公望、人間界に降り立つ。其の六
時間は豪防関が西漢軍にのっとられる2、3日前に遡る。処変わって舞台は象の国、公譚皇帝の住まう真美城。公譚は民たちと違って豪勢な暮らしをしてはいたものの、その晴れやかな生活とは裏腹に近頃物思いにふける事が多くなった。
「また考え事?どうしたのん、公譚?」
公譚に寄りかかりながら猫姫は、酒を片手に公譚の顔をなぜた。
「ん?いやなに、なにやら近頃我を亡き者に使用とする無礼な輩がおると噂がたっているではないか。それがちょっとひかかってな」
「そのことなら大丈夫って言ったはずよん?わらわがちゃんとその噂の出所を潰してあげたから」
「しかし、それでも未だに国中にはその噂で持ちきりではないか。それに噂がたったということはそう言う事を考えた輩がおるということ。わが国では考えただけでも死罪と決まっているのだから、皇帝としてその者を直ちに捕らえなければならん」
「いいじゃないん?そんな事気にしててもしょうがないわん。最近の公譚はそのことばかり考えて、わらわの事を放置してな〜い?わらわ寂しいわん」
猫姫は表面上悲しげな顔をした。
「いやいや!そんなことないぞ。我は猫姫の事を第一に考えている。猫姫のためならなんでもするぞ!そうだな、所詮噂は噂。我が直接手を下す事もあるまい。気にしていてもしょうがないか」
「そうよん。それより〜、わらわお腹すいたわん」
「良いぞ良いぞ。これ!奴隷を調理場に連れて行け!」
「はっ!」
兵士に命を下し、でれでれとしている公譚ではあったが、やはり噂の事が気になっているようで猫姫に対する態度に変化が見られてきた。
「術が効きにくくなってるわん。公望ちゃん、面倒くさいことしてくれるじゃない」
猫姫はそんな公譚をみて舌打ちした。そんな折に一週間ほどして公譚の耳に豪防関の話が舞い込んできたのだ。
「申し上げます!」
「何事だ?」
「はっ!たった今入った情報によりますと、豪防関が西漢軍にのっとられたとのことです!」
「何!?」
さすがの公譚もこの話には驚いた。よりにもよって豪防関がのっとられるとは思ってもいなかったからだ。
「あらん?」
「真の話か!それは!?」
「はっ!現在、豪防関には西漢の旗が掲げられております」
「己!噂は本当であったか!直ちに兵を集めよ!豪防関に向かい西漢軍を討伐する!」
「はっ!」
「公〜譚、いいじゃな〜い。たかだかひとつ要塞を取られたからってそんなむきにならなくたって。それよりもっと楽しい事をしましょん?」
怒り狂っている公譚をおさめようと猫姫はしなやかに言ったが、公譚は聞く耳を持とうとしなった。
「そうも言っておれん。豪防関をのっとるということは、明らかに我に対する反逆行為!許される事ではない。全軍を持って、西漢軍を殲滅する。皇帝として指揮は我がとる」
「なら、わらわも行くわん」
「それはならん。大事な猫姫に危害を及ぼすわけにはいかないし、戦に女を連れてはいけん。な〜に、たかだか2万の西漢軍など我だけで十分。猫姫は城にて吉報を待っておるがいいぞ」
「そぉおん?じゃあ、わらわは公譚と離れたくないけど、待っててあ・げ・る」
「うむ。我も猫姫とは一時も離れていたくはないからな。直ぐに片付けてくるぞ!」
「楽しみにしてるわん」
「では、我も戦の準備に取り掛かろう。久しく兵は動かしていないからな。準備に手間が掛かる。急がねば」
そう言って公譚は戦の準備を始めた。一人取り残された猫姫は酒を飲みつつ、余裕の笑みを浮かべている。
「公望ちゃん。今はあなたの手のひらで踊ってあげる。でも、早々うまくいくかしらん?」
猫姫は酒をくいっと飲み干した。
その頃、豪防関には四国すべての兵が集まっていた。集まってもやることは変わらず農作業。ひたすらに作物を栽培している。6万もの兵が作業している上に公望の特製肥料の効果もあって、兵士だけではとても食べきれないほどの食料が出来上がり毎日その量は増えていく。豪防関内部では、公望達統治者が集まり、作戦会議を行っていた。
「後近日中。おそらく、五日後ぐらいには公譚軍とやりあうことになるじゃろ」
「どう動くよ?もちろん、この豪防関を砦として公譚軍を待ち受けるのだろ?」
「いや、わしらは豪防関から出て東に1キロ。この場所で陣を張る」
公望は、トントンと地図を突いた。
「はぁ〜?それじゃあ、なんのためにこの豪防関を手に入れたんだよ。より戦を有利に運ぶためだって言ってただろうが。この要塞を使わないのは逆に不利だろう?」
「私もそう思います。まともに遣り合って勝てるとは思いません。せっかく豪防関があるならそれを十分に使うべきです」
桐生も反論をしてきた。その場に居た皆も納得がいかないような顔をしている。それを諭すかのように公望は話した。
「もしこの場所を戦の中心としてしまっては、せっかく育てた畑が台無しになってしまう。それに、6万もの兵が集まったとなれば、要塞に立て篭もると動きが取りにくくなり逆にこちらが不利。そもそも要塞での戦いは、自分達が少ない兵力しかないときに使ってこそ十分に価値が発揮される。こんな大勢いるのなら、外で陣を張った方がよい」
「だから、なんで豪防関を手に入れたんだよ?」
「それは最初に言ったであろう?そなたの地位を確定するためと公譚をおびき寄せるためじゃ。だれもここを戦場とするなど言っておらん。今回の事は餌にしかすぎん」
「では、ここに陣を張って公譚軍を待ち構えるとして、その後どう対処するのですか?」
「うむ。ここからが重要じゃ。皆の者しかと聞いて、兵士達全員にその旨を伝えよ。この作戦は迅速さが求められる。しっかり頭に叩き込んで置くように。では説明するぞ」
公望は一連の展開について説明した。その場の全員が作戦について理解する。
「公望、本当にうまくいくか?」
「いかせにゃならんのだ。それはそなた達次第。ちゃんと合図に従えば問題ないはずじゃ」
「公望様、一つ聞きたいことがあるのですが」
「なんじゃ、桐生?」
「あの、公譚軍は確かにやってくるのですか?まず来なかったら作戦の意味がなくなりますよ」
「それは問題ない。花鈴に調べてきてもらった所、案の定公譚も兵を集め動き出している所らしい。必ずやってくる」
「それなら良いのですが」
「では、皆の者。本番は今言った作戦で執り行ってくれ。各国の軍はそれぞれ所定の場所に配置すること。良いか?」
「ああ」
「後は、当日まで兵士達の身体を休めて十分な休息と栄養を取らせておいてやってくれ。それじゃ解散」
言われたとおり、皆戦に備えて休息に入った。そして、四日後。戦場にそれぞれの国は兵を配置した。しばらくして西漢軍の遠方に、公譚軍10万の兵が有象無象とやってきたのが目に映る。互いがある程度距離を取る。
「いよいよか」
「とにかく、そなたらは指示に従って動いてくれ」
「ああ」
作戦開始のドラが鳴る。西漢軍は一斉に公譚軍に突っ込んでいった。公譚軍も真っ向から受けてたつ。とうとう、象の国の将来を左右する戦が始まったのである。