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はじまりの自転車 〜魔法をもたない少女の発明と研究の記録〜  作者: 甘くないオクラ


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街へ出す

「なあ」


 工具を片づけていると、ルーカスが言った。


「それ、街で走らせてみないか」


 私は、手を止めてルーカスを見た。


「街で?」


「庭と街じゃ、地面違うだろ。石も多いし、人もいる」


 たしかにそうだ。


 私は、少し迷う。


「……邪魔にならないかな」


「端を走ればいい。それに」


 ルーカスは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「見たい人も、絶対いるよ」


 いるのだろうか。

 私は自転車を見る。


 まだ完璧じゃない。

 でも、別に、隠すつもりもない。

 エミールの足として使ってもらえるように、作っている。

 だから、いつかは街でも走るつもりだった。


 私は頷く。


「じゃあ、ゆっくりね」


 ルーカスは自分で提案しておきながら、私に念を押すように言う。


「無茶はするなよ」


「しないよ」


 それがおかしくて、私はくすりと笑いながら返事した。


⸻


 町へ向かう道で、私はペダルを踏む。


 急がない。

 ゆっくりと無理のない速さで。

 音と振動を確かめながら。


 後ろから、ルーカスが歩いてついてくる。


「やっぱ、前より安定してるな」


「うん。たぶん、歯車がちゃんと噛んでる」


「そうだな。見てても分かるよ」


 その言葉に、少しだけ安心する。


 市場に近づくと、視線が集まり始めた。


 ——見られている。


 そう思うと、体が緊張で少し強張る。


 庭で走らせるのとは、重さが違う。


「なに、それ」


 子供の声が聞こえた。


 私は、止まる。


「乗り物?」


「そう。乗って走るもの」


 近寄ってきた男の子が、目を輝かせる。

 たぶん、エミールより少し年上くらいだ。


「乗っていい?」


 どうするべきかと思って、私はルーカスを見る。


 彼は、肩をすくめた。


「俺が支えるよ」


「ルーカス、ありがとう……じゃあ、ゆっくり乗ってね」


 サドルを下げ、注意を伝えた。


 男の子は、ルーカスに支えられた自転車にまたがる。


「これを、足で踏むんだよね」


 ぎこちない動きでペダルを漕いだ。

 恐る恐る漕いだからか、ペダルの軸部分がぎいっと大きな音を鳴らす。


 男の子は、驚いて一瞬足を止めかけた。

 同時に、ルーカスが後ろからゆっくり押す。


 そして、確かに進んでいく。


「進んだ!」


 男の子の声が弾む。


 少し走って、止まる。

 こちらを振り向いて、興奮した笑顔で言う。


「すごい!」


 その声に、周りの大人も足を止めた。

 数人がぞろぞろと近くに集まってくる。


「人力か?」


「馬なし?」


 職人らしい出立ちの男が、髭を触りながら造りを見る。


「後輪駆動か。ほう…こりゃよくできてるな」


 そして、しゃがみ込んで、歯車を近くで覗き込む。


「歯車も、うまいもんだ。噛み合わせが綺麗だ」


 別の職人も、近づいてくる。


「音も、かなり静かだったぞ」


 立ち上がった髭の職人が頷いて言う。


「ああ、木でここまで安定させるのは難しいはずだ」


 ルーカスが、誇らしそうに言う。


「フィーネが、夜鍋して作ってたからな」


「ちょっとだけね」


 私は、慌てて訂正した。

 少し気恥ずかしい。


「……本当に、よく考えられてる」


 髭の職人が言った。


「これ、ギルドに構造登録したらどうだ」


「構造登録……?」


「新しい仕組みは、記録しとくもんだ。後で揉めないためにな」


 別の大人が、笑って言う。


「売れるぞ、これ」


 私は、驚いて首を振った。


「まだです。止まり方も、曲がり方も、調整中で」


 それに、こんな趣味で作ったものが売れるなんて思えない。


「慎重だな」


 男の子が、自転車から降りる。


「また、乗っていい?」


「うん。もう少し、ちゃんとしたら」


 私は頷いた。


「約束!」


 男の子が小指を差し出す。

 私はそれに自分の小指を絡めた。


「約束」


 ようやく人が散っていく。


 ルーカスがそれを見ながら、ぽつりと言った。


「……外に出して正解だったな」


「うん」


「構造登録、行っとく?」


「…どうしようかな。まだちゃんとできていないから。

それに、行っても素人の構造じゃ登録してもらえないかもしれないし」


 私は尻込みしてしまう。

 ルーカスが軽く言う。


「行ったらいいじゃん。構造はもう出来てるんだし。登録できなくても何かあるわけじゃないだろ」


 確かに。その通りだ。


 ルーカスに背中を押されて、私は構造登録に行くことにした。

 折角なので、そのまま二人で向かう。


 私は、自転車を押して歩きながら、思った。


 売れる。


 そんな言葉はまだ、遠い。


 でも。


 これは、街に受け入れられた。


 私は、ハンドルを握り直す。


 ——ちゃんと、良くしよう。

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