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重なる熱

今日は、別の通りにある、小さな魔具店に来ていた。


外観は地味で、客もまばら。

生活用の魔具を、細々と扱っている店だ。


私は、棚の前に立っていた。


——見るだけ。


それが、もう癖になっている。


視線だけで、魔石を追う。


形。質感。枠との収まり。


沈石粉は、ない。

線も、見えない。


それでも——


足が、止まった。


棚の下段に置かれた、小型の照明魔具。

金属枠の中央に、淡く光る魔石。


その一部が、わずかに違って見えた。


——また、これ。


欠けてもいない。

傷もない。


ただ、表面の艶が、ほんの少しだけ鈍い。


目の錯覚だと言い聞かせて、体の位置を変える。

それでも、印象は変わらなかった。


魔石を押さえる金属枠。

艶が鈍い部分と繋がっている部分だけ、影が、僅かに濃い。


私は、そっと手を伸ばした。

触れない距離で、魔石にかざす。


「……」


温かい。


魔石全体じゃない。

違和感を覚えた、その一点だけ。


——これも、同じだ。


私は、言葉もなく、その場所を見つめ続けた。


もし、この温かい部分が、沈石粉で見える“詰まり”と、同じ場所だったら。


もし、これが、少しずつ溜まっていって、逃げ場を失ったら。


——詰まりすぎたら。


ごくりと音を立てて唾を飲み込む。


爆発するかもしれない。


考えたくない想像が、頭の中で形を取る。


「……」


私は、思わず一歩、引いた。


その時だった。


革靴の、硬い足音が背後でした。

空気が、わずかに張る。


「失礼する」


低い声。

顔を上げる前から、わかった。


エルンストだ。


彼は、私には視線を向けない。

店主に要件を告げ、書類を取り出す。


魔具の流通についてだ。

私は関係なかったようだ。


静かに後ろに下がる。

魔具の棚に隠れるように。


——見られたくない。


触るなと言われたのに、また懲りずに魔具店にやってきている。

しかも、特定の魔具を見過ぎていた自覚もある。


エルンストは、振り返って店内を一瞥する。


エルンストの視線が、一瞬だけ、私に向いた。

鼓動が強く打つ。


——見つかった。


探るような目。


そして、視線が止まった。


私に、ではない。

私が、じっと見つめていた魔具に。


エルンストは、何も言わないまま、魔具に近づいた。

触らずに、ただ見るだけ。じっと確認している。


それから、店主に向き直る。


「この魔具、最近、何かあったか」


「え?」


店主は一瞬、驚いた顔をしたあと、首を捻る。


「いやあ……魔具の回路の方は問題ないんですけどね。魔石のほうが、どうも安定しなくて」


「それを、誰かに?」


「いえ。今、初めて言いました」


即答だった。

エルンストは、短く頷くだけで、それ以上は追及しない。


もう一度、私を見る。

逃げたはずの鼓動が、また速まる。


「……ずいぶん、長く見ていたな」


——見られていた。


「いえ……なんとなく、です」


私は、視線を逸らした。


触っていない。

何もしていない。言いつけは守っている。


だけど、どうにも後ろめたさを感じてしまう。


エルンストはそれ以上何も言わず、店主の方に向き直って仕事の話をし始めた。


店を出たあとも、指先に残るあの一点の熱が消えなかった。


触れていない。

何もしていない。


なのに、苦しい。


見て見ぬふりをするたび、

胸の奥に、小さな石がひとつ落ちる。


それが、少しずつ積み重なる。


沈石粉が集まっていった、あの一点みたいに。


重なって、

詰まって、

熱を持つ。


——私は、何をしているんだろう。


ただ立ち去るだけで、本当にいいのだろうか。


答えは出ない。


けれど、胸の奥の熱だけが、

確かに残っていた。

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