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隣の家に住んでいる人、僕は彼女のことが好きだ。

作者: 四季
掲載日:2026/03/25

 隣の家に住んでいる人、僕は彼女のことが好きだ。


 彼女はいつも窓辺に佇んで本を読んでいる。

 憂いに満ちた瞳は泉のようで。

 雨空を胸の奥の鏡に映し出したような双眸は深く青い。


 厚い表紙の本を愛読する彼女は女神のようだ。艶やかな肌、控えめな目もと、そこへうっすらと影を落とす長い睫毛などなど……そのすべてが彼女を一つの芸術品のように魅せている。

 淑やかな輝きはどこまでも深く、窓越しに見ているだけの僕の心にさえも確かに届いてくる。


 いつか彼女と話したい。

 そんな風に思いつつも。

 当たり前だがそんな日は訪れないまま時が過ぎてゆく。


 そして――。


「近く引っ越します」

「え……」


 ある日の朝、彼女は突然僕の前に現れた。


「お話ししたことはありませんでしたが、お隣さんとして、今までお世話になりました」


 目の前に在る彼女の双眸は光を浴びた貝殻のように煌めいている。


「急なことで失礼いたしました」

「いえいえ……」

「では。さようなら。ありがとうございました」


 短く礼を発し彼女は身体を反転させる――その片手首を掴んだ。


「何か?」


 戸惑った表情でこちらを見ている。


「あ……す、すみません……その」

「お話がありますか」

「い、いつも! 本! 読んでいらっしゃいましたよね!」

「え」

「窓のところでっ……」


 すると彼女は身体の向きをこちらへ戻して「はい」と返事した。


「どんな本がお好きなのかな、って……実は、少し、気になっていたんです」

「そうでしたか」

「よければおすすめの本とか……教えてくれませんか」


 すると彼女は微笑んだ。


「ぜひ」


 隣の家に住んでいる人、僕は彼女のことが好きだ。


「あ、ありがとうございますっ……!」

「こちらこそ」


 彼女が隣の家に住まなくなっても、それでも僕は彼女のことが変わらず好きだ。


 ――これは、僕たちの始まり。



◆終わり◆

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