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はじまりの自転車 〜魔法をもたない少女の発明と研究の記録〜  作者: 甘くないオクラ


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報告と軋轢(エルンスト)

 中央監査庁の会議室は、いつ来ても息が詰まる。


 部屋自体は広い。

 高い天井。50人ほどは入れる空間。

 磨き込まれた長机。

 壁際には、記録官と補佐官が無言で並んでいる。


 提出した資料の写しが、参加者の机の上にそれぞれ置かれていた。


 沈石粉による観測記録。

 呪文の重ねがけによる、詰まりの再現実験。

 使用済み魔石の比較結果と、呪文解除後の流れの変化。


 ——どれも、事実だ。


 だが、この部屋では、事実だけでは足りない。


 何を示したかではなく、それが誰の責任になるのかが問われる。


 魔法の誤りよりも、制度の軋みの方が、ここでは重い。


「……つまり」


 正面に座る直属の上司が、書類から目を離さずに言った。


「君の報告は、ギルドと魔術院の両方の実務を否定しかねない、ということだな」


「否定ではありません」


 静かに答えた。


「事故の原因を、特定しただけです」


「それが問題だ」


 別の席から声が飛ぶ。


「魔石事故は、劣化や使用者の不注意として処理されてきた。

 それを“設計”の問題だと言うのか」


 空気が、わずかにざわついた。


「もちろん、劣化や不注意もあるでしょう。しかし、設計も——無関係ではありません」


 言葉を選ぶ。


「呪文が、魔石の性質を考慮せずに付与されている可能性があります。

 それが、長期使用で歪みを生み、詰まりを引き起こします」


「魔術院は、長年その方法で問題なくやってきた」


 別の声がいった。

 擁護とも、牽制ともつかない。


「問題が“表に出ていなかった”だけです」


 即座にそう返す。


「事故として処理され、個別の不具合として切り捨てられてきた。

 原因が共有されなければ、同じ構造は繰り返されます」


 一瞬、沈黙。


 上司が、ようやく顔を上げた。


「……エルンスト。

 この研究を続けるなら、責任の所在を明確にしろ」


「責任、ですか」


「問題が起きた場合、誰が責任を負うのか。

 ギルドか。魔術院か。それとも——中央か」


 空気が、冷たくなる。

 威圧を受け止めるように、背筋を伸ばす。


「私が引き受けます」


 はっきり、言い切る。


「研究の立案、実施、報告。すべて、私の判断です」


 ざわめきが、大きくなる。


「正気か」

「そこまで背負う価値があるのか」


 上司が低い声で言う。


「家族を失ってまで、まだ首を突っ込む気か」


 ——あの日の報告書も、淡々としていた。


 “私的空間での不適切な取り扱い”

 “非専門者による干渉”


 置いていたのは、研究で使っていた魔具だった。

 一般人が扱うことを想定したものではない。


 その日だけ。


 不具合が出ていたため、後で処理するつもりで家に置いた。

 たった一日、研究室に戻さなかった。


 誰かが部屋に入るなど、考えもしなかった。


 だが彼女は部屋に入り、触った。

 魔法を知らない、一般人の幼馴染。


 私がいない間に、細工をしようとしたらしい。

 命を奪うほどの結果になるとは、思っていなかったはずだ。


 少しでも困らせれば、振り向いてくれると思ったのだと、後で聞いた。


 ——愚かだ。

 そう思うことはできた。

 

 だが、恨むことはできなかった。


 不具合が出ていた魔具を、机に置いていたのは自分だ。


 その爆発に巻き込まれ、家族は全員命を落とした。


 胸の奥が、わずかに痛む。

 だが、目は逸らさない。


「だからです」


 静かに、上司を見返す。


「同じ理由で誰かが死ぬのを、もう見たくない」


 会議室が、完全に静まり返った。


 これで終わる。

 そう思った瞬間だった。


「——随分と、懐かしい声を聞いた気がしてね」


 扉の向こうから、柔らかな声がした。

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