第1話 僕がVtuberになったわけ
「浩人もういらないや。私と別れてくれる?」
「……は? 一体どういうことだよ理沙。いきなり別れようって」
僕は初めてできた恋人の秋田 理沙から唐突にそう言われた。
耳を疑うその言葉に動揺を隠せなかったけど、もしかしたら僕の聞き間違いかもしれないし。
「だから、私と別れろって言ったの。本当に頭悪。そういう所マジで嫌いなんだよね」
ついさっきまで恋人だった人から向けられる悪意の目。
辛辣な言葉に心が抉られる。
正直言って今すぐにでも泣き出してしまいたかったけど、目の前に彼女がいる以上、そんなことはできなかった。
最後の男としての意地という奴だ。
「わ、わかった」
「物分かりは悪いけど、しつこくないとこは評価できるわね。まあ、それ以外は何の取り柄もないカスみたいな陰キャだけどね。アハハ!」
酷すぎる言いようだ。
彼女は僕のことを一度として恋人として見てくれてはいなかったのだろう。
彼女にとって僕は都合のいい男、財布、荷物持ち。
きっとこんな認識だったのだろう。
僕は失意の中、家に帰る。
夏場に家に帰るとき、燦々と輝く太陽が僕のことを照らしていたけど僕の心は全く晴れ晴れとしていなかった。
「ただいまぁ~」
気を抜けば出てきそうになる涙を何とかこらえて自分の部屋にたどり着く。
着替えを済ませても、もちろん気分は晴れない。
それどころかどんどん気が重くなっていく一方だった。
「姉さんに相談しよう。というか、今は誰かと話したい気分だし」
隣の部屋にいるはずの姉さんに相談をしようと思い僕は部屋を出る。
扉の前に「配信中!」という看板がかかっていないのを確認してからノックをする。
「姉さん……僕だけど入ってもいい?」
「ん? ひろくん? 全然大丈夫だよぉ~」
おっとりとした優しい声が部屋から聞こえてきて、安心して僕は扉をあける。
部屋の中には可愛いクマのぬいぐるみや置物が置かれており、女の子の部屋という感じだ。
真ん中にいかついデスクトップパソコンと三面のモニターが無ければの話だが。
「今、配信中じゃなかった?」
「全然。ちょうど今終わって枠を閉じたところだから気にしないでいいよ」
姉さん……天雲莉乃は弟の僕から見ても可愛らしい見た目で綺麗な長い黒髪を腰のあたりまで伸ばしていて、夜空に似た紫色の瞳は僕を真っすぐ見据えている。
甘雲 このりという名義でVtuberとして配信活動をしている三歳年上の自慢の姉の姿だ。
「姉さんちょっと相談したいことがあって」
「ひろくんが私に相談事なんて珍しいね! いいよ~なんでも聞いてあげる」
慈愛に満ちた表情で莉乃姉さんは僕を抱きしめてくれる。
この十七歳になって姉に抱きしめられるのは少し気恥ずかしかったけど、今はこの温もりがありがたかった。
「実は、今日付き合ってた女の子に振られちゃったんだ」
「そうなの。残念ね。ひろくんの良さがわからないなんて」
「それどころか、最初から僕の事なんて彼氏として見て無かったらしくって……」
「酷い話ね。でも、そう言う相手と早く別れられてよかったって割り切りましょ? ね?」
莉乃姉さんが優しい手つきで背中を撫でてくれる。
本当に優しい手つきで、さっきまで沈んでいた気分が少しマシになる。
やっぱり莉乃姉さんはすごい。
「でも……初めての彼女だったから」
「そっか。でも、ひろくんは凄くカッコよくて優しくて良い子だもの。きっとすぐに良い子が見つかるよ」
莉乃姉さんの励ましの言葉が心にしみる。
あまりの優しさに泣き出してしまいそうだった。
でも、僕のことをカッコいいと言ってくれている莉乃姉さんの前で泣くなんてことは僕には出来なかった。
「ありがと。配信終わりなのにこんな話聞いてもらってごめん」
「全然謝るような事じゃないよ。辛いときは相談してほしいし、私ができることがあるなら言って欲しい」
「ありがと。姉さん」
姉さんに励まされてある程度落ち着いた僕は莉乃姉さんの邪魔になってはいけないと思って部屋を出ようとする。
が……
「あ、これ不味いかも」
莉乃姉さんがモニターを見ながら何やら青ざめていた。
配信者が画面をみて青ざめるなんて、一つの事柄しか想像できない。
「ひろくん……私配信切り忘れてたっぽい……」
莉乃姉さんにそう言われてモニターを見てみると確かにコメント欄が超高速で動いていた。
完全に配信がつきっぱなしだった。
ちなみに、画面の右端には長く綺麗な銀髪と紫色の瞳をした美人系な二次元の女の子が首を傾けていた。
あれ、僕莉乃姉さんの名前言ってないよな?
言ってたら身バレしちゃうことに……
莉乃姉さんが今までせっかく頑張ってきた努力を僕のしょうもない相談で無駄にしちゃう!?
「そ、それ大丈夫なの?」
「どうだろ……どこまで聞かれたかわかんないし。とりあえずもう切ったから大丈夫」
「ちなみに、今何人くらいの人が見てたの?」
「えっと、五万人くらい?」
流石は登録者数五十万人越えの超人気個人勢Vtuber。
同接の数が半端ない。
「てか、ひろくんトレンド乗ってるよ?」
「えっ!? なんで?」
「超人気Vtuberの《《失恋弟》》って」
「なんて不名誉な称号なんだ……」
実際に確認したら本当にトレンドに乗ってた。
しかも一位。
こんな形で有名になんてなりたくなかった。
「二位には《《ダウナー系美人配信者ブラコン》》かぁ~まあ、間違いじゃないんだけどね」
「それ、認めちゃってもいいの?」
甘雲このりはダウナー系のVtuberとして有名だった。
そんな莉乃姉さんの素がつい先ほど五万人に見られたわけだけどその点に関しては良いのか?
いや、いいはずないか。
「まあ、いいかな~ひろくんのことが大好きってのは本当だし。ダウナー系がたまに見せるギャップって萌えるでしょ?」
「……確かに」
莉乃姉さんの言っていることは一理あるのかもしれない。
ちなみにトレンドの三位に入っているのは「このり~む」という甘雲このりの配信用のタグだった。
「アーカイブとかは……残しとこっかな。消したほうがなんだか不味そうだし」
「消さなくてもいいの!?」
「だって、そこまでやましいことは出てないし。幸いなことに私たちの本名は配信に乗ってないだろうし」
「そうなの?」
「うん。私はひろくんとしか言ってないし、ひろくんは姉さんとしか言ってないから何とかね」
言われてみれば、この部屋では万が一が怖くて習慣的に姉さんとしか呼んでいない気がする。
よかった。
これで本名バレは防げたみたい。
僕の恥ずかしい失恋話は広まっちゃったけど。
「というわけでさ……ここまで有名になっちゃったんだしさ。ひろくんVtuberにならない?」
「……へ?」
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