公望、人間界に降り立つ。其の四
象の国に程近い豪防関。象の国の最重要地点であり難攻不落と謳われた要塞まで人の足で歩く事3日、公望達軍勢は順調に辿り付く事ができた。西漢から豪防関までは、平野部が広がり一直線で繋がっているため、他の国よりも逸早く到着できるのだ。そのため、まだ他の三国は集まっていない。公望は豪防関から2キロ離れた所に陣営を張ると、直ぐに兵士全員に指示を出していた。
「皆の者、しっかり畑を耕して良い食べ物を栽培してくれーぃ。耕し終わった者は、わし秘伝の肥料を使って栽培の促進をさせるのじゃぁ」
兵士達が農耕器具を用いてせっせと農業に勤しんでいる姿を見ながら公望は満足げに声をかけ肥料を渡している。花鈴は、農業と言うものを間直で見た事がないらしく興味心身でその光景を見ていた。一方、仏貴の方は若干不安を持っているようで、公望の指示に従っているものの、納得のいかない感じで公望に話しかけてくる。
「おい、公望」
「ん?」
「なんでこんな事をしてるんだ?もっと作戦練ったり、戦いに備えた練習とかした方が効率的だろ」
「そうでもないぞ。これも立派な稽古の一つ。農作業と言うものは思った以上に足腰を使うのでな、十分稽古になるぞ。体力だってつくしの」
「ふっーん、そんなものかね。で、これからどうすんだ?考えがあって集合場所ここにしたんだろ?おまえ、なんにも話してくれないからよ。いい加減何考えてるのか教えてくれ」
公望は腕組するとしばし上を見ると、仏貴に向き直った。
「ふむ。まず三国全部がここに到着するのはいつ頃になりそうかの?」
「まあ、遅くても2週間かかるか、かからないかくらいだろ」
「うむうむ。では、これからわしら西漢軍は先に豪防関を落とす」
「はぁー!?」
「わしらだけで落とさなければならん理由があるからの」
「まっ、待てって!あの難攻不落と言われてる豪防関を俺らだけで攻略するのか?」
「そうじゃ」
仏貴は唖然とした表情で公望を見つめる。それに反して公望はのんびりした口調で自分の考えを話し出した。
「何故わしらだけで落さなければならないかと言えば、被害を最小限に抑えるためじゃ。もし、三国全部が合流するのを待っていては象軍も準備が整ってしまい、わしらの位置もばれてしまう。なんてったって6万もの兵が集まるのじゃからな、否が応でも公譚の耳に届くわい。そうなっては、位置的にまともにやりあって勝てるのは不可能じゃ」
「だったら、もっと他の場所を合流地点にすればよかっただろ」
「いや。ここでなければならん理由がある。順を追って説明しよう。まず、わしは象の国に行っていたときに国中に、既に西漢が公譚を倒し新しい国を作ろうとしているという噂を広めてある。その事は、公譚の耳にも入っておる。しかし、所詮は噂。公譚自身を動かすまでにいたらん。そこで、象の要であり目の前にある難攻不落と謳われる豪防関を落してしまえば、確実にさすがの公譚も噂は本当だと焦って動かざる終えまい。そして、わしらだけで落さなければならないのは、そなたの地位を確定するためじゃ。今後新たな国の皇帝となるそなたの実力を、広く民衆、象だけではないぞ?三国全体に知らしめる必要があるからの。もう一つ追加するなら、先に言ったとおり四国すべてが集まってしまっていては、時既に遅いのじゃ。準備の整っていない今のうちに潰しておかなければならん。ここで落してしまえば、逆にわしらにとって有利じゃしな。それに、いかに難攻不落と言われていても、実際戦らしい戦は経験しておらんし、豪防関の輩も油断しておる。まともな兵力なぞ揃ってはおらんわい。現にわしらがこんな近辺に大軍を連れてきたのに何一つ行動を起こさないではないか。まあ、兵の皆をただの民の格好をさせて武器防具などは隠して持ってきておる上に、着いて早々農作業を始めたからな。案の定、西漢軍だとは思っていない。落すなら今が絶好なのじゃよ」
「うーん」
「良いか、仏貴。これは人間同士の争いじゃ。人間の手で決着をつけねばならん。絶対に公譚の後ろについておる猫姫をこの戦に関与させてはならんのじゃ。今のままでは、猫姫は必ず関与してくる。わしがこんなまどろっこしい方法を取っておるのは、公譚自身の考えで公譚を動かすため」
「そう言ってるが、俺達の方はお前がついてるじゃないか。この時点で仙人が関与してるんじゃないのか?」
「わーしは、手を貸す気などない。あくまで知恵を出しているだけ。仙人の力を一切使わんし、やっておることは人間と変わらん。しかし、猫姫の場合は違う。直接自分の仙人の力を駆使し好き勝手に人間を操っている。その点は問題ないわい」
「詭弁にしか聞こえんが・・・」
「ひゃっひゃっひゃっ!本当の所、猫姫とまともにやりあいたくないだけじゃ!あやつは手強いからな。確実にわしらが勝てるようにせねば。わしは痛い思いをこれ以上したくないからの」
公望は笑い飛ばした。仏貴は、やっぱりって感じでため息をついた。
「ふぅ。それで、公望さんよ。その知恵とやらでどうやって豪防関を落すのか是非教えてもらいたいね」
「なーに、簡単じゃ。今夜忍び込んで、豪防関の最高責任者を押さえ、のっとる。指揮官さえ押さえてしまえば、こういうのは楽なんじゃよ。人数はいらんな。そなた一人でも十分じゃろ。と言うかそなたに行ってもらう」
「だーかーら!どうやって忍び込むんだよ?」
「進入の仕方はわしに任せておけ。話では、豪防関の最高指揮官は情に厚く、特に女には紳士な態度を取ると聞いておる。話も通じる相手だそうじゃからその辺はなんとかなるはず。それよりも・・・」
「それよりも?」
公望は仏貴をビシっと指差した。仏貴は指差されて自分も指を自分に向けた。
「俺がどうかしたか?」
「この任務はそなたにかかっておる。まず、新たなる国造りのため、そなたの最初の仕事をしてもらう。それが成功するかどうかで今後大きく変わっていくぞ」
「何をしろと?」
「豪防関の最高指揮官、名を斎木と言ったの、その者を説得しろ。直接話をして豪防関を無血開城させるのじゃ。そんなことができんようでは、大国の長など務まらん。もし、失敗して命を落す事になってもそれはそこまでの男ということ。そなたも曲がりなりにも西漢の統治者なら、人一人口説き落としてみよ」
「なんだ・・・結局俺がやるわけね・・・」
「言ったであろう?わしは手を貸さんと。下準備はしてやる故、後は自分でなんとかしてみぃ」
「はいはい。わかりましたよ、参謀さん」
仏貴は肩を落したものの、すんなりと公望の言う事を聞いた。
「まあ、とは言ってみても実際問題、そなたにここで死なれては困るのでな。命の保障ができる状態にしておいてやるから、とにかくそなたは斎木を説得させれるように夜まで考えておけ」
「りょーかい」
「では、わしは侵入のための準備に取り掛かるかの」
公望は仏貴と別れると、農作業を手伝っている花鈴の方に歩み寄って行った。
「説得ね・・・・・・」
一人取り残された仏貴はポツリと呟くとどうしようかと考え出した。時間は刻々と流れていく。