着地
地面に足がついた瞬間、世界が一拍遅れて戻ってきた。
音も、重さも、匂いも。
空に置いてきたはずのものが、まとめて押し寄せる。
——ぐらり。
視界が揺れ、思わず一歩踏み出す。
「あっ……」
体が前に傾く。
誰かにぶつかりそうになって、慌てて顔を上げた。
アルドだった。
けれど、彼は一歩、さっと横にずれていた。
支える気はない、という距離。
ぶつかることはなく、私は空を切るように手を動かす。
「……すみません」
反射的にそう言うと、アルドは肩をすくめただけだった。
「慣れてないと、そうなるよね」
それだけ。
私は深く息を吸って、足元に意識を戻す。
大丈夫。立てる。
——まだ、少しだけ、地面が遠い気がするけど。
さっきまで、空にいたのに。
どうして私は、やっぱりこちら側なんだろう。
前を見る。
広い空き地のような場所で、エルンストが魔法を使っていた。
複数の光の線が空中に描かれ、瞬間的に重なり合い、消える。
緻密で、無駄がない。
そのすぐ隣に、ルーカスがいた。
エルンストが何かを終えると、場所を譲る。
ルーカスが、同じ位置に立つ。
少しだけ、動きが硬い。
魔法が展開される。
さっきと同じ構成——だけど、ほんのわずかに遅れる。
エルンストが、低く言った。
「今のは、展開を急ぎすぎだ。二層目を落ち着かせろ」
ルーカスは頷き、もう一度。
今度は、流れが安定する。
エルンストは少し間を置いてから、短く言った。
「……いいだろう」
その瞬間、ルーカスの肩が、わずかに緩んだ。
——何を、してるんだろう。
同じ場所に立っているのに、
まるで違う高さにいるみたいだった。
そう思った、その時。
「おーい、エルンストー」
アルドの、場違いに明るい声が飛んだ。
二人が、こちらを見る。
ルーカスは、一瞬だけ目を見開いた。
“見られた”と、はっきり書いてある顔だった。
エルンストは——
「……なぜ、フィーネがここにいる」
声が、低い。
「どうやって来た」
視線が、鋭くアルドに向く。
「俺が連れてきた。この子、エルンストに話があるんだって」
「……まさか」
一拍。
「空を飛ばせたのか」
「そう」
即答。
エルンストの表情が、明らかに険しくなる。
「一般人に、何の説明もなしに、一緒に空を飛ばせたのか?」
「大丈夫だって〜。俺、飛ぶの上手いの知ってるでしょ」
「——フィーネ」
アルドの声に被せるように、エルンストが言った。
もう、アルドを見ていない。
「気分は?めまいはないか」
「……あ、はい。もう大丈夫です」
私の顔を、姿勢を、足元を、一通り確認してから。
エルンストは、深く息を吐いた。
「……無事そうだな」
それから、ようやくアルドを見る。
「一般人を連れて飛ぶ時は、説明するのが規則だ」
「はいはい」
軽い返事とは裏腹に、エルンストの視線は厳しいままだった。
「——それで」
エルンストが、私に向き直る。
「話とは?」
言いかけて、周囲を一瞥する。
「……いや、場所を移そう。ここでは落ち着かない」
そう言って、建物の方へと歩き出す。
私は、その背中を追いながら、もう一度だけ振り返った。
ルーカスが、こちらを見ていた。
何か言いたそうで、でも、何も言えない顔で。




