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測る人

 ギルドの廊下は、昼間でも少し薄暗い。


 第七会議室の前で立ち止まり、軽くノックした。


「はーい」


 返ってきたのは、聞き覚えのある、軽い声だった。


 ——アルドだ。


 扉を開けると、会議室の奥、ソファにだらしなくもたれながら、白髪の男が研究記録を読んでいた。

 足を組み、紙束を片手でぱらぱらとめくっている。


「何の用?」


 顔も上げずに、そう言う。


「エルンストさんに、話があって……」


「あー」


 アルドはようやくこちらを見た。


「エルンストなら、今いないよ。外の仕事。たぶん、しばらく戻らない」


「……そうですか」


 どうしようか考えていると、間延びした声が飛んでくる。


「はいはい、帰った帰った」


 冗談めかしてはいるけれど、追い払う気は隠していない。


「……明日なら、いらっしゃいますか?」


「さあね。いても、すぐ出るかも」


 私は少し考えてから、言い直した。


「じゃあ……明日の朝なら」


 アルドの眉が、ほんの少しだけ動く。


「何?そんなに話さないといけないこと?」


「実験場所のことで、相談したくて」


 アルドの視線が、はっきりと私に向いた。


「実験場所?」


「知り合いの方が、使えそうな場所を貸してくれるって……」


「知り合いって、誰」


 遮るような問いだった。


「クララさん、という方で…クレセント商会の商会主なんです」


 アルドは、ふうん、と鼻で笑う。


「怪しすぎない?」


 胸が、少しだけ縮む。


「なんでそんな簡単に、場所なんて貸すの」


「……相談したら、そう言われて……」


 ——自転車を売らせて、とは言われたけど。

 それが、見返りと呼べるほどのものなのかは、正直わからない。


 アルドはしばらく、私を見ていた。


 値踏みしているような目。


 笑っているのに、目だけが笑っていない。

 まるで秤に乗せられたみたいに、息の重さまで量られている気がした。


「……もういい」


 そう言って、彼は立ち上がった。


「行くよ」


「……え?」


「エルンストのところ」


 意味を聞き返す前に、肘を掴まれる。


「ちょ、ちょっと——」


 アルドが、部屋の窓を勢いよく開ける。

 次の瞬間、床が遠ざかった。


 内臓が、一瞬だけ遅れてついてくる。

 足の裏から、世界が切り離された。


 視界が一気に開け、風が顔に当たる。


「——っ!」


 声が、喉で潰れた。


 足が、何も踏んでいない。

 建物の屋根が、街が、下にある。


「……飛ぶの、初めて?」


 アルドの声だけが、やけに軽い。


「は、初めてです…」


「落ちないから大丈夫。たぶん」


「たぶん!?」


 風が強く、思わずアルドの腕を掴んだ。


 心臓が、早鐘みたいに鳴っている。


 ——怖い。

 でも。


 空から街を見るのは、ずっと夢だった。

 街が、こんなふうに見えるなんて、知らなかった。


「……ね」


 アルドが、少しだけ声の調子を変える。


「君さ」


 視線が、こちらを向く。


「自分が、どれくらい危ないことしてるか、わかってる?」


 危ないこと。

 実験場所を勝手に見つけたことか。

 それとも、それ以外の何かか。

 答える前に、視線は前に戻る。


「まあいいや。本人に聞かせたほうが早い」


 風を切って、速度が上がる。


 軽薄そうに見えるくせに、

 この人はたぶん、誰よりも冷静に物事の重さを量る。


 私は、何も言えないまま、ただ掴まっていた。

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