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止める者

 周りで見ていた人たちが、息を吐きかけたその時。


 市場の上空に、影が落ちた。


 一瞬遅れて、風が鳴る。


 誰かが息を呑み、誰かが指をさすより早く、空から人影が降りてきた。


 エルンストだ。


 思わず後ずさる。


 魔法使いの外套が、熱を含んだ空気の中で翻る。

 着地と同時に、彼の視線は状況を一息で読み取っているようだった。


 倒れた鍋。

 露出した魔石。

 沈石粉の痕。


「……鎮まっている?」


 呟きは、驚きだった。


 魔石は、まだ熱を持っている。

 だが、暴走の兆しはない。

 圧も、歪みも、今は抑え込まれている。


 エルンストは一歩、鍋に近づきかけ、止まった。


 穴が開いた魔石。

 その穴に詰まった沈石粉。


「これは……」


 彼の視線が、痕跡をなぞる。


「誰が、これを——」


 問いかけようとして、言葉が切れた。


「そこの娘だ!」


 通りの向こうから、誰かが声を張り上げた。


「この子が、鍋に近づいて……」

「魔石を、鎮めたんだ!」

「工房の娘だ!フィーネっていう…!」


 私を知っている人もいたようだ。


 周囲がざわめく。


 エルンストの視線が、まだ鍋の近くにいた私をまっすぐ捉えた。


「……君が?」


 短い問い。


 私は、一瞬だけ周囲を見回した。

 集まる視線。

 期待と、不安と、恐怖。


「……止めただけ、です」


「どうやって?」


 即座に返る問い。


 喉がひりつく。


 沈石粉。

 流れ。

 詰まり。

 逃がしただけ。


 頭の中では整理できているのに、言葉にしようとすると、うまく並ばない。


「……えっと……」


 視線が、自然と下がった。


 そのとき、エルンストの目が、私の手に留まる。


 赤く腫れた指先。

 ところどころ、水ぶくれ。

 わずかに震えている。


「……君」


 声の調子が、はっきり変わった。


「怪我をしている」


「大したことじゃ……」


 フィーネが言いかける。


 だが、彼は首を振った。


「魔石より先だ」


 きっぱりと。


「今は、これ以上触らないでください」


 周囲に向けて、指示を飛ばす。


「清潔な布を用意してください」


 誰も逆らわない。


 エルンストは、もう一度だけ魔石を見た。

 確かに、鎮まっている。

 不完全だが、確実に。


「……話は、あとだ」


 私を見る。


「まずは、手当てだ」


 そう言って、骨ばった大きな手で私の手を取り、短く呪文を唱えた。

 ひやりとした空気が指を包む。


 気にしていなかった指先が、今更じんじんと痛みだす。


 私は、指先から——そして、彼の視線から目を逸らした。

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