記録する目
夕方、工房の戸が開く音がした。
「ただいま」
父の声。
「おかえり」
私は、自転車の手入れをしていた手を止める。
父は、いつもより少し無口だった。
肩から下げた袋を、作業台の横に置く。
ずしり、と重い音。
「それ、なに?」
聞くと、父は、ちらりと私を見る。
「……触るなよ」
低い声だった。
袋の口から、布の端がのぞいている。
焦げた匂い。
「ギルドからの点検依頼だ」
胸が、どくんと強く打つ。
「……魔具?」
「ああ」
父は、袋を開けない。
ただ、手を置いたまま言う。
「今日、街で事故があっただろ。その、原因になったやつだ」
頭の中で、昼間の光景がよみがえる。
黒い煙。散らばった破片。暴れる馬。
「照明用の魔具だ。輸送中に、魔石が暴走したらしい」
「……原因は?」
父は、首を振った。
「まだ分からん。だから、点検だ。魔石以外のところに不具合がなかったか、のな」
私は、袋を見つめる。
中にあるのは、壊れた構造。
抑えきれなかった力。
触るなよ。
言われなくても、分かっている。
だけど。
線が、また、頭の中に浮かんでいた。
そのとき、工房の戸が叩かれた。
低く、迷いのない音。
父が出て、空気が変わるのが分かった。
背の高い男が立っている。
黒い外套。胸元に、銀色の紋章。ギルドのものではない。
入ってきたのは、思っていたより若い男だった。
けれど、空気が違う。
工房の温度が、わずかに下がった気がした。
無駄のない動き。
整いすぎた顔立ち。
感情を出さない目。
「中央監査庁の、エルンスト・ファーレンです」
淡々とした声だった。
中央監査庁は王都の魔法使い専門の機関だ。超一流しか入れないという。
事故の調査で来た、と男は言った。
魔具の扱い、修理の履歴、流通経路。
父は聞かれたことを答えていく。
男の視線は、工房の中を静かに巡っていた。
壁。
作業台。
棚。
そして、一瞬だけ——私の方を見る。
問いは、なかった。
その目は、疑う目ではない。
測る目だった。
背筋が、自然と伸びた。
その後、父と共に魔具の確認をしに、奥の部屋へ入って行った。
「しばらく、この町に滞在します」
そう告げて、男は去っていった。
戸が閉まる。
工房に、いつもの空気が戻る。
父は、何も言わない。
私も、聞かない。
事故を起こした魔具は奥の棚に鍵をかけてしまわれた。
それでいい。
そう、思った——けれど、頭の奥では、あの線がいつまでも揺れている。
あの力の流れは、どこに向かうのだろう。
誰が制御するのだろう。
そして、制御できないなら、
使わなければいいのだろうか。
触らなければいい。
そう思ったはずなのに。
その答えに、違和感を覚える自分がいた。




