で「嘘でしょ?」という文字が駆け巡る。そして思考がごちゃごちゃになってしまった花鈴に対し竜吉ははっきりと言い放った。
「公はわらわのものじゃ。そちにはやらん」
「はぁー!?何を言ってるんですか!?お師様は私のものですよ!」
竜吉の突然の宣戦布告に一瞬カチンっ!と来て花鈴は今まで隠していた想いをこちらもはっきりと言葉にする。
「良く言うの。何時からそちのものとなった?出会って数年しか経っておらず、しかも自分の想いに気がついたのが極最近ではないか」
「そう言う竜吉様こそ、何時からお師様が竜吉様のものになったのですか!それとも既にお師様が竜吉様のお気持ちに御応えになったとでも言うのですか!?」
「確かに公はわらわの気持ちには応えてはおらん。そもそも、わらわは気持ちを伝えてもおらんしあの鈍い公の事じゃから気づいてすらおらん。しかし、公に対する想いの長さ強さはそちより遥かに上じゃ。わらわ達は何時から知り合っておると思う?お互い仲も良い」
「仲が良いのは私だって一緒です!竜吉様と違いお師様と一緒にずっと暮らしているし。仰るとおり自分の気持ちに気づいたのは遅いかもしれませんけど、想いの強さだったら竜吉様には負けませんよ!」
「しかし、ずっと暮らしているといってもそれは弟子じゃからじゃろ?公だってそなたの事はただの愛弟子にしか思っておらんのではないか?公も言っておったぞ。立派な仙人になるのが夢ならさっさとわしの下を去って自立して自分の弟子を持ったほうが遥かに良いと。つまり、公のそなたに対する想いはそこらにいる師弟関係の想いと一緒」
「そ、そんな事ありません!お師様は女性は苦手で嫌いだと仰ってましたけど、私だけは特別だと仰ってくれました!!!」
「ふーん。特別といってもやはり師弟関係にあるからそんなもの当然の事。むしろその女性の嫌いな公と全く赤の他人であるわらわが仲が良いという事の方が特別な関係と言えるのではないか?」
「うぅ・・・」
花鈴は竜吉のもっともな発言に返す言葉を失ってしまった。竜吉の言う通り、公望は特別な存在だと言ってもそれは弟子としての事。それにこの世で公望が花鈴以外に認める女性は竜吉以外いないと言っていた。
「まあ、そなたはあくまで弟子!・・・として共に暮らしている以上仲が良くなるのは当然。これがわらわも共に暮らしていたら断然わらわの方が有利じゃな。現に前、共に暮らして居た時は以前よりも仲が進展したぞ」
負けず嫌いな花鈴はカッと来た頭を何とか冷静に戻して竜吉に言い返す。
「じゃあ、竜吉様は私より早くにお師様と知り合い、想いも持っていて仲もそこそこ良いと仰いますけど、そんなに長く知り合っていてお師様の気持ちに何か変化でもあったのですか?私の見たところじゃ全然変化がないように思いますけど?むしろ、弟子になってからのお師様が私に対する想いの方が少しは変化があったように思いますよ。それにお師様は、私が弟子になった最初から打ち解けて接してくれてました。お師様の事だから、竜吉様と仲良くなると言ってもどうせ打ち解けてくれるまで時間が掛かったのでしょ?」
「そ、それはそうじゃが・・・・・・」
「やっぱり。お師様の性格上そんなに簡単に赤の他人の女性に打ち解けて仲良くなるなんて事ありませんもん。それに竜吉様は私を唯の弟子と仰いますけど、聞いたところじゃお師様、自分の気に入った女性しか弟子にしないってずっと仰ってて、大老君様や御友人方を困らしていたそうじゃないですか。つまり、そのお師様の弟子になった時点で私は気に入られた存在であるということ。そこらの仙人との師弟関係とは違うんですよ」
「むぅ・・・」
今度は、一変形勢が逆転して竜吉の方が返す言葉を失ってしまった。花鈴の言う事ももっともなのだ。痛いところを突かれ竜吉は下を向く。花鈴はどうだと言わんばかりに腰に手を当て胸を張った。そこに、竜吉は突然素直になって話してくる。
「確かにそちの言う通りなのじゃ・・・。そなたより早く知り合い、わらわの想いも直ぐ芽生えた。しかし公は、いくら頑張って振り向いてもらおうとしても、全然気づく事も応えてくれる気配もない。長い年月を重ねてようやく今ぐらいに仲良くなれただけ。公の事は周りから良く聞いていたし、女性に対してそういう想いを抱いているなら、わらわもあきらめざる得ないかとも思った。でもどうしてもあきらめられん。忘れようとすればする程、逆に想いが強くなる。わらわはこの様な気持ちは生まれて初めてなんじゃ・・・。わらわは立場上、公とはなかなか会う機会がない。公も別に会いに来てくれる訳でもない。だから、弟子になって共に暮らし好きに話が出来るそなたがうらやましいのじゃ」
この素直に自分の気持ちを伝えてきた竜吉に威張っていた花鈴は驚き戸惑った。何千年と生き歴史の本に載る程有名な人物で、尚且つ仙人界一の美女兼歌姫であり仙人界に住まうものの憧れ的存在の竜吉が、まだ道士である自分に憧れている事と、自分と同じく今まで誰かを好きになるという事を知らなかった事にびっくりしたのだ。花鈴からしてみれば、てっきりこれ程の女性なら幾多あまたの男性から言い寄られて付き合った経験だって当然あると思っていた。そもそも冷静に考えてみれば、まだ仙人としても若く周りに比べひよっこみたいな公望に竜吉程の偉大な仙人が想いを抱く事自体不思議である。花鈴は気持ちを落ち着けるとその辺を聞いてみることにした。
「あの、竜吉様。竜吉様は何故お師様の事を好きになられたのですか?お師様は仙人界では落ちこぼれ駄目仙人で一番の変わり者だって噂でしょ?それをどうして竜吉様程の方が」
「それはな花鈴。あるほんの些細な、でもわらわにとってとても大きなきっかけからじゃ」
「そのきっかけをよろしかったら話してくれませんか?」
「うむ」
そう言って竜吉は話を始めた。時は公望が仙人になったばかりの頃に遡る。当時の公望は齢24でスカウトされ道士の期間一年ちょっと。実は妖仁に続いて二番目に早く仙人になっていたりする。竜吉が始めて出会ったのは公望が仙人になって独立しのたりくたりと放浪生活をしながらオリジナルの術の開発に勤しんでいる矢先の頃、竜吉が大老君からある任務を頼まれた時だった。
「今回の任務は竜吉、おぬしに頼みたい。現段階で頼め解決できる仙人はおぬししかおらん」
「わらわを人間界に降ろすと言うのか?大老君。それ程の問題が人間界に生じているおるのか?」
「うむ。今人間界では異常現象の余波を未だに受け気象が激動し、雨も降らず砂漠化が広がり、作物も育たん状態じゃ。唯でさえ大規模な戦でほとんどが焼け野原になっている人間界がこのままでは、完全に滅んでしまう。せめてそなたの水を操る力でなんとか水を人間界にもたらし気象を修正して欲しい」
「そうは言うが、大老君。解っておるのか?わらわを人間界に降ろすということはわらわに死ねという事と同意義じゃぞ?」
「それを承知で頼んでおるのじゃ。仙人界、神界の澄んだ空気で生きたことしかなく、純血仙人であるおぬしにとって人間界の空気が猛毒であることくらいわしとて解っておる。しかし、今や人間界は滅亡の危機に立たされておるのじゃ。それをみすみす放って置くわけにはいかん。わしだって辛い。じゃがあえて頼む。残された人間達のためにおぬしの命をくれ」
大老君は土下座してまで竜吉に頼んだ。それを見て竜吉は覚悟を決めた。
「よかろう。わらわも長く生き過ぎた。人間達のためこの命捧げても悔いはない」
「許せ、竜吉・・・」
そうして竜吉は猛毒が広がる世界、人間界へと降り立った。水を操る力を用い空気上の水分を操作して国々の気象を修正したり、砂漠地方に大規模なオアシスをいくつも作っていく。その作業にすらいくら時間が掛かるかわからないだけでなく、氣を大量に消耗するため身体は弱っていく一方。それに追い討ちをかけるが如くその間もどんどん竜吉の身体は毒に犯されていった。
「もう・・・持たぬか・・・ごぼっ!」
人間界に降り立ち十数日経った時、とうとう毒が身体に蔓延し竜吉は血を吐き倒れた。
「うぐっ・・・半分もこなして・いないと・・・いうのに。はぁはぁ、まだ・・・死ねぬ」
血を大量に吐き地べたを這いずる様になんとか先に進もうとするが、立ち上がる力も残っていない。次第に意識が遠退いていく。
「すまぬ、大老君。約束は果たせぬようじゃ」
心の中で謝り、目がかすれ、もう死を意識した時、竜吉の傍に一人の青年が立っていた。意識が朦朧とし目も良く見えずその者の姿ははっきりとわからなかったが、確かにその場に居た。青年は静かに竜吉を抱きかかえる。
「誰じゃ???」
「ご無礼をお許しください」
その青年は突然竜吉にキスをした。そして竜吉の体内に息を吹き込み自分の精氣をほとんど分け与える。するとどうだろう。毒に蝕まれ、氣もほとんど枯れ果て虫の息だった竜吉の身体は全快し、体内の毒も浄化された。竜吉の意識がはっきり戻る。
「そちは?」
「若輩者の仙人でございます。あの阿呆が土台無理な任務を与えたようで変わってお詫びいたします。尻拭いとして私もこの任務手伝います。私の傍にいる限り竜吉様にとって猛毒である人間界の空気を術で除去できますし、私は人間界に詳しいので何処で竜吉様の力を使えば効率的かわかりますので」
丁寧な物腰と口調で青年は答えた。
「それはありがたいが・・・し、しかし、仙人が人間界に関与するのは掟で禁じられておるのじゃぞ?ばれれば唯ではすまん」
それを聞いた瞬間、青年の口調が急に変わる。
「あの阿呆の作った掟なぞ知るか。さあ、こんな任務さっさと終わらせて仙人界に戻りましょう」
青年は竜吉を急かして自分の霊獣に乗せた。竜吉は何故か素直にその指示に従った。二人を乗せたその霊獣は凄い速さで青年の言われたところに飛んでいく。竜吉は青年の指示に従い能力を使う。すると、まだまだ先の見えなかった任務がものの2,3日で達成できたのだ。
「さあ、帰りましょう。長居は無用です」
そのまま青年は竜吉を連れて仙人界に戻り、竜吉を蓬莱山まで送り届けた。そして竜吉を降ろして直ぐに立ち去ろうとする。それを竜吉が引きとめた。
「ま、待て。そち、名は?」
「知ってもお耳汚しになるだけですので、それじゃ失礼します」
青年はまだ話をしたそうだった竜吉に見向きもせずさっさと立ち去ってしまった。竜吉はその場に立ち尽くし、ふと自分の唇を触り、まだ残っている青年の唇の感触を確かめた。
「あれが始めての出会いで、わらわにとって生まれて始めての接吻じゃった。今でもあの感触は忘れはせん。あの時好きという気持ちが芽生えだしたのじゃ」
「へー、そんな事があったんですか」
花鈴は竜吉の話を真剣に聞いていた。
「うむ。その後直ぐその青年を毎日毎日わらわは探した。会いたくて話がしたくての。しかし、一向に見つからん。それでそれから数日してからじゃったかな?大老君の部屋の傍を通ったとき、聞き覚えのある声が大声で聞こえてきたのじゃ。それでそっと中を覗くとな。おったのじゃよ、その青年が。大老君に向かって怒鳴り散らしておったわ」
「えっ?なんて仰っていたんですか?」
「なんつう任務を仙人に与えてんだ!このくそじじい!みすみす仙人を殺す気か!?わしもまだ、くれてやった精氣と使った術の氣が回復しておらんから、今はこれ以上言わんが。とにかく、ああいう任務は自分でやれ!あー疲れた・・・・・・。じゃと言っておったわ」
「あー、はいはい」
花鈴はくすくす笑った。その人らしい言葉であったからだ。
「で、その青年はの。ぶつぶつ文句を言いながら、まだ精氣が回復しきってなかったのでふらふらな状態で部屋を出て来たのじゃ。そこでわらわは直ぐに声をかけた。しかし、チラリとこちらを見るだけで、やはりそのまま立ち去ってしまったわ。後を追いかけて話しかけても、疲れているからまた今度と相手にもせん。さっさとまた霊獣に乗って何処かに行ってしまった。仕方なくわらわは大老君に青年の名だけを聞いたのじゃよ。そこで公望と言う名の大老君の直弟子である事がわかったのじゃな」
「そうだったんですか」
「うむ。その後は大老君を利用して何かと公を呼び出して会える機会を作っての。なんとか今の仲まで進展させたのじゃ。最初の公は、本当に女性を寄せ付けないというか壁を作ってわらわと接しておったからな。話をするだけでも相当苦労したぞ」
竜吉は、ほぉ〜っと溜め息をついた。花鈴も一緒に溜め息をつく。自分と違い素敵な出会い方をしたのだなという憧れ的な溜め息である。
「そう言うわけで、わらわはずーっと公を慕っておるのじゃ。故にそちは手を引け!」
説明し終わって急に強気な発言を竜吉はしてきた。しかし、はいわかりましたと言う事を聞く花鈴ではない。他の事ならいざ知らず、公望の事は断じて譲れなかった。
「嫌です!」
「わらわ達は成り行きとはいえ接吻もした仲じゃ。もうわらわのものと言っても良い」
「それだったら私だって毎朝お師様に頬ですけど口付けしてます。お師様は私が口付けなさらないと起きて下さいません。私がいなくてはしっかりしていただけないし、私を必要としていらっしゃるので私のものなんです!」
「しかし、公は別にしっかり生きたいとは思ってないじゃろ!?自分の好きなようにのんびり暮らしていきたいと言っておったぞ!そちを必要とはしておらん!」
「そんな事はありません!!!」
お互いキッ!と睨み合い火花を散らす。わいのわいのとどちらも一歩も譲らない姿勢でその後も言い争った。そして、譲らぬ花鈴に対して何故自分ほどの仙人がこんな小物の道士と本気で言い争わなければならんのかと気高いプライドがふつふつと湧き上がり、竜吉はとうとう決めての一言を言い放ちその決着のつかないと思われた争いに終止符を打つ。
「まぁ〜、この場でこの様に言い争ったって無駄な事じゃ。公の気持ち次第じゃしな。それにそもそもわらわとそちでは最初から勝敗は見えておる。そちを相手にする必要なんてないのじゃったわ。そちの想いは絶対に叶わぬからな」
ふっと軽く優雅に笑うともう勝ったかの様に振舞った。それを聞いて花鈴は頭にまた血が上り、カッとなって叫ぶ。
「どういう意味ですか!?私だってお師様を振り向かせる自信は有ります!絶対に想いは叶えて見せます!!!」
「意気込むのは良いが、残念じゃったの。そちはまだ知らぬ様じゃが、仙人界の掟で師弟間の恋愛及び結婚は禁止されておるのじゃ」
「え・・・」
突然知らされたその掟に花鈴は言葉を失った。
「師弟間で恋愛や結婚を行えば、自ずとその感情が邪魔をし教える師にも教えられる弟子にも甘えが出て修行にならんということでな。大老君が禁止したのじゃ。師弟はいずれライバル関係になりお互いが負けないよう競い合って自己を高めていかねばならんという立場にある。その掟についてはもちろん公も知っておるぞ」
「嘘・・・。そんな掟、私知りませんでしたよ・・・お師様だって周りの方だってそんな事一言も」
ショックを隠しきれない花鈴に元の優雅な物腰と口調に戻った竜吉がじわりじわりと追い詰めていく。
「別にそちに言う必要性を感じなかったのじゃろ。公は自分が好かれているなんて思ってもいないしの。そちの好きな相手は他におると勘違いしておる。それじゃったら何の問題もない故に。言っておくが花鈴。特例でもない限り仙人の掟破りは重罪じゃ。例えそちがどんな罰を受けても良いと覚悟しておっても、その罰は相手である公にも及ぶ。ましてそちはまだ道士。そなたの責任の分まですべて師である公が背負うのじゃぞ?仮に公がそちの想いに応えても、公はそちの罪まで背負って罰を受け、そちは無罪放免じゃ。罰もどんなものが与えられるかわからん。仙骨を取られ仙人界を追放されるやもしれん。まあ、仙骨を取られた時点で今まで生命を保っていた氣の根源がなくなるのじゃからその状態で人間界に追放されれば、生きるための氣の貯蓄がなくそれは死を意味するがの」
「そ、そんな・・・・・・」
「それとも何か、そちは公を最悪死なせても良いと思っておるのか?本当に好いておるのであれば、公の事を考えて身を引いてこそ真の想いというのではないか?」
「・・・・・・」
花鈴は完全に黙り込んでうつむいた。竜吉の言葉が心に突き刺さり、とても痛い。次第に座っていた腿にポツリポツリと染みが出来てくる。自然と涙が溢れ、止め処なく流れ落ちていった。それを見た竜吉はさすがに言い過ぎたかと思い、柔らかい口調で慰め謝った。
「すまん、花鈴。そちの想いの強さは知っておった。じゃから、この掟の事は知らぬのならあえてわらわは何も言わず、真っ向からそちと競って公の気持ちを掴むつもりじゃったのじゃ。わらわのいらぬプライドがそちを傷つけた。許せ。しかし、報われぬ想いである事は事実なのじゃ。」
「・・・すぅんっ・・・・・・こんなことなら、お師様の弟子にならなければ良かった・・・」
「じゃが、弟子になれたからこそ芽生えた想いじゃろ?考えればそちも哀れじゃな。好いてはならん相手を好きになり、例え報われても掟により直ぐに辛い想いをせねばならん。想いを打ち明けずこのまま公と暮らし悶々と日々を過ごすか、掟を破って公に重罰を与えるか。そのことを考えればわらわはまだ幸せの立場におるの」
竜吉の言葉が耳に入っていないかのように花鈴はひたすら声を上げず、大粒の涙を流し続けた。竜吉ももうなんと言ってやれば良いのかわからない。そんな折だった。竜吉の部屋の扉に音がして外から李菜の声が聞こえる。
「竜吉様。公望様が参られました」
「失礼するの、竜吉」
公望は竜吉の返事も聞かぬうちに部屋の中に入っていった。
「ど、どうしたのじゃ?公」
「いや、花鈴にそなたを連れてきてくれるよう頼んだのじゃが、一向に帰ってくる気配がないのでな。なにやら花鈴が粗相をして迷惑でもかけたかと思ってやってきたのじゃ。そなたの方から花鈴だけを呼び出すなんぞ珍しいからの」
しゃべりながら花鈴と竜吉の座っている方に歩いていく。そして花鈴の隣に着いた時、花鈴が泣いている事に気がついた。
「どうした花鈴?何か竜吉に叱られでもしたか?」
優しく声をかけ頭をよしよしと撫でる。花鈴は公望に頭を触られて一瞬びくっと身体が動く。
「竜吉。花鈴が何をしたか知らんが、そんないじめないでやってくれ」
「いや、わらわは別にいじめたわけでは・・・」
「冗談じゃ。何を焦っておる。そなたがそういう人ではないくらい知っておる。で、一体何があったのじゃ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ほっほっほと笑う公望に対し二人とも黙ったまま答え様としない。花鈴は公望に撫でられてさらに涙が強く出てくる。
「何か話があって竜吉は呼んだのであろう?何があったかは言いたくないならあえて聞かぬが何の話だったかくらい教えてはくれぬか?」
「じ、実はの。花鈴の好きな相手についてでちょっと・・・」
「はぁ〜ん。その事か。大方花鈴は道士でまだ修行中の身、恋愛なぞしとる場合ではないとか相手の仙人と釣り合わぬとかその辺じゃろ。そんな事なら別に良いのではないか?どう生きようが個人の自由じゃろ」
「いや、そういう事ではなくもっと別問題なんじゃが」
「まあ、なんにせよ。花鈴の想いのまま自由にさせてやってくれ。わしもそなたに協力はしてくれと言ったが、深くまで面倒を見ろとは言っておらん。こういうのは自分の力で勝ち取ってこそ意義がある。わしらは、ほんのきっかけを与えてやるだけじゃ。花鈴は十分一人の力で男一人落せる器量も容姿も持っておる。花鈴も自信を持て。な?」
撫でていた頭をポンポンと軽く叩く。
「・・・ひっくっ・・・」
「ところで、竜吉。話があるのじゃが良いか?」
「う、うむ」
泣いている花鈴をそっとしておいて、竜吉は公望の話を聞く事にした。
「本当に公は鈍いの!」
「お師様のばか・・・・・・」
二人の気持ちを何一つ知りもせず話をし始めている公に花鈴と竜吉は二人してそう思った。