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はじまりの自転車 〜魔法をもたない少女の発明と研究の記録〜  作者: 甘くないオクラ


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相性

 クララの部屋を出たあと、足は自然と倉庫へ向かっていた。


 扉を押すと、机の向こうでルーカスが顔を上げた。


 机いっぱいに広げられた魔石。

 近くの壁には升目の表が貼られている。

 縦に魔石の分類。横に呪文式。

 升目の一部には、小さな印。


「フィーネ!来たんだ」


 私はルーカスの手元を覗き込む。


「進んでる?」


「うん。ほら」


 ルーカスは、呪文をかけている途中の魔石を見せてくれる。


 分類ごとの魔石に、一定時間、呪文を維持する。

 解除する。

 戻りを測る。


 一度では判断しない。


 何度も繰り返す。


 戻りが荒れないか。

 揺れが大きくならないか。

 回数を重ねるごとに、変質しないか。

 回数を重ねても、戻りが安定しているほど、相性がいい。


「今回は、戻りは穏やか。振動も小さい」


 ルーカスが記録を取る。


「これを何回もやってるんだ…」


 感心して、思わず声が漏れる。

 かなり地道な作業のはずだ。


「やっぱり時間はかかるね。でも、何度も繰り返すことで、劣化が見えてくるものあるから。地味だけど、必要な作業だ」


 焦りのない声。


 倉庫の空気は落ち着いている。


 魔石は理に従う。

 与えた分だけ歪み、歪んだ分だけ戻る。


 世界は、ここでは素直だ。


 その規則正しさに安堵する。


「アルドさんは?」


「さっきまでいたけど、出てった。どこ行くかは聞いてない」


 相変わらず自由な人だ。


 ふと気づくと、ルーカスが、こちらを見ていた。


 気づいて、視線を合わせると、何か言いかけて、やめる。


 目が、一瞬だけ、迷った気がした。


 ——なんだろう?気のせいかな。


 私は表に目を戻す。


 空白はまだ多い。

 けれど、埋まっていく。


 試せば、分かる。

 測れば、示せる。


 倉庫は、規則で動いている。


 外の世界も、そうならいいのに。


———

 倉庫を出ると、日が傾いていた。


 向こうから歩いてくる人影。


「あ……アルドさん」


 軽く会釈する。


 アルドは横目でこちらを見た。


「増産で忙しいんじゃなかったの?」


 軽い調子。

 けれど、声は冷えている。


 私は一瞬、言葉を選ぶ。


「……少し、話が止まっていて」


「ふーん…そう。面白くなってきたね」


 口の端がわずかに上がる。

 笑っているのに、温度はない。


 私は少しむっとして、言い返した。


「面白く、ないです」


 アルドは肩をすくめる。


「あっそ」


 アルドは歩き始めた。すれ違う。


 背後で、声がした。


「変えるってのは、誰かの飯を奪うってことだ。…相性が悪い奴も出る」


 誰かの、飯を奪う。

 誰かの、生活を脅かす。


 私はそんなこと望んでいない。


 夕方の光が長く伸びる。


 胸のどこかに、小さなくさびが打たれたまま、私は歩いた。


 それが抜けるのか、打ち込まれていくのか、まだ分からないまま。

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