公望、人間界に降り立つ。其のニ
西漢を離れ再度象に赴いた公望は、より詳しく国の状況を把握するため国中を歩き回った。そして、周りを見ながら会う人会う人にある噂を流していく。しばらくそんな事を繰り返しているうちに、どこからともなく強烈な匂いが漂ってきた。その匂いをかいだ公望は頭の中が真っ白になって思考が止まる様な感覚に陥る。鼻を塞ぎながら頭を振る。
「な、なんじゃ〜?この甘ったるい匂いは・・・。気持ち悪ぅ〜」
「あなたが公望ちゅあんかしら?」
後ろから声を掛けられ振り向いた。どうやらこの嫌な匂いはその者から発せられているらしい。
「いかにも。そなた誰じゃ?わしの名を知っておるという事は、そなたも仙人か?というかまさかそなたが・・・」
「こんにちは、猫姫よん」
「あ〜、やっぱり。はいはい、そなたが諸悪の根源か」
「あらん、失礼ね。人を悪者扱いするなんて」
物凄く綺麗な容姿をし、さっきから甘い匂いを発している猫姫はクスっと笑うとちょっとすねた態度を取る。
「しかし、何故そなたわしの事を知っておる?」
「当然よん。仙人界一の変わり者のあなたを知らない仙人なんていないわん。あのくそまじめな大老君の直弟子のくせに正反対のぐーたら性格で落ちこぼれ仙人だなんてすぐに噂になるわよ。妖怪仙人にもその名は伝わってるわん」
「そりゃどうも。わしも有名になったもんじゃな。それより、この匂いそなたが発しておるのじゃろ?消してくれぬか、気持ちが悪い」
「あらーん?公望ちゃんにはわらわの妖術が効かないの?変ね、わらわのテンプテーションは男全員にかかるはずなんだけど」
「テンプテーションね。それで公譚を虜にした訳か。生憎とわしは女性に興味がない。魅惑の術なぞ効きはせん」
公望は平然を装っていたが、別の意味で動揺していた。この猫姫という者、思った以上に強い。おそらく大老君と同等かそれ以上では?
「それは残念ねぇ。せっかく公望ちゃんもこっちに引き込もうかとも思ったのに」
「諸悪の根源のそなたが会いに来たのはその理由だけか?」
「いえん。公望ちゃんがなにやら変な噂流してるみたいだし、公譚も気にしてたから様子を見に来たのよん。後、公望ちゃんが仙人界の掟を破ってまで人間界に来た理由も知りたいわん」
猫姫はずっとくねくねしながらしゃべってる。公望の嫌いなタイプだ。消してくれと言っても気にせず匂いを発している。嫌気をさしながら率直に用件だけを言った。
「大老君様の命によりそなたを人間界から排除しに来た。そして公譚を倒し新たな国を建国する。それがわしの役目じゃ」
それを聞いた猫姫は高笑いを発した。それと同時に匂いの質が変わる。その匂いに包まれた公望の身体からは冷や汗が流れだし、公望は苦しくなってきた。
「あははは!あの老いぼれじじい、何をしてくるかと思えばわらわを人間界から排除しようだなんて。しかも、その役目を公望ちゃんに任せるなんてわらわもなめられたものだわん。公望ちゃんには少しお痛をしないとねん」
毒の香りに包まれた状態で苦しみながら公望は質問をする。
「そ、そういうそなたの目的はなんじゃ。こんな象の国で公譚を操って何がしたい?」
「わらわは、わらわの好きに生きてるだけ。仙人ってつまらない存在よん。人生には娯楽が必要。楽しくないと生きてる価値なんてないわん」
「で、公譚を操る事と何が関係する?」
「決まってるわ。ゴージャスな生活を送るためよん。人間界のトップの一人を魅了しちゃえば、ゴージャスし放題。しかも、人間だって好きに食べられるじゃない。いずれは人間界を支配して、次は仙人界のつもりよん。わらわはわらわの好きに生きれる世界を造るのん。その点は公望ちゃんだって理解できるんじゃない?あなたも好き勝手に生きたいタイプでしょ。自分を縛る掟なんて知らないと思ってる。だから仲間に引き込もうかとも思ったんだけど、テンプテーションが効かないなんて本当噂どおりの変わり者ね。どう?仲間にならない?」
「わしとそなたは違う。わしはわしの美学に基づいて生きておるだけじゃ。そなたと一緒にされても困る。理解はできるが、交わろうとは絶対思わん。お断りじゃな」
「なら、今のうちにあなたの方こそ排除しちゃうわよん?どんな些細な芽もわらわの計画の邪魔になるなら摘んでおかなくちゃ」
匂いがより一層濃く強くなる。
「ぐっ!!」
がくっと身体がゆらつき公望は膝を地面についた。
「公望様!!」
その状況を上空から見ていた風麒麟は直ちに飛んでくると、公望を抱きかかえまっしぐらに西漢に避難した。
「あらん?さすが、仙人界最速の霊獣ね。わらわも追いつけないわ。いいわん。余興にはなるでしょ」
遠目に風麒麟を見ながら、猫姫はまたくねくねして城の方に歩いていった。
一方、西漢に辿り着いた風麒麟はすぐに仏貴の下に公望を運ぶと妖怪仙人にやられたと言って部屋を準備してもらい公望を寝かせた。公望は既に意識がない。体中に毒が回って体が変色を始めている。風麒麟にはどうしようもなく、とにかく観光しているであろう花鈴を探した。しばしして、食物を売っている店でまじまじと桃を見ている花鈴を発見。花鈴は珍しく慌ててる風麒麟を見て、どうしたの?と聞いたが事情を聞いた花鈴の方がもっと慌てた。急いで城に向かう。
「お師様!!」
部屋の中に入り、横たわっている公望を見つけると叫びながら駆け寄った。何度も呼びかけるが公望からは返事がない。ただ冷や汗だけが流れ、身体中びしょびしょになっていた。花鈴はすぐさま布を用意すると濡れた身体を拭いてやる。そして、額に冷たく濡れた布を新たに乗せた。
「ど、どうしよう!風麒麟さん!!」
もう泣きそうになりながら花鈴は風麒麟に助けを求めたが、風麒麟も困った顔をして途方にくれるしかなかった。
「お師様、死んじゃったりしないよね!?」
「わかりません。公望様は毒の免疫をつけてらっしゃいますし、体内の氣の力で毒は自ずと消滅するものです。しかし、もし公望様の氣の力より毒の力が上回っていたら、さすがにどうなるかは・・・。私は宝貝の力を吸収する力を持ってますが、この妖術は特殊なようで除去できません。花鈴殿にもなんともできないなら、後は公望様の氣の力を信じ、生命力に頼るしか術はありません」
「うぅ・・・お師様ぁ・・・」
二人は心配そうに公望を見つめるしかできなかった。