積み上がる記憶
研究は、静かに続いていた。
毎回、使うのはギルドを通ってきた魔石だけ。
仕訳部署で性能を確認され、問題なしとされたもの。
市場に出る前の、いわば「健全」な魔石だ。
ギルドからの連絡も、淡々としたものだった。
仕分け数、型番、用途。
いつも通りの報告。
非協力ではない。
けれど、こちらを気にかけてもいない。
作業台の上には、今日見た魔石が並んでいる。
沈石粉は、どれも素直に流れを描いた。
右に折れてから下に回り、ぐるりと巡って上へ戻るもの。
左に折れ、上へ向かってから落ちていくもの。
速さも、太さも、それぞれ違う。
魔石ごとに、確かに流れは異なる。
でも——
「……やっぱり」
私は、帳面に視線を落とした。
最も観察したいはずの、流れの詰まりも、熱の偏りも出ていない。
「新しい魔石ばかりだからでしょうか」
呟くと、エルンストが頷いた。
「沈石粉で観測される“詰まり”が、事故につながる種類のものだとすれば、だが——」
彼は少し言葉を選ぶようにして続ける。
「未使用品で事故がほとんど報告されていない事実とは、整合する。新品に異常が出ないのは、不自然ではない」
私は、ゆっくりと頷いた。
「……そうですよね。でも」
少しだけ言葉を探す。
「やっぱり、少し使われたものも、見た方がいいですよね」
「その通りだ」
エルンストは、少し考えるように腕を組んだ。
「だが、それにはギルドの協力が必要だ。廃棄予定品か、不具合報告の出ているものになる」
その言葉に、私は頷く。
ギルドの協力。少し時間がかかるかもしれない。
「少し、席を外す」
そう言って、エルンストは研究室を出て行った。
扉が閉まり、室内に私一人になる。
私は、帳面を開き直した。
今日までの記録を、改めて整理する。
魔石ごとの流れの形。
呪文の種類。
用途。
形状。
ページをめくるたび、同じことを思う。
——今のところ、全部「問題ない」。
それが、少しだけ、怖かった。
どれも、ギルドを通っている。
誰かが、確認している。
それでも、事故は起きている。
「……見えてないだけ、か」
独り言が、石張りの床に落ちる。
しばらくして、扉が開いた。
エルンストが戻ってきた。
手に、一通の封書を持っている。
中央監査庁の封。
私は、自然と背筋を伸ばした。
「研究開始の報告に対する返事だ」
机の上に、手紙が置かれる。
エルンストは、封を切り、目を通した。
読み進めるうち、わずかに眉が寄る。
「……すまない」
その一言で、察した。
「やっぱり、簡単には認められませんよね」
エルンストは頷く。
「研究の継続自体は容認する、という判断だ。ただし、正式な枠組みには入れない」
紙を置き、静かに続ける。
「成果の共有と、今後の方針について、直接説明に来いとのことだ。私が出向く」
少し間を置いて、私は聞いた。
「……私は、行かないんですか?」
エルンストは、即座に首を横に振った。
「来ない方がいい」
迷いのない声だった。
「この研究は、まだ正式なものではない。否定的な見方をする者も多いだろう。特に、魔法使いでない人間が魔石を扱うことに、感情的な反発を抱く者もいる」
一度、私を見る。
「君が不必要に矢面に立つ理由はない」
「……はい」
わかっている。
それでも、胸の奥に、少しだけ引っかかりが残る。
研究室の外で、私には見えない話が進んでいる。
——いつもそうだ。魔法使いでない自分は、輪の外に置かれている。
「正式に認めてもらえるよう、できる限りの説明はする」
エルンストは、そう言って立ち上がった。
「君は、記録を整えてくれ。積み上げられた事実だけが、こちらの立場を守る」
「……わかりました」
研究は、続いている。
止められてはいない。
でも、まだ、届かない場所がある。
私は、帳面を閉じ、深く息を吸った。
——次は、新しい魔石じゃない。
使われ、歪み始めたものを。
そうでなければ、見えてこないものがある。




